峠 (下巻) (新潮文庫)

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著者 : 司馬遼太郎
  • 新潮社 (2003年10月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (445ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101152424

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司馬 遼太郎
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峠 (下巻) (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 峠の最終巻。
    あとがきで司馬さんが述べられているように、「カラダを魂が動かす単なる一客体」としてとらえ、人生を情熱を演じる舞台として、生き続けた男。それこそが侍である。
    河合は死ぬ時、おれが死ねば侍はいなくなると語った。
    確かにギリ人情、忠君の思いに生き続けたことは今では考えられない。そして逆優秀すぎる河合がいたからこそ長岡藩は西軍につぶされてしまう。
    一男の人生として憧れを持った。

  • 内戦でこのような惜しい人物をたくさん無くした上での明治政府なんだなあ。河井継之助のことは何にも知らなかったが、ザ ラストサムライという感じはする。
    本の中身とは関係ないが、内戦を経験した人は外国人を殺すのに抵抗なくなるだろうな、と思った。

    亀井俊介さんの解説がなかなかよいです。

  • 継之助、賛否両論あるだろうが、私は好きな人物である。逝去の日は、8/16で今日は8/15だ。少し驚きがあり、何か深い興味をもつ。
    もっと、うまいやり方があったのではないかと思うが、携帯電話やインターネットがない時代。簡単には相手と連絡が取ることができない。継之助の思想と官軍のタイミング残念としか言いようがない。もし、負傷せずに生きてくれていたら、日本の動きも変えれたかもしれないその様に思うことが出来る人物だった。何度も読み返して、この人の思想を読み解き、自分自身を成長させる一助にしたい。

  • 正義に生きた、カッコいいオッサンの物語。こんな器の大きいオッサンに俺もなりたいわ。長岡に行きたい。新潟を知りたい。


     こんなニッチなおっさんをよくまぁこれだけ熱く語れたなと、司馬遼太郎先生には感動させられます。こんな物語を読まされたら、世の中のリーマンに甘んじているおっさん達は血が騒いでしょうがなかったでしょうに。
     
     「覚悟」 これがキーワードになっている。このキーワードが物語の熱の原点である。

    ______
    p43 新潟の藩
     新発田の溝口家十万石、村上の内藤家五万石、村松の堀家三万石、与板の井伊家二万石、椎谷の堀家、黒川の柳沢家、三日市の柳沢家、峰山の牧野分家、清崎の松平家、これらが一万石。
     うちの祖父母の家は今の胎内市なんだけど、黒川藩かな??

    p57 カネなし
     薩長土新政府のネックは金欠なところだった。軍隊の洋式化など金をかけすぎて草鞋すら買えないというほどだった。
     その結果、東進の際に沿道の諸藩に対して「軍勢を出せぃ。あと、金も出せぃ。」と勅命を利用して恐喝して歩いていたのである。

    p71 武士の世の変化
     鎌倉から続く武士の精神は、何があっても主君の命は守り抜く、たとえ敗軍の将になろうとも主君かその子息は生き延びさせてその血をつなぐ。これが正義であった。しかし、幕末にはそうとは考えない者が存在し始めたのである。徳川政権が潰れても日本という国家が外国に食い物にされないように…とか、上様を殺して別の血縁者を立ててでも御家を…とか、価値観が変わっていることに継之助は驚いている。「時代は変わったんだなぁ…」良いオッサン具合。

    p80 玄人の国、日本
     日本は玄人になろうとする。武士道も、ただの道具である刀の使い方を究め、それが精神論にまで突き詰める。しかし、西洋は違う。技術は「全ての素人がすぐ使えるようにする」という汎用性が追及される。
     この差が進歩の差になった。その気は、いまもある。

    p91 孟子曰く
     「いかに威武ある存在から脅されても心を屈せず、いかに貧乏しても志を変えたりせぬ男を得たい男というのだ。」孟子もそういってる。継之助もそれを実践してる。

    p98 余念を持つな
     継之助が妻:おすがに月代を剃る時のコツとして教えたこと。「目と心を一つにしてスーッと剃れば誰にでも剃れる。」余念を持てばどんな器用者でも仕損じる。余念を持つな。

    p120 陽明学派
     陽明学派の考えは、その事を起こす時、それが成功するかしないかは第一義ではない。結果がどうであるかは気にしない。
     陽明学においてもっとも優先すべきはその行為が美しいかどうかである。
     だから、長岡藩は官軍と徳川家で美学に準じる方につくというのが継之助の考えである。

    p131 怒ってはいけない
     議論は怒った方が負け、というよりは怒ることはそれによって自分の敗勢を立て直そうとする行為であり、自ら負けを認めることを告白するようなことである。
     怒ったら、負け!

