道ありき―青春編 (新潮文庫)

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著者 : 三浦綾子
  • 新潮社 (1980年3月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (381ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101162027

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道ありき―青春編 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • ある意味スタンダードかもしれません。中学の時に教会を離れてしまった私に、教会へ戻るよう約10年後に背中を押してくれた1冊。三浦綾子さんの自伝です。友人が薦めてくれました。つづきを新宿から京王線の急行で読み始めて、桜上水停車中に「涙腺が決壊した」(あの頃は「ボロ泣き」といいました)のを今でも覚えています。O職員のオススメより

  • あなたがいないと生きていけない愛の形じゃなくて、
    その人の幸せを想ったら身を引くことができる。
    それが愛することなんだ、と。
    自己犠牲の愛の儚さに、後半は涙しながら読みました。

    手紙でしかやりとりしなかったのは
    過去に縛られないため、
    そんな優しさに胸が締め付けられました。

    なんだかドラマの「愛をください」の雰囲気に似てた。

  • 私はキリスト教信者でもないし
    これまで宗教的な本はほとんど読んでこず抵抗があったのですが、
    途中からどんどん引き込まれ、一気に読めました。
    人の心はうつろいやすく、ずっとこの人を愛していると一度は思っても他の人に惹かれてしまうことがあったり、そんな自分が不実に思えたり。
    この本からは、そんな人間の心に対する答えのようなものを与えてもらったと感じました。
    人生において最も大切なことは人に何かを与えることではないか、そして、どんな出来事も神によって与えられたものと思い前向きに自然に乗り越えていくことについて考えさせられました。

  • (09.29.2016)

    毎日少しずつ読んでいたのだが、100頁から最後まで一気に読み終えてしまった。自分もクリスチャンだからかもしれないが、完全に感情移入してしまった。三浦綾子氏にとっての前川正氏や三浦光世氏がそうだったように、神様は必ず誰かを通して働かれる。ある人との交わりを通して自分の弱さや罪に気づき、神様に出会うのである。

    三浦綾子氏の人間味溢れる文章が好きだ。神様を信じますと言いながらも、情けないことに時に心配や不安から完全に信じ切れない時がある。三浦綾子氏の本を読むと、それが人間の姿だと毎回励まされる。自分の弱さと闘いながら、自分なりの信仰生活を送っていこうとこの本を読みながら強く思った。

    クリスチャンじゃない人の心にも響く本ではないかと思う。人生に絶望している人、本当の愛を知りたい人に特にオススメの一冊。

  • これがキリストの自己犠牲的な愛なのか!
    病院内での出来事はクリスチャンが地の塩、世の光として周囲の人々に爽やかな影響を及ぼした結果なのだろう。
    作中の西村先生について書かれた「愛の鬼才」
    巻末の解説者が紹介しているドストエフスキーの「死の家の記録」も読んでみたくなった。

  • 黒木亮氏レコメンド作品

  • 三浦綾子さんの自伝。13年にわたる闘病生活を中心に、苦難と共に生きる半生を綴ります。この辛く苦しいはずの物語がなぜか明るく感ぜられるのは、主人公が次から次へ素敵な男性に愛されるからだけではないでしょう(笑)。「作品は不条理で暗い罪の現実をえがきながら、いつも明るく、表現は平明で明るい」と解説で言われている如く、どこか、辛くとも希望を失わない、哀しくとも途方に暮れない、一条の光を持つ文体。これが三浦綾子さんの大きな魅力だと思います。それは、クリスチャンの精神に繋がっているのかも知れません。

  • 号泣してしまいました

  • どんなにわたしが彼を愛していたところで、神がわたしに彼を与えてくださらないのなら、それもまた仕方のないことだと思った。
    必要なものは必ず神が与え給う。与えられないのは、不必要だという証拠である。

  • 綾子さんのように自分の事をさらけ出すことのできる人は本当に立派だなと。自らの愚かさを堂々と公言する姿は綾子さんの謙虚な姿をありありと表わしているのではと思いました。
    私はクリスチャンですが、クリスチャンでない人が読んで絶対損はないと思います。
    泣ける、一冊です。

  • 三浦綾子さんとそれを支えた男性の純粋な信仰に心打たれました。

  • 三浦綾子さんの真っ正直な自伝に感動した。
    周囲のキリスト者に良い意味で感化されていき、信じること、受け入れること、感謝することの素晴らしさが次々にこちらに入ってくる。
    歌を詠むこと、のれん製作など、出来ることをやる行動力は見習っていかなければならない。

  • 駅の文庫から拝借した一冊。
    三浦綾子は氷点、塩狩峠を読んだ事がある程度。その三浦綾子の自伝として読んだ。

    極めて個人的な感覚として、宗教がバックグラウンドにある人はあまり好きではない。
    そのフィルターを通してもなお考えさせられたのは、人の誠実さという事。
    多分に不誠実、不義理をしてきた自分を省みた。

