私が語りはじめた彼は (新潮文庫)

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著者 : 三浦しをん
  • 新潮社 (2007年7月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (297ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101167558

私が語りはじめた彼は (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 大学教授・村川融について、妻、娘、息子、弟子etcがそれぞれ語る連作。
    興味深いのは、何人もの人が語る村川融という人間の人物像が、最後まで読んでもぼんやりとしていてよく分からないということ。
    大学教授で、けして容姿端麗ではないけれどなぜか妙に女にもてて、研究熱心で、薄情なところがある男。という特徴は浮かび上がってくるものの、本人はほぼ登場しないから、実のところどんな人なのか分からない。
    ただ、登場人物全員がそれぞれの形で村川融に翻弄され、それぞれの形で強く惹かれていたということだけは分かった。

    読んでいて、実際の人間というのもそういうものなのかもしれない、と思ったりした。
    一人の人間について、Aから見たら優しくて善い人でも、Bから見ると冷酷な人物に映る可能性があって、そこに実体なんていうものは存在しないのかもしれない。
    それぞれの主観を通した評価が、一人の人間の人物像を浮かび上がらせていく。だけどそれは明確な答えではないから、どこかぼんやりとしている。

    最も印象的だったのは、村川融の息子の中学時代からその後について描かれた「予言」でした。
    胸が苦しくなり、先が気になってどんどん読み進め、胸が熱くなり、そして温かいところに着地する。
    すっきり爽やかとは言えない後味の短編が続く中、唯一笑顔になれるような。
    でも後味が悪いお話も変な余韻があってそれはそれで良かった。

    人間の内面にある打算とか醜さが、何かのきっかけで露呈する瞬間。そして一波過ぎた後、かき乱されたそこは一体どうなるのか。
    逃げる人、修復しようと努力する人、見て見ぬふりをする人、そもそも気づかない人、きっと様々だ。
    こんなに恐ろしくてある意味壮絶な小説を20代の時に書いていたなんて、一体どんな人生を歩んできたらそうなれるのだろう、としばし考えてしまうような小説でした。

  • 私は、彼の何を知っているというのか? 彼は私に何を求めていたのだろう? 大学教授・村川融をめぐる、女、男、妻、息子、娘――それぞれに闇をかかえた「私」は、何かを強く求め続けていた。だが、それは愛というようなものだったのか……。「私」は、彼の中に何を見ていたのか。迷える男女の人恋しい孤独をみつめて、恋愛関係、家族関係の危うさをあぶりだす、著者会心の連作長編。
    Amazon より

    不思議な距離感の話.最後まで読んで「彼」について少しでも何かが分かったかと言えば、そうとも言えるし、そうとも言えないように思う.ゆるゆると真綿で首をしめられるような息苦しさが残る.事実は一つでも、真実は人の数だけあるのだ.

  • 最後に田村隆一の『腐刻画』が来て、鳥肌ばばばときた。
    もー、なんつーすごいもの書いてんだ、しをんさん!

    腐刻画とはエッチングと言って、浮き出したいところを防食処理し、そぎ落としたいところを腐食処理するといった手法だったように思うが、最後にそれ提示させられて、もうど真ん中撃ちぬかれた。

    ひとつひとつの話がとても素晴らしいし、何より構成がいい。
    しをんさんの文章が上手いのはもう分かりすぎるほど分かっているのに、やっぱり上手い。もうそうとしかいえない。
    それをさらさら書くように描くから、揺さぶられる。たまらん。

    さて、語られている「彼」には防食処理が施され、「彼」を浮き出そうと語り部たちは6章をふんだんに使って語るのに、「彼」はいつまで経ってもなかなか見えてこない。
    どういう人物なのか、どうしてそんなに女に求められるのか、あるいは求めるのか、どこかどう魅力的なのか、もうそういうことが全然分からない。
    それなのにどんどん惹きこまれていく。
    しをんさんはそうした距離感を描くのが本当に上手い。
    何だろう、この感じは。
    昔、あるところで生きていた人の話を、本当に聞かされているみたいになる。