    p145 ふりあげた斧
     徳川慶喜が絶対恭順をもって薩長の企画した革命に肩透かしを食らわせたので、官軍はふりあげた斧を振り下ろす先を求めた。それが会津藩であった。
     会津藩は京都に対してひたすら恭順を求めたが、決して受け入れられなかった。江戸時代の終焉に殉死せよと、生贄にされたのである。忘れてはいけない。

    p161 今井信郎
     土州の坂本竜馬を殺したのは俺だ。と維新後に供述したので有名な男。

    p167 金が要る
     長岡藩が旧幕軍の協力を断った後、それらは与板藩に移り、恐喝によって七千両を奪っていった。その際、今井信郎は自分の部下を強盗として処罰して、5人の首を刎ねてその地を去っていった。
     自分で盗ん... 続きを読む

  • ものごとの原理を知るために行動できる男こそ河井継之助という人物。この人物がどういう人生を走ってきたのか、紹介文を読んだときから、すぐに知りたい衝動に駆られ思わずこの本をとってしまった。それも、自身が仕事で何のためにするのか、という一点をまさに探していた姿と重なっていたからに他ならない。

    幕末の時代に生きた継之助。他の藩士や明治時代に活躍した将軍と比較して歴史上有名かというとそんなことはない。むしろ知っている人があまりいないのではないか。なぜ、それほど有名にはならなかったのであろうか。
    「日本中が京都か江戸かにわかれて戦争をしようというときに、あいつは長岡藩だけはどっちにも属せずに割拠しようと思っていたのだ。」武装独立をした上で、この信濃川沿いの7万4千石の地に継之助の考える理想国家をつくりあげようとしていた。
    「きわどい夢というのは、日本中が大火事になっているときに、こんな小藩だけが自分勝手な国を作れるかどうか。そのきわどさに継之助は自分の夢をかけていたのだ。」(P.295)

    そう、継之助は長岡藩をいかに強くするか、その一点だけを見つめて走り続けてきた男だったからだ。本文中では、一国の宰相になれる素質を持っていると言われた程。
    私が継之助の最も尊敬しているところは、物事の本質(原理)を出発点として様々なことに思考を巡らせることと「書物に知識をもとめるのではなく、判断力を砥ぎ、行動のエネルギーをそこに求めようとしている」ところ。

    どちらも、百数十年経過している現代に通じていると言える。むしろ、時間が経過しようが将来に渡り人々が大事だと痛感しなければならない要素である。

    個人的には、常に外の世界から自藩の動き・考え方を見つめようとするところ、女遊びに明け暮れながらもなんだかんだ自分の奥さん(おすが)の純粋な心持ちを最も尊敬しているところも魅力的な箇所だと思っている。

  • 武士のイメージそのまま、しかしその思想はその域を超え、長岡という旗本ながらも8万石の藩の老中として藩政改革を断行し、幕末の嵐の中で、薩長にも旧幕府にも付かず、長岡をスイスのような独立国として生かす道を模索する。
    ただ浅い知識を身につけるのではなく、常に「本質」を探し続ける姿勢。その思考に裏付けされた藩政改革と戦の采配。
    長岡藩が生き続けていれば。そんなタラレバを考えずにはいられない、熱く冷淡で一本の軸が通った男、河合継之助。上中下巻を一気読みしまうほど、のめり込んでしまった。

  • 歴史に"if"はない。しかし、もし継之助が新政府に関わっていたら。もし、幕府の重役であったら。歴史は大きく変わっていただろう。決して、歴史の表舞台には立つことがなかった英雄である。小さな長岡、大きな継之助、これが悲劇の始まりだった。

  • 江戸の長岡藩邸を引き払い、スネルの船で自藩に戻るところから始まり、河合継之助が八十里越えを越えた後没するまで。士農工商の封建制度が崩れるという先見の明がありながら、自藩を西軍との戦に突入させる。
    河合の智略に秀でた所、リーダーシップ、徳川や藩主牧野に対する忠義に侍を感じ、この人物について、また北越戦争について知る事ができたことはとても大きな財産になった。
    あとがきを読み気づかされたことは、町民からはなぜ戦をしたのかと恨まれている面もあるということ。寝返った新発田藩を恨みながら読んだが、立場により歴史の見方は変わる。
    司馬遼太郎はこの著書で、武士道について書きたかったとの事だ。

  • 河井継之助。悲しいなあ。悲劇しか待っていないと分かっていて読み進める。戊辰戦争、北越戦争。武士はもう、俺が死ねば最後よ。

  • 2回目か3回目の読了。
    物語前半は痛快だが、最期は哀しい。
    陽明学徒として行動規範は動くこと。江戸時代最期の武士として、美しいほど自分を律する姿勢は真似したい。
    ただ、その美しさを貫いた(過ぎた?)ために長岡藩の民が犠牲になったともいえる。

  • 読み終わってしまった。小千谷談判前後の盛り上がりがすごく面白くて、ぞくぞくしてしまった。峠、上中下通して思ったことは、「適材適所」ということ。リーダー、マネージャー、パフォーマー・・・それぞれ役割があって向き不向きがある。自分の器もあれば、自分が所属する組織の器もある。よい指南書となった。

  • 余談が多く、歴史的知識を散りばめた点は読み物として多少間延びしてしまうが、史実に沿った内容であることを読む者に印象づける事では必要なのであろう。その史実を書くためにどれだけの調査が必要であったろう。とにかく濃密である。

