なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日 (新潮文庫 か 41-2)

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著者 : 門田隆将
  • 新潮社 (2010年8月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (348ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101231426

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なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日 (新潮文庫 か 41-2)の感想・レビュー・書評

  • 2012/05/07
    読み進めるのが辛い。
    毎日流れるニュースは、それがどんなに辛くても悲しくても、私達の記憶から流れ出ていってしまうけれど、当事者の人達にとって、それは終わらない過酷なもの。
    そんな、想像することもできないような経験をされた本村さんの、圧倒的な強さを私は心から尊敬する。
    それは自己の復讐心ではなく、亡くなられた家族のため、同じような被害者家族のため、そして日本のための闘いだったのだと思う。

    本村さんや、ご遺族のみなさんが、心穏やかに幸せな人生を送られることを祈ります。

  • 光市母子殺害事件の遺族である本村洋さんに、著者が事件直後から取材し続けて書かれたドキュメンタリーです。

    今まであまり意識していなかったのですが、本村洋さんは私と年齢が同じです。という事は同級生の妻とも同じ年。当時23歳だったんですよ。そんな若さで妻と11ヶ月の娘を惨殺された。
    しかも犯人は18歳で少年法に守られている。
    そんな彼が、少年法や司法の壁に立ち向かおうとする経緯や、周りで支えていた方々の事を知る事ができます。

    この本を読むと死刑について本当に考えさせられます。
    是非多くの方に、読んで色々と考えて欲しいです。
    死刑制度の是非・マスコミ報道・少年法などについて。
    この事件によって変わった様々な事、変わってない事について。

    この事件によって良い方向に変わった事も多い、本村さんの努力・信念によって好転した事も多いと思います。
    だけどその改変のためにはあまりに大きすぎる犠牲だった。
    残虐な事件が起きてからでは遅いのです。

  • 愛する妻子を奪われた本村さんの長い闘い。
    この犯人は動機からして反省しようが何しようが
    個人的には絶対許せないんやけど、でっちあげみたいな供述がさらに許せない。
    司法は誰のためにあるのか?も考えさせられた。

    弁護士の子に意見聞いたら、それでも弁護する側は100%の気持ちで
    被疑者の言い分を信じないといけないって言ってたけど、この場合は冤罪じゃないし、やっぱり感情としてそれは無理だ。。

    本村さん、これから先は自分の幸せを見つけてほしいと思います。

    >>って書いた後に知ったけど、本村さん再婚されたんですね。
    彼の長すぎた戦いと、もう帰ってはこない愛しい人々を思えば、一緒にこれからの人生を歩んでいける人に出会えたことは本当に大きいことだろうな。今度こそ幸せに。。

  • 「光市母子殺人事件」を追ったドキュメンタリー。

    少年法、加害者の人権ばかりが重視され被害者が置き去りの裁判、相場主義に凝り固まった裁判官などと戦う本村を記録するが、同時に凶悪犯の弁護、死刑制度の存廃、いったん方向が定まると「死ね」の大合唱になるマスコミ報道など、考えさせられるテーマばかりが次々と登場する。

    それにしても被害者の夫・父である本村はすごい。
    TVでインタビューを見たことがあるが、その時は「弁舌爽やかすぎて胡散臭い」って印象だった。でも一読して、平穏な生活と引き換えに司法の重い扉をこじ開けてきた人なんだなあと意識を改めた。

    願わくばこんな事件が二度と起きませんように。

  • 正確には読了していない。少しずつ読むのだけれど、読んでいるだけで辛く、一気に読めない。本村さんの今後の幸せを祈る。

  • 闘いだろう。まさに。今でも鮮明かつ鮮烈に覚えている。「司法が裁かないなら、犯人を自分の手で殺す」
    最初の判決のあとの記者会見で、本村さんがち力強く言った内容だ。自分も法学部だったこともあり、この判決には注目していた。永山基準、司法の限界や法は所詮、人が作ったものにすぎないことなどを痛感。当時目指していた、弁護士という職業への疑問。本書は著者の取材をもとに、本村さんの闘いや新聞やニュースでは伝えられていない部分などがある。考えることは様々だと思うが、一度は手にとっていただきたい。

