司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)

  • 208人登録
  • 3.43評価
    • (13)
    • (13)
    • (49)
    • (5)
    • (0)
  • 20レビュー
著者 : 司馬遼太郎
  • 新潮社 (2004年12月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (500ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101152431

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
有効な右矢印 無効な右矢印

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 「司馬遼太郎が考えたこと」全15巻は司馬が書いた随筆のうち単行本としてまとめられたもの以外を集成し、初出時系列順に並べたシリーズ(初出情報については各巻に詳細な「作品譜」が付いている)。本書はその第1巻。したがって彼が公にした文章のうち、最初期のものが掲載されている。

    最初期とはすなわち、彼が新聞記者・福田定一として生きていた時代も含むものである。その頃の文章は、やはり後年の司馬遼太郎のそれとはどこか違う。文体が違う、という批評はいささか表層的で、おそらく、視点が違う、というのが本質だろう。「それでも、死はやってくる」のような文章が生まれるのは、敗戦から10年と経ていない時期のせいもあるが、それ以上に「司馬」的な鳥瞰的視点への飛躍がいまだなされていなかったためだと思われる。戦争・宗教・死と向き合う、大変内省的な文章である。

    本書の半ばあたり、昭和30年代中頃に近づいてくると、我々のよく知る「司馬遼太郎」の文章となってくる。つまり本書の前半で我々は「福田定一は如何にして司馬遼太郎となりしか」を読み解くことができるのである。この第1巻に特別の意義があるとすれば、その点であろう。後半になるともうすっかり司馬遼太郎のスタイル=視点は確立されている。その語り口の魅力を説明するのに今さら変な小理屈を並べることもあるまい。「生きている出雲王朝」「わが愛する大阪野郎たち」「丼池の鳥葬」「ああ新選組」など、いずれも名品だと思う。

    巻末には海音寺潮五郎と山崎正和の文章が載っている。海音寺のは昭和35年に書かれたもので、新人・司馬遼太郎への惚れっぷりがすごい。山崎のは本書の単行本刊行時に書かれたものだろうが、司馬の本質を言い当てた大変見事なものだと思う。「従来、この文学者についての最大の誤解は、その歴史学を称えて、詩人の心を見落としてきたことであった」の一文には思わず膝を打った。

  • 新聞記者であった頃から「司馬遼太郎」となった前後、昭和27年から昭和36年までの随筆集だ。最近では随筆ではなく「エッセイ」という言われ方が流行っているようであるが、司馬さんの書いたものについては「エッセイ」とは言いたくないという個人的なこだわりが何故かある。
    この随筆には大衆小説にはない面白さがあり、若き日の司馬さんが書き上げる文章にも興味がつきない。更に当時の日本社会や経済の一部を知ることが出来る側面もある。

  • 2005年11月15日、3版、並、カバスレ、帯無。
    2014年7月12日、白子BF。

  • 図書館に注文して全巻買ってもらった♪

  • 新聞記者だったんだと。駆け出しの色んなエピソードが軽いしゃべり口調で書かれ、小説の文体とのギャップが面白い。続きは定年後にでも読もう。

  • 新聞のコラムをまとめたもの。時代時代の移り変わりがよく分かる。全巻通して読みたいけど、何せ時間がない。

  • 2006年7月、九州旅行帰りの夜行列車で読んだ本。
    司馬遼太郎の1953年~1961年のエッセイ。ちょうど両親が生まれた頃。 戦後まもなく、司馬氏が新聞記者になった過程、軍隊での体験、歴史の小ネタなど読み応えのある作品が多い。
    美術評、身辺雑話など、後の司馬を考えると貴重なエッセイも。

  • 15巻もあったので、好きな年代、目についた年代、連鎖的に興味をひかれた年代、つまり年代を軸に眺めはじめた本だった。

    「今の若い人たちも明治期の文学にふれたほうがいい」
    と、ある箇所でいわれたので、漱石や鷗外などにも手を伸ばしたりした。
    したのだが、それよりあんたの作品が読みたくなったよ。
    言わせんなバカ///

    ――という、甘酸っぱい(かどうかわからないが)思い出ののこる作品となった。他の方のレビューにもあったが、最初はエッセイ的なものが多くサクサク読め、巻が進むにつれ思想や歴史といった咀嚼のために読むことに淀まざるをえない主題へと向かってゆく。膨大な量と軸をもつのでひとことでまとめるのは難しいが、とりわけ少年の好奇心を失いたくないという意志を育ててもらったようにおもう。

    15巻のみ未読。読みたい。

  • 昭和30年代は、西長堀のマンモスアパートに住んでいたんですね。昭和50年代ですけど、ほん近所に住んでました。
    昔の大阪の話がよく出てきます。
    最終の15巻と比べると、軽い感じがして、どんどん読めます。

  • こ〜いうふ〜に普段物事について考えながら氏が歴史の名著を書いていたのかと思うと、まるで目の前で氏が語っているよ〜で極めて幸せな一時を過ごせます!

  • 産經新聞記者時代の司馬さんの日常が分かって面白い。

    京都支局の寺社担当時代に司馬さんが座っていた椅子が今でも記者クラブには大切に残されている。

    文体がほぼ完成しているのに感嘆。

  • 2007/1/30。ホントは大作に臨みたいのに。とりあえずエッセイでお茶を濁す。シンプルな文体で、気負いがない。それが逆に知性が滲み出てる気がしてならない。

  • 重いわぁ。
    司馬遼太郎のイメージが随分と変わってしまった1冊。それまではなんとなぁく冷徹なものの見方する人なんだろなと勝手に想像していたのだけど、あぁこんなに熱い人だったのね。それとも若かったからかしら?
    出雲の話は良い話ですね。

全20件中 1 - 20件を表示

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)を本棚に「積読」で登録しているひと

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)の作品紹介

歴史と文明、人間について天性の明るい知性で考えぬいた司馬遼太郎が、40年以上にわたる創作活動のかたわら書き残したエッセイを、年代を追って収録した集大成シリーズ。第1巻は、新聞記者時代から、『梟の城』で直木賞を受賞する前後まで。食や大阪、神戸についてのエッセイや、戦争中の極限的経験を綴った「それでも、死はやってくる」など、若き日の思索をたどる89篇を収録。

司馬遼太郎が考えたこと〈1〉エッセイ1953.10~1961.10 (新潮文庫)はこんな本です

ツイートする