真田太平記(七)関ケ原 (新潮文庫)

  • 802人登録
  • 4.03評価
    • (115)
    • (107)
    • (102)
    • (2)
    • (0)
  • 52レビュー
著者 : 池波正太郎
  • 新潮社 (1987年12月23日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101156408

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
司馬 遼太郎
有効な右矢印 無効な右矢印

真田太平記(七)関ケ原 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 関ヶ原の戦い。東軍・徳川家康の勝利、西軍・石田三成、小西行長、安国寺恵瓊の処刑。東軍に真田信幸、西軍に真田昌幸・幸村。本田忠勝の計らいで真田昌幸・幸村は切腹を免れ、高野山へ流刑。

  • 第7巻「関ヶ原」

    三成側についた昌幸、幸村親子は上田城に篭ります。
    もし三成が勝ったら真田家は豊臣政権の中心に抜擢されるかもしれません。
    真田親子は、距離的に三成と家康がぶつかり合う合戦場に行くことはできません。
    だから家康の嫡男、徳川秀忠の率いる徳川本体を家康の元に行かせないための時間稼ぎをします。
    信幸は徳川側についたので、父のもとに城明渡しの使者として訪れます。

    昌幸は安房守、信幸は伊豆守です。
    NHKドラマで丹波哲郎さんが渡哲也さんを「ずしゅう(豆州)」「ずしゅうどの(豆州殿)」と呼ぶその呼び方が何とも印象的でその声と口調で頭に浮かびます。

    昌幸と幸村親子は知略と武力を尽くして徳川本体を足止めしたので、あとは石田三成率いる西軍に任せるしかありません。
    真田家の草の者、壺屋又五郎やお江さんたちもそれぞれが主家と離れ自分の意思と知略で家康暗殺を謀ります。ここが真田家の忍びが一般と違うところ。普通は忍びが主家から離れて独自の頭脳で動くことはあり得ないという立場。

    しかし徳川軍と石田軍は前哨戦を経て思いがけず関ヶ原にて野戦となり、石田方は7時間の決戦で大敗します。
    ここでも真田家草の者は家康本陣に詰め寄り家康の首級にあと一歩と迫りますが…、
    講談?か時代劇のお約束?で「家康の本陣に七人の刺客が切り込んできた!」というものを聞きますが、それを元にした池波エピソードですね。

    関ヶ原大戦後の勢力図の変更の様子が描かれます。
    後世から見るとどう考えても家康が天下を狙ってるだろうとしか思えないのですが、この当時の武将たちはあくまでも家康は秀頼のために三成を排除し、今後は皆で秀頼を盛り立てると本当に思っていたようで。
    しかし関ヶ原後明らかに天下人のようにふるまう家康。
    そこでやっと何かが違う…と思いだす豊臣家家臣たち。
    しかしこうなっては家康に従うしかありません。

    さて。
    この巻は著者の個人的見解と言うか好感嫌悪がよく表れています。

    まず著者が優れているとしている人物の描き方。
     昌幸と幸村親子のこと
     「この時代のすぐれた男たちの感能はくだくだしい会話は理屈や説明を必要とせぬほどに冴えて磨き抜かれていた」
     「人間と、人間が住む世界の不条理を極めて明確に把握していたのだろう。人の世は、どこまで行っても合理を見つけ出すことが不可能なのだ。合理は存在していても人間と言う生き物が”不合理にできている…”のだからどうしようもないのだ。人間の肉体は誠に合理を得ているのだが、そこへ感情と言うものが加わるため、矛盾が絶えぬのである」(P127)

     関ヶ原の激戦の最中、家康は「小早川の裏切りはまだか~~~」とうろうろしして「小早川はどっちに付きそうだ?」と問う使者を出しまくるのですが、それを一喝したのは黒田長政。
     「おれはいま敵勢と戦っておるのだ。ならば何としても駅の本陣を突き崩さねばならぬ。小早川がことはその後の事じゃ。しかと申し伝えるがよい。よいか、うろたえるなよ!」「内府もどうかしているのではないか、戦っているわしに松尾山の様子が分かろうはずはない。内府ともあろうものがなんたることだ、かくなれば運を天に任せ、戦って戦って戦い抜くよりほかに為すべきことはない」(P301)