  • 僕が本村洋さんとお会いしたのは平成20年12月1日の

    内閣府の事業でありました。

    この年 弊社は犯罪被害者支援事業の中でも国として一番大きな事業である

    犯罪被害者週間 国民のつどいを請負っており、11月22日から

    浜松〜旭川〜滋賀〜福岡と事業を廻りこの日が最後の中央大会でありました。

    本村さんの印象は、ほとんど一般の方と同様に「TVのニュース報道」の中でしか知り得ませんでした。

    その印象は、鋭く 堅く 怖い印象を持っていたのが正直な気持ちでした。

    会場に到着された本村さんは

    「本日はお世話になります。皆様のお陰で、今日 このような機会をいただきました」

    と挨拶をしていただきました。

    小柄な青年に似合ったその表情や声は誠実で優しく、今までとは違った印象を持ちました。

    しかしながら その数時間後の講演会やパネルディスカッションでの

    実直で正義感を持たれた本村さんの発言は

    僕だけでなく会場の皆さんの心に響いたと思えます。



    中でも、本書にもある2000年3月22日山口地裁での「絶望」的な

    無期懲役判決での本村さんと吉池検事とのやりとりや

    その前日に遺書を書いていた場面は、「ぐっと」旨に迫る物を感じます。

    正直、この場面を読むと 涙がこぼれ落ちてきてしまいます。

    それは、かわいそうという安易な気持ちではなく

    判決によっては死を選び、

    司法に社会に絶望し、

    控訴せずこの手で殺す!とまで言い切った男に、

    『司法を変える為に闘おう』と言い放ったこの判事の姿にも

    男として感動してしまうからです。



    本書にはこんな場面が書かれています。

    事件後、会社に辞表を出した時の上司の言葉です。

    「この職場で働くのが嫌なのであれば、辞めてもいい。

    君は特別な経験をした。

    社会に対して訴えたいこともあるだろう。

    でも、君は社会人として発言をしていってくれ。

    労働も納税もしない人間が社会に訴えても、

    それはただの負け犬の遠吠えだ。

    君は社会人たりなさい」



    被害者の皆さんに対して、

    これほどまでにストレートに言える支援は

    本村さんに大きな力を与えたと思います。

    犯罪被害にあわれてしまった方々は

    多くの支援を求めています。

    直接的な支援もあれば間接的な支援もあります。

    間接的な支援の中でも書籍を読んで まず理解する!ことも

    重要だと考えています。

    是非 ご一読をお勧めします。

  • 光市母子殺害事件の、事件発生時から死刑判決が出るまでが綴られた一冊。
    長い闘いです。
    言葉にすると簡単になってしまいますが、命の重さを感じます。
    生きている私たちが一番忘れてはいけないこと。
    それは一生懸命生きることです。

  • 犯人逮捕の時点から、光市の母子殺害事件は死刑賛否論と嫌でも結びついてきた。死刑廃止の声も出るなか、死刑の是非を問う上で、この事件は非常に重要な材料として扱われる。

    しかし、この本は、死刑の賛否が常に付きまとうこの事件を、その議論から一旦切り離してくれる。
    事件を単なる死刑賛否論の一材料として扱わず、事件自体を中心に据えて、事件発生から犯人逮捕、報道内容、裁判内容、本村さんが疑問を抱くようになる司法などを描いている。
    そこからみえる、事件に関わる人のもつ、死と死刑と罪という関係の捉え方が、私にとって最も印象強いものだった。
    これについては、自分の価値観と照らし合わせながら読むことで、自分の考えがより整理できたことが、私にとって非常に大きい。

    上で述べた、死と死刑と罪という関係の捉え方以外にも人と人との関係のなかで、重い言葉がいくつもあった。
    「労働も納税もしない人間が社会に訴えても、それはただの負け犬の遠吠えだ。君は、社会人たりなさい。」
    何かを主張する時には、その責任を果たせる身分を持っていないと、いくら正論であっても訴えが響きにくい。主張はその内容だけを評価されるのではなく、それが生まれるに至った背景や、主張している人間も合わせて評価される。
    それゆえ、背景や主張する人間の点で落ち度を指摘されれば、それによって内容が薄いものになってしまう。
    この言葉は本村さんに上司の日高さんがかけた言葉だけれど、主張の正当性だけを重視しがちな私にとって、それを諌められているような気になった。

