生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)

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  • 新潮社 (2011年2月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (151ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101215266

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生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 硬くなった心や頭をゆっくりとほぐして深く考える時間をもたらしてくれた1冊。
    何気なく手に取ったので、河合隼雄さんの最期の対談であったことも読み始めてから知りました。
    河合さんと小川さん、お二人の温かさと穏やかさがほくほくと感じられ、まるでお風呂に入っているような気分になりました。

    ですが、内容は穏やかなものばかりではありません。
    箱庭療法、御巣鷹山の飛行機墜落事故やアウシュビッツ、信仰、秘密を守ること…。
    そういった話題についての会話がやさしい言葉ですぅっと読み手の中に入ってきて、ゆっくりととどまる。
    それらはきっと、長い間とどまって、じわじわとにじみだすように後から効いてくるような気がします。

    村上春樹さんと河合さんの対談は私にはなかなか難しかったのですが、本書は私にちょうどよい感じでした。
    またいつか読み返そうと思います。

  • 河合隼雄さんと小川洋子さんの対談集+小川さんによる長いあとがき。
    というのも、本来はもう少し対談の章が続くはずだったのが、それが実現しないうちに河合先生が亡くなってしまい、最後が追悼文的あとがきになったのだとか。

    河合隼雄さんはユング分析心理学の第一人者で、臨床心理学者。著書や色んなジャンルの人との対談集も数多く出していて、私は20代半ばくらいまでのとても深く悩んで病んでいた時期に、河合先生の本にものすごく救われた。
    元気になるにつれて本を開くことは減っていって、この対談集は本当に久しぶりに読んだ河合先生の言葉だったけれど、心がそれなりに元気なときに読んでも自分の中に深く残るものはたくさんあった。
    小川洋子さんの著書「博士の愛した数式」にまつわる対話も多く、この小説を読んだ人なら楽しく読めると思う。

    人間は、辛いこと悲しいことも経験しながら生きていく。そこにはなかなか乗り越えられない出来事もあるし、思いを引きずったまま生きていくこともある。
    そうだからこそ、人は自分の人生を物語化して、整合性をつけようとする。
    「ああいうことがあったから、今の自分がある」と思ったりする。人生のひとつひとつが分離したものと考える人は少なく、多くの人はすべて繋がっているものと捉える。
    「どうして小説を書くのか」と問われたときしっくりくる答えを出せなかった小川さんが、物語を紡ぐ意味に気づいた瞬間の話がとても興味深かった。

    素人でただ趣味で物を書いているような私でさえ、とりわけ長い文章を書いてそれを人に読んでもらって、その人に言われたことで物語の中で起きている偶然の奇跡に気づかされることがある。
    意識ではなく、何かに導かれたような偶然。
    だからこそプロの物書きである小川さんがそういう偶然に触れることはたくさんあるはずで、理屈では説明できないところに物語の面白さがあるのだと思った。

    ユング心理療法の「箱庭」、実は私も中学時代の不登校だったときにやったことがある。その時は、こんなもので何が分かるんだろう、と思っていたけど、きちんと意味があって見方があることを、つくづく知る。
    昔読んだ河合先生の著書を、今一度読んでみようかと思った。

  • 背表紙にある通り河合隼雄さんの最後の対談なのだと認識して読み始めたはずなのに、終わりに差し掛かる頃にはすっかり頭の隅っこの方に追いやってしまっていたようです。「また今度」と手を振った直後に死を思い出した(?)とでも言えばいいのか、強烈な余韻の中に取り残された気分です。ハリーポッターのシリウスかダンブルドア先生かが死ぬ場面か、最終巻で夢か現か分からない状態でプラットホームで先生と話していたはずがホワイトアウトする場面か、辺りと似たような感覚かもしれません。要するに「もっと話を聞きたいのに!」「教えて下さい、どうしたらいいのか!」という気持ちの問題です。心を落ち着かせてくれる、ときにはクスッとさせてくれる、絶妙な話を展開してくれただけに。

    二人の対談の中で今の自分の心にビビッと来たのが、昔の人は死ぬことを考えていたけれど、今では生きている時間が長くなって生きることを考えるようになった、というようなくだりです。学生の間はテキトウな間隔で社会的な区切り目があったのが、大人になったら還暦辺りまではしばらくノンストップな感じがあって、イマドキお年寄りと呼ばれるようになっても大病をしない限り寿命が分からない具合になっていて、そういうことを考えてたまに広場恐怖症のような感覚に苛まれることがあります。それと同じ位、人間どれだけスケジュールが未定でも、最後の一日に死ぬことだけは決まっているという事実を唐突に考えて背筋が凍るような気分になることもあります。ただし極端に気持ちが沈んでいるというわけでもなく。でも、どちらも割と人として普通なことで、そこに伴う恐怖心が物語を生んでいるということ、そして死んでからの方が長いという表現。別に新しい言葉だったわけではないような気もするけれど、悶々としていたこのタイミングで欲しい言葉に会えた感じがして嬉しかったのです。

