まぶた (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101215228

感想・レビュー・書評

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  • さて、なぞなぞです。顔の中で鏡を見ても見ることのできない部位はどこでしょうか?

    う〜ん、鏡に顔を映せば顔の中は全部見えるし、どこなんだろう…改めて考えるとすぐには思い浮かびません。とはいえ、こんな冒頭で時間を取っていたら長いレビューがさらに長くなってしまうので、とっとと答えにいきましょう(笑)。はい、それは『まぶた』です。この作品の書名でもあるので、ピンときた方も多いと思います。私たちが外の世界を見るのになくてはならない”目”。そんな”目”を守る『まぶた』は、その役割の大きさの割にはあまり注目されることはありません。顔の部位の話をしたとしても、”私は『まぶた』が魅力的なんです”とか、”私は『まぶた』があまり好きではないんです”なんて言い方をすることなどありませんし、そもそも話題に上がることさえないと思います。では、普段はそんな脇役中の脇役とも言える『まぶた』がこんな感じで登場したとしたらどうでしょうか?

    『切り離されたまぶたは、銀色のトレイに載せられた。二つきちんと並んで。そう、病んで腐敗してゆく肉片には見えなかったよ』。

    げっ、ホラーだ。すぐにそんな感情を抱いた人もいらっしゃるかもしれません。こんな文章の先に”キャー!”と言った悲鳴が聞こえる演出がなされれば間違いなくそれはホラーの世界です。しかし、そんな表現の次に出てくる会話が『来週は水着入れを買いに行こう』、『今日、郵便為替は来るかしら』だとしたらどうでしょう。ホラーだ、ホラーだ、と感情を昂らせた読者はなんだか肩透かしを食らわされた気分で、気まずい気持ちを落ち着かせる他ありません。

    さて、この作品は、そんな不思議な気分に読者を誘う物語。どこか違和感のある表現が登場しても、登場人物たちはそのことをごく普通のこととして捉える様が描かれていく物語。そして、それはそんな不思議な世界観の描写を得意とされる小川洋子さんによるリアルとファンタジーが同居する物語です。

    “現実と悪夢の間を揺れ動く不思議なリアリティで、読者の心をつかんで離さない8編”と、宣伝文句にうたわれるこの作品。表紙に大きく描かれた目を瞑る黒髪の少女のイラストが読む前から読者にどこか緊張感を強いる薄寒い印象をまず受けます。そんな八つの短編に繋がりは全くありませんが、ホラーの世界に少し足を突っ込んだような独特の世界観で物語は描かれていきます。そんな中から〈飛行機で眠るのは難しい〉の冒頭をいつもの さてさて流 でご紹介しましょう。

