ローマ亡き後の地中海世界1: 海賊、そして海軍 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101181943

作品紹介・あらすじ

476年、西ローマ帝国が滅亡し、地中海は群雄割拠の時代へと入った。台頭したのは「右手に剣、左手にコーラン」を掲げ、拉致と略奪を繰り返すサラセン人の海賊たち。その蛮行にキリスト教国は震え上がる。イタリア半島の都市国家はどのように対応したのか、地中海に浮かぶ最大の島シチリアは? 『ローマ人の物語』の続編というべき歴史巨編の傑作、全四巻。豪華カラー口絵つき。

感想・レビュー・書評

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  • 「ローマ人の物語」が読み終わって、残念に感じていたら、その続きを塩野七生は書いていた。
    残念な中世キリスト世界を残虐なイスラム世界が駆逐していく。シチリアを巡る攻防は読みごたえがあったが、狭量なキリスト世界と違い、イスラムの寛容は新たな世界を創っていた。中世のイタリアは目まぐるしく統治者が変わる。明るい陽光ふりそぞぐ地中海世界の血まな臭い歴史は続く。

  • イタリア中世史。さすがに記述は明確でテンポが良く読みやすい。歴史的叙述はさらりと流しながら、その時代にそこで生きた人たちの思いを描こうとしている。第一巻は西ローマ帝国が滅亡してから、シラクサがイスラム側に落ちてシチリア島がイスラム支配下に入る(878年)までを描く。北アフリカまで拡がったイスラム教は、アラビア半島から来た原イスラム教徒と、北アフリカの現地で改修した新イスラム教徒の内部対立を含みながらも、北アフリカから地中海を超えてイタリアを目指す。

    こうしたイスラム勢力(サラセン)は海賊という形を取った。しかも海賊を生業とした。ローマ時代の北アフリカは豊かな土地だった。農業生産は地中海の豊かな土地であるシチリアに並ぶものがあった。だがローマ衰退後、その陰は見るも無くなる。海賊を生業としたのも無理からぬことだ(p.225f)。かくしてサラセンは海賊として、シチリア島や南イタリアに襲いかかり、物資、金銭、そして奴隷として人を奪い取っていく。海賊行為によって生活を成り立たせているのだから、繰り返し行われる。一つの街が海賊行為によって荒廃すれば、別の街が襲われる。イタリアの人々は、いつ来るとも知らぬサラセンの海賊に怯える。海賊に襲われ、奴隷化されるイタリア半島とシチリア島の住民にとっては、この時代は暗黒の中世以外の何ものでもない(p.64f)。

    イスラムの急激な広がりは、ビザンチン帝国の複雑で重い税金と汚職による不満と関係している(p.28f)。とはいえ、イタリア側も手を拱いているわけにはいかない。著者は、800年の神聖ローマ帝国の成立をこのサラセンの海賊への対抗策から見ている。本来、シチリア島および南イタリアはコンスタンティノープルのローマ帝国(東ローマ帝国)の領有である。ところが、荒らしまわるサラセンの海賊に対して、コンスタンティノープルからはまったく軍事的援助がない。イタリア側の自衛手段としての神聖ローマ帝国の成立は、ローマ教皇庁がコンスタンティノープルから離反することを意味する(p.67-72)。ところが、神聖ローマ帝国を成立させた立役者のシャルル・マーニュとレオ3世が亡くなると、ヨーロッパが結集してイスラム勢力に立ち向かう気勢は一気に薄れる。

    「平和とは、求め祈っていただけでは実現しない。人間性にとってはまことに残念なことだが、誰かがはっきりと、乱そうなものならタダでは置かない、と言明し、言っただけでなく実行して初めて現実化するのである。ゆえに平和の確立は、軍事ではなく、政治意志なのであった。」(p.79)

    結局、イタリア各地がサラセンの海賊に襲われても、対抗する軍事力がイタリアにはない。830年、イスラム勢力はついにローマに迫るが、それでもキリスト教側の救援軍は来ない(p.110)。この時は城壁外の聖パオロ大聖堂や聖ピエトロ大聖堂は略奪にあうが、城壁内は守り切った。ローマのすぐ近郊のチヴィタヴェッキアを占領し基地を築いたサラセンは、846年、再びローマに迫る。この時ばかりは義勇兵が各地から集まってくる(p.148-153)。しかしこの違いは何なのか、あまり記載はない。

    かくして9世紀後半のイタリア半島はいつイスラム化してもおかしくない状況だった(p.186)。特に北アフリカに最も近い、シチリア島は常にサラセンの脅威にさらされ、877-878年のシラクサ攻防戦で陥落、全土がイスラム勢力に落ちる。ちなみにこの時も、西方のキリスト教者はシラクサの苦境をみな知っていたが、誰も助けなかった(p.202)。シチリア島は1072年にノルマン人が支配するまで、イスラム勢力下に置かれる。このイスラム勢力下のシチリア島が、「イスラムの寛容」のもと、それなりに平和を保ったことも事実である。それが証拠に、シラクサが籠城戦を続けていても、シチリア島各地のキリスト教徒たちは蜂起も参集もしなかった。

    キリスト教側が一矢報いたのが916年。教皇ヨハネス10世は自ら軍の先頭に立ち、イスラム勢力からガリリアーノを奪回。ついでチヴィタヴェッキアも取り返し、ティレニア海からサラセンの海賊を追い出した。しかしこれはイスラム勢力側において、原イスラム教徒と新イスラム教徒の対立が深くなったことが助けとなっているもので、海賊の勢力が一気に弱まったわけではなかった(p.216-220)。この後もイタリアはサラセンの海賊に脅かされる。その海賊への備えが海洋国家を作っていくのだ(p.248f)。

