ローマ人の物語〈34〉迷走する帝国〈下〉 (新潮文庫 し 12-84)

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著者 : 塩野七生
  • 新潮社 (2008年8月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101181844

ローマ人の物語〈34〉迷走する帝国〈下〉 (新潮文庫 し 12-84)の感想・レビュー・書評

  • 第三章のローマ帝国とキリスト教が興味深い。宗教も人間が必要として生まれたものなのか。「寛容」は宗教に限らず、人間関係の中で重要なキーワードだ。

  • ローマ皇帝が簡単に変わっていく。

  • 古代ローマの死因は無能な皇帝でもキリスト教の台頭でもない。
    ローマは老いて疲弊し、老衰で最期を迎えたのだ

  • 疫病の流行や自然災害の続発、そして蛮族の侵入といった危機的状況が続く中、騎兵団長出身のアウレリアヌスが帝位に就く。内政改革を断行するとともに、安全保障面でも果断な指導力を発揮し、パルミラとガリアの独立で三分されていた帝国領土の再復に成功。しかし、そのアウレリアヌスも些細なことから部下に謀殺され、ローマは再び混沌のなかに沈んでいく。のちに帝国を侵食するキリスト教も、静かに勢力を伸ばしつつあった。

  • 見事皇帝アウレリアヌス。
    キリスト教の分析も秀透。

  •  ヴァレリアヌス帝がササン朝ペルシアに捕らえられてから,ローマ帝国の三分裂を経て,ディオクレティアヌス帝の登場までの物語です。まさにタイトル通りの「迷走する帝国」の最後の迷走までの時期です。ローマが迷走した原因には,外的要因と内的要因がありますが,この時期の話を読んでいると,いろいろと考える要素があります。その中でも,指導層に要求される資質については,混迷の時代だからこそ何が必要なのかを考えさせられました。

     また,最後の第二部第三章の「ローマ帝国とキリスト教」の記述は,塩野さんが,日本人としてローマ通史を書いた意義,と書くと大げさかもしれませんが,その意味合いには,このテーマをこの内容で書いたと言うことがある程度果たしているのではないかなと考えています。決して軽いテーマではありませんが,ローマ人の物語が英訳されて出版されることになったこともあり,何故,キリスト教が誕生から300年を経て無視できない勢力となり,ローマ帝国を「乗っ取ること」になったのかという記述は,「ローマ人の物語」の核(コア)の1つだと考えています。

  • 皇帝の多さと部下に殺されることになる皇帝の多さ。

    一時的にせよ、3分割されたローマ帝国を再統合したアウレリアヌス帝。首都ローマに、新たな城壁を築く。高さ6m。見てみたい。こういうのも、結局は城壁を築かねばならないほど、蛮族の侵入があったということか。

    この巻の後半は、本題から外れて、キリスト教とローマ帝国についての話。キリスト教の信者には悪いけど、一神教が退場していたら、どんな世界になってただろうか。少なくとも宗教争い(からくる紛争・戦争)は減るだろうし。幸せにする人の数と不幸になる人の数がどっちが多いのか微妙なのが、一神教ではないかしら。寛容がそこになければ争い起きるけど、一神教はそのレゾン・デ・トールが他の神の排除。土台無理な話なんでしょうか。

  • ローマ帝国が再度統合される。再統合を実現した、久しぶりにローマ人らしい実行力のある皇帝アウレリアヌスは全くつまらないことで部下に殺されてしまう。その後も、実力派の皇帝、プロブスも部下に殺される。塩野七生は、統治する側と統治される側の距離が、限度を越えて短縮していたことを示している、とし、リーダーは親近感をもたれながら、距離感もいだかせる必要がある、と書いているが、駄目になっていく帝国の不安感の現れのようにも思われる。
    最後の、ローマ帝国とキリスト教、の考察は興味深い。
    これから、キリスト教がどんどん台頭してきそうな気配…

  • アウレリウスがキリスト教のトップはローマの司教と決めたことが、現代においても踏襲されていることが興味深い。

  • 侵入とローマ帝国の崩壊が続く。アウレリアヌス帝の内政改革、パルミラとガリアの三分割の帝国統治の時代。皇帝は終身職のため、うまくいかなくなると簡単に謀殺されてしまう。巻後半のキリスト教普及に対する著者の考察は一読の価値あり。

  • クラウディウス・ゴティクス、アウレリアヌス、タキトゥス、プロブス、カルス、ヌメリアヌス、カリヌス。疫病、自然災害、蛮族侵入など危機的状況。パルミラ、ガリアに三分、再統合。