    登場人物たちが、皆それぞれ少なからず「彼」に奪われたり、影響を受けたり、齎されたりして、前に進もうともがき苦しみ、自分だけの道を見つけていく姿にとにかくやられた。

    それぞれのエピソードは別物に見えるが、切り離されたものでなく、最後まで読むと、一つの物語として完成させるにあたり、なくてはならないものになっている。

    しかし最後まで読んだってやっぱり見えたようで見えていない。
    だけどこれ以上はどうしたって無理なのだということは、読了後、明白になる。
    彼らは確かに「彼」を語る。
    だが彼らは本当の意味で「彼」を語ることが出来ない。
    なぞかけみたいだな。

    彼らは人生の旅の中で「彼」と間接的、あるいは直接的に関わるが、結局彼らは彼らの目を通してしか「彼」を語れないのだ。
    当然なんだけど。
    だが彼らがそうして「彼」と重なったからこそ見ることが出来たひとつの光はどれも美しい。
    それを読者である私も味わったとき、私も少しだけ「彼」という人を見る。
    もっと知りたい語って欲しいと思うけれど、やはりそれは駄目なのだ。
    それ以上語らせてしまうことは、登場人物を離れ、作者の介入になってしまうからだ。
    その辺の駆け引きが、すごいんだよしをんさん!

    ああもう上手くいえない。(あんたこんだけ長々書いといて)
    とりあえず読んでもらうしかない。
    読めば分かる、さあ、みんな読むがいいよ。(偉そう)


    全てのアプローチが好きで、どれも印象に残った。
    少し大袈裟に感じるかも知れないが、1ページごとに心に残る言葉がある。
    ……と書いてから解説を読んだら、解説の金原さんも同じようなことを言ってらした。
    わかってるなあ、金原さん!(偉そう)

    三崎の生き方には特に揺さぶられて、最後の「家路」を読んだ後に、もう一度始まりの「結晶」を読んでしまった。


    ……いかんよいかん、深みに嵌ってしまった。
    これは抜けるまで相当の時間が掛かりそうだ。
    少し引用文を載せすぎたか……?
    でも一番好きな言葉は、最後の4行なのだ。
    これは書かないでおく。

  • 読み終わった後にどっと疲れを感じそうなじっとりとした内容だけど、言葉遣いが巧みで文章自体は軽やかだからそうはならなかった。面白かった。

  • 大変面白かった。interestingの意味でもamusingの意味でも。関係者の視点で次々と語られていく連作形式の小説はよくあるが、こういう展開になるとは予想だにしなかった。私のような一読者が言うのもおこがましいが、実に上手い作家さんだと思う。『舟を編む』でもそう感じたけど、これを書いた時点で既にベテランの貫禄だったとは。個人的に『まほろ駅前…』より人間の闇に焦点を当てたこちらが好みなので、この小説で直木賞を取って欲しかった。

    p42
     そんな私の惑乱を感じ取ったかのように、彼女は、
    「村上はいい加減ですが不真面目ではないのです」
     とつぶやいた。「責任を負うことはしないけれど、義務は己れに課します。エゴイストですがロマンティストでもあります」
     それは先生を評すると同時に、おぞましい愛の本質について語った言葉に思えた。

  • 一人の大学教授の妻、娘、息子、教え子、再婚相手の娘、などの話。

    略奪愛の末に再婚したけど、その家庭のぎこちなさに耐えられずに自殺する娘の話、など重く暗い話が満載。
    略奪される事に怯えるお母さんと一緒に暮らしてたら、そりゃ楽しい家庭にはならないよねぇ。
    奪っておいて幸せに暮らしてないって、何がしたいんだろうなぁと思ってしまう。

    内容はひどく暗いけれど、語り口が上手くて最後まで読み切ることができました。
    恋愛の不確かさ、家庭・家族の闇について掘り下げた感じです。
    風が強く吹いている、や神去なあなあ日常のような熱い話や家族の話も書いている人なので、恋愛全否定では無いのだろうけど、こんな風にも書けるんだなぁ〜と幅の広さに感心してしまいます。。

