スズキさんの休息と遍歴またはかくも誇らかなるドーシーボーの騎 (新潮文庫 や 35-5)

著者 :
  • 新潮社
3.56
  • (8)
  • (5)
  • (17)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 103
感想 : 11
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101180151

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  3.11のちょっとあとのまだ春に、ある女性と箱根へドライブに行ったことがある。そのひとの個人的な仕事の打ち合わせに、ただの友達としてクルマを出すドライバーとして同行したのだった。大雨の日、麹町で待ち合わせて休館日の彫刻の森美術館へ。そのひとは大手出版社の編集者だった。箱根の帰り道に、どこかで中華を食べようかという話になって、ふるぼけていてでも店構えからそこが必ずうまいと言えるだろうそんな中華屋で食べたい、と言うがまず藤沢ならそういう店があるんじゃないか、となにも調べたりせずに藤沢の街の中心あたりでクルマをパーキングに停めて適当に歩いたが、見つからない。雨はもうあがっていた。歩きながらそのひとは矢作俊彦にメッセージを送った。そのひとは編集者として彼とは、藤沢にふるぼけて店構えから必ずうまいと言えるような中華屋は知らないかと個人的に聞けるくらいの友人に近い知人だった。矢作俊彦氏は知らなかった。(結局そのひととは鎌倉へ移動して段葛脇の「こ寿々」で蕎麦とわらび餅を食べた。)
     スズキさんとは自動車雑誌「NAVI」編集長(その編集長時代にこの小説は「NAVI」に連載)から現在は雑誌「GQ JAPAN」の編集長をしているいわば名物編集者の鈴木正文氏だ。三日間の有給を取ったスズキさんがパリ旅行へ出掛ける配偶者を成田空港へ送り、息子をおばあちゃんにあずければ晴れて自由な休みを満喫出来るはずだった。
    〜”スズキさんはそのうち二日間、シトロエンの2CVを駆って箱根を一回りしようと考えていた。宿は決めていなかったが、箱根の温泉場ならどこも、今どきはがらがらだろう。TVといえば松平定知とCNNと野球放送、雑誌といえば『NEWS WEEK』と『世界』、それ以外には車内吊りの大見出し程度しか知識がなかったので、箱根は今でもスズキさんにとって遠足の小学生と紅葉狩りの爺さん婆さんのイリュージョンに塗りかためられていたのだ。”
     ところがなりゆきで息子と会津若松、青森下北を経て北海道の果てまでドライブしてしまう。どたばたしていて面白い、というだけで読めるだろうか。
    〜”スズキさんはカチンと来た。そこで口を開いた。決して酒が飲みたかったわけではない。
    「原爆が進歩かどうかは、ぼくには決められない。しかし人間が人間である以上、いずれは誰かが、地球を千回でも一万回でも破壊できるようなものを創り出しただろう。その点あれは、ウラニュウムなんて面倒なものから造るだけめっけもんだ。もしアインシュタインじゃない誰かが、あの手の兵器をフォーチューン・クッキーから造り出していたら大変なことになっていたぞ」
    「大変なことというと?」
     ヌシ君はごくんと唾を呑んだ。
    「萬珍樓で原爆が買えたし、世界中の中華街が核武装していたかもしれない」
    「あじゃじゃ」”
     1968年あたりに高校生から大学生で全共闘に傾倒した世代の四十歳前後になった時の小説だ。成田といえば三里塚の闘争、下北といえば反核運動、そんなものがいま下敷きにするには更新の必要な話になってしまった。いまや萬珍樓で原爆が買えるのも時間の問題なのだ。で、この本にひとこと書くチカラがない。売ってしまったが初版単行本で買った矢作の小説『ららら科學の子』なんかをもういちど図書館で借りてでも読もうかと思う。
     矢作氏はぼくの高校の先輩で、ぼくの出た高校ではいちばん名の通った表現者と言えるひとだが、どうも偏屈で嫌な感じの付き合いづらい男な気がすると、ずっとそう思いながら、まだいまもよくわからないけどこの本のタイトルはとても良いし、語義矛盾のような言い方をすれば、新しい「ドン・キホーテ」をいつも見つけて読んでいきたいな、なんて思うのでした。

  • 裏表紙に「超ど級の話題作」とありますが面白い話題作ではあると思います。スズキさんと、その一人息子ケンタとがシトロエン2CVで東京から北海道まで、旅をします。そのチン道中の中、スズキさんの断片的な回想により、過去を取り戻してゆくプロセスです。一冊の古本「ドン・キホーテ」の送り主でかつての同志の名前は、実は。。。。というオチもあり、楽しめる力作です。

著者プロフィール

1950年、神奈川県横浜市生まれ。漫画家などを経て、1972年『抱きしめたい』で小説家デビュー。「アゲイン」「ザ・ギャンブラー」では映画監督を務めた、『あ・じゃ・ぱん!』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、『ららら科學の子』で三島由紀夫賞、『ロング・グッドバイ』でマルタの鷹協会・ファルコン賞を受賞。

「2022年 『サムライ・ノングラータ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

矢作俊彦の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×