  • 三世紀後半に入り各地でリメスが破られ、今までの平和で繁栄を極めたローマ帝国が変容をさらに加速させていく。蛮族は地続きの侵攻だけでなく、海からも略奪をはじめ、内海の平和すら失われる。そんな状況にありながら、ローマ皇帝は決定打を打てない。打ち始める皇帝もいたが、身内の裏切りによってその命を絶たれ断続的な打ち手になってしまう。
    ローマ人らしいローマ人が姿を消しつつあるこの時代は、ここまで読んできた自分としては非常に哀愁を感じてしまう。このあと、キリスト教が入り込みさらに変容を遂げていくだろうが、やはりそこにも哀愁を感じてしまうのだろうか。

  • 軍人皇帝時代の後半、ヴァレリアヌス虜囚(260)の後、ガリエヌス体制からの混乱の三世紀後半を書く。ガリエヌスは父を見捨てゲルマン民族迎撃に奔走する。対ペルシャ戦線では、通商都市パルミラのオデナトゥスが敢闘したが、ローマに忠実だったオデナトゥスの謀殺後、息子を傀儡とした妻ゼノビアの体制となり、中近東一帯やエジプトまで吸収して勝手に独立してしまう。また、ゲルマン戦線では、鹵獲品の分配でもめた軍団同士が、どさくさでガリエヌスの子供を処刑してしまったので、皇帝の配下にいられなくなり「ガリア帝国」の建国となる。かくして帝国三分となった。ガリエヌスは、現実的視点からゼノビアもガリア帝国も静観し、対ゲルマン防衛の軍制改革を行い、重装歩兵を中心とした部隊から騎馬兵主体の遊撃戦部隊に転換した。また、軍隊をスペシャリスト化し、元老院と切り離した。これによって国家のエリートは軍務という実務を経ないことになり、政治家から批評家に堕した。この法は人材育成的にはカラカラの勅令以後、第二の崩壊の引き金となった。経済的には、このころはスタグフレーションで、物価の高騰と金利の低迷である。要するに、生産しないから物資不足で物価が高騰、平和が崩壊したので産業投資もへり金利は安くなり、金の行き所がなくなり、タンス貯金にまわるというありさま。蛮族に略奪された農民は都市に流入し、コミュニティーと社会福祉の崩壊から、キリスト教拡大の温床となった。帝国三分の状態を収拾したのが皇帝アウレリアヌスでセルビア辺りの人、父母の名も定かでないが、ローマンスピリットは持っていた。ガリエヌスに見込まれ、騎馬隊長から出世して皇帝になった。彼はまずゲルマン民族を積極戦法で叩き、トライアヌスが得た属州ダキアを放棄、つづいてゼノビア体制を攻撃、ペルシャをあてにし傭兵ですましていたゼノビア体制はもろくも崩壊し、返す刀でガリア帝国に進軍、トップ会談で和解し、ガリア帝国は再びローマの傘下にもどった。また、アウレリアヌスはローマに現在も残る城壁を築いた。久しぶりにローマに凱旋したのも束の間、叱責された秘書の陰謀で謀殺された。空位となった皇帝位にだれをつけるかで、元老院と軍団の間で五ヶ月も押し付け合いがつづき、結局、75歳のタキトゥスが即位、対ペルシャ雪辱戦に進軍途中、病没してしまった。これをついだのがプロブスでゲルマンと転戦、蛮族同化政策などを通し、帝国の再建につくしたが、基地視察中に謀殺された。これを次いだのがカルス、対ペルシャ雪辱戦に勝利するが、砂漠で落雷にあって死んだ。ヌメリアヌス・カリヌスがつぐが謀殺され、一人残ったのが、ディオクレティアヌスである。

  • 2013年3月8日-11日 title in Italiana:TERTII SAECULI CRISIS.
    混迷を極めたRoma帝国。
    皇帝に擁立されては殺されを繰り返して蛮族や隣国に攻め込まれるもアウレリアヌスとアウレリウスの皇帝で地盤が少し戻ったのに殺されて。
    攻められてから攻防をする、皇帝と兵士の末端の距離が縮まった事にも帝国の衰退していく様を感じ取れ、
    そんな中でのキリスト教の台頭は、この時代の人にしてみれば一種の救いの宗教なんだと感じました。
    最後にRoma帝国を人間として捉えて、もう年寄りで立つ事も難しくなってしまったという例えが解り易かったです。

