ローマ人の物語〈42〉ローマ世界の終焉〈中〉 (新潮文庫)

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著者 : 塩野七生
  • 新潮社 (2011年8月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (202ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101181929

ローマ人の物語〈42〉ローマ世界の終焉〈中〉 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • ついにローマ帝国が終焉を迎える。といっても、劇的なエンディングがあるわけではなく、川面に浮かぶ泡が溶けてなくなるように。あと1冊、きっちり看取ろう。歴史を通読することで、現代に活きる『何か』を掴めるかもしれない。

  • 読書日:2013年6月3日-6月6日
    title in Italiana:ROMANI MUNDI FINIS.
    元老院と市民から委託されるのではなく神意によると定めた事によって無能であっても血の結びつきで皇帝になるから、滅んでしまったのだと感じました。
    滅んだ原因は色々あると考えますが、国教をキリスト教にした事も原因になっていると思いました。

    蛮族にイタリアが蹂躙されてローマ人が止むなく行きついて建てた都がヴェネツィアだという事に驚きを隠せません。
    ルネサンス期辺りに誕生したとずっと思っていたので本当に驚きました。

    そしてカプトゥ ムンディであるRomaの消滅sceneは何とも言えない気持ちになりました。
    盛者必衰とはこの事か、と思わずにはいられません。

  • 各々が責任を果たさなくなることによる瓦解。その前に、自分のことしか考えなくなる公共性の欠如。そういうことから徐々に国は衰えていく。それは歴史の中だけでなく、現代にも通じること。

  • 「一国の最高権力者がしばしば変わるのは、痛みに耐えかねるあまりに寝床で身体の向きを終始変える病人に似ている。」

  • 栄枯必衰。その原因は2世紀前のマルクスアウレリウスの時代からじわじわと崩壊がはじまった。

  • 屈辱的な首都の劫掠の後、帝国の本国たるイタリア半島には一時的な平和が訪れた。ガリアでの地歩を固めた蛮族が共食い状態になったためだ。しかし、ホノリウスが長い治世を無為に過ごして死んだのち、権力は皇女や軍司令官の手を転々と渡り、二年にもわたる内戦状態にさえ陥った。そして運命の476年、皇帝が蛮族の手によって廃位され、西ローマ帝国は偉大なる終わりの瞬間をもつこともなく、滅亡の時を迎えることになったー。

  •  1回目の「ローマ劫掠」から紀元476年の西ローマ帝国滅亡までの物語です。坂を転がり落ちていたローマも,フン族のアッティラなどの度重なる侵入を受け,「消え失せる」ときを迎えます。侵入という外的な要因だけではなく,坂を転がっている5世紀に入っても,内乱などの内的要因で,転がり落ちるスピードを増している様子を読んでいると,混乱の衰亡の時期とは,指揮系統や戦略がはっきりせず,外的要因と内的要員の双方から「消え失せる」ところまで,坂を下っていったというようにも思います。ローマという国家に限らずとも,多くの場面で見られることなのかもしれません。

     塩野さんが15年をかけて出版され,執筆はそれよりも長い時間をかけられた「ローマ人の物語」ですが,その中でも,西ローマ帝国の滅亡という重要な場面の描写は,冷静な叙述になっていて,とても塩野さんらしい場面だと思います。

  • ローマ帝国が遂に滅んでしまった。誰一人気づかないうちに…
    それにしても、ローマの危機というのに、それなりにローマを守ってきたアエティウスが無能な皇帝にキレられて、殺されてしまうというのはどういうことだろう…そもそもその前に、有能な武将の二人を争わせて一方を殺させるなんて、自滅ではないか。
    東ローマ帝国と西ローマ帝国の違いは、対処する人が腰を落ち着かせて対処 できたこと、というのも、なんだかタッチの差というか、運命というか。
    また、どちらも、分かれ道となる重要な時期を女が支配していたというのも興味深い。
    東ローマ帝国の実力者だった、皇帝の姉のプルケリアが、それなりに上手く対処し、しかも、弟の皇帝が死んだあとは、自分の権力の障害にならない無能な男を選んだのではなく、それなりの男を選んで、自分の夫として、神意による正統性を裏付けて皇帝にしたのだからなかなかだ。
    唯一の条件が、自分は神に貞潔の誓いをした身だから寝床を共にすることはできない、というのは、ちょっと笑った。
    しかし、全般的キリスト教の雰囲気がして、その派閥の争いも絡んでいたりして、なんだかやはり、もはやローマという感じがしないなぁ…