    後は西欧一神教の世界観の話。日本人もキッパリしている人はキッパリしているけれど、ケースごとに細かったり、自覚無く軸が曖昧だったりして、一神教の世界の人からみたときに全く一貫していないと思われてもおかしくないのでしょう。私はキリスト教に触れざるを得ない生活をしてきたからか、一時その点で馬鹿みたいに葛藤したことがありました。細々としたところにおける自己矛盾に対する罪悪感みたいなものです。変なベクトルの真面目さはもう捨てよう、とどこかで思ったもので、今では若干思考を放棄していますが。でも、とにかく言わんとすることがよく分かった分、印象に残る話でした。尻つぼみ気味に終わっておきます。いくらでも対談に混ざり込んで傍で勝手に適当に雑談する感じで、ペラペラ話せそうですが。

  • 『心音を聴きながら』

    少し前に私は小川洋子を病室で昔話を聞かせてくれるとおばあさんのようだと言い表したことがあった。言葉少なくでも芯のある声で、見たこともない世界の話をたくさんしてくれる、死を間近にしたおばあさん。私はその時いつも5、6歳の幼い少女で、長い長い坂を登ってそのおばあさんに会いに行っていた。

    その小川さんが私のように5、6歳の少女になって会いに行っていたのが河合隼雄さんなのだと思った。河合さんの前にいる小川さんは幼くてなにも知らない、無垢な少女だった。今日あったことを一生懸命話して、興味のあることを突然話して、おじいさんを困らせたり。そんな風に感じた。

    決して、わかった気にはなっていない。だけど、小川洋子という人について少しだけ深めることができた。ああやっぱり、この人は宗教に近しい人だった。人のたくさんの人の死に関心がある人だった。そして、他人の背中に悲しみを分かち合える人だった。私の中で、染み込んでいくようにたくさんのああという理解が綺麗に落ちていった。

  • 作家、小川洋子と河合隼雄の対談集。

    対談は終わっても終わりではなく、また次に会うときに二人の会話はまた始まるんじゃないかと思う。

    次は会えないこともあることを人は知っていながら、忘れてしまう。この本を読んで、河合隼雄さんはもうこの世にいないことを想った。人が死ぬということは、その人からもう言葉や物語が生まれないということなのだと思った。

    その人の言葉、物語が自分の手の中に重さを持って存在している本もその人の物語と一緒に生きていくもの。

    ネットの中にあれば、ものとしての本はいらないのではないか、そして場はいらないのではないか・・そうした問いへの合理的な答えは分からないし、説明したいとも思わない。

    自分の手の中にある本が存在していることの意味を自分が感じるだけ、ただそれだけでよいのではないかと思う。

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    印象に残った言葉

    ・『臨床心理のお仕事は、自分なりの物語をつくれない人を作れるように手助けすること。小説家が書けなくなった時に、どうしたら書けるのかともだえ苦しむのと、人が「どうやって生きていったらいいのかわからない」と言って苦しむのとはどこかで通じあうものがある。』(小川洋子)
    ・やさしさの根本は死ぬ自覚(河合隼雄)

    私も死ぬし、目の前の人も死ぬ。
    明日がその終わりかもしれない。そうした当たり前のことを自覚しているだけで、かかわり方は変わるんだと思う。

  • 河合さんの、カウンセラーとしての人への接し方にはだいぶ学ぶことがある気がした。助ける者が強すぎてはいけない、結論をだすのを急がずに寄り添うという在り方。

    また、物語とは、人が矛盾との折り合いをつけるときに人の支えとなるもの、という話が興味深かった。

  • 2014年52冊目。

    『博士の愛した数式』著者の小川洋子さんと、ユング派心理学や箱庭療法の日本での第一人者・故河合隼雄さんの対談。
    人間の深層に降りていくことの意味を分かっている人同士で、絡み合いが絶妙。

    「人は生きていくうえで難しい現実をどうやって受け入れていくかということに直面した時に、それをありのままの形では到底受け入れがたいので、自分の心の形に合うように、その人なりに現実を物語化して記憶にしていくという作業を、必ずやっていると思うんです。」