    『飛行機で眠るのは難しい。そう思いませんか、お嬢さん?』と、『隣の男が話し掛けてきた時』嫌な予感がしたのは主人公の『わたし』。『今回の取材旅行に必要な資料をまとめ』ていたら、『結局徹夜になってしま』い、『ささいなことで喧嘩をし』、『二週間も連絡を取り合』えていない『恋人に電話をする暇もなく』機上の人となった『わたし』。そんな機中で『ウィーンへはご旅行で?』と隣の男に話しかけられ、冒頭の予感へと繋がっていきます。『飛行機の中では仕事をしない主義』だと続ける男は、『飛行機の中でうまく眠れた時』『たとえようのない幸福を感じる』と説明します。一方で『オペラ座の取材』の予定を考えると『どうしてもわたしはここで眠って』おかなければいけないと思うものの、『飛行機で気持ち良く眠れたためし』がないと返す『わたし』に、『とにかく目を閉じ』、『眠りへ導いてくれる物語を』その暗闇に映し出すようにと男は言います。そして、『怯えないで、緊張しないで、さあどうぞ、と言いながら』男は奇妙な話を始めました。『十五年近く前です』と始めた男は、仕事でウィーンへと赴く機内で隣り合わせになった老女のことを語ります。『漠然とした危うさを感じさせる、独特の雰囲気を漂わせてい』たという老女は、自分が『ひどい海老アレルギーなの』とその症状を説明します。そして次に『日本は素晴らしかったわ』と、『三十年も文通していた日本人のペンフレンドが亡くなった』ために墓参りが目的で日本を訪れたことを話します。『実際訪れてみると』、『部屋に飾ってあった写真は、私が送ってもらったのとは別人』であるなど、『半分以上は噓だっ』と語る老女。そんな老女は、『私は三十年間、手紙の送り主に恋をしていたの』とも語ります。そんな老女は『かなり小柄で』、『十二歳の骨格を老女の皮膚で覆ったかのよう』だと感じた男。そんな男は不思議なことを語り出しました。『老女が何かに触れると、その品物もまた小さく見えてしまう』というその現象。『ナイフとフォーク、紙ナプキン… 雑誌、櫛、鏡』と、『彼女にふさわしいサイズに縮小する』というその現象。『自分と彼女のナイフを見比べ』ると、『間違いなく同じナイフ』だというその不思議。そんな老女は、今度は男について知りたがり質問を次々と投げかけてきます。『自分が他人から求められている』と、『だんだん気持ち良くなって』きたというその男。そんな中、『うとうとしかけてすぐのこと』というタイミングで『異変が起』こります。老女は、男は、そして『わたし』は…というその後の物語が描かれていくこの短編。短い物語ながら、伏線をきれいに回収しつつも小気味よく展開する物語は、小川洋子さんらしさ満載の好編でした。

    八つの短編から構成されたこの作品はとにかく不思議感の強い物語ばかりで構成されています。その中には上記したように少しホラーを感じさせるものもありますが決して怖い!というものではなく、不思議感が強く印象に残ります。その中から一編をご紹介しましたが、他に気に入った短編についてその概要を簡単にまとめておきたいと思います。

    ・〈中国野菜の育て方〉: カレンダーの『十二日のところに黒いサインペンで丸がしてあ』るのに気づいた『わたし』は、『丸』をつけた記憶がどうしても思い出せません。そして、そんな日に『見覚えのない…小さなおばあさん』がやってきて『野菜を売りに歩いている』と言いました。そんな『おばあさん』からサービスでもらった『中国の珍しい野菜の種』を育てると、それは芽を出し、『クリーム色の光』を放ちはじめました。

    ・〈お料理教室〉: 『キャセロール料理教室』『生徒募集』の広告を見て教室を訪れた『わたし』は、先生に案内され、生徒は『わたし』一人という中で指導が始まります。そんな時『排水管の清掃』業者がやってきて『六十年分の汚れ』を綺麗にすることを、先生の代わりに対応した『わたし』に強く進言します。そして『清掃作業はすぐに開始』されたという中、排水溝から『火山のマグマのように』さまざまななものが吹き出し始めました。

    ・〈バックストローク〉: 『雑誌に連載する長編小説の取材で、東欧の小さな町を訪れた』『わたし』は、『ナチス・ドイツ時代の強制収容所』に『収容所の看守とその家族が』使っていたというプールを見つけます。そんな『わたし』は、『水泳の選手だった』弟のことを思い出します。『地元の新聞に写真が載』るなど活躍する弟。そんな弟はある日『僕はコウモリに襲われて死んだんだ』と前世を語り出しました。

    といった感じでそれぞれの短編は、一見普通の日常の物語が描かれているようでいて、そこに何かしら違和感のある事柄が語られ、短編自体が不穏な空気を纏いながら展開していきます。この違和感がどう決着されるのか、そこにはこの短い物語の中でよくこれだけ上手くストーリーをまとめるものだと感心するほどに絶妙な物語が描かれていました。

