散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)

  • 810人登録
  • 3.62評価
    • (51)
    • (67)
    • (132)
    • (6)
    • (2)
  • 88レビュー
著者 : 池波正太郎
  • 新潮社 (1981年10月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101156101

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
内田 百けん
宮部 みゆき
有効な右矢印 無効な右矢印

散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 時代を感じる食エッセイ。
    なにか食べたくなります。
    読むときは、お酒とおいしいおつまみが欲しいです。

  • 2008年06月03日 22:02

    今まで読んできた食をテーマにしたエッセイの中で、唯一苦手です。

    一話目から若干いやな感じはしてた。
    三話目ぐらいで判明。懐古主義もいいとこ。

    ・昔はよかった
    ・貧しくても、客にも店にも心があった
    ・心があったからおいしかった
    ・店主のこだわりがあった
    ・今は(頑固店主とは別の意味で)客に対して偉そうな店が増えた。食わせてやってると思ってる
    ・・などなど


    うん、わかったよ!!
    昔は心があってよかったね!
    でもおいしかったのは心のおかげじゃなくて、君が貧乏で飢えてたからだと思うよ!
    食べ物屋だけじゃなくて、読者に対して「読ませてやってる」って思ってる作家もいるよね!誰とは言わないけど!

    って感じで本棚の奥に行きました。

  • 初めて読んだ池波作品はこの本だった。当時の彼氏に会いに、一人で京都に向かう新幹線の中で読もうと思って、父の書棚から適当に借りた気がする。
    その時はまだ父と池波さんに手紙のやり取りがあったのは知らなかった。

    20代になってばかりの私にはなかなか行けないようなお店ばかりで、でも描写がとてもおいしそうで、大人って羨ましいなぁと思った。
    最近読んでいないけれど、自分も大人になった今なら、すでに足を運んだお店もあるかしら。

  • この店で出す酒の肴、鮨のありように、私は、その〔こころづかい〕を感ずる。ではその〔こころづかい〕の実態が、どのようなものかということを文字にしてあらわしてしまっては、かえって味気ないことになるだろう。

    行って、食べて、勘定をはらってみれば、だれの目にも舌にも、たちどころにわかることだ。

    美食家である池波正太郎、この人は、具体的な”味”について、ほとんど言及しない。それなのに読むと不思議と涎が口を満たしていく。まるで、素晴らしいにおいのただようお店の奥まで案内をして、「さぁ、味わうのはお前さん自身なんだから。」と言わんばかりだ。

  • 20170731読了
    1981年発行。名前は存じ上げているがその作品には詳しくない。食べることが大好きな作家さんで、その作品中に出てくる食事場面の描写にもファンがいるほどだという程度の認識。●東京を中心に気に入りの店を綴るエッセイ。名古屋、大阪、横浜、京都、近江、信州、フランス。30年以上経ってなお続いている店もある。巻頭には料理のカラー写真。途中にも店の外観を写したモノクロ写真を収録。

  • 私にとっては十分に飯テロ本です(何

  • 読み終わってから、かなり昔に書かれたということを知り驚いた。
    未だに営業してる店も多く、
    行こうと思ったら行けるお店が存続してるのがすごい!

  • いろいろ調べ物をしていて、この本が出てきて…読みました。

  • 寝る前に一章ずつ読む。
    必ずよだれが出てしまい、出かけたくなる。
    一食一食、楽しんで食べようという前向きな気持ちになれる。
    こんなに楽しんで食事を出来るのは羨ましい限り。

  • 猫町古書店に出してしまったのですが、『鬼平犯科帳』などのヒット作を出した筆者の食べあるき日記。
    神田や銀座などの、老舗での食事やその店構えなど描写がたまらなくよいですが(そばや、鰻!)、戦争前の下町の描写も、印象に残ったところです。当時も同じように楽しく食べ、暮らしていた。そして、戦争に向かう時代に、その日々の暮らしが少しずつ、確実に失われていくことの恐ろしさも感じました。

  • 別の本を読んだときの感想を思い出し今回も同じ感想だったのたけど,何か好きになれないのは上から目線からだと思ってが,東京が中心だからなのかなと思った。パリの話は嫌いじゃなかったし。

  • 竹むらー汁粉屋というものは男女の逢引にふさわしい......
    松栄亭ーポークソテー、洋風かき揚げとポテトサラダー桜政宗で食べるにふさわしい洋食
    いせ源、ぼたん、薮、まつや、寿司長ー神田連雀
    うさぎや、花ぶさ
    銀座・資生堂パーラー、室町・はやし、横浜・荒井屋/スペリオ/徳記、浅草・並木藪/金寿司/ヨシカミ/アンヂェラス、深川・みの家、渋谷・長崎、松本ーまるも/三河屋