    物語は過去に対してだけ効果のあるものではないと思う。
    人間誰しもにある暴力性を、物語を書く・読む中で実現させることで、現実世界をやり過ごすことができる、そういう未来性もあるのだと。

    「物語」、この言葉をまだまだ追求していきたい。

  • 河合隼雄先生との対談をまとめた本書。河合先生が亡くなられたことで未完に終わっているのが唯一残念だが、タイトル通り「物語」が持つ意味や力、日本とキリスト教世界での生きることの意味など深く広い知識と、臨床心理の現場の経験から生み出される言葉は、学ぶことがとても多かった。
    また、小川洋子氏の小説を河合先生が読み解くところでは、小川氏の知らないところで様々な偶然が小説の中で起こり、彼女の意図を超えたところで物語が勝手に動いていることも面白い。作家の意図を超える解釈の自由は許されるのだ!これがユングの集合的無意識というものなのか。無意識から汲み取られる物語。

  • 臨床心理学の河合氏と作家の小川氏の対談2篇(初出は2006年、2008年に雑誌に掲載)を収録。長い「あとがき」を含めても、160ページに満たない。だから、買って手元に置くというよりも、待合室などに置いてあるのを手にとって、ぱらぱらとめくって目にとまったところから読み始めるような、そんな手軽な造りの本です。(文庫本ではなく、単行本で読みました)
    でも、生き方や哲学に通じる内容が込められていて、じんわりと心にしみてくる場面もあります。
    臨床心理の専門家は、人が「物語」をつくりながら生きていることに気づき、その「物語」を大切にして治療していきます。
    小説家は、「誰もが生きながら物語を作っているのだとしたら、私は人間であるがゆえに小説を書いている」ことに気づきます。
    寄り添うことの難しさ、大切さに気づかされる、一冊です。

  • 「寄り添う」ことのむずかしさと大切さと愛おしさ。

    人が尊厳を保つには、寄り添うことと寄り添われることが必須なのかもしれません。

    美しい言葉と言葉が調和する2人の対談に、思わず感嘆のため息。
    この対談をとおして、『博士の愛した数式』は完成されたとも言えるでしょう。
    そこに「在る」何かを見つける嬉しい驚き。

    希望の次にひかりがくる。

  • 書店でパラパラめくって、小川洋子氏の対談相手の河合隼雄氏って文化庁長官だったんだ~にしては、ユーモラスでやわらかい受け答えで興味深い!と購入。

    河合「僕のいい方だと、それが個性です。『その矛盾を私はこうして生きました』というところに、個性が光るんじゃないかと思っているんです」
    小川「矛盾との折り合いのつけ方にこそ、その人の個性が発揮される」

    両者の視点が独特でさらさら読める。う!と読み返す、気付きも与えてくれた。
    河合氏の言葉はえらぶっているところが一切、ない。経験と心根が、豊富な語嚢の中からひとつ言葉として相手に届くように、送りだされるんだ。読んでて透かして見えたのは、河合氏が対面した患者さんたち。そう感じる箇所がいくつもあって、亡くなられていることがとてもとても残念で惜しすぎる。
    昨年の震災から1年過ぎての今、言葉が欲しかった。

    よしもとばななさんや村上春樹さんとの対談集もあるそうなので、是非読みたい。
    小川氏の「少し長すぎるあとがき」は、言葉を相手にする人ならではの河合氏への愛情に溢れている文章で、ついつい涙。

  • 「のぞみがないときはどうするんですか。」
    「のぞみがないときはひかりです。」
    「あっ。のぞみの次はひかりだ。」
    「こだまが帰ってきた。」

    深いなぁ。

  • タイトルに惹かれて読む。
    誰かと比べて落ち込んだり、優越感に浸ったり、その瞬間での喜怒哀楽はあっても、振り返れば、それは全部物語の一つだ。
    そう思うと全てに意味があるように感じるし、楽しくなる。

  • 本書は、作家の小川洋子氏と臨床心理学者で文化庁長官を務めた河合隼雄氏との対談をまとめたもの。本書は、個人の内部にひそかに息づく物語を、わたしたちはどうとらえるかということを考えてゆく内容となっている。

    キャッチボールのたとえが出てくるところがある。このキャッチボールのたとえは、小説の執筆や臨床心理の現場だけでなく、普段のわたしたちの人間関係のこともまた、そう言えるだろう。

