ローマ人の物語〈26〉賢帝の世紀〈下〉 (新潮文庫)

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著者 : 塩野七生
  • 新潮社 (2006年8月29日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (196ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101181769

ローマ人の物語〈26〉賢帝の世紀〈下〉 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • ハドリアヌス帝の死、アントニヌス・ピウスの治世と死。

  • 平穏な時代を保った二世紀のハドリアヌス、アントニヌス・ピウスの治世を描く。
    前者は帝国の辺境を見て歩き、帝国の防衛体制の磐石にした。今で言えば現場に近いところで仕事をしたということか。一方でユダヤ人に対して厳しい姿勢で臨んだり、晩年のローマ市民に抗う発言などで世間の不評を買い、生涯を終える。
    対する後者は包容力(inclusivene ss)を重視した統治。自分の考えを持ちつつも周囲の声に耳を傾け続けた姿勢が市民からの信頼を得た。
    ただし、前者が悪くて後者がいいというわけではない。前者だからこそ思いきったリストラ、つまり再構築を成し遂げることができた。
    状況に応じて求められるリーダーシップのタイプが異なることがここには書かれている。

  • 新しいものを創造するだけでなく、維持するのも同じくらいエネルギーがいる。評価されないだけにその分エネルギーがいるかもしれない。

  • 安全保障の重要性を誰よりも知っていたハドリアヌスは、治世の大半を使って帝国の辺境を視察し続け、帝国の防衛体制を盤石なものとした。しかしその責務を無事終えローマに戻ったハドリアヌスは、ローマ市民の感覚とは乖離する言動をとり続け、疎まれながらその生涯を終える。そして時代は後継者アントニヌス・ピウスの治世に移るが、帝国全域で平穏な秩序は保たれ続けた。それはなぜ可能だったのか。

  • アントニヌスーピウスは、jfだった。乱世は弱いが平時は穏健が勝る。

  • アントニヌス書くことなさすぎ

  •  ハドリアヌス帝の治世の後半とアントニヌス・ピウス帝の物語です。
     ハドリアヌスが帝国内が治世を通じて実施した帝国の防衛体制の再構築と,前任者達の業績をもとに,平和を継続させたアントニヌス・ピウス帝の穏やかな治世は,それぞれの時代に適合したリーダーに恵まれたローマの黄金時代にふさわしい内容だと考えて読んでいました。
     この「賢帝の世紀」で扱われた3皇帝であるトライアヌス,ハドリアヌス,アントニヌス・ピウス帝は,それぞれ自分に合ったやり方で統治し,それが時代に適合していたことも「賢帝」とされている理由だと考えます。

  • この巻はハドリアヌス帝の晩年とアントニヌス ピウス帝を描いてます。

    特に記憶に残ったのは、アントニヌス ピウス帝が養子として迎えたマルクス・アウレリスが皇帝時代に書き残した「自省録」の中でのアントニヌス ピウス帝像です。(詳しくは本書を参照ください)
    前略・・・
    この皇帝は、例えば、単に騒々しい拍手喝采やこびへつらいを嫌い、そのようなことにわずらわされないほうが責務の遂行がうまく進んでいる証拠と考えていた。後略・・・

    皇帝の地位にありながら、有り余るポジションパワーを使うべきところにだけ使い、パワーに驕り、おぼれることなく、公正で透明な政治を行い、かつ、皇帝の責務の何たるかの本質を理解していたのだと思います。

    そして、誰からも愛された。。

    52歳にしてこの境地に立つことができたとのだとすれば、・・・今の政治家と思い比べて確認しました。

    およそ想像できない所業であったと。

  • 著者からあんまり書くことがないとされたアントニヌス・ピウス。
    でも僕はこの人のほうが、親近感ある。トライアヌス、ハドリアヌスに比べて。

    「彼(アントニヌス・ピウス)の最大の徳であったのは、才能があると認めた者には、羨望などは感じずに、その才能を充分に開花させる機会や地位を与えたことである。」
    これが一番気に入っている叙述です。