     さらにさんざん迷った小早川秀秋が、結局家康に味方し三成を裏切り西軍を攻めることにした…ことに対しての小早川家老。
     「裏切りがいかぬと申すのではない。裏切るからには裏切る頃合いがある。今この時、東西両軍の乱戦を目の前にして、味方を裏切るとは何事か。これによって小早川の家名に深い傷がついてしまうことが分からぬのか。裏切りはならぬ。かくなればどこまでもこの松尾山から動かず戦の終わるのを待てと申せ!」(P13... 続きを読む

  • 2017.3.15
    関ヶ原。島津の敵中突破。井伊直政の執念。桜田門外の変。面白い。

  • 7巻は一冊丸々関ケ原の戦い。
    勝利した東軍の武将たちへの論功行賞、西軍の武将の処罰までを丁寧に描く。
    真田昌幸・幸村父子、信幸の出番が少なく寂しい。

    【名文引用】
    人の世は、何処まで行っても合理を見つけ出すことが不可能なのだ。合理は存在していても、人間という生物が、
    「不合理に出来ている……」
    のだから、どうしようもないのだ。(新潮文庫、p127)

  • 今までの巻で一番面白かった。若い頃読んだのとは感じ方が違ってて若い頃はひたすら徳川家康が嫌いだったけど今読むとそうでもない。我が地元の小早川や毛利のダメさが目立って島津のカッコよさが際立った。何にしろ石田が西の負けを決めた感じがしたね。

  • 20170102
    天下分け目の疾風怒濤クライマックス、混乱と狂騒の関ヶ原、裏切りと不信に満ちた7時間の死戦。そして凄烈極まる戦忍びの暗闘。戦況の浮沈は戦力の多少に依らず、士気の充実にある。そして個々の士気においては大将の決然たる態度と明確な行動によってのみ、高められる。成否優劣よりも寧ろ、一貫し透徹した精神と時機を逃さぬ瞬息の行動こそが、一戦を決するものと物語る。迫力の筆致、池波正太郎の真骨頂。

    ー人の世は、何処まで行っても合理を見つけ出すことが不可能なのだ。合理は存在していても、人間という生物が、「不合理に出来ている、、、」のだから、どうしようもないのだ。人間の肉体は、まことに合理を得ているのだが、そこへ感情というものが加わるため、矛盾が絶えぬのである。

    ー「天の与うるを取らざれば、かえって、その咎めを受けると申します。徳川の天下と為すためには、傍目もふらずに突き進み、こなたより敵を攻めつけねばなりませぬ」(関ヶ原にて、井伊直政)

    ー「治部殿は何から何まで、ぬかりなく運ぼうとする。それは結構であるが、戦はちがう。戦には魔性がある。この魔性に立ち向かい、戦機をのがさぬためには、書状をいじり、政令を案ずるようにはまいらぬ」(小西行長)

    ー「生きてあれば、いずれ近き日に、おもしろきこともありましょう」(助命・九度山蟄居の申し渡しを受け、幸村が父・昌幸に対して)

  •  戦闘に勝って、戦争に負けた真田昌幸。

     本来、真田氏を主人公側に据えつつ関ヶ原合戦の描写をすることは、ただの史実からは難しいはずだ。
     にも関わらず、草の者を活用することでかえってビビッドに感じるのは著者の手腕か。壺谷又五郎の存在感の大きいこと…。
     一方、三成描写はややステレオタイプ的だが、まぁこの解釈が普通なんでしょうなぁ(堅物・清廉を加味すれば司馬「関ヶ原」での三成像かも)。

     しかしまぁ、「生きていればおもしろきことがあるやもしれん」…。信幸と本多忠勝の実直さに比して、どこまでも不敵な兵どもよ…。

  • やっぱり西軍には核となる人物がいなかったんだなぁ。
    戦意のない人物が大将に担がれても、担いだ人間にまとめる力がなくては如何ともしがたいよね。
    それにしても分からないのが、真田の「草の者」たちの動き。一発大逆転というか起死回生の一手ということなんだろうけど、なぜその手にでるのかがどうしても分からないんだなぁ。

  • 草の者たちは、こんなことまでしていたのか!!
    つぎつぎと命を落としていく者。深い傷を負ったお江。

    そう思うと、関ヶ原前後の真田父子はおとなしかった。
    石田三成のぐだぐだした戦略に、士気が下がりばらばらになる西軍。

    ひとまず大きな山を越えたか?

