あのひとは蜘蛛を潰せない (新潮文庫)

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著者 : 彩瀬まる
  • 新潮社 (2015年8月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (283ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101200514

あのひとは蜘蛛を潰せない (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 通勤用の文庫本を昼休みに読み切ってしまって「帰りの電車で読む本がない!」と焦って職場近くの本屋で適当に表紙の気に入ったこれを購入。なんの予備知識もなかったけれどこれは「当たり」だった!

    28歳、実家暮らし、男性経験なし、ドラッグストアの真面目な店長・梨枝さんが主人公。タイトルにもなっている、蜘蛛を殺せないパートのおじさん柳原さんが最初に登場するので、おじさんとの不倫の話?と思ったら、おじさんは若い女と早々に退場、代わりに入ってきた二十歳の大学生アルバイト三葉くんのほうが恋のお相手でした。

    といっても、メインは年下彼氏との恋愛よりむしろ、梨枝とその母親との関係性。女手一つで兄妹を育ててくれたこのお母さん、けして客観的にみて悪い母親ではない。外で働きながらも家事は手を抜かず、料理上手でお掃除も完璧、どこへ出しても恥ずかしくない娘に育てるべく、非常にきちんと躾をしてくれた・・・にも関わらず、これがじわじわと、いわゆる一種の「毒親」であるという・・・この「じわじわ」感が、なんともいえず怖い。わかりやすい虐待、暴力や罵倒があるわけではないし、一見二人は上手くやっているように見える。自身も会社員だった母は洋服や化粧品を娘のために買ってくれたりもする理解ある母でもある。だからこそ、真綿で締め付けるように毒が染み込んでくる感じ。一人暮らしを決心した梨枝にこの母が吐いた言葉は、愛情ではなくいっそ呪い。

    そして、母親の支配から逃れたいと思いながら同時に彼女を憐れむ梨枝の、年下の恋人に対する愛情表現が、自分ではそれと意識せずにだんだん母が自分にしていたことと似てきていることに、読者のほうが気づいて不安になる。梨枝は母親のせいで自己肯定感が薄い子だけれど、とても真面目で、けして器用ではないけれど手を抜かない真摯さがあり好感が持てるだけに、アドバイスしてあげたくてそわそわしました(笑)

    最初のうちは若い子特有の残酷さが怖い気がした三葉くんも複雑なトラウマ持ちだったり、同じように母に反発しながらも可哀想な女が好きな兄、その兄と結婚した幼馴染の病弱な雪ちゃん、嫁が来て孫が生まれたことでおこる母の変化、ドラッグストアの客で薬物依存のバファリン女など、登場人物は誰しもちょっとづつ病んでる感があるけれど、基本的には支え合い向き合う努力をしようとしているところが前向きで読後感も良かった。

    はじめて読む作家さんだけど、エピソードの重ね方、キャラクター造形に過不足がなく適切で、なんというか、もうちょっと掘り下げると重くなったり嫌悪感に繋がったりする、すれすれの部分で踏みとどまっている感じが非常に上手いなと思いました。

  • 彩瀬まるさんの小説には、人のダメなところに寄り添うような温かさを感じる。
    この世の中には完璧な人間なんて存在しなくて、なかなか変えられない短所があったり、過去や環境に囚われたまま生きてしまうこともある。
    そういう人間のダメな部分を、優しく抉ってそして許す。独特の愛情を感じる。

    この小説の主人公は28歳の梨枝。ドラッグストアで店長をしている、ごく普通の女性。
    コンプレックスはいまだに人と付き合ったことがなく処女であることと、締めつけのきつい母親の存在。
    ある日年下のアルバイト男子・三葉くんと恋に落ち、それがきっかけで家を出て、生まれて初めて母親から離れて生活し始める。
    恋愛の力って何て偉大なのだろう。それまで浸かり続けてきたぬるま湯から、勢いだけで一気に離れる決意を固められるのだから。
    だけどひとまずの環境を変えたところで、過去や自分の中に根付く問題は変えられない。初めて好きな人が出来た梨枝は、自分の中の問題を三葉くんに投影してしまい、それによって徐々に関係がぎくしゃくし始める。
    そしてそんな三葉くんにも大きな問題が…。