  • 衝撃。

    三浦綾子、こんな壮絶な人生を送っていたのか。知らなかったです。自伝的小説とはされているけど、自伝ですね。夫光世さんはもちろんですが、やはり前川正さんの存在感がすさまじい。途中から涙がとまらなかったです。
    宗教に関して特に考えたことはなかったけれど、人を救う力があるのでは?と錯覚してしまうくらい、この物語は劇的であった。気づいたのは、きっと三浦綾子を救ったのは宗教ではなく、人なんじゃないかなあ~前川さん然り光世さんしかり

  • 三浦綾子氏の自伝的小説と言われるが、ほとんどノンフィクションだと思う。
    久しぶりに感動した。彼女の作品では塩狩峠や氷点を読んでいるが、私にとっては本書が一番だった。
    20代から13年もの間、作者は生きるか死ぬかの闘病生活をしながら、キリスト教に出会い、救われていく。療友であり、短歌友達の前川正と清らかに愛しあうようになる。
    この前川との愛がなんと美しいことか。お互いの気持ちが短歌で交わされて、そこに病気で儚い命という要素が入り、悲劇的で心を打つ。
    はっと思ったのは、親と子の愛であれ、恋人との愛であれ、相手を精神的に自立せしめるのが真実の愛、とある箇所。あなたなしでは生きていかれない、というのは真の愛の厳しさではないというのである。
    病床で寝たきりの著者に、ひっきりなしに見舞い客が訪れたというのも、彼女の人徳ゆえであろう。徐々に病気が回復し、最後は前川同様に大きな愛をくれる三浦と結ばれることになり、感動的である。
    キリスト教の理想的な教えは美しく素晴らしいが、本書を読むと、自分が何か必要以上に醜く汚い存在に思えてくる。人に薦めたい1冊である。

  • 著者の作品を読むのは『旧約聖書入門』に続き二作目です。
    24歳で教師を辞してから37歳で結婚するまでの出来事が書かれています。

    聖書をいっしょに読んだり、歌を送りあったりする、昔の清い男女交際??の描写はなんだか笑ってしまいました。
    戦後しばらくして若者の間にキリスト教ブームのようなものがあったのですね。
    そのように若い人たちが一心に神を求めるということ、今では想像がつきません。

    自分の信仰の道しるべになればと思い読みましたが、文章が淡々としているせいもあって、感動したというまでには至らなかったかな。

  • 敗戦後、教職を辞し、病に臥せた著者がキリスト者となり、…前川正さんとの件に思わず涙。

  • いいことがたくさん書いてある。素晴らしい人間たちによる素晴らしい行動に心打たれる場面ばかり。しかし私はこの本は好きになれない。純粋なフィクションならまだ好きになれたかもしれない。だがこれは著者の自伝的なある種エッセイでもある。ついついこれを書いている著者の姿を想像しながら読んでしまう。自分を何の取り柄もない、などと謙虚に言ってはいるが、私には文の端々に一抹の自己陶酔を感じた。もちろんそれは著者の意図せざるところであろうが。病や死別は相当に辛い経験であろうが、私からみれば著者は人間的な面でものすごく恵まれている。それに何より、素晴らしい言葉の数々も、結局は宗教に裏打ちされたものであり、キリスト教の広報誌でも読んでいるのかという気になった。キリスト教会のための文学。そうなると金言、格言の数々も説教めいていて押し付けがましく思えてくる。つまりは文学として楽しめなかったというのが好きになれなかった理由。キリスト教徒ならびに入信希望者は読めばよい。

  • あまりなドラマティックな展開に、事実は小説よりも奇なり、という言葉を思い出す。小説を読んでから作者の人生に興味をもち、読んだ作品。
    高校の教師に「三浦綾子は護教の文学だから」と言われたのが、今ならわかるけれど、その頑固さ、一途さが、なんとなく自分を重ねて読んでしまう一因なんだと思う。

  • p.233
     わたしはしかし、神に不平は言ってはいても、決して神を信じていないのではなかった。神はこの世にいないと思っているのではなかった。その証拠に、わたしは神に向って抗議をつづけていたのだから。
     だが、その態度がまちがっていることに気づいた。
    「神は愛なり」
     聖書にはそう書いてある。神の御計画が、人間のわたしにわかるわけがなかった。しかし神が愛の方である以上、前川正の死は、それなりに神の定めた時であり、最もよしとした終わりであったにちがいない。わたしはそう思うようになった。神は正しい方だから、正しいことをなさるにちがいない。神はよい方だから、よいことをなさるにちがいない。人間のわたしには、たとえ納得のいかないことであっても、いまにきっと、神のなさったことがわかるようになるであろう。
    「神さま、あなたのなさったことは、みなよいことでした」
     わたしはそう祈り、自分にも言いきかせて、神に不平不満を言うことをやめた。神のなし給うことに従順になろうと努めた。

  • 結婚までの青春時代の自伝。終戦を教師の時に経験し、今まで教えてきたのは何だったのかと自問しつつ辞職する。病苦との格闘の日々、徐々に人のために生きるという意識になる過程が読む側に心打つ。14.3.11

  • ブックオフ秋葉原、¥350.
    健康であった時、なんと無意識に生きていたことだろうと、その時わたしはつくづくと思ったものだった。p343

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