  • 関ヶ原の合戦。正義の石田三成が西軍諸大名の結束を固められず、策士家康に敗れる。家康は勝ったから崇められるが、ここで破れていたら、史上最悪の叛逆人の一人と伝えられているであろう。2016.1.19

  • 慶長五年九月十五日早朝、関ヶ原で天下分け目の決戦が始まる。この関ヶ原の決戦前後の真田父子を中心に描く。
    最終的には東軍が勝ち、西軍の昌幸、幸村親子は高野山に流される。が、これからが・・・・。

  • 忍びたちの活躍はフィクションだと知っていても、ドキドキしながら読めた。
    ああいう働きをして死んでいった忍びたちが、実際もたくさんいたのかなと思うと、哀しく思った。

  • 又五郎たち草の者が、最期まで諦めずに家康を討ち取ろうとした闘いは、武将達の関ヶ原戦のように華々しくない。それだけに、小説として関ヶ原戦の見せ場だった。史実を知っているけれど、家康を討ち取れないまでも、一太刀でも浴びせてやりたいと思って読んでしまった。石田三成ら西軍の戦い振りは、福島正則らを巧くつかうなどの家康の周到さには敵わない。でも、各武将が家を残すためとはいえ、どっち付かずな態度をとる見苦しさ。本当に武人(おとこ)といえる人物は僅か。信幸の岳父の潔さはさすがだと思う。

  • 意外とあっさり終わった徳川の上田城攻め。
    そんな中での幸村突撃シーンに燃え。

    ささ次巻へ

  • 関ヶ原の戦いが終わり、真田昌幸・幸村の配流が決まるまで。決戦を前に石田三成が西軍の期待を失っていく姿が自業自得とはいえ哀れ。

  • 面白い、
    が、誰が主役かわからなくなる。

    無視するわけにはいかない重用なエポックであることは認めつつ、やはり詰め込み過ぎだとの印象。

  • 激動の一冊。天下分け目の関ヶ原、真田本家も分かれ目。今後、とくに草の者たちがどうなっていくのか・・・

  • 西軍,というか石田三成の大局観のなさが,ずるずると西軍を敗北に引きずり込む.秀吉亡き後は,残念ながら誰一人として家康には対抗できなかったということか.真田父子の活躍度が今ひとつで,第二次上田合戦はもう少し詳しく書いて欲しかった.

  • 関ヶ原の戦いの巻。

    「人の世は、何処まで行っても合理を見つけ出すことが不可能なのだ。」

    どうしようもない流れに、押し流されていく人々の姿が映し出される。

  • 西軍に付いた真田本家は徳川軍の大軍を数日とどめる奮戦を見せるが、西軍は関ヶ原であっけなく敗れてしまう。またも上田で徳川に苦汁を飲ませた真田の戦いは痛快。対して草の者たちが家康の命を狙った決死の戦いに胸がつまる。関ヶ原では負けるべくして負けた西軍の混乱も描かれる。謀略や諜報に劣り総指揮官の度量が無く各陣営バラバラでは勝てない。戦場の現場経験が少ない文官が指揮をとれば海千山千の武将の敵ではないと筆者は語る。戦場での各武将の心の内が鮮やかに描かれるのが面白い。戦後の混乱でも角兵衛の不思議キャラは健在。

全52件中 1 - 25件を表示

真田太平記(七)関ケ原 (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

真田太平記(七)関ケ原 (新潮文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

真田太平記(七)関ケ原 (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

真田太平記(七)関ケ原 (新潮文庫)を本棚に「積読」で登録しているひと

真田太平記(七)関ケ原 (新潮文庫)の作品紹介

会津出陣中の徳川軍団から離れ、上田に帰った真田昌幸・幸村は、ただちに城の守りを固める。家康は息子秀忠に中山道をゆく第二軍を率いさせ、真田信幸に先陣を命ずる。秀忠軍四万を上田城に迎えうった真田父子は、様々な謀略を使ってこれを釘づけとし、ついに関ケ原の決戦に間に合わせなかった。真田父子が徳川軍の約半分を削いだにもかかわらず、結束のはかれぬ西軍は家康に敗れる。

真田太平記(七)関ケ原 (新潮文庫)のKindle版

ツイートする