  • 蛮族による「ローマの劫掠」が行われ、国境はおろか、首都ローマさえもその略奪の対象となった紀元4世紀中ごろ。西ローマ帝国に限れば、ここから476年の滅亡までにひっきりなしに皇帝が変わり、でも今までのような皇帝の役割を果たすものは誰一人といなく、混乱に混乱を重ねた状態になる。
    明確なローマ帝国滅亡の年は定まってはいないが、それは蛮族に侵略されて陥落したものではなく、属州の反乱で国が瓦解したものでもない。自然と、誰も意識することなく、ローマという1200年以上の覇権国家はその姿を消した。
    カルタゴを滅亡させたローマ総司令官スキピオ・エミリアヌスの言葉が象徴的。

  • ついに滅亡した・・・

  • 476年の西ローマ帝国の滅亡までを書いている。ローマ劫掠後、ガリアは蛮族の共食い状態で、イタリアはかろうじて命脈を保っていた。テオドシウス以後、皇帝は飾りとなり、「軍司令官の時代」となっている。西ローマの将軍、ボニファティウスは有能な指揮官で北アフリカを統治していたが、皇母ガッラ・プラチディアの猜疑をうけ、討伐軍を差し向けられる。これに対抗するため、イベリア半島にいたヴァンダル族から兵を借り、アフリカによびよせたが、ヴァンダル族は北アフリカの異端ドナティウス派と結束し、侵攻することになった。ちなみに、ドナティウス派排斥の急先鋒だった教父アウグスティヌスはヒッポ陥落前に自然死している。ボニファティウスはカルタゴを放棄、イタリアに帰還し、そこでアエティウスと戦うことになった。アエティウスは若いころフン族へ人質にだされ、蛮族を知り尽くした将軍だった。蛮族との同盟・裏切りを繰り返し、互いにつぶしあいをさせていた。ボニファティウスとアエティウスはイタリアで戦い、司令官どうしの一騎うちでボニファティウスが落命した。フン族はアッティラを頭目とし、ガリアを略奪したが、アエティウス・西ゴート連合軍とフン・蛮族連合軍はシャンパーニュで戦う。混戦となったがツメが甘く、アッティラを取り逃し、のちに北イタリアが略奪されることになる。アッティラは略奪はできるが、組織だった戦争はできない男で、なにより気まぐれだった。アエティウスは軍団編成ができないのを理由に、北イタリア略奪を傍観した。アッティラが死んで、フン族が統率を失うと、皇帝ヴァレンティアヌス3世はローマに行き、そこでアエティウスと会う。アッティラの略奪時に身の危険を感じていた皇帝はアエティウスが詫びを入れると思いきや、アエティウスは皇女との結婚を申し入れた。皇帝は逆上、丸腰の将軍を刺し殺した。アエティウス亡き後、こんどは北アフリカを征服したヴァンダル族が海賊となり、地中海沿岸都市を略奪、ローマも二度目の略奪をうける。法王レオ一世が話をつけ、ローマ人が自ら神殿の金メッキ瓦まで差し出した。以後、東西ローマ共闘でヴァンダルを討伐しにいき、あっさり船団を焼き討ちされ敗北するということも起こったが、基本的には西ローマは皇帝の乱立を繰り返し、ロムルス・アウグストゥスを最後にもはや皇帝すら立てなくなり、溶解してしまった。ローマの最期はカルタゴのように「偉大なる瞬間」をもつことはなかった。