    本書は、個人が生きる上での「物語」のとらえ方をめぐってゆくが、このキャッチボールのたとえもまた、ひとつの「物語」のとらえ方だとも言えるだろう。わたしたちはひとりで生きてゆくわけではなく、生きてゆく上では他者との関わり合いの中で自分というものが作られてゆくからだ。

    そうした他者との関わりの中では、どうしても「矛盾」するものが出てくる。けれども、その「矛盾」との折り合いのつけ方こそが「個性」であり、「矛盾」に折り合いをつけながら、どう生きたかが「物語」なのだという見方が示される。その「矛盾」との関わり方もまた、わたしたちの人生を考え、生きてゆくときの補助線のように参考になるだろう。

  • 文字が大きくて読みやすい。
    読んでいてホッとする。

  • 混沌とした心を肯定する温かくてありがたい眼差しに溢れた本だった。物語を聴く人と物語を書く人、神さまのような視点から話される言葉に、じわじわとこころが動く。インタビューをして文章を書く仕事をする人の端くれの端くれとして、刻んでおきたい言葉がたくさん。

  • 「生きるとは、自分の物語をつくること」(2008.8刊行、2011.3文庫化)、作家小川洋子さん(1962~)と臨床心理学者河合隼雄さん(1928~2007)お二人の対談集です。読んで、数(字)の面白さとカウンセリングはとても難しいものだということが少しだけわかりました。基本的に、私にはとても難解な対談内容でした!

  • 息の合った対談、分量も多くはないし、すぐに読めます。さらっと読めるわりに内容は深く、掘り下げるのもきりがない感じ。
    河合氏のカウンセリングの際の「聴く」姿勢は、個人的にこう聴いて欲しいと思っている内容とぴったり一致していた。

  •  「博士の愛した数式」を軸に。
     心理学者河合隼雄氏と小説家の小川洋子による対談エッセイ。生きること、書くこと、カウンセリング、いろいろな視点から語られる対談だが、絶筆?ではないのか、対談の途中で河合隼雄氏が亡くなられているため、対談の続きがない。それでも、小川洋子が、博士に惹かれた家政婦さんのように河合さんのあたたかな眼差しや深い洞察に惹かれていることが強く感じられて、読みやすく面白い本だった。

  • 故・河合隼雄さんと、小川洋子さんの対談集。河合さんが亡くなられたことで、完結しなかったものだ。人は、目の前の現実を、物語にしていく。言い方を変えれば、意味を与えていく。そのことで、科学や論理では決して解決ができない、矛盾や運命を乗り越える力を人は持ち合わせている。震災復興はまさにそうだが、社会課題の多くは、論理だけで解決することはない。社会にかかわる団体は、物語や意味の力を理解しておく必要がある。

  • 博士の愛した数式を、読んでから読みましょう。

  • 色々と腑に落ちる表現が多く、染み入るような対談集だった。

  • つらいことも語る事で、自分の中で昇華できるんだろうな。
    それを人間は神話の時代から行ってきた。

    河合さんと小川さんの素敵な対談集。

  • 『博士の愛した数式』の著者である小川洋子さんと、臨床心理学者で元文化庁長官の故・河合隼雄さんとの対談集です。人間とは、魂とは、といった形而上学的なことから、臨床心理学の現場における臨床心理学者と患者の対話といった具体的なものも含まれる。その他、『博士の愛した数式』の意外な一面が語られたり、発見がありました。

  • 生きていたら、不条理なことに出会う。時には、自分の心がとんでもない方へ飛んでいってしまいそうになったりもする。

    そんな時、ただただ伴走者のように、そこにいてくれるのが「物語」。一呼吸したら、また、一歩、一歩、歩き出せるように・・・。

    自分で自分の「物語」が作れなくなった時、物語を作るお手伝いをするのが、臨床心理士のお仕事で、個人の「物語」を普遍的なものにして、多くの人に伝えるのが作家のお仕事。

    自分の魂に語りかけてくる「物語」の生まれるところ。

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生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)の作品紹介

人々の悩みに寄り添い、個人の物語に耳を澄まし続けた臨床心理学者と静謐でひそやかな小説世界を紡ぎ続ける作家。二人が出会った時、『博士の愛した数式』の主人公たちのように、「魂のルート」が開かれた。子供の力、ホラ話の効能、箱庭のこと、偶然について、原罪と原悲、個人の物語の発見…。それぞれの「物語の魂」が温かく響き合う、奇跡のような河合隼雄の最後の対話。

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生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)のKindle版

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