縛られた巨人―南方熊楠の生涯 (新潮文庫)

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著者 : 神坂次郎
  • 新潮社 (1991年12月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (502ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101209128

縛られた巨人―南方熊楠の生涯 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 「相手が高名な学者じゃからちゅうて、間違っちょるもんを正しいと心にも無い世辞を並べ立てるような未開人はイギリスにいても日本にはおらん!」
    この言葉をロンドン大学総長に吐き捨てた南方熊楠は、この時26才。
    和漢洋の学に通じ18か国語を理解し、超人的な記憶力をもつ熊楠は、肩書きや地位に臆せずただひたすらに学問に向き合っていた。
    その知識の洪水と氾濫の源泉は、あらゆる書物の筆写と愚直なまでの探究心である。

    明治19年に日本からアメリカミシガンへ渡り、フロリダ半島を南下し、キューバ島でイタリア曲芸団とともに巡業を経てイギリスへ。とどまる事を知らない彼の行動力は、様々な場所に伝説的なエピソードを散らばせている。
    「熊楠の人生ほど振幅の激しいものはない。明暗、吉凶、禍福が鮮明に交差し、その生涯をおりなしている。」
    そしてそのひとつひとつに生き方を教えられている様で、考えさせられた。
    …が、私はこの本ですら筆写できそうに無い。

  • 江戸時代最後の年に生まれ、明治・大正・昭和を生きた知の巨人、南方熊楠の伝記。
    熊楠は、故郷の和歌山から東京へ出て、米国、中南米、ロンドンを経て、和歌山に戻って没するまでの75年間に、十数ヶ国語を身に着け、世界でも類を見ないレベルの菌類の標本を作製し、英の科学雑誌「ネーチュア」に多数の論文を寄稿し、ロンドンで中国の革命家孫文と深い親交を結び、南紀白浜に行幸された昭和天皇へご進講した。
    しかも、その比類なき才能と研究実績にも拘らず、生涯在野で通し、金銭に恵まれることはなかった。
    熊楠の言動には妥協、打算のかけらもなく、全てが純粋な情熱から湧き出るものであり、現代の日本人に希薄になったそのような情熱の大切さを改めて感じた。
    (2014年5月了)

  • 民俗学の本をまとめて読んでいると、南方熊楠の名前は必ずと言っていいほど出てくる。いろいろ調べるとよい評伝があるということで本書を読む。すごい、こんな人いたんだという感じではある。いわゆる"明治の気骨ある日本人"に括られる人なんだろうが、それを超えるスケールがある。なんというか学者というよりかは"知の怪人"という感じ。

    生物と無生物の間に位置する粘菌の研究では世界的であり、一書生でありながら大英博物館に自由に出入りできる権利をなぜか持ち、18ヶ国語をたくみに使いこなし、「ネイチャー」の論文掲載の常連者。世界的なサーカス団に帯同して日本ではほぼ知られていなかった中米、キューバに逗留。かと思えば、日本に戻ってきてからは紀州、熊野に留まり世界な発見を次々と生み出していく。強烈な博覧強記でありおそらくはアスペルガーなのであろう、周りとのコンフリクトが絶えず、ついには逮捕されるが留置所で新たな粘菌を発見するという伝説をも作り出している。

    その逮捕のきっかけとなったのが明治政府の神社合祀令への強烈な反対運動なのだが、これは紀州の神社にあった森林が失われることへの抵抗運動であり、日本における環境破壊運動の嚆矢であったといわれる。

    熊楠は巨大なスケールの知の怪人ではあるが、家族関係では必ずしも幸福とは言えず、兄弟とは絶縁状態、溺愛していた息子も発狂に至るという禍がたびたび起こり、それが本書とタイトルにつながっていると思われる。

    晩年の熊楠は在野の学者でありながら、研究所が作られ、最終的には、紀南に行幸中の昭和天皇にご進講するという栄誉に預かる。熊楠の死後も昭和天皇は彼の研究者としての素朴な人柄を懐かしんだと言う。

    いやあ、本当にこんな人、いたんだー、という感じ。
    そして、遠くからその様を見ていたかったな、という感じ(笑)すごい。

  • 伝説の巨人、南方熊楠。明治期の科学者と言えば北里柴三郎、志賀潔、野口英世などの微生物ハンターと理化学研究所の長岡半太郎(原子模型)、高峰譲吉(消化酵素とアドレナリン)、池田菊苗(グルタミン酸)、鈴木梅太郎(ビタミン)などが有名で何人かはノーベル賞を取っていてもおかしくない。一方の熊楠は生涯無位無冠、一方でアメリカ留学中にキューバに渡りサーカスの巡礼に同行した話がいつの間にか革命に身を投じ左胸を狙撃されたことになっていたり、イギリス亡命中に知り合い終生の友人となった孫文を公使館での軟禁から脱出させたことになっていたり、神社合祀(予算削減のために神社をつぶして他の神社に合わせて祀った)に反対したおりには推進派の集会にのりこみ止めにきた警官6〜7人を手当り次第に投げ飛ばしたりと伝説には事欠かない。

