シェイクスピアの正体 (新潮文庫)

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著者 : 河合祥一郎
  • 新潮社 (2016年4月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (341ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101204765

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シェイクスピアの正体 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 購入済み 読了

    今年の夏、師匠の歌曲コンサートでシェイクスピアの解説があって、この本が紹介されていたのです。
    面白そう!と思って買ったはいいが、いろいろあって放置。
    やっと読み終わりました。

    内容(「BOOK」データベースより)
    シェイクスピアとは誰なのか。別人、合作、それとも…。彼の存在が謎めいているのは、その作品の偉大さゆえでもある。片田舎から行方をくらませた無学な男は、いつのまにかロンドンで天才的な詩人・劇作家へと変貌を遂げた。才能が花開いたのか、誰かが成り変わったのか?シェイクスピア研究第一人者の東大教授が、演劇史上最大の謎を解く!

    著者の見解で、科学的根拠が示されてはいずれ結論がイマイチでしたが、内容は知らないことばかりでおもしろかったです。
    タイトルロールの語源が分かっただけでも収穫です。

  • ・河合祥一郎「シェイクスピアの正体」(新潮文庫)は劇作家のシェイクスピアは誰なのかといふ内容の書である。役者シェイクスピアが劇作家シェイクスピアであると私は信じてゐた、といふより、ほとんどそれだけしか知らなかつた。それでもフランシス・ベーコンがといふのはきいたことぐらゐはあつた。これもそれ以上ではないので、結局、私は役者=劇作家としか考へなかつた。個人的にはシェイクスピアはシェイクスピアであるといふだけのこと、一般に役者=劇作家と言つてゐるだけで十分だと思つてゐたのである。ところが、たまたま本書が出てきた。それでもと思つて読んでみた。その結論は別人説否定、役者=劇作家であつた。結局、何も変はらないのである。シェイクスピアはシェイクスピア、これだけのことであつた。
    ・別人説の中でおもしろいと思つたのはオックスフォード伯爵説であつた。私はこの名前を見るとバードの「オックスフォード伯爵のマーチ」を思ひ出す。これは「戦ひ」の組曲中の有名な曲、フィリップ・ジョーンズ金管アンサンブルの編曲、演奏で特に知られてゐる。この伯爵は17代であらうか。ならばバードとほぼ重なる。それゆゑに、あのマーチの伯爵がシェークスピアであるのならば私には嬉しいことで、ますますシェイクスピアのファンになりさうである。劇作家≠ 役者ならば、その劇作家第1候補がこの伯爵であるらしい。「語彙や文体はシェイクスピアのものにとてもよく似ている。」(112頁)「オックスフォード伯爵は劇作家として優れているという当時の評判があったにもかかわらず、どういうわけかその戯曲がひとつも残っていない。」(113頁)「伯爵の生涯は、驚くほどシェイクスピア作品との呼応に満ちている。」(同前)「伯爵の個人指導をした叔父のアーサー・ゴールディングは、シェイクスピアにとって宝の山とも言うべきオウィディウスの『変身物語』の翻訳者である。」(114頁)等々、かくして伯爵が役者の名前を借りて作品を発表してゐたのだとなりさうなのだが、物事、さう簡単にはいかない。ここに「致命的な問題がある。伯爵は一六〇四年ペストに感染して、その年の六月二十四日に死亡しているのに、シェークス ピア作品は一六一一年まで書かれ続けているのである。」(127頁)伯爵没後の作品は誰の作なのかである。作品はすべて伯爵の死以前に書かれたと考へるこ ともできるらしい。しかし、共同執筆者の問題から、結局、この伯爵も「最終的にはシロと結論するしかない。」(128頁)のであつた。このやうに、劇作家≠役者と仮説を立てても、役者以外の人物を具体的にシェークスピアに特定できないのである。本書のこのやうな諸説検討もおもしろいのだが、最後のあたりにある、「別人説が前提としているのは『シェイクスピア作品は優れている、シェイクスピアは天才だ』という発想だということである。」(266頁)といふ一 文が鋭いと思ふ。ある意味、当然のことである。今でこそシェークスピアは文豪で通つてゐるが、その当時はシェークスピアも普通の劇作家であつた。これに関する考察もある。語彙数、外国語や古典の素養、これらは特に優れてゐるとは言へないらしい(269頁以降)。ただ、「シェイクスピアの取材能力の高さ」 (272頁)とは言へるやうで、これがその作品を豊かなものに見せてゐるらしい。そんなわけで、シェイクスピアに於いて、役者は劇作家であつた。さうすると、現代はシェイクスピア候補の役者がそろつてゐる時代である。何百年の歳月に耐へうる作品がそこから生まれるのかどうか。問題はそこなのだが、それでもさう考へるだけで楽しい……。