    あと、ローマは中央集権と地方分権が共存していたというけど、この仕組みから組織がヒントを得ることも多くあるだろうと思う。

    さて次は哲人皇帝マルクス・アウレリウス。
    自省録、読んでみようかな。ついでにガリア戦記も。

    それにしても、ローマ人の社会がどんなだったか、ほんと見てみたい。
    終わったけど、タイムスクープハンターの世界編あったら、面白そう。

  • 皇帝ハドリアヌスの後半と皇帝アントニヌス・ピウスの巻。
    ハドリアヌスが帝国を視察続けたのはすごい。考えてみれば、ローマ帝国はなんという広さなのだろう。これが一国で、皇帝が統治していたなんて、とんでもなくすごいことだ。並大抵ではない。
    アントニヌス・ピウスは、だれからも尊敬される立派な皇帝だったのだろうな。塩野七生のせいだと思うけど、立派な人だったからか、それほど印象に残らない・・・

  • ハドリアヌスの功績の残り半分と、アントニウス・ピウスのちょっと。この巻では、ハドリアヌスの気難しくなったところやアランティーノを愛していたなどのよくない面が紹介されています。あれだけの仕事をしたのだから、大目に見てあげてもいいんじゃないのかなぁ、って思いますが、ローマっ子はそうは思っていないようです。
    あと、アントニウス・ピウスは、ハドリアヌスと打って変わって、全くローマから出ずに統治をした皇帝で、ローマっ子の人気が高かった、ようです。個人的には、現地現物を確かめる指揮官の方が好きなんですがねぇ。

  • ローマ帝国の最も幸福な時期の話。
    故に逆に読み物としてはそんなに面白く無いかもしれない。

  • ハドリアヌスとアントニヌス・ピウス。対照的だが、ローマの反映を気づいた二人の皇帝。

  • ハドリアヌスとピウスの巻

  • ハドリアヌス帝からアントニヌス・ピウス帝治世の巻。ハドリアヌスが歳を取り、それまでの性格が嘘のように気難しいものになっていく。政策や処遇にもそれが反映されてきて元老院では不信がつのる。そんな中、後継者の指名を受けアントニヌス・ピウスが皇帝の椅子につく。
    アントニヌスの治世は20年以上なのに、真新しいことがなく、侵略もなく、変化がなかったおかげで記録としてもほとんど体系的なもの(書物・伝記・遺跡など)がないというのは、楽しいことはすぐに忘れる人間の性分に似ている。
    この五賢帝のあと、ローマがどうなるのか。

  • 読書日:2013年1月9日-11日
    title in Italiana:SAECULUM AUREUM.
    Hadrianus帝の治世が前巻に続いて描かれています。
    治世と生涯の殆どを首都に留まらず帝国内を自分の目で見て現状を改めました。
    治世の後半は健常だった体に影が差し、元々気難しい性格が益々気難しくなっていきましたが、
    Hadrianus帝が賢帝と謳われた所以がこれで理解出来ました。

    彼の後を継ぐ、「慈悲深い」という意味の「Pius」と呼ばれたAntoninus Piusの治世の様子はHadrianusに較べて読量が少ないのに
    驚きと多少の読み応えが足りませんでした。

  • ハドリアヌスの晩年と、アントニウス・ピウスの治世を書いている。帝国全土を巡幸しつつ、防衛システムの再構築を行ったハドリアヌスは晩年、身体をこわし、気むずかしい皇帝となり、元老院議員を告訴したりして、うそんぜられる存在になり、自殺も試みたが死ねずに、老衰で死んだ。ハドリアヌスによる反抗的ユダヤ人のエルサレム追放は、ユダヤ人のディアスポラ(離散)を決定的なものにした。寵愛していた美少年にも先だたれ、期待をかけた後継者も、鍛えるつもりで前線に送り込んだら死んでしまった。寂寥の晩年である。アントニウス・ピウスは晩年元老院から疎まれていたハドリアヌスの神格化をやり、以後、守成の態度で通した。ほとんど土木も興さず、地味なメンテナンスを行い、人材も辞めるというまで留任し、マルクス・アウレリアスの養育につとめ、派手な生活にもゴシップにも無縁だった。ただ、田舎風の素朴なユーモアはもっていたらしい。老衰で死亡。平和を体現し、「国家の父」を就任直後にうけ、まともにローマ帝国という家族の父親をやった皇帝だった。

