夏の花・心願の国 (新潮文庫)

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著者 : 原民喜
  • 新潮社 (1973年8月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101163017

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夏の花・心願の国 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 原爆文学の白眉である。

    新潮文庫版は大江健三郎編。原爆前後を描写した『夏の花』三部作を挟んで、その前に原爆を知らずに亡くなった妻の臨終を描く『美しき死の岸に』作品群、そして最後に、絶筆『心願の国』を含む惨劇後の心象を描く作品群を配す。
    作品舞台の時系列的にはこの通りだが、上梓されたのは『夏の花』が最も早く、原爆前後を描く作品は入り交じりながら発表されている。おそらく書かれた順もそうなのだろう。
    著者の妻は糖尿病と肺結核を併発し、5年の闘病の末、終戦前年に亡くなっている。著者は妻と暮らした千葉の家を畳み、広島に疎開して罹災する。
    作品いずれにも、原爆が色濃く影を落としている。短編を集めたものでありながら、作品群を貫く基調があり、読み終えると長編小説を読んだようでもある。

    硬質で繊細、ガラス細工のような文体である。端正で静かな語りの中に、否応なく忍び込む、時には割り込んでくる不安が漂う。

    妻がおそらく助からぬことを知りつつ、主人公(著者)が暗唱する『奥の細道』の一節に胸を突かれた。芭蕉が旅立ちに際して記した

    幻のちまたに離別の泪をそゝく


    である。
    妻が実際に臨終する場面もまた印象深い。冷静でありながら、命あるものがこの世を去ることの救われなさ・どうしようもなさ、見守るものの無力さを描き取った数行は、忘れがたい。

    原爆投下の日、主人公は厠で難に遭う。あるいは命が助かったことを思えば、かろうじて難を逃れたとも言えるのか。その瞬間はむしろ、呆然とした感がある。主人公も他の人々も実際に「何」が起きたのか理解しきれていない。あっけにとられつつ、逃げながら、徐々に惨劇の全容を目撃することになる。
    投下後、月日を経てからも、広島では誰もが誰かを捜していたという挿話が印象的である。
    いったんは快復したように見えても、再発して亡くなる人も多い原爆症の掴み所のなさが漠とした不安を煽る。

    被災後しばらくして、著者は再び、居を首都圏に移す。
    一見穏やかな生活を送っているようでありながら、被災直後のショック状態で見た光景が、ときに、有無を言わせず脳裏に浮かび上がってくるようでもある。静かな印象を与える作品群の中で、『鎮魂歌』は血を吐きながらの慟哭を思わせる激しさである。

    昭和26年、著者は鉄道自殺を選ぶ。
    妻は何ごとについても語り合ってきたよき理解者だったという。その妻を亡くした後に目撃した、取り返しのつかない惨劇。冷静な観察眼と鋭い感性を持つ著者には書き残す以外に道はなかったのだろう。
    「堪えて堪えて堪えてゆくことに堪えよ」と著者が自らを鼓舞しつつ、書かねばならないことを書き留めたこれらの作品を、黙祷を捧げつつ、深く記憶し続けたいと思う。

  • 2017年7月9日に紹介されました!

  • 一人の人間の内的なものと外的なものが綴られている。
    2011念の大災害を経験したからこそ沸き上がって来る複雑な感慨がある。

  • 読まなければならない衝動に駆られ原民喜『壊滅の序曲』『夏の花』『廃墟から』を読む。今日という日、あのような炎天のもとでこそ考えられることがあると感じたので。

  • 常に死者の群れを幻視しながら生きていかねばならなかった。己の為にではなく、死者達の為に生きながらえることが使命となった。絶望的な清々しさを感じた。絶望を見た者でなければ芽生えることはないだろう美しい魂。幸いにも(といえるのだろうか)自分はまだ人間の惨死図を直視していない。しかしここで描写された光景は決して幻想でも残景でもない。かつて本当にあったこと、そしてこれからの未来(もしかしたら次の瞬間にも)起こりうることであることを意識せなばならない。殺戮の序曲は人為的な無関心に孕んでいる。この鎮魂歌を聴くがいい。

  • 私は歩み去ろう 今こそ消え去って行きたいのだ。
    美しい言葉の中にあふれる狂気。
    まるで詩のように文章が現れ自分の気持ちを掴まれ揺さぶられる。

    「水ヲ下サイ アア 水ヲ下サイ」 

    戦争は間違っている。

  • (1974.09.10読了)(1974.08.07購入)
    内容紹介
    現代日本文学史上もっとも美しい散文で、人類はじめての原爆体験を描き、朝鮮戦争勃発のさ中に自殺して逝った原民喜の代表的作品集。被爆の前年に亡くなった妻への哀悼と終末への予感をみなぎらせた『美しき死の岸に』の作品群、被爆直後の終末的世界を、その数カ月後に正確な筆致で描出した『夏の花』三部作、さらに絶筆『心願の国』『鎮魂歌』などを収録する。大江健三郎編・解説

  • 核に対してどのような政治的な立場にある人も,一度は読んでおいてほしい作品.純文学として見ても,はるかな高みにある.