    自宅の研究中はよく裸ですごしており、助手と一緒に採取に行った山からふんどし一丁で騒ぎながら駆け下りてんぎゃん(天狗)が出たとの騒ぎになったこともある。感情の振幅が激しく大英博物館で助手として立ち入りが許されていた際には日清戦争での三国干渉への日本の弱腰をからかったイギリス人に蹴りを入れ頭突きをかまし、2ヶ月の出入り禁止の後また殴り飛ばして追放されたりしている。上の伝説の警官投げ飛ばしは実際には酔っぱらって現れた熊楠が警官に取り押さえられたと言うのが真相なのだが、サービス心もあって人に話す際には面白おかしく脚色したために話が膨らんでしまった様だ。キューバや孫文救出は後に講談師が語った話ではあるが何をやってもおかしくないと思わせる所があったのだろう。帰国時にも寄宿した和歌山の円珠院では粘菌の研究のために馬糞を寝床に持ち込み、最後は部屋で牛肉を焼いて追い出されてもけろっとしている。「やぁ、すこたん(失敗)、すこたん」と。また収監された監獄でさえ顕微鏡の差し入れを受けると新種の粘菌を発見したりもしている。

    等身大の熊楠は一度研究に打ち込みだすと一心不乱で他のことは気にせず、息抜きには酒をつぶれるまで飲む。「先生は、酒に崩れやすい方で、少し酒が入ると、平素の胸中の鬱積が口をついて出てくることもあり、人をワヤにしてやるというて、面白がって人の笑う様なことをいい、結局自分がワヤになってしまうようなことがあった。」豪放磊落な見た目とは異なり恥ずかしがりやで人の好き嫌いが激しく、そのくせ仲良くなると態度がぞんざいになる。例えば高野山金剛峰寺の後の座主への手紙では「パリ ひょっとこ米虫大馬鹿野郎 土宜法龍様」に始まりしまいには「予は仏教の相伝の説きようを侠気上より教えてやったんだ。」と言う始末である。博覧強記で子供の頃から和漢三才図会や本草綱目などを知り合いの家で読んで丸暗記し家に帰って筆写している。語学の才能も桁外れで英、仏、ラテンなど19カ国語を話したらしい。それも覚えるのは街の酒場に出かけてだ。

    桁外れの記憶力を持ちながらも嫌いなことはやらないので学校にはほとんどいかず、大学予備門(東大)も中退して留学している。この時の同窓に正岡子規や秋山真之、夏目漱石や山田美妙がいる。坂の上の雲の時代に徒手空拳、いかなる組織にも属せず個人で博物学、菌類学、人類学に打ち込み粘菌の発見数では個人でアメリカやイギリスの総数に並ぶほどの発見をし、柳田邦男とは膨大な数の書簡をやりとりした。

    留学中も鬱病にかかった漱石の様に欧米文化に萎縮したり、言葉の壁に悩むものの多い中熊楠は全く卑屈さを感じさせない。下宿の寝床に粘菌の研究のために馬糞を持ち込み、学問上の紛争では豊富な知識を元にネイチャーに投稿した天文学の論文「東洋の星座」は最優秀賞をとり、また別の学術雑誌ではオランダ第一の東洋学者をもの知らずとやり込めている。シルクハットとフロックコートでジェントルマンの仲間入りをし... 続きを読む

  • この人物のイメージがさっぱり入ってこない。
    引用が多すぎて読みにくい。

  • 三葛館一般 289.1||KO

    和歌山市出身の小説家・神坂次郎氏による“知の巨人”南方熊楠の伝記です。
    莫大な量の論文・随筆・書簡や日記を辿りつつ、中国での革命の父・孫文と無二の親友となったことや昭和天皇への粘菌学の御進講など、熊楠の凄味や奇矯さ、学問への真摯さが誇張なく描かれていて、強く感銘を受けながら読み進みます。
    偉人として広く知られ、生存中からすでに伝説の人物であった熊楠ですが、弟との軋轢や精神疾患を患った息子への葛藤など、波乱に満ちた生涯も克明に描かれていて、熊楠の悲しみや切なさを鮮明に感じます。
    非常に読み応えがあり興味を引く内容となっているので、熊楠の生涯に触れる最初の一冊としてとてもおすすめの一冊です。
                                  (かき)

    和医大図書館ではココ → http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=88637

  • 天才で変人で情熱的。科学の天才にありがちな、モノには興味があるがヒトにはあまり興味がない、(偏見?)というような感じがなく、
    見合いのあとに嬉しすぎて、御見合い相手のお父さんに熱意ある手紙を送るのだけど、あまりに気持ちが高ぶってそこに英語だかドイツ語だかが混じってしまう、とか、それでいて結婚してみると布団にカビが生えていて奥さんが驚いた、とか、そんなエピソードが大好きです。