  • ロムルス・アウグストゥスが退位させられたあと、誰も皇帝即位しなかったことで、あまりにもあっさりと西ローマ帝国は滅びてしまった。今日はたまたま台北までのフライト中にテルマエ・ロマエを見たのだけれど、帝国全盛のハドリアヌスの時代の話なのですね。ローマ人の最後と落差大きすぎです。

  • 筆者のいう、「情けない時代のローマ人」の物語、というのがそのものずばり当てはまる。
    死なない人間はいないし、それは国家も同じということか。

    かつてローマ人が「蛮族」と呼んでいた人々に、世界の都ローマは劫掠され、西ローマ帝国最後の皇帝も退位に追い込まれる。
    その最後の皇帝がローマの建国者ロムルスと、帝国の建国者アウグストゥスの名を持つ「ロムルス・アウグストゥス」なのは歴史の皮肉か。

  • 2012/10/07 購入
    2012/10/14 読了

  • ★2012年8月29日読了『ローマ人の物語42 ローマ世界の終焉(中)』塩野七生著 評価B+
    ローマ帝国が東西に分離した395年以降東ローマ帝国は、女たちと皇宮官僚が支配したが、425年以降には西ローマ帝国も女が実質支配する国となっていく。その間、皇帝たちは居ても何もしないことでその命脈を長らえていく。
    アジアから西進してきた悪名名高いフン族に押される形で、次々と蛮族がローマ帝国に侵入し、最後にはフン族までもが帝国内を蹂躙する。すでにローマ帝国はそれを撃退する人、物、金もなく、ただ貢ぎ物を差し出したり、帝国の司令官の地位を譲ろうとしたり、果ては皇女までもがフン族のアッチラに結婚をほのめかす始末。まさに末期的な状況の中で、西ローマ帝国は、最後の皇帝ロムルス・アウグスツスは退位させられ、その後に皇帝を名乗り出る者もなく、静かに帝国は終焉を迎える。

  • 西ローマ帝国の最後の20年は、政局不安定だった。短期政権で、首相がコロコロ代わる日本と似ている。国が安定しているからこそ、政局は長く維持できるという、逆説的な考えも当然ある。この状況に陥ってしまうと、悪循環のシステムからなかなか抜け出せない。そんな中、皇帝も殺され、二度目のローマ拷掠を迎える。ローマ帝国の惨状は留まることを知らず、最後はオドアケルがロムルスを退位させて終わる。退位後は、”誰も皇帝になろうとしなかった”形で、西ローマ帝国は滅亡するのである。

    国際社会というのは、均衡の上に成り立っている。仮にこれが崩れた場合、東京拷掠のようなことは起きえるのだろうか、とまで考えてしまう。

    短期政権では、為政者が、腰を据えて問題に立ち向かうことができない。首相自体のlearning curveというのは、当然あるだろう。TPP参加や、消費税増税を是とするわけでは無いが、時の首相がある程度の及第点を持っているのであれば、少なくとも年単位での一定期間は、責任を果たして欲しいと思う。首を換えれば済む、という問題では無いことを歴史は教えてくれている。

  • ●内容
    ・西ローマ帝国の末期。
    ・スティリコ処刑とローマ劫掠以後、フン族のアッティラ、ヴァンダル族のゲンセリック、東ゴートのセオドリックなど蛮族による入れ替わり立ち代りの圧迫。疲弊したローマが地方のローマ軍将軍のオドアケルによって静かに幕を閉じるまで。 

    ●コメント
    ○幼帝と母皇后、皇宮官僚による統治の時代。蛮族の圧迫が続く中、皇帝の暗殺や東ローマ皇帝の圧力などから政権が安定しない情勢。西ローマ側では「英雄」不在の状況だが、時代背景に即した著者のコメントが光る。

    (引用)
    ・勇将並び立たず、という言葉がある。だが、並び立たないのが当たり前の勇将二人を並び立ててこそ、その上に立つにふさわしい才能の有無が示されるのである”