    そんな物語では、小川さんらしさを感じさせる演出がさまざまになされていきます。一つには、”モノ”の名前を淡々と列挙していく表現です。例えば〈飛行機で眠るのは難しい〉で登場する『張り裂けるほどに膨れた』老女のかばんの中身についてです。『虫除けスプレー、ハッカ入りのガム、足のむくみを取るクリーム、皺だらけのスカーフ、お土産に買った匂い袋と塗りの箸と扇子…懐紙にくるまれた羊羹の切れ端…』と次から次へと溢れるように記される”モノ”、”モノ”、”モノ”。自分のかばんの中にも入っているかも(汗)と、焦ってもしまいそうな”モノ”たちをあくまで淡々と列挙する小川さん。この作品では、複数の短編でこの表現が堪能できるのも魅力です。そして二つ目は”ある場所へ辿り着くまでの道筋”に関する表現です。〈お料理教室〉で主人公はその教室のある場所をこんな風に説明されます。『ポイントは皮膚科の病院とアコーディオンなんです』と始まり、『縦書きの看板が出ていますけど、皮膚科の膚の字が消えかけて、腐食の腐の字みたいになっている』、そして『アコーディオンの音色が聞こえる』ので、『そこを通り過ぎた突き当たりが、私の教室です』と説明される主人公。一癖も二癖も感じさせるその説明が目的の場所の不思議感をより醸し出させてもいきます。そして三つ目は、この作品を覆うホラー一歩手前の不思議感です。〈詩人の卵巣〉というタイトル自体が緊張感を醸し出すこの短編では、老婆が『お腹のあたりのボタンを』外してそこから『髪の毛を引っ張り出』すという光景が登場します。お腹にある傷跡から伸びる髪の毛。『蜘蛛が糸を吐くように、するすると切れ目なく髪が出てきた』と表現されるその光景は普通には、ホラーの世界です。しかし、小川さんはあくまで淡々と『彼女はそれを糸巻きに取り、機を織った。痛みはない様子だった』と記すのみならず、そこで語られる会話も『これが完成したら、あなたはどうなさるの?』『私の役目は終わりでございます』とその状況を当たり前の日常の光景の一つとして描いていきます。これに読者だけがホラーだ!と怖がったとしたら、その方が間が抜けているとも言えます。と言った感じで、他の作品にも見られる小川さん独自の世界観の物語がこの短編集ではいつも以上に、如何なく発揮されているのが何よりもの魅力だと思いました。

    『切り離されたまぶたは、銀色のトレイに載せられた。二つきちんと並んで。そう、病んで腐敗してゆく肉片には見えなかったよ』。

    私たちの身体の中で自分の目で見ることのないものが『まぶた』です。そんな普段、意識しない『まぶた』が、単独で目の前にあるという違和感のある光景が淡々と記されていると、それが自分のものでなくとも恐怖の感情が生まれます。このような表現がホラー小説の中にあっても違和感はないでしょう。しかし、それが淡々とあまりに当たり前に描写されていくとしたら私たち読者も心の中で違和感を感じつつもそれを当たり前のこととして捉えるしかありません。また、そんな『まぶた』は、私たちが”目”を使って見ようとする行為を遮る役割を果たすものでもあります。目の前に見えている世界を一瞬にして暗闇へと変える力を持つ『まぶた』。そんな暗闇の世界では目ではなく想像力が暗闇に世界を描いていきます。そう、『まぶた』とは、目で見るリアルな世界と、想像力が暗闇に描き出すファンタジーの世界を薄皮一枚で切り替える役割を果たしてもいるのです。この短編集では、そんな『まぶた』を閉じた暗闇の世界が見せてくれた、何かおかしい、何か不思議、そして何か違和感のある表現が当たり前のように語られる中で、心が不思議な揺さぶられ方をするのを体験できました。

    同じ世界観を感じさせる八つの短編で構成されたこの作品。小川洋子さんの魅力をサクッと堪能できる短編集の傑作だと思いました。

  • 家にあった本。小川洋子さんの静かで奇妙な世界は、それぞれの話でしっかりと息づいてる感じがする。『匂いの収集』『バックストローク』『詩人の卵巣』『リンデンバウム通りの双子』が崩壊の現実を圧倒する静謐さを感じ印象的だった。

