書評などでさかんに引用されている「レーニンの手紙」は物語の半ばにならないと出てこない。しかしそれまでだって(いやむしろそれまでが)十分に面白い。シベリヤの厳しい寒さのリアリティ、旧日本軍の上下関係をそのまま持ち込んだ収容所の理不尽さや、戦陣訓を国際法に優先させて部下の待遇をソ連任せにする関東軍トップへの痛烈な批判、戦前の地下共産党伝説のスパイMの行方など、夢中で読ませる。さあそれらが後半でどう本筋に絡まっていくのか、という期待は、しかし残念ながらやや未消化のまま終わってしまう感がある。それでも悪役含め人間存在に対する著者の暖かいまなざしがいたるところユーモア溢れる描写に現れていて、プロットを読まされるのではなく、小説を読んでいるという実感を与えてくれた。