    自分の中にあるものを身近な人に投影してしまうのはきっと誰にでもあることで、だけど「解ってもらいたい」という欲求を相手にだけ求めるのは間違ってる。
    理解してもらいたいなら、自分も相手を理解する努力をしなくてはならない。
    そういうことを、梨枝はだんだんと学んでいく。対三葉くんだけじゃなく、対母親や、周りの人たちと関わる上でも。

    生きていれば色んな問題が発生するけれど、苦しんだり悩んだりしながらいつしかその問題が収束していったり、自分が変化することで周りの人たちの変化も感じられるようになったり、ということは現実でもよくある。
    そういう時間の流れの優しさも感じられる小説だった。
    最近の個人的ヒットな作家さんはこの方だな、と思う。

  • なるほど、「神様のケーキをほおばるまで」も良かったけど、こっちの方がよく出来てるわ。
    綾瀬まる、味わえる小説かける人やなぁ。

    28歳女性、引っ込み思案のドラッグストア店長が、バイトで入ってきた若い男と恋仲になる。次第に距離を詰めるまではエエ展開だが、付き合いだして同棲して、入れ込み過ぎて、過干渉で、距離をおかれる。

    筋だけ書くと、どっかにあったような小説みたいだし、現実にもこんなのいっぱい転がってそうな話である。それが綾瀬のペン(じゃないやろけど)にかかると、不思議な味わいの小説になる。味付けの基本は娘依存症的な主人公母の存在。この人が主人公の人生を大きく覆う傘となっていて、雨を防ぐつもりが日光すら当たらなくさせてしまったこと。

    大切な人に徹底的に干渉したい、という欲求は誰しもが少なからず持っているものだと思う。若いうちはその欲求に振り回されて、自分も大切な人もワチャワチャになって、結果ギクシャク。そういう苦い経験を踏まえて人間は成長していくもん…

    なはずが、主人公母のように成長しきれない人はたくさんいるんだろうなぁ。我が子であれ大切な恋人であれ、過剰に関わるのは不幸の元なのだということ。子供はいずれ巣立つものだし、恋人は所有物ではない。人間は一人では生きていけないものだけど、インフラ整備状況としては一人で生きていく程度の整備はされている(現代日本)。

    大切なもの(人)との関わりに、どれだけ上手に距離を置くか。近づきすぎると見えなくなるし、近眼になって本当の姿を見えなくもなるんやで。
    若い頃なら分かっていなかった間合いの大切さが、苦い経験を経てちょっと分かる歳になったことで、この小説をしっかり味わえた。

    綾瀬まるは…中年殺しなのかもしれない

  • 恋愛部分だけクローズアップするとただの夢見がちなファンタジー?とすら思えるリアリティのなさなんだが(そこがキュンキュンしてアラサー女としては魅力を感じるけど)、主人公含め登場人物が抱えている家族に対する複雑な感情や歪みがみごとに「恋愛」と絡み合っていて、読んでいて重苦しく、息が詰まるような緊張感が絶えることのない恋愛小説。
    28歳独身、処女、実家住まい、強烈なデキた母からの呪縛に雁字搦めにされて、判断力が育たない、カーテンひとつ、スカート1枚選ぶにも素直な自分の欲求と向き合えない、おどおどした女。
    そんな彼女と一見対極的な明るく素直な大学生バイトの三葉くんと付き合うようになり、自分の感情を冷静に見つめられるようになる。
    母親と口論できないあの感じ、すごくよくわかるよ。

  • 今読むべき本だと思った。
    書かれていたのは紛れもなく私で、誰かのように思えた。ずっと疑問に感じてた「かわいそう」という言葉。独りであることの寂しさと強さ。上手く説明出来ないけれど、そういった誰もが持ってて、隠してる恥であり人間くささが、この本の私が思い出させてくれた。