  • ヴェネツィアの興りと苦労から始まる地中海世界のおはなし。ローマ滅亡後となるとなんとなくテンションが上がらなくて読むのもつい後回しになってます。話自体は大変面白いです。

  • ちょっと前に、NHKでヨーロッパ各地の崖上の街を空撮で巡るっていう番組を観てて、どうしてこんな場所に街作ったのかとびっくりしたんですが、その背景の一端が本書で分かりました。
    イスラム勢力に押されて、安住の地を求めた結果という説明はかなり説得力がある。どう見ても教会というより要塞な建物群も納得がいきます。

  • サラセン人
    シチリアを征服するイスラム人
    キリスト教徒の扱い

  • 2020/06/01 購入
    2020/06/24 読了

  • 西ローマ帝国が5世紀に滅んだ後の地中海世界を描いている。

    パクス・ロマーナと呼ばれ、地中海の四方を一つの帝国の下に統治した時代が終わることで、自由な航行が失われただけでなく、農業や手工業といった産業資本の蓄積を可能にする安全で継続的な交易も、途絶えてしまった。

    西ローマ帝国の滅亡当初はゲルマン族、ゴート族などの北方からの蛮族の侵入が、地中海世界の分断と抗争の主な原因だったが、それからほどなくしてアラビア半島で生まれたイスラム教の伸長により、地中海世界は新しい治安の課題を抱えるようになる。

    イスラムの家の拡大という聖戦の旗印と、主要な産業を持たない(ローマ時代にはおこなわれていた農業という基盤が失われた)北アフリカの生活の糧を得るという目的が一体化し、「サラセンの海賊」と呼ばれる北アフリカから地中海北岸全域への海賊の襲来が、中世を通じた地中海世界の恒常的な不安定要因となる。

    印象深かったのは、この宗教的な目的と商業的な目的が当初は一体化してイスラム世界を拡大させ、海賊という形でもキリスト教世界の脅威になったが、その後、一部のキリスト教世界とイスラム世界の間で交易がはじまるようになると、イスラム世界の中でもキリスト教世界との共存が図られる地域が出てきていることだ。

    筆者も中世における軌跡と述べているが、シチリアをイスラム世界が統治したのち、アマルフィ、ピサ、そしてジェノヴァといった海洋都市国家との間で協定が締結され、イスラム世界の中にもキリスト教の商人たちが居住し交易を行う世界が生まれた。

    このようなことがイスラムの伸長の初期の段階であったということは、驚きだった。

    一方で、この時代の商業活動や航行の安全は、あくまでイスラム世界の各地域を統括する「首長」とイタリアの海洋都市国家の間の「二国間協定」に留まり、地中海世界全域を自由に航行し、様々な地域と交易を行うことはできない状況であった。

    結局、パクス・ロマーナの時代のようなグローバルな経済・社会は復活せず、経済の繁栄も都市国家単位によるものにとどまった。

    少なくとも経済の世界においては、より広範囲の交易により経済の成長と富がもたらされ、インフラや生活水準の持続的な維持ができるようになる。そういった点から、「ローマ人の物語」で描かれた時代との対比が強く印象に残る本だった。

  • 476年、西ローマ帝国が滅亡し、地中海は群雄割拠の時代へと入った。台頭したのは「右手に剣、左手にコーラン」を掲げ、拉致と略奪を繰り返すサラセン人の海賊たち。その蛮行にキリスト教国は震え上がる。イタリア半島の都市国家はどのように対応したのか、地中海に浮かぶ最大の島シチリアは?

  • 相変わらずこの人は歴史を書くのが上手でグイグイ読ませてくる。北アフリカを席巻したイスラム勢力が海賊として地中海に跋扈した。オリジナルイスラムとしてのアラブ人と新イスラムとしての北アフリカ人をまとめてサラセン人と呼んでいた。紀元800年代のキリスト教勢力とイスラム勢力の争い。シチリア島がイスラム勢力に支配されたのは初めて知ったのと、そこで実現したイスラムの寛容。

  • 文庫1-4巻全4冊を通してのレビュー

    476年、西ローマ帝国が滅亡し、地中海は群雄割拠の時代へと入った。台頭したのは「右手に剣、左手にコーラン」を掲げ、拉致と略奪を繰り返すサラセン人の海賊たち。その蛮行にキリスト教国は震え上がる。イタリア半島の都市国家はどのように対応したのか、地中海に浮かぶ最大の島シチリアは? 『ローマ人の物語』の続編というべき歴史巨編


    巻末の附録にあるように、
    本書は地中海の中央にいて東西南北に視線をめぐらせているスタンスの作品である。
    イスラム世界のトルコ、キリスト教世界のスペイン、フランス、ヴェネツィア、法王庁の5者+イスラム世界の海賊たちが跋扈する地中海世界で、まだ誰一人として絶対的な力を持ち得ないために混沌とした状態が続いている。

    この時代のこの世界のことを、
    大まかに理解するためには本書は最適と思われる。
    細部まで理解したいという方々のためには、
    著者は下記の作品を用意してくれているので、
    合わせて読み進めていけばなお一層の理解が深まるだろう。
    「十字軍物語」
    「海の都の物語」
    「コンスタンティノープルの陥落」
    「ロードス島攻防記」
    「レパントの海戦」

    さらに付け加えるなら
    「ルネサンスの女たち」
    「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」
    「神の代理人」
    「ルネサンスとは何であったのか」
    「わが友マキアヴェッリ」
    「愛の年代記」


    上記の作品はすでに読破済であるが、本作を読むにあたり、再読をし始めているところである。
    いずれにせよ、ジグザグ読みが楽しいと思える作品である。

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