  • 三浦しをんさんは本当に色んな雰囲気のお話を書けるのだなぁと思いました。

    この物語で語られる「彼」とは、大学教授である村川融。村川融の妻・不倫相手・娘などの女性と関わりのある男性達が語り手となる、ひねりのある構造です。

    物語として、結局最後まで読んでも結論めいたものは描かれていないのですが、それこそが人生なんだ。この人たちはこれからももやもやしながら生きて行くんだなぁと感じられて、そこがとても良かったです。

  • 友人の出産祝いパーティーに参加する行きの電車の中で読む。電車を乗り替え、少ししてから友人にあげるはずだったプレゼントは消え、この本しか持っていないことに気付く。

    前の電車に置き忘れた。

    忘れ物相談口に電話し探してもらうが、折り返しの電話がかかってくるまで、本の内容が全然頭に入ってこ無い。

    不倫、浮気、この著者でもこのようなドロドロしたのを書くのだと戸惑う。大学の教授が前妻と分かれ再婚。彼の周辺の人物を視点を変えて書いた物語。不倫とは周りの色々な人をこんなにも不幸にするのだなあと思う。

    文中の「たった二人で、支えあったりけなしあったりして結婚していくのは、難しい。子供の教育、家のローン。緩衝材や刺激物を混入させることで、夫婦は夫婦として機能しやすくなるのだ。一対一の人間関係は厳しい。緊張に疲れはてるか、惰性に流されるか、たいていはどちらかに行き着いてしまう。」という一文に考えさせられてしまう。

    私は独りが好きで、子供が嫌いだと思っていたので、そんな風に考えたことが無かったが、自分に子供が居なかったらを仮定してみた。二人の時はよくケンカしたし、子供がいなかったら駄目になっていたのでは?
    或いは、子供を作るという選択肢を早々と決め、授かった事で、自分達自信の事をもっと考え、やるべきことがあるのに、育児を理由に考えるのを放棄しているのでは?と。

    「冷血」の章は文を読んでいて、空虚な風景を見ているようで、好きだなと思った。本著者の本は好きだが、こんな風に好きになったことはなく、面白さ再認識。また、後で再読しても面白いと思えた(前半頭に入ってこなかったのもあるかな。。。)

  • 三浦しをんの私が語りはじめた彼はを読みました。
    古代史を専門とする大学教授村川融は妻の他に愛人を持ち、その後妻と離婚して愛人と生活していきます。

    彼に関わる人物たちの視点から物語が語られます。
    それぞれの人物たちが心の中に暗い情念を抱えて生きていく様子が描かれていきます。

    三浦しをんの著作は若者が主人公の青春の物語と腐女子の明るいエッセイしか読んだことがなかったので、こんな物語も書く人なんだなあと再認識したのでした。

  • ここ最近自分が読んでいた三浦作品が陽なら、これは陰、という感じ。やるせない哀しさ。
    一人の恋多き男性を核に、取り巻く人々のオムニバス的な短編集。

    三浦さんの作品たちを、ワタシはまだそれほど数多く読んでいるわけではないのですが、「そっかー、こういうお話も書ける人なのね」と懐の深さに感心してしまいました。

    話自体はやや暗く、スッキリとしたエンディングでもないし、読了後、心に少し苦味が残るのですが、人と人との愛情ってもしかしたらこの話のように割り切れないし、周りを取り巻く人達がすべてハッピーでもない、もしかしたら憎悪や嫌悪されているのかもしれない、その上にそれぞれの愛憎が成り立っているのだ、という部分がすごくリアルに感じました。

    それぞれの章の語り部達が語る「彼」、村川は幸せだったのでしょうか。案外彼はある意味幸せな生涯だったのかもしれません。
    「彼」を取り巻く語り部達の愛は、それぞれ仄暗い薄闇の中で終わりが見えなくても。

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