  • 20代後半、仕事の責任は重くなって、恋愛市場での自信のなさは加速して、親を鬱陶しいと思う一方守らなきゃみたいな気持ちを持ったりとか、まあどの年代でも同じように苦しんでると思うけどこの年代特有の憂鬱さや閉塞感に、共感で胸が苦しくなった。
    主人公は母、母親は"支配する母親である自分"、三葉くんは姉、みんな少しの勇気やきっかけでひとつずつ何かを得て、引き換えに何かを諦めて、そうやって生きてくんだなと思った。最後は何かがキッパリ解決したわけじゃないんだけど、希望に向かっていくラストだった。主人公に用意されているような、明るい光がパァっと射す希望じゃなく、ぬるま湯の海に浸かっているような希望だ。

  • 良い小説だった。戦後の団塊ジュニア以降の世代には感じることの多い作品だったのではないかと思う。ケースとしては微妙に違っても気持ちの面で通じる作品。これは意外と成功することが少なく客観的に眺めるというより共感を覚えながら読むことができる。小説にしてくれたことを感謝したくなるくらい。小説らしいいい小説だった気がする。芥川賞にはこういう作品だといいような。同時に直木賞でも文句ない。そうい質の高い小説だったと思います。

  •  蜘蛛・・・という語感がまず、薄暗さやうそ寒さを思い起こさせる。「蜘蛛を潰せない」人の話は導入部分でしかないんだけど、なぜ潰せないのか、と考えた時に挙げられる、弱さや優しさ、あるいは遠慮や逃げといったことが物語の背景にずっとある。
     母娘、恋人、姉弟といった一対一の関係の中に、どんな想いがあり、どう変化するものなのかが描かれている。あなたとはもう関わらない、とばっさり切り捨てることが難しい関係。
     登場する中で、私にとって一番実感から遠かったのは梨枝の母娘関係。母、紀子の放つ言葉は一瞬「ひどい」と感じる反面、どうしても裏に愛情があるように思えて、受け入れなくてはいけないような気にもなる。「賢い娘さんはみんな結婚までちゃんと親元で育つの。それが常識なの」なんて言われたら・・・。
     親の愛情ってどこまで踏み込んでいいんだろう、子の自立ってどういう状態だろう、と考える。

     自分の足が太いかどうかすら、よくわからないのだ・・・と梨枝が考えるところも、印象に残った。どうでもいいと追い払うことも、なんとかしようと乗り出すこともできずに「薄い闇」のなかをさまよっている事柄・・・私にも、あるような気がする。なぜ決めきれないかといえば、やっぱり梨枝が気づいたように「みっともないのは嫌だと思っている」からだ。
     でもそれについて深く考えようとすると、自己嫌悪に陥るばかりで苦しいから、つい目を背けてしまうんだよなぁ・・・。

  • 蜘蛛を見つけた時に、どうするのか。つぶせる人、つぶせない人、逃がす人、色々いる。どの人も不器用な気がするお話。
    2017/10/16

  • 読んだのはもう2年前ぐらいになるけれど、思い悩む若い女性の心を引き寄せて、過去に何度か疾走したことがある柳原さんの印象が強烈で、未だにそのシーンだけを振り返って読むことがある。閉塞感から疾走してしまいたいときが、私もたまにある。さしてドラマチックな物語ではないけれども、ふと共感したさに思い出してしまう。

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あのひとは蜘蛛を潰せない (新潮文庫)の作品紹介

ドラッグストア店長の梨枝は、28歳になる今も実家暮し。ある日、バイトの大学生と恋に落ち、ついに家を出た。が、母の「みっともない女になるな」という“正しさ”が呪縛のように付き纏う。突然消えたパート男性、鎮痛剤依存の女性客、ネットに縋る義姉、そして梨枝もまた、かわいそうな自分を抱え、それでも日々を生きていく。ひとの弱さもずるさも優しさも、余さず掬う長編小説。

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