    ・ところが、”キング”が”キングメーカー”の意に反することばかりをやるようになったのだ。このような場合、既得権益階級は表立った反撃には出ない。皇帝の政策の実施段階で見えないサヴォタージュをつづけながら、相手の失点を待つ。既得権益者なのだから、待つに必要な「体力」は十分にあるのだった。

  • 月並みな感想だけど、西ローマ帝国終盤の混迷をそのままスケールダウンしたら、今の日本の政治の混迷になるような。特にトップが一年交代なあたりとか。

  • とうとう西ローマ帝国が滅亡してしまいます。でもその滅亡の仕方が何ともあっけないというか、情けない終わり方です。
    国が滅びようかと言う時でさえ、内輪での権力争いに明け暮れる指導者層の心理とはどういうものなのか興味を持ってしまいました。
    それにしても西ローマ帝国最後の皇帝の名前が、ロムルス・アウグストゥスというのは出来すぎた漫才のようで思わず笑ってしまいました。

  • 淡々と転げ落ちる西ローマ。フン族の頭目アッティラの暴風になすすべもない。その一方、ガリアからヒスパニアを抜けて北アフリカを拠点としたヴァンダル族はついにカルタゴを陥した。そして海軍力を手にしてシチリア、サルデニア、荒らし、海からローマへ。455年にローマは再び劫掠されたのだが、それは命との引き換えにの収奪。ゲルマン民族大移動のピークがここにあった。二度目の劫掠ののち約20年でローマは滅ぶ。得意の軍の内戦で、最後の少年皇帝ロムロス・アウグストゥスが退位させられたのち、誰もが帝位につくことがなかったということでの滅亡となった。476年のことであった。

  • 流れを掴むことも好きなのだが、ときおり挟まれる著者の人物評は読んでいて興味深かった。

    ボニファティウスとアエティウス、アッティラ、ゲンセリックは勿論面白かったが、皇女ホノリアの行動が突発的かつ意想外であり驚き呆れた。

  • 最後の西ローマ帝国の終わり方は蛮族の略奪から守れなくなった皇帝が
    代わりが出なくなって終わってしまった。普通の帝国の最後と言うような、最後の皇帝が次の皇帝に禅譲とか、簒奪とか、されないうちに終わってしまった。なんか、最後が訳が分からないうちにふっと消えてしまったようだ。紀元前より有ったローマ帝国の最後にしてはあまりにあっけない。しかし、まだ東に別のローマ帝国が残っているが、こちらはもはやローマ帝国と言ってもローマ帝国ではない。ビザンティン帝国と言う方が正しいか。なぜならローマ帝国と言ってもローマに首都は無いのでから。

  • 文庫本を足掛け5年かけて読んだ。
    突然大帝国が戦争に負けて消えていくのではなく、
    諸々の要因が重なって、国家としての機能が
    果たせなくなった結果、フェードアウトして行った。
    西洋史には詳しくなかったが、多少ギリシア・ローマ時代の
    勉強にも役立った。
    また、ローマ史を読んでいるはずなのに、
    今の日本の姿を投影して読んだ箇所もかなりあり、
    歴史は繰り返すのか、歴史に学ぶべき事が多いと
    感じた。

  • あれだけ様々な危機に臨機応変に対応してきたローマと、同じローマとは思えないほど全てが後手後手になっていき、終には後手にも回れなくなっていく様は読んでいて悲しいモノがあります。
    今まで読んできた『ローマ人の物語』に表されるローマを考えると、やはり西ローマ帝国の滅亡がローマ世界の終焉とするのは納得です。

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屈辱的な首都の劫掠の後、帝国の本国たるイタリア半島には一時的な平和が訪れた。ガリアでの地歩を固めたい蛮族が共食い状態になったためだ。しかし、ホノリウスが長い治世を無為に過ごして死んだのち、権力は皇女や軍司令官らの手を転々と渡り、二年にもわたる内戦状態にさえ陥った。そして運命の四七六年、皇帝が蛮族に手によって廃位され、西ローマ帝国は偉大なる終わりの瞬間をもつこともなく、滅亡の時を迎えることになった-。

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