  • 美しく、厳しく、原爆の恐ろしさをひたひたと訴える文章。
    「そして、赤むけの膨れ上がった屍体がところどころに配置されていた。これは精密巧緻な方法で実現された新地獄に違いなく、ここではすべて人間的なものは抹殺され、たとえば屍体の表情にしたところで、何か模型的な機械的なものに置換えられているのであった。苦悶の一瞬足掻いて硬直したらしい肢体は一種の妖しいリズムを含んでいる。だが、さっと転覆してしまったらしい電車や、巨大な胴を投出して転倒している馬を見ると、どうも、超現実派の画の世界ではないかと思えるのである。」(p137)

  • こうした作品に接すると、改めて作家の果たしてきた社会的役割の大きさを思う。原民喜の中ではゆたかな教養、幻想性、画家のような事物の観察眼が渾然一体となっている。
    原民喜の他の作品も読んだが、何といっても『夏の花』が傑出している。
    フランクルのドイツ強制収容所の体験記録『夜と霧』と原民喜『夏の花』は、ミューズが零した二粒の尊い涙だろう。
    戦争の悲惨を描いただけのものではないのだ。読んでいただかなければ、そのすばらしさはわからない。

  • 原民喜は1951(昭和26)年に、鉄道自殺を遂げます。鉄道自殺は一番迷惑な死に方と申せませう。絶対にいけません。
    で、今年は没後60年であることに今さら気付き『夏の花・心願の国』を取り上げてみました。
    大江健三郎氏編集の本書は、戦前(広島で被爆する前)の作品はすべて省かれてゐます。それにより、本書の方向性も一層はつきりしたのであります。流線型。

    「Ⅰ」~「Ⅲ」の三つのセクションに分割されてゐまして、「Ⅰ」に収められたのは妻の闘病、そして死までを描く作品群。「Ⅱ」は、いはゆる「夏の花」三部作。そして「Ⅲ」は作者の忍耐と願ひが痛々しい最終期の作品たち。編集の妙であります。

    被爆を描いた作品は他にもありますが、これほど作為を感じずに感動を呼ぶものを知りません。電車の中で読まうと名鉄豊田市駅から乗込み、夢中になつて憑かれるやうに読みふけりました。電車はそのまま地下鉄鶴舞線に乗入れ、上前津駅で乗り換える予定だつたのですが、はつと気がついたら既に大須観音駅に到達してゐました。こんな経験は初めてであります。

    作者はとにかく耐へてゐます。「鎮魂歌」の切なる祈りには心揺さぶられずにゐられないでせう。そして公開遺書の様相を呈する「心願の国」...実は精神的に強い人であつたと思はれます。被爆を体験した作家としての義務感が、創作の支へになつてゐたのでせうか。

    本作は決して古典の棚に収められるものではなく、今でも我々の世界に問ひを発してゐるやうです。
    一読して震へが来ますよ。

    http://genjigawakusin.blog10.fc2.com/blog-entry-270.html

  • 原爆を体験した著者による、広島の被爆直前、当日、直後をそれぞれ描いた作品集。相当重たいテーマに対して、先ずはその文体の美しさに驚いた。有事が目前にて現実となった時、人々は何を思い日々を生きるのか。読んでいく内に東北の震災に思いが及び、その度に、作中の表現を借りれば「腸を抉られる」ような気持ちになった。

  • 高校時代は遠藤周作の作品をよく読んでおり、遠藤周作氏のエッセーに出ておられた方だった、原爆を扱った文学作品だということで読みました。

    原爆を生き延びた作者の、「遺さなければならない」という覚悟と裏腹に余りにも美しすぎる文章、とても心を打ちます。

    表題作「夏の花」もそうですが「鎮魂歌」にその決意が表れております。

  • 原爆の話 体験している作家

  • この人の文章は本当に美しいです。背筋にぞわりときます

  • 物悲しく、余り美し過ぎる散文

  • 立ち直れないくらい打ちのめされるのではと恐れ敬遠してきた。今夏ようやく読めてよかったな。原爆の体験を描き残し逝った作家の思いを簡単には受け止められないが、これは必読の本だ。地獄絵図でありながら透徹した目で見つめられた世界は作家の内面を映しどこか美しい。

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