私が語りはじめた彼は (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101167558

感想・レビュー・書評

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  • 一人の男性の不倫から生じた波紋を 彼に関わる人々をそれぞれ主人公とした六編のオムニバス。
    主人公達は波紋に過剰に反応し踠き苦しむ。回避した者も呑み込まれた者もいる。恋人や家族の絆の儚さの冷淡な表現が巧み。
    評価が分かれ気味の作品のようですが、各章とも独立した短編として完成していること。ラストの家路に含ませた儚い危うい希望が好みで高評価。

  • 大学教授・村川融について、妻、娘、息子、弟子etcがそれぞれ語る連作。
    興味深いのは、何人もの人が語る村川融という人間の人物像が、最後まで読んでもぼんやりとしていてよく分からないということ。
    大学教授で、けして容姿端麗ではないけれどなぜか妙に女にもてて、研究熱心で、薄情なところがある男。という特徴は浮かび上がってくるものの、本人はほぼ登場しないから、実のところどんな人なのか分からない。
    ただ、登場人物全員がそれぞれの形で村川融に翻弄され、それぞれの形で強く惹かれていたということだけは分かった。

    読んでいて、実際の人間というのもそういうものなのかもしれない、と思ったりした。
    一人の人間について、Aから見たら優しくて善い人でも、Bから見ると冷酷な人物に映る可能性があって、そこに実体なんていうものは存在しないのかもしれない。
    それぞれの主観を通した評価が、一人の人間の人物像を浮かび上がらせていく。だけどそれは明確な答えではないから、どこかぼんやりとしている。

    最も印象的だったのは、村川融の息子の中学時代からその後について描かれた「予言」でした。
    胸が苦しくなり、先が気になってどんどん読み進め、胸が熱くなり、そして温かいところに着地する。
    すっきり爽やかとは言えない後味の短編が続く中、唯一笑顔になれるような。
    でも後味が悪いお話も変な余韻があってそれはそれで良かった。

    人間の内面にある打算とか醜さが、何かのきっかけで露呈する瞬間。そして一波過ぎた後、かき乱されたそこは一体どうなるのか。
    逃げる人、修復しようと努力する人、見て見ぬふりをする人、そもそも気づかない人、きっと様々だ。
    こんなに恐ろしくてある意味壮絶な小説を20代の時に書いていたなんて、一体どんな人生を歩んできたらそうなれるのだろう、としばし考えてしまうような小説でした。

  • 最後に田村隆一の『腐刻画』が来て、鳥肌ばばばときた。
    もー、なんつーすごいもの書いてんだ、しをんさん!

    腐刻画とはエッチングと言って、浮き出したいところを防食処理し、そぎ落としたいところを腐食処理するといった手法だったように思うが、最後にそれ提示させられて、もうど真ん中撃ちぬかれた。

    ひとつひとつの話がとても素晴らしいし、何より構成がいい。
    しをんさんの文章が上手いのはもう分かりすぎるほど分かっているのに、やっぱり上手い。もうそうとしかいえない。
    それをさらさら書くように描くから、揺さぶられる。たまらん。

    さて、語られている「彼」には防食処理が施され、「彼」を浮き出そうと語り部たちは6章をふんだんに使って語るのに、「彼」はいつまで経ってもなかなか見えてこない。
    どういう人物なのか、どうしてそんなに女に求められるのか、あるいは求めるのか、どこかどう魅力的なのか、もうそういうことが全然分からない。
    それなのにどんどん惹きこまれていく。
    しをんさんはそうした距離感を描くのが本当に上手い。
    何だろう、この感じは。
    昔、あるところで生きていた人の話を、本当に聞かされているみたいになる。

    登場人物たちが、皆それぞれ少なからず「彼」に奪われたり、影響を受けたり、齎されたりして、前に進もうともがき苦しみ、自分だけの道を見つけていく姿にとにかくやられた。

    それぞれのエピソードは別物に見えるが、切り離されたものでなく、最後まで読むと、一つの物語として完成させるにあたり、なくてはならないものになっている。

    しかし最後まで読んだってやっぱり見えたようで見えていない。
    だけどこれ以上はどうしたって無理なのだということは、読了後、明白になる。
    彼らは確かに「彼」を語る。
    だが彼らは本当の意味で「彼」を語ることが出来ない。
    なぞかけみたいだな。

    彼らは人生の旅の中で「彼」と間接的、あるいは直接的に関わるが、結局彼らは彼らの目を通してしか「彼」を語れないのだ。
    当然なんだけど。
    だが彼らがそうして「彼」と重なったからこそ見ることが出来たひとつの光はどれも美しい。
    それを読者である私も味わったとき、私も少しだけ「彼」という人を見る。
    もっと知りたい語って欲しいと思うけれど、やはりそれは駄目なのだ。
    それ以上語らせてしまうことは、登場人物を離れ、作者の介入になってしまうからだ。
    その辺の駆け引きが、すごいんだよしをんさん!