  • 読むとおなかがすく本。著者みたいに美味しいものをたべることにこだわりを持って生きていきたいなーと思いました。

  • 江戸の蕎麦が食べたくなる一冊。
    池波正太郎の文体のリズムが心地よい食欲へと誘う。

  • 池波正太郎食べ物エッセイ。ここでもやはり昔の情緒を懐かしんだり。いつの時代も昔は良かった的な気持ちになるものかね〜、人は。昭和50年前後のエッセイなんだけど、目黒のとんきが写真付きで紹介されており、今と変わらない佇まいで、何だか嬉しかった。

  • 食べる場面だけでなく、その背景までが絵のようで感嘆した。

  • 【なにか美味しいものが食べたくなって】

    この本を読むと作者の人柄と、時代と、そして食べもの素晴らしさを深く感じる。池波作品は小説ばかりを読んできたけれど、エッセイも最高に面白い。寿司が食べたくなって考え誤ってスーパーのを食べたら虚しくなった。なにか美味しいものが食べたい。

  • 大正12年に生まれ平成2年に亡くなった池波正太郎。
    生涯のほとんどを昭和に生きたことになる。

    “新しい新しいといっても、究極の新しいものというものは何一つないのだ。
     新しいものは、古いものからのみ生み出されるのである。”

    確かに今は江戸ブームなのか、時代小説もよく読まれているようだし、和風小物なども売れている。
    けれど、そんなふわふわしたレトロではなくて、池波正太郎の書く東京は、確かに江戸から続いているものなのだ。

    昭和50年ころに書かれたこの本。
    その頃に私も生きていたはずなのに、その当時は確か昔を懐かしむ空気などなかったような気がする。
    それは私が子どもだったからというのもあるかもしれないが、時代が古いものを塗り替えて前に進もうとしていた頃だったからではないだろうか。

    古き良き時代。
    本物の料理人と本物のサービス。
    そして本物を見る目。

    池波正太郎の小説を読んでいると彼の小説の中に出てくる料理を食べてみたくなるのは、それが本物の料理だからなのだろう。

    今年の秋、ブログに「かねてより行きたかったお店で軍鶏を食べた」と書いたのは、池波正太郎の書く軍鶏鍋がおいしそうだったから。
    その時の文章には池波正太郎のことは書かなかったのに、「池波正太郎で有名になった軍鶏鍋と一本うどんを食べたことあります」とメッセージをいただいたので、同じようなことを考える人がいるのだなと思ったことも。

    池波正太郎はグルメではなく食道楽だそうだけど、確かにゆったりと時間をかけて食事とお酒をとった後、甘いものまで食べている姿は食べること飲むことを心から楽しんでいるように見える。

    東京だけではなく、京都や滋賀や長野、そしてフランスでまで、街並みや料理を味わい楽しんでいるのであろう様子は、彼自身の手になる表紙絵を見れば一目瞭然なのである。
    いやはや、多才な人だったのだな。

  • 池波さんの食エッセイ。食べ物に興味のない人には、心底つまらない本だろうとは思います(笑)

    他の方のレビューにもありましたが、懐古主義であることは否めないと思います。池波さんご自身も、うすうす気づきながら認めたくないといった感じが伺えます。
    それでも自分の青春時代の日本がこんなにも好きって言えるのは素敵だなと思います。

    池波さんの文章はいつも通り好きでしたが、後書きの佐藤さん?が的外れな感じで邪魔でした。
    この人の本は(池波さんに関するエッセイを出してるみたいですが)読まないでしよう\(^o^)/

  • 池波氏のお気に入り店に行きたいとか、美味しいものを食べられて羨ましいとはあまり思わなかった。

    好きなものを好きな場所で食べて、幸せそうにそれを語る著者を微笑ましく見守る感じで読んだ。ガイドブックとしても使えそうだが、必要以上に説明していない(ガイドブック的になっていない)ところが良い。

    昭和の時代も感じさせられた。今はもうない店や、大将が世代交代したお店も多いだろう。一期一会的な「食の記録、お店の記憶」だと思う。

  • 池波正太郎の、食に関するエッセイ集。自分の好きなお店はいくつかあるけれど、そんなお店と長く付き合いたいね、そう思う一冊でした。

  • 家康は、鯛の天ぷらを食べ過ぎて病没してしまった../明治元年、浅草南元町の「中砂」から発した「藪蕎麦」の系列は神田連雀町の「藪」を筆頭に、日本橋浜町の「藪」、並木、池之端の「藪」が堀田家の系列/さつま揚げ:大阪では「赤天」という

  • エッセイって、ここまで書いていいんだ!
    特に、鮨とカツレツのところ。目からウロコが落ちました。
    高級料理や有名店ばかりじゃないところも、いい。飾らない、気取らない。

    ところどころでお店の人の人生も感じられて、ただのグルメ本ではありません。

全88件中 1 - 25件を表示

散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)に関連する談話室の質問

散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)を本棚に「積読」で登録しているひと

散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)のAudible版

散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)の単行本

散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)のKindle版

ツイートする