    長くなったが、以上の二点がこの本を読んで、自分が特に強く思ったことである。

  • 光市母子殺人事件を9年間追った話。

    「人を二人も殺害し、謝罪すらしない人間を守る人権とは何なのかと」と当時の司法、社会に疑問をいだき、闘いを挑み逆転死刑を勝ち取った。

  • 1999年に山口県光市で起きた光市母子殺人事件の裁判を9年にわたって追ったノンフィクション。逮捕されたのが当時18歳の少年で、裁判の行方とくに量刑が注目された。
    第1審、第2審とも、過去の判例を参考に(著者は相場主義と呼ぶ)無期懲役の判決が出た。人を二人殺しても、容疑者が犯行時未成年の場合は、死刑になった判例がない。事件当時23歳だった遺族の本村氏は、加害者ばかりが守られる現状の司法制度の問題点を世の中に訴え続け、最高裁で2008年についに死刑判決が下される。本書出版後の2012年には上告が棄却されて、被告人Fの死刑が確定した。
    本村氏がアメリカの死刑囚に会いに行き、死刑判決の前と後で意識がどう変化したかの話を直接聞いた部分が印象深かった。裁判が始まった頃は、仕返し意識や怒りに燃えていた本村氏だが、だんだんと命と死刑の意味や重さをより深く考えるようになる。また、被告人Fの変化も注目に値する。
    死刑に反対する弁護団が荒唐無稽な主張をしたための作戦負けともいわれている。実名報道の是非。12歳で母親を自殺で失い、実父からの暴力を受けて育った少年Fの気の毒ではある生い立ち。死刑を勝ち取ったあとに本村氏が感じた一種の虚無感。重い内容でいろいろ考えさせられた。

  • 差し戻し控訴審のときにの報道で、「なぜこんなことに」と驚いた記憶がある。

  • 1999年に起きた山口県光市の殺人事件で、妻と娘を殺された本村さんの、司法との戦いの記録。
    当時、常に犯人の死刑を求めていたことを覚えており、その際には友人と死刑の是非に関して話し合ったこともあった。
    でも事件の詳細はよく知らなかったため、この本を読んでみようと思い立った。若かった本村さんが、どのように絶望を乗り越えたのかを知りたかった。

  • この本を読まれた方は、終始涙が止まらなかったであろう。この事件は1999年山口県光市で、23歳の主婦と生後11か月の幼児が惨殺されたという事件だ。

    その遺族の木村洋さんが、司法の矛盾と闘ってこられ、少年なら4人以上殺さなければ死刑にならないという、所謂「永山基準」を乗り越えて、加害者を死刑判決まで持って行ったという、とてつもない執念と努力を綴った著書である。

    死刑執行は普通日本では「法務大臣」が命じる。今まで一番多くの死刑執行をしてきたのが鳩山邦夫氏である。ここからは大野の推論だが、鳩山邦夫氏はしょっちゅう自民党を出たり入ったりしている。これは死刑を執行されたものどもの恨みではないかと思うのだ。

    死刑執行がどのようなものか、知りたい方は是非当該事項をググって欲しい。大野は気持ちが悪くなりました。たいていの法務大臣は極力死刑執行に及び腰だそうです。

    そんな中、当該事件の加害者F(犯行当時18歳)は、当初無期懲役の判決を得ていました。少年事件の無期懲役囚は本書によると、通常7年で仮出獄出来るそうです。

    それに憤ったのが木村洋さん。大野も何度も本書を読んで泣いてしまった。彼は一審の判決後、両親に「先立つ不孝をお許しください。死刑判決が出ないと、命をもって抗議することしか私にはできません。」義母にも「せっかく結婚したのに苦労ばかりかけて」といって遺書を残している。そう、彼は自殺するつもりだった。

    それを察知した上司により、引き留められたのだが、もし自殺でもされたらそれこそ「無駄死」である。しかしながら木村洋さんは、それほど家族を愛しており、なおかつ責任感の強い方だったのである。

    彼の司法制度の怒りは、このようなところまで起こる。なんと裁判所の衛視に被害者の遺影を持って入廷することを禁じられたのだ。木村さんは当然猛抗議。その結果「黒い布を掛けて」とようやく許可が下りたのだ。

    木村さんが偉かったのは、判決の日「ニュースステーション」に生放送でインタビューを受けて、「司法の矛盾」を舌鋒鋭く指摘したことだ。

    それが当時の総理大臣の小泉純一郎氏と面会された時の会談で功を奏し、議員立法で「犯罪被害者等基本法」をもってして努力が日の目を見ることになったのである。

    この裁判の結果はご存知の方も多いので省略するが、門田先生の取材で、広島拘置所での加害者Fが改悛した様子がありありと語られている点が注目すべきところだ。

    即ち「死刑判決で(初めて)自分の視点ができた」「自分の”限りある命”をどうするか、という事を考えている」と語っていた点である。

    木村さんも広島高裁差し戻し審で”どうしてあんな供述をしたのか、事実を認めて反省の弁を述べていたら死刑を回避できたかもしれないのに”と述べており、Fも”もったいない”言葉であると思っていた点である。

    木村さんは、アメリカの死刑囚にも面会しているが、彼とのインタビューの内容は「死刑判決を受けて考えることが、全く変わった」という事であった。

    