    ああもう上手くいえない。(あんたこんだけ長々書いといて)
    とりあえず読んでもらうしかない。
    読めば分かる、さあ、みんな読むがいいよ。(偉そう)


    全てのアプローチが好きで、どれも印象に残った。
    少し大袈裟に感じるかも知れないが、1ページごとに心に残る言葉がある。
    ……と書いてから解説を読んだら、解説の金原さんも同じようなことを言ってらした。
    わかってるなあ、金原さん!(偉そう)

    三崎の生き方には特に揺さぶられて、最後の「家路」を読んだ後に、もう一度始まりの「結晶」を読んでしまった。


    ……いかんよいかん、深みに嵌ってしまった。
    これは抜けるまで相当の時間が掛かりそうだ。
    少し引用文を載せすぎたか……?
    でも一番好きな言葉は、最後の4行なのだ。
    これは書かないでおく。

  • 大変面白かった。interestingの意味でもamusingの意味でも。関係者の視点で次々と語られていく連作形式の小説はよくあるが、こういう展開になるとは予想だにしなかった。私のような一読者が言うのもおこがましいが、実に上手い作家さんだと思う。『舟を編む』でもそう感じたけど、これを書いた時点で既にベテランの貫禄だったとは。個人的に『まほろ駅前…』より人間の闇に焦点を当てたこちらが好みなので、この小説で直木賞を取って欲しかった。

    p42
     そんな私の惑乱を感じ取ったかのように、彼女は、
    「村上はいい加減ですが不真面目ではないのです」
     とつぶやいた。「責任を負うことはしないけれど、義務は己れに課します。エゴイストですがロマンティストでもあります」
     それは先生を評すると同時に、おぞましい愛の本質について語った言葉に思えた。

  • 一人の男性を中心に・・・ってありがちなパターンだったけど
    とても面白かった。他の作品とはまた違っていて。こんな小説も書かれるんですね~。

  • 初、三浦しをん。

    最初はどんどんひきこまれたんだけど
    結局真相分からず・・・
    いや、それでいいんだな。
    そういうものなんだ。
    誰かから見た誰かなんて
    その誰かが作った「誰か像」でしかないんだし。


    「愛ではなく、理解してくれ」

  • 浮気病の男と取り憑かれた愛人、
    失われた妻に、耐えた娘、無知な息子に、
    激しい恋を奪われた婚約者。
    愛人の病んだ娘とそれを調査する者。

    なかなかいろんな関係があっておもしろかった。

    ほたるの婚約者の先生が、
    昔の激愛を思い出してもの凄くのたうちまわって、
    マスターベーションする下りが凄く好き。

    激愛の渦の人々をえがいてるのに、
    なぜか凄く淡々としたイメージがあって、
    くどくない。
    悪い言えば、ちょっと淡泊。

    もう一度読んでもクドくなさそう。





    再読に再読を重ねる。
    一度読んだだけでレヴューを書いた自分の浅はかさを嘲笑。

    立て続けに読みまくれ。

    愛という冷酷で残酷で暖かい物体をむさぼれ。

  • 比喩がすばらしく美しい。読んでいて恍惚のため息が出るほどであった。
    個人的想像だが、しをんさんではないひとがこういった物語を書いたら読後の気分は地を這うのだろうとおもうが、彼女が書く文章の繊細さと美しさに不思議なほど清々しい気分で読み終えることができた。
    ひととひとのつながりは不確かで曖昧、しかしそれゆえに雰囲気や思い込みでどうとでも変化すると思え、ぞっとしながらもとてもおもしろいと感じた。
    http://beautifulone.jugem.jp/?eid=268/

  • 女性関係に問題のある大学教授、村川に間接的にあるいは直接に関わってしまった人たち、翻弄される「私」たちのそれぞれの物語。
    「結晶」、「残骸」、「予言」、「水葬」、「冷血」、「家路」と題うたれた六つの話。
    女性って恐ろしい生き物だ。しかしどの話も男の一人称で語られる。それがどれも驚くほど自然で、リアル。堪えたし、楽しかった。
    あとは結婚できないと思った。できてもしたくないと思った。

    それぞれの人がそれぞれの物語を記している。けれども村川を含めどの物語もどこかで繋がっていて、話は進んでいく。
    残骸が一番すきな話だったかな。救われないのに救われるような、その逆のような。

    これはすごいよ。本当に。

  • それぞれの心の底の
    複雑な感情を感じました。
    繊細な文章と話しの展開に
    引き込まれました。

著者プロフィール

1976年東京生まれ。2000年『格闘する者に○』で、デビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で「直木賞」、12年『舟を編む』で「本屋大賞」、15年『あの家に暮らす四人の女』で「織田作之助賞」、18年『ののはな通信』で「島清恋愛文学賞」19年に「河合隼雄物語賞」、同年『愛なき世界』で「日本植物学会賞特別賞」を受賞する。その他小説に、『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』等がある。

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