  • ページを捲っていると、わたしから切り離された魂魄が仄暗い湖の底に沈んでいくのが分かる。ああ、この感じ。最初は水の冷たさにぞわぞわするけれど、水中の色が濃くなっていくほど、とろりとした温かい何かに包み込まれたように心持ちになっていく。

    この短編集では、突然この世から切り離されたものが、まるで宝物のような秘密と煌めきを持って描かれる。たとえば「突然訪れる死」「ハムスターの切り取られたまぶた」「もげた背泳ぎの強化選手だった弟の萎えた左腕」「髪の毛が生えた卵巣」失ったものは、もう戻ってこない。それらは死の塊となって、そっと生きる人間の心に寄り添っている。きっと、わたしたちはすぐそばの「死」の気配に時折耳を傾けながら、生きていくのだろう。

  • 小川洋子 著

    久しぶりに、小川洋子さんの本を読んだ。
    (ブクログさんの本棚に見つけ、久々に読む
     きっかけをもらって感謝してます!)
    この小説は8編の短編集として仕上がっている。
    1編目の「飛行機で眠るのは難しい」まるでエッセイのようなタイトルで始まる、この物語…、、
    ふぅ〜(´∀`*)最初から小川洋子さんの世界に引き込まれて、心持っていかれてしまいましたよ。
    もう、やっぱり好きだなぁって思う⁎ˇ◡ˇ⁎
    抗うことの出来ない、小川洋子さんならではのこの空気感、ずっと、浸っていたいような気分になる。

    最初、隣り合わせた飛行機の中で、見知らぬ男の人に話かけられ、わたしは嫌な予感がした…読み始めたこちらの方も胡散臭い感覚を覚えながら…、
    なんと作品の中の彼女と同じような感覚で男のお喋りに対し、さほど不愉快に感じてないことに戸惑い、それどころか、だんだん興味が湧いて、思わず耳をそばだてて聞いてしまう。(主人公は飛行機の中で、私は本の中で。)
    なんと、一編目の物語の終わりから、すでに名残り惜しくて、もっとこの話しの中に留まり続けて読みたいのに…って気分になった。(短編集であるが故に短く、集中して物語の世界にいて、気づくとあっという間だった)

    2編目 「中国野菜の育て方」
    3編目 「まぶた」
    4編目 「お料理教室」
    5編目 「匂いの収集」
    6編目 「バックストローク」
    7編目 「詩人の卵巣」
    8編目 「リンデンバウム通りの双子」

    上記、この8編の短編作で構成される。
    どの物語も、空気感というか喩える色合いは同じように伝わってくるのだけど、どれも違うお話で、何処かの外国を背景にしているよう…ドイツの国であったり、ウィーンだったりもする(何にせよ、私にとっては行ったこともない国や土地で頭の中の映像で、それを捉えてるわけだけど(^_^;)
    それでも、そこは見知らぬ土地で彷徨う感覚。
    少し暗くて、時々陽が射す。
    ホラーのような怖い感覚でもある、
    不思議な場所に迷い込んだような不安な気持ちと何だか落ち着くような違和感。
    一つ一つの物語のレビューをするのは難しいので、省きますが、どの物語も面白いです。
    すべての物語がどこか共通点を持って現れる
    そして、物語の主人公は独りで何かと対峙しようとしている。
    小川洋子さんの作品は、登場人物の顔ははっきりと見えないのだが、体躯と骨に至る繊細な部分まで、その表情を描くのが、とても上手だと思う。
    こちらにその人物像というか一つ一つの表情が伝わってくるような気がする。 
    少し触れた瞬間にふと、体温を感じて、ビクッと驚いてしまうような感覚がある。
    どの編の物語りも味わいがあり、どれも好きな作品集です。