  •  「田舎の公立学校を出たか出ないかわからないような学歴で、しかもずっと役者業に携わっていたのなら執筆のための勉強も調査も取材もする暇などなかったはずだ。それなのに、すらすらとこんなすごい作品を書けたはずがない。どうしてそんな芸当ができるというのか。一体、シェイクスピアとは誰だったのか。」(p.50)というのがこの本のテーマ。「シェイクスピア別人説」として七人の候補が挙げられ、それぞれの主張の根拠、強さを様々な記録から探っていく。そして最後に、著者の結論が述べられる。
     ロンドンでは「シェイクスピア作者問題」についての修士課程があったり、アメリカでも「シェイクスピア作者問題研究センター」があったりするらしく(p.9)、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、日本では考えられない程大真面目に「シェイクスピア学」という学問分野として成り立つのがすごいと思う。
     ただ、その熱の入れように付いていけず、当時の劇作家や役者たちの色々な話が出てくるが、正直あまり興味が持てず、仔細に追うことができなかった。やっぱりある程度シェイクスピアを読んでるとか勉強した人じゃないと興味が持てないのかもしれない。
     それでも、シェイクスピアの生きたエリザベス朝の時代について書かれた第二章は面白いと思えるところがいくつかあった。イギリス国教会が定められてから、カトリックが弾圧されるなかで、シェイクスピアが親カトリックの家系で育ち、沢山の近い人が処刑されるのを目の当たりにした、というのはシェイクスピア作品を読む上で知っておいてよい知識だと思う。「敵国スペインの宗教カトリックが棄権しされたイングランドにおいて、カトリックの環境で育ったシャクスペアが学んだことと言えば、面倒に巻き込まれたくなかったら自分の正体を隠せということだったのではないだろうか。」(p.177)そして、結果として「謎めいた人物となった」というのは納得できる。また、同じように現代と違うことで、重要なことしては、劇作家の地位、作者や著作権に対する考え方の違い、という部分だろう。「客を呼べる台本ができさえすればいいので、誰が書いたかはさほど問題にされなかった時代だった」(p.266)という部分は、指摘されないと気付かない。いったん戯曲が作者の手を離れてしまえば、劇団が戯曲を管理し、あるいは出版社に金が入る。そして劇団は厳しく戯曲を管理し、「役者たちに台本を配らなかった」(p.285)。そして「自分の台詞だけを書きつけた巻物(roll)を持って稽古したため、十七世紀初頭のフランス語(rolle)を経由して、役のことをロール(role)と呼ぶようになった」(p.285)というところは、英語好きとしては最高に面白い部分だった。
     細かい部分はともかく、最後は納得のいくというか、安心できる結論になっていた。(16/06/06)

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シェイクスピアの正体 (新潮文庫)の作品紹介

シェイクスピアとは誰なのか。別人、合作、それとも……。彼の存在がこれほど謎めいているのは、その作品の偉大さゆえでもある。片田舎から忽然と行方をくらませた無学なウィリアム・シェイクスピアは、いつのまにかロンドンで天才的な詩人・劇作家に変貌を遂げた。才能が花開いたのか、誰かが成り変わったのか? シェイクスピア研究第一人者の東大教授が、演劇史上最大の謎を解く!

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