  • ●内容
    ・西洋史界の司馬遼太郎こと塩野七生によるローマ帝国ガイドの1つ。
    ・「賢帝の世紀」として、ネルウァ~マルクス・アウレリウスの5人を取り扱う。
    ・三分冊の下巻にあたる本作では、五賢帝3人目の「ハドリアヌス」の晩年と、4人目の「アントニヌス・ピウス」を取り上げる。

    ●コメント
    ・映画『テルマエ・ロマエ』の時代背景が気になったので、ハドリアヌスについて知るために読んでみた。司馬遼太郎風の歴史物語で、資料に著者の解釈を混じえて物語っていく。

    ○ハドリアヌスについて
    エピソードを引いて著者の印象を述べる。一言でいうとマジメな堅物だけど我が強いタイプ。
    (引用)
    ・好みに合った自らの世界を別邸の内部につくろうとしたハドリアヌスと、好みに合おうが合うまいが世界そのものが自分にとっては家であると考えたカエサルの違いを。これも属州生まれのローマ人と生粋のローマ人の違いか。それとも、二人の男の「ヴィルツゥス(器)」の違いか。

    ・あるとき、最高神祇官の職務である祭儀に向かう途中のハドリアヌスを、何かを請願したい女が呼び止めた。皇帝はそれに、今は時間がない、と答えて通り過ぎる。その背に向かって女は叫んだ。「それではあなたには、統治する資格はない」もどってきたハドリアヌスは、女の請願に耳を傾けたのである。


    ○アントニヌス・ピウス
    守成の人格者。目立った業績はないが、著者のコメントを見ると、問題が顕在化するまえに静かに解決することを好むタイプ。

    (引用)
    ・(アントニヌス・ピウスは)あるとき、妻が夫のケチ振りに苦情を言ったことがある。それに対して皇帝は、次のように言って妻をたしなめた。
    「愚か者だね、おまえも。帝国の主になった今は、以前に所有していたものの主でさえもなくなったということだ」

    ・あるとき、未来の哲人皇帝マルクス・アウレリウスが、家庭教師の一人に死なれて泣いているところに出会った。「父」は「息子」にこう言ってさとした。
    「感情を抑制するのに、賢者の哲学も皇帝の権力も役に立たないときがある。そのような時には、男であることを思い出して耐えるしかない」

    ・友人たちとの関係でも、一時の感情に支配されることはなかったので、常に良好な関係を保てたのである。自らがなせることだけで満足しており、それゆえ常に、穏やかな人でありつづけることができたのだった。予測する才能を持ち、それへの対策でも、それがどんなつまらないことであっても軽く見ず、充分なことがなされるよう努め、しかも、世間の話題になることなくよくやってのける人でもあった。

    ○長年をローマで過ごし、古代研究に明け暮れた著者の人生観がにじむ。
    (引用)
    ・労働は、2種に分かれる。日々の労働と、生涯を通しての労働の2種に。後者の場合の欠陥は、完結したあとはやることがなくなってしまうところにある。そのハドリアヌスに唯一残されていたのは、彼の後を継ぐ皇帝を決めることであった。

  • 悪名高き皇帝たちの後に続く「賢帝」と呼ばれる5人の皇帝たちの物語。共通するのは、先帝の良いところは引き継ぎ、問題だと思うところは独創性を持って変革すること。その結果が、主権者である庶民や元老院の支持を得るとは限らないのだ。ユダヤ問題が決定的になる経緯も描かれているが2000年も変わっていないのは驚き!