    この小説で幕末の情勢の一端を理解することができる。また、数多くの有名人物が登場して幕末の歴史に大変興味が湧きます。
    主人公の河合継之助は、作者によって多少美化されているとはいえ、筋の通った美しい生き方を示してくれている。自分の生命を一個の道具とし、世の中ためにどう行動するべきか、という思考はなかなか真似のできるものではないが、判断に迷った時の指針としていきたい。

  • 河井継之助。幕末といえば、龍馬を連想するが、戊辰戦争は龍馬の死後であるからか。下巻の見所はやはり北辰戦争。スイスのような中立国、そして体制崩壊後の自立を目指すことを第一義と置いていた彼。
    藩の発言権を握るや、すべてをコントロールしてだれも刺激しないように立ち回ったり。藩の有望な若者を蟄居させたり。戦争終結後に市庁舎建設のための木材を集めていたり。戦争のためにコメでなくパンを準備してたり。民を鍛え、教育し、きたる新時代、商売で諸外国と交易し豊かになり、自活する。これを夢見てたんだなぁと。

  • 長かったー。
    やっと次の本が読める。

    己に忠実に生きようとしたが
    時代の趨勢に最後は抗えなかった
    悔しさが残る。
    侍らしく生きるという事は
    侍として死ぬことなのだろう。

  • 小千谷談判が失敗に終わったところから、辛くて読み進められなくなり、休憩中。

    時勢とか色々な要因が折り重なって物事が進んでいき、こんなに万全を尽くしてもうまくいかない、ひとりの裁量だけではどうにもできないことってあるんだと思った。
    偉人とは結果を残せたひとであるが、
    偉業とは自分ひとりだけでなしえることではなく、
    河井継之助のようにこれだけ抜きん出ていても、時の勢いに押し流されてしまうひとがいる。
    無念だろう。
    150822

  • 幕末の動きが理解できた。

  • 先日の陳舜臣作品再読からのインスピレーションで実に久々、司馬遼太郎作品。一平二太郎のなかではなぜか司馬作品を読んでないことに気づく。というわけで何年ぶりに手に取ったのは、司馬作品では人気上位だけど未読だった、長岡藩出世家老・河井継之助を一躍有名にしたこの作品。
    司馬作品は日本男子の教養として読め、何てことを言う人もいるけど、そう上段に構える必要は無い。新聞に連載していた歴史小説だし、いろんな意味で「捨てる脚色」はされている。それでも、エンターテイメント性と史実をギリギリまで近づけた司馬作品はやっぱり面白い。他の未読作品も読んでみる。それにしても河井継之助という人物は、時代の先が読めすぎたにもかかわらず、捨てられぬものを捨てられぬ矛盾を内包した人だったんだろうなあと。

  •  昭和50年5月発行本は上、下巻の2冊であり、平成発行本の前2冊を読んでいたわたしとしては多少とまどった。216ページまでの3章は既に読んでいる箇所であった。なんと、迂闊に50ページ付近まで読み進めて気づくという情けない展開であったのだが、小説は面白くて文句はない。司馬遼太郎、長編作品一押しは『峠』で決まりである。

  • やはり司馬さんの幕末モノ(特に長編)は良いですね。
    先見の明を持ちながら、長岡藩士という立場に拘り続けた継之助。
    「長岡藩のため」という彼の思想が、結果的に藩を滅ぼすことになる悲劇・・・。
    特に、西軍(官軍)との交渉が不備に終わり、継之助が官軍本営から去っていく場面からの展開は、胸を締め付けられるような気持ちで読みました。
    河井継之助という人は、著者の司馬さんも仰っているように「多少奇形であるにしても、人間の芸術作品」といえるように思います。

  • 面白かった。様々な人物が登場するので、物語に入り込むまでは大変だけれど、入ってからは早い。
    自分の「立場」の中で生きることを重視した継之助が、明治維新の真っただ中でどう生きることを選択するのか。

    読み応えのある一冊。

  • 峠(上)のレビューご参照。

  • 司馬遼太郎で読んだかなでも最高傑作。自己規律、武士道倫理、立場絶対論、自分の原理を磨く、などなど、自分の生きる上でのテーマ探究に力を与えてくれた作品。

  • 一年かかって全巻読みました。初めて司馬遼太郎さんの作品をフルで読了。

    この主人公、自分はお恥ずかしながらほとんど知らなかったのですが凄まじい。

    ただ信念がずば抜けています。
    やはりどんな理由があっても血で血を争う闘いはいいことではありません。

    しかし、動乱の時代に闘いに闘いを越えたなにかを賭けた人達がいたのもまた事実。

    今がこれらの積み重ねということも色んな時代の話を見て学ばねば感じました。

  • 薩長と相対する勢力にこのような人がいたのかと思うと胸が熱くなった。どちらかと言うと薩長土側からの幕末物が多かったので、この峠は新鮮な視点で読めたので、とても面白かった。

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