  • 長く読んできたローマ人の物語も大分、終盤になってきた。
    この本を通じて、皇帝という概念が変わった。
    血族で恵まれた人だと思っていたが全然ちがう。
    終身制の大統領で不信任の時は殺されて解任。
    かなり酷い扱いを受けた皇帝もいて、どちらかというとメリットよりデメリットが多く、責任感がなければ引き受けられない。また、皇帝として実績があってもあっさり暗殺されてしまい危険な職業になっている。
    なった時点で自然死は望めない。

  • ローマ人の物語の第12シリーズ目の3分冊。ローマ帝国が凋落に向かい,明らかな下降線をたどり始めることが誰の目にも明らかになる三世紀を描いた作。
    ローマはこの時代,ゲルマン民族に何度も簡単に,帝国領内への侵入を許し,しかも屈辱的な講和を何度も結んでいる。「平和は最上の価値だが,それに慣れすぎると平和を失うことになりかねないという『パクス・ロマーナ』の逆説的な現象が,現れ始めた」と書かれているが,現代日本でも同じである。平和が当たり前のことであるという社会は素晴らしいが,それはあくまでも平和維持の種々の努力の上に成り立っているに過ぎない。
    皇帝が頻繁に変わることによる政策の一貫性のなさ,それによる国力の無駄遣い。まるで今の日本をそのまま言い表しているようである。また,大衆は数人のアジテーターがいれば簡単に煽動できる,ということも頻繁に語られているが,これも然り。ローマほどの影響力はなかったかもしれないが,それでも大国であった,しかし今は下降線をたどる一途の日本。今までのどの巻よりも,現代日本への示唆に満ちているような気がする。

  • ローマ帝国の危機に対し、アウレリアヌスもプロブスも敢闘する。しかし、彼らの在位はわずかなうちに、しかもあっけない形で幕を閉じてしまう。”つまらないことに、時間と労力を浪費してしまうのも衰退の証なのだ”という著者の指摘は、そのまま今の日本に当てはまるように思えてならない。沖縄問題における”犯す”発現は、世界経済危機やTPP問題、中国の台頭、社会保障費の抑制など、待ったなしの課題が山積する中では、その発言が個人のエリート官僚に帰するのならば、あまりにも次元の低い問題である。野田内閣にはもっと前進して欲しいと思いながら、読み進めた。

  • 迷走する帝国にあって有能な皇帝も出現するのだが、ことごとく不幸な死に方で、短期政権に終わってしまう。
    例えばカエサルがこの時代に出現したら、帝国を再び繁栄させることができただろうか。多分無理なのではないかと思ってしまう。
    国民自身が劣化していてはいくら指導者が優秀であっても再びの繁栄は望めないのではないか。
    我が日本はどうなんだろう・・・・

  • 3世紀に入って、ローマ帝国が崩壊する兆しが出てきた。皇帝は軍人から推挙され、不信任の時には簡単に殺害される。ローマ帝国の外で戦争をやっていたのが、防衛線の中に押し込まれてから戦うようになったために耕作地や防衛拠点の都市が荒廃し、「ローマ市民」の自信が無くなっていく。そんな中、人々の心に安らぎを与えるキリスト教が静かに勢力を伸ばしていく。

    ガミラス(宇宙戦艦ヤマト)や銀河帝国(スターウォーズ)も、こういう歴史を踏まえて描かれているのかなぁ。。。

    ローマ人の物語完読まで、あと9冊。

  • ローマが衰退の一途を辿る場面になってから、以前よりも読む速度が遅くなった気がする。仕事が忙しくなったとうこともあるが、それ以上に衰退していくローマの姿が痛々しく、それが現実であったということが読んでいて辛くなってしまったからだからだと思う。何人かに1人現れる皇帝は蛮族を蹴散らしたり、ガリアを再統合したり(例えばアウレリアヌスのように)それなりに活躍するのだが、あっさりと死んでしまう。これが、ローマ帝国の衰退の象徴だったのだろう。巻末に塩野七生氏がキリスト教徒のキプリアヌスの言葉を借りて語っているように「ローマはもはや老いた」のである。次巻以降はキリスト教の勝利か…