  • 先帝トライアヌスが堅牢にした国境防衛で、帝国の安全保障は

    確立した。その帝国を受け継いだハドリアヌスは、自らが広大な

    帝国を実際に見て回ることでより一層の防衛強化策を講じる。

    この属州視察の旅で、エジプトを訪れた際に悲劇が起こる。

    皇帝が愛した美少年アンティノーがナイル川就航中の船から

    落ちて溺死している。

    「しかし、相当な数にのぼるアンティノーの彫像を見ていて感ずる

    のは、ゼロとしてもよいほどの知性の欠如である。美しさならば

    完璧で、そのうえまことに官能的だが、知力をうかがわせるもの

    は影さえない。」

    これまた辛辣な著者のテンティノー評である。私はここまで深く考え

    ずにアンティノーの彫像は見ていなかった。「なんと整った顔なのか」

    としか感じなかった凡人である。

    さて、このアンティノーの溺死。成熟した大人の男になる前にハドリ

    アヌスの愛を永遠に自分に引きつけておこうとした自殺であるとの

    説を採用している。

    愛を獲得する為の、最終手段だな。少々ずるいけど。




    さて、広大な帝国の巡視を終え、国境防衛の再構築をして首都

    ローマに戻ったハドリアヌスだったが、老齢から来る身体の不調

    とやるべき事をやり終えたことから来る燃え尽き症候群に襲われる。

    身辺の世話をする奴隷に支えられなれば足元もおぼつかなくなった
    皇帝は、余生のほとんどを別邸で過ごすようになる。

    こんなハドリアヌス帝が後継者に指名した若者は、軍団の指揮を

    経験すべきとして送られたドナウ河の前線基地で大量の吐血をした

    後に亡くなる。

    ハドリアヌスが次に後継者に指名したのは、後に「慈悲深き人」と

    意味する「ピウス」の名を冠されることになるアントニヌス・ピウスだ。

    だが、この後継指名にはひとつの条件が付け加えれていた。

    ハドリアヌス帝が、ゆくゆくは当事者にと考えていた少年二人を、

    アントニヌスが養子に迎えることだった。

    知性のほとんどを帝国の視察に当てたハドリアヌスの後を継いだ

    アントニヌス、ローマ皇帝に贈られる「国家の父」を文字通りに体現

    した、慈悲と秩序の人だった。

    しかし、このアントニヌス、現存する史料がまったくないようで、著者

    の筆も相当に鈍りがちだ。でも、次の一文を。

    「政治思想家マキアヴェッリによれば、リーダーには次の三条件が

    不可欠となる。「力量」、「好運」、「時代への適合性」である。(中略)

    トライアヌスやハドリアヌスと同じく、アントニヌ・ピウスもまた、「質」は

    違ってもこの三条件は満たしていたのである。統治される側にとって

    の幸福な時代とは、この三条件すべてを持ち合わせていながら「質」

    はちがうリーダーが、次々とバトンタッチしていくじだいであるのかもし

    れない。」

    三条件なぁ…誰も持ってない気がするけど。某政権党の代表選。ブツブツ。

  • 11/4/8
    5賢帝3人目ハドリアヌス帝。ユダヤ反乱、イェルサレムからのディアスポラ。アントニヌス帝。平穏な時代で特に何もしていない。
    元老院体制の限界P89。

  • ハドリアヌスの美少年愛に、すごく生真面目な中にも人間らしさを感じ、嫌な気にはならなかった。
    仕事一筋で真面目。老年の気難しくなるのは、しかたないな。引退出来ればいいのだけれど、医師に自殺されるくらいなら、アンティーノのような彼がいて、共に自害とかのパターンにはなっていたら、そうそう名を穢すこともなかったのでは。

    ピウスに関しては、本当にエピソードが少ないけど、立派な人物はある程度褒め讃えると、あとは単にネタが尽きたのかなと思う。自生録に繋がっていく歴史の流れがようやく分かった。
    20101225

  • 五賢帝4人目のアントニヌス・ピウスの記述が異様に少なく、それもほとんどが彼の性格に関することだった。23年も統治してほとんど新しいことをやる必要がない時代だったのか、と思わせる。

  • 00254
    B010
    他-9999999-001

  • 6/15:本は薄いが中身は濃いぞこりゃ。ハドリアヌスの晩年と、次のアントニヌス・ピヌスの治世。ハドリアヌスが皇帝として行ったことは極めて有益、有効。前掛かりな頭と屈強な体であの時代にヨーロッパ、北部中東、北部アフリカを視察し、適切な手当てを行っていったとは恐れ入る。
    晩年とち狂った様子だがローマに安定をもたらしたことで自分の安定を失ってしまったんだろう。なんだか、秀吉を思い出しました。
    ユダヤ人とローマ、キリスト教の関係がなんとなく分かってきた。これ根深いね。2000年近くもめているから、これは未来永劫解決できないだろうね。ユダヤ人を隔離するか、滅ぼすか、という選択肢しか思い浮かばず、これはどちらも失敗すると歴史が物語っている。宗教に支配される社会は住みずらいぞ、って思う。
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    6/14:さて、ハドリアヌスが自分の治世をどう幕引くのか、楽しみです。残り二人の賢帝がこの薄い1冊に収まるのかも興味があります。

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