    この物語について表すなら、
    解説の堀江敏幸さんの言葉が、ぴったり当てはまり、刺さったので記しておきます。

    “まぶた。小川洋子は、この薄い膜の開閉ひとつですべてが決まり、すべてが終わってしまうはかない劇を見つづけてきた書き手だが、まぶた、という言葉を作品集全体に冠したことによって、一遍一遍の切なさのかたちがより明確になったと思われる。”

    ー小川洋子さんが語っておられたある記事を 
     思い出したのでそれも引用しますー
    「“強固な殻の中で、自分とは何かを問いかけ、それを 表現し、自己を高めていったのです。一旦閉じこもるこ とによって、外の世界と適度な距離を取り、自分と一対 一で向き合うことによって、孤独を手に入れる。その孤 独が人を成長させるのだと思います”」

    正反対で矛盾する概念を共存させるための、役割を持つ登場人物たちが、色んな場所に現れ、それぞれの事情を抱えているにも拘らず全ての人がある一点を通して紡がれているように感じてしまいます。
    そして、この作品の中にも、何故か小川さんの創作活動に強い影響を与えているホロコーストと「アン ネの日記」を彷彿してしまう。
    人間に極限の体験を強いたものから生まれでたもの、その行為とその結果…を感じるとることが僅かながら出来るような気がした。
    特に「バックストローク」には…その強い思い入れを感じ心に響いた。

    久しぶり開いた小川洋子さんの世界観溢れる作品に堪能しながら、短編集でもひとつひとつの話しはそこで終結しているのだけれど、
    もっとながく浸っていたいので、次はまた、長編作品を読みたいなぁと思ってしまった。

  • 不思議な本だった
    現実では有り得ないことなのに、読んでいるのは日常の1場面ですごい不思議な感じになった。
    【バックストローク】って国語の教科書に載ってるのかな?
    この話が個人的には1番好き

    こちらの1冊を教えてくださったブクトモ様に感謝☆

    • さてさてさん
      みたらし娘さん、こんにちは。
      「まぶた」、不思議な本ですよね。まさしく不思議という言葉が一番似合うと思います。現実と幻想の境が不明瞭なのが...
      みたらし娘さん、こんにちは。
      「まぶた」、不思議な本ですよね。まさしく不思議という言葉が一番似合うと思います。現実と幻想の境が不明瞭なのが理由だと思いますが、実に絶妙にその境を描かれていると思います。
      表紙がまた印象的で一度見ると忘れられなような…。そういう意味では、この文庫本の帯が邪魔ですよね。
      2022/02/28
    • みたらし娘さん
      さてさてさんこんにちは☆
      コメントありがとうございます!
      【まぶた】面白かったです!
      ほんとに感想をうまく言葉にできなくて、不思議としか表現...
      さてさてさんこんにちは☆
      コメントありがとうございます!
      【まぶた】面白かったです!
      ほんとに感想をうまく言葉にできなくて、不思議としか表現できなかったんですが、さてさてさんの言う通り、現実と幻想の境が不明瞭!まさにそれです!

      さてさてさんのレビューに加えて表紙もインパクトあって、帯に書かれてる文にも惹かれたのもあって読みましたが、帯…たしかに邪魔ですね笑
      ない方がもっといい。

      素敵な1冊教えてくださってありがとうございました☆
      2022/03/01
  • 多くのブグ友さんの本棚にあったのでお取り寄せ。
    薄暗い中で物語が進んで、淡々とした中に結末が急にやってくる。寒気を催すような不安のまま置いてけぼりされるような感覚や、忘れていた心の隅の想い出に気づくような不思議な感覚。
    「不可能な愛が一番美しいって、昔から言うじゃない?」(飛行機で眠るのは難しい)
    朝と夜で野菜の雰囲気はずいぶん違っていた(中国野菜の育て方)
    わたしたちは宿題を忘れた子供のように立ちすくんでいた(まぶた)
    先生は気づいたものを、いちいち口に出さないではいられない様子だった(お料理教室)
    匂いに関して、彼女は容赦がない(匂いの収集)
    「物事にすべて事情があるとは限らないものね」(詩人の卵巣)