  • この本がというか、南方熊楠という人が面白い。次は本人の書いた本を読んでみよう。

  • なんという破天荒な人生、天衣無縫さ。

  • LONDONでハチャメチャな生活がおもしろい。HANAとか植物の見方がかわります。すごく勉強になります。彼は日本人の植物学の父です。

  • る。
     1902年、南方熊楠が住居を定めた田辺は、荒畑寒村、管野須賀子などの社会主義者が記者となり活躍した牟婁新報が日露戦争を激しく批判した記事を載せるなど全国から注目を浴びていて、東京以上に自由で進歩的な町でもあった。
     熊楠は日記に『当田辺町は、至って人気宜しく物価安く静かにあわ、風景気候はよし、そのまま当町に住み…』と町を褒めている。
     さて、作者の神坂次郎は1927年、和歌山県生まれ、現在も同地に住む。『おかしな侍たち』等の時代小説を多数出版。「元禄御畳奉行の日記」では特別な才能もない平凡な下級武士の日記をもとに、元禄の武士生活を軽妙に再現して見せてくれベストセラーーになる。
     今回の作品は、南方熊楠が『故(ことさら)に日記などに書かれしことは、用少き閑事のみなり。大は忘れて小を記すというものなり。されば巨細(こさいさい)に検されんには、吾人の口上、一として正伝あるものなく、みな多少の法螺ならん』などと嘯(うそぶ)く彼の膨大な日記を、鬱陶しいほどの時間と根気をかけて、読みほぐして書かれた力作である。
     物語は、南方熊楠が慶応3年(1867)、和歌山に生まれる所から始まる。幼児より天才的記憶力を示した熊楠は、友人の家にある「和漢三才図絵」 (江戸中期の百科全書。105巻)を丸暗記して筆写したという。
     東京大学予備門に入学するが、満遍なく点数を取るという秀才型の教育方針に反発、考古学の発掘や植物の採集に熱中し登校拒否する。
     試験の成績が悪く落第するや即退学し、渡米してミシガン州の大学に入学するも、学ぶべきものなしとここも退学。キューバに渡り、白人の領土内で「アジア人の手によって発見ざれた生物学上の世界最初の発見」地衣新種「グァレクタ・クバーナ」を発見。サーカスの曲馬団助手として南米を放浪後、ロンドン大英博物館嘱託研究員となる。
     中国革命の孫文と知り合い意気投合したのもこのロンドン時代である。お互いに貧困の限りをつくした生活だが夢は大きかった。さらに破天荒の生き方を送るのだが…。
     田辺市の海向こうにある白浜に、南方熊楠記念館が建っている。少年時代写本したノート、菌類標本、孫文から贈られた帽子等が展示されていて、庭園は熱帯の植物が植えられ、自然のままの蓼蒼とした雰囲気である。
     屋上からは、彼が命がけで守った自然の宝庫神島や、日本の自然保護のシンボル的存在である天神崎が見える。主義思想、学歴、貧富ではなく人柄で人を選び、権威を嫌い、金より自然を選んだ彼の生きざまは現在の人の共感をよんでいる。   

  • ひたすら長かった。そして、漢字が難しかった。


    結論としては、南方熊楠の生涯を知るという点では、良書(熊楠自身の話は誇張表現が多いらしいので)です。
    タダ非常に話が長く、熊楠自身の人柄も呆れるところがあったりちょっと小分けにして読まないと飽きてしまう内容でした。

    全体として、生涯全体描いた本です。印象深いのが、熊楠が単身まだ飛行機もない時代に船で海外にいき論文がネイチャー誌に記載されたことやその性格や破天荒な行動でした。
    40歳まで女を知らなかったこと、大学もでてないこと、お金は親の遺産頼り、孫文との出会い、弟との確執だったなど知らないことも多くありました。


    最後に、熊楠の研究の苦労が、天皇によって少しは報われたページで私は泣けました。

  • ついつい、貴重な休日をまる1日費やして再読してしまった。おもしろい。
    能力、気力に満ち溢れながら、金銭的に苦労した熊楠。「縛られた巨人」とは非常によいタイトルだ。生きて行くためには、全体がホドホドにできるというバランスと、金銭的知識が必要だと考えた。

  • 無位無官の知の巨人を受け止めるには、日本は小さかったか。熊楠の父・弥兵衛、妻・松枝の人物も興味深い。

  • 熊楠の生涯が解かりやすく読めました。こんな日本人がいたなんて・・

  • 南方熊楠の波乱万丈な人生、最高。

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縛られた巨人―南方熊楠の生涯 (新潮文庫)の作品紹介

異常な記憶力、超人的行動力によって、南方熊楠は生存中からすでに伝説の人物だった。明治19年渡米、独学で粘菌類の採集研究を進める。中南米を放浪後、ロンドン大英博物館に勤務、革命家孫文とも親交を結ぶ。帰国後は熊野の自然のなかにあって終生在野の学者たることを貫く。おびただしい論文、随筆、書簡や日記を辿りつつ、その生涯に秘められた天才の素顔をあますところなく描く。

縛られた巨人―南方熊楠の生涯 (新潮文庫)はこんな本です

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