  • 「同性としては毎度のことながら残念に思うのだが、女とは権力を

    手中にするやいなや、超えてはならない一線を越えてしまうもので

    ある。しかもそれを、相手の苦境につけこむやり方で行う。」

    うぅ…耳が痛い。でも、著者が言う通りなんだよな。

    ガリアとパルミラが独立したことで、広大な属州を持ったローマ帝国の

    領土は3分された。この時期、ローマ皇帝として就任するのは、叩き上げ

    の軍人皇帝たちである。

    蛮族やオリエントの君主国の侵攻を防ぐ為、ローマ軍の最高指揮官で

    ある皇帝たちは首都ローマに留まることが出来ない。

    その中でも特筆すべきはアウレリアヌス帝だ。ペルシア王の策略によって
    捕囚となったヴァレリアヌス帝により抜擢された属州の辺境出身の人材だ。

    蛮族とオリエントの君主国に対し、ローマの反攻が開始される。注目は
    クレオパトラを気取ったパルミア女王・ゼノビアとの対決である。

    アウレリアヌスは、女王ゼノビアにローマに降伏すよう手紙を書き送る。
    それに対しゼノビアは「私はオリエントの誇り高き女王よ。なんで皇帝が
    捕囚になったローマになんか降伏しなきゃいけないのさ。こっちには
    ペルシアが援軍を送ってくれるし、アラブ人だってアルメニア人だって、
    私の味方よ。堂々と戦場で決着をつけようじゃない?」と答える。

    この勘違いした傲慢さで、開戦決定。ペルシアからの援軍は来ず、

    アラブ人もアルメニア人も、既に他の蛮族を撃退し、以前の武勲を取り

    戻したローマ側になびいいていた。

    戦闘には、兵士の数だけではなく情報も大切だということに無知だった
    ゼノビアの完敗である。

    アウレリアヌス帝の疾風怒濤の軍略で、ローマ帝国は再び帝国としての
    再統合がなった。これで安泰…と思ったところで、皇帝付きの秘書の
    どうしようもない思い込みで暗殺される。

    「アウレリアヌス時代の帝国は幸福であり、市民からは愛され、兵士たち
    からは尊敬され、敵からは怖れられた」。

    この人の治世がもう少し長かったら、帝国の崩壊はもう少し遅れたかも

    しれない。

  • ローマの歴史には興味があり、内容的には面白いのだが、時々出てくる作者の理屈のこねくり回しが、鬱陶しく感じる時がある。

  • 既存エスタブリッシュメント層からではなく、父母の名も残っていないような軍隊たたき上げの人材から続々と皇帝が登場する時代。それ自体は階層間の流動性が高かったことの証で悪いことではなく、かつアウレリアヌスのように個々には優れた人もいたが、やはり大きな流れは衰退の方向に向かっていた。
    特に、部下の兵士のちょっとした不満による皇帝の殺害で治世が終わるケースがとても多く、継続した改善に繋がらない混沌とした状況。優れた人材が、ささいな理由のために消えるというのは非常に残念だ。
    よいものは継承してメンテナンスを続け、改善するところは改善する、というローマ的なやり方を進める事自体が難しい中、この後一時的にせよどうやって立ち直ったのか、この後も楽しみである。

  • メモ:帝国の3分割。
    皇帝ガリエヌス。元老院と軍隊を完全分離を定めた法=軍事をわかる政治家、政治がわかる軍人を生まなくなる。軍務と政務を完全分離したことで現実的で広い視野をもつ人材を育成する場がなくなる。指導層のやる気を殺ぐ結果になった。
    その他軍人皇帝。
    皇帝アウレリアヌス。ダキア放棄。パルミラ攻防。ガリア再復。帝国再統合。謀殺。
    キリスト教台頭ドッズ教授の見解
    1)キリスト教そのものがもつ絶対的な排他性。
    2)キリスト教は誰に対しても開かれていたこと。
    3)人々に希望を与えるのに成功したこと。
    4)キリスト教に帰依することが現実の生活でも利益をもたらしたこと。
    キリスト教の勝利の原因は、ローマの弱体化と疲弊化。蛮族の侵入。その結果としての農耕地の荒廃と過疎化。防衛費の増大による特別税の課税。住み慣れた土地を離れて都市に流入するも過密化する都市生活。社会福祉の弱体化。帰属心のなさから生じる孤独感。それらの結果としての希望の喪失。

  • 260年の皇帝捕囚からディオクレティアヌス帝の出現までの迷走が描かれる。蛮族、荒廃する農地、都市の人口流入、失業、インフレ、デフレ、度重なる戦時特別税と神々の守護がローマから離れ、キリストの来世への願いへと移り変わる様がわかる。

    皇帝の交代が暗殺による点に、なにか引っかかるのは現代人だからなのだろうか。ローマの軍人にも、なにかサムライと同じ血を持って償うような同時代に共通の精神が流れていたのだろうかと想像している。

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