  • 8つの作品が収録された短篇集で、幻想的で奇妙な出来事を交えながらも、人間という愛らしい存在を感じられたのが、印象的でした。

    また、奇妙な出来事を体験した後で、自らの人生を見つめ直すような展開が多いことに、人生とは、何をきっかけにして突然変わるか、分からないものだなとも思えました。しかし、不自然さは感じずに共感できたのは、小川さんの、上品でいて飾らない文体にあるのかもしれません。

    こういった上品な奇妙さと、私の人生観には、精神的な距離を隔てているのを感じ、逆に、読んでいて気楽な心地良さがあって、何となく旅行時に持って行きたい本だなと思いました。

  • 目次
    ・飛行機で眠るのは難しい
    ・中国野菜の育て方
    ・まぶた
    ・お料理教室
    ・匂いの収集
    ・バックストローク
    ・詩人の卵巣
    ・リンデンバウム通りの双子

    小川洋子の小説の体温は低い。
    それはひんやりと湿ったものだったり、かさかさに乾いたものだったりするが、決して温かくはない。
    たとえひとの命を救ったとしても。

    そこに「ない」ものを書くのも上手い。
    「ありえない」と言うほど強い「無」ではなく、気づくとそこには「ない」」ものの持つ気配。

    この絶妙な塩梅が、心地よかったり不気味だったりと、作品に彩りを与える。

    ストーリーを味わう作品集ではないと思うので、具体的なことを書いても意味わからんことになるだろう。
    ただ、これらの作品は、現実だとか事実だとかのしがらみとは無縁なところで味わえばよいのだ。

    私にとって小川洋子は、エンタメ小説から純文学への橋渡しをしてくれた作家の一人。
    未だ純文学はちょっと苦手意識があるけれど、小川洋子を読んだら、また次の純文学を手に取ろうと思えてくる。

  • 2021年11月9日読了。

    8編の短編集。

    『飛行機で眠るのは難しい』
    『中国野菜の育て方』
    『まぶた』
    『お料理教室』
    『匂いの収集』
    『バックストローク』
    『詩人の卵巣』
    『リンデンバウム通りの双子』

    『博士の愛した数式』で有名な小川洋子氏による短編集。
    著者の作品は初めてだったが…
    所謂、小川洋子ワールドと呼ばれるこの感性が自分には合わなかった…。
    読後のモヤモヤを解消出来る程の、読解力と想像力の無さを痛感させられた。

    しかし
    『お料理教室』のカオス具合
    『匂いの収集』の狂気さ
    『リンデンバウム通りの双子』のなんだか心温まる感じは好き。

    折を見て、再読したらまた何か感じ方が変わるのかもしれない。

  • 眠らなければ、誰かがおまえをさらいに来るよ。もうそんな脅しにおびえるような幼子ではないけれど。
    水音の響きに似た物語に耳を傾けていると、腕を囲って夜を導き入れるのがすこし恐くなった。まるで、他人の夢のなかに突然迷い込んだような漠然とした違和感を覚えて。頁を繰る音が、睫毛のかすかな震えが、誰かの夢を醒ましてしまうのではないかという不安に駆られて。けれども、目を閉じさえすればあなたのまなざしの遠路を端からたどりはじめることができる。行方を見失った二つの母音をみずからの中心へ連れもどすことができる。瞼に夢想の雨を。

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著者プロフィール

1962年、岡山市生まれ。88年、「揚羽蝶が壊れる時」により海燕新人文学賞、91年、「妊娠カレンダー」により芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』で読売文学賞及び本屋大賞、『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞、『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。その他の小説作品に『猫を抱いて象と泳ぐ』『琥珀のまたたき』『約束された移動』などがある。

「2023年 『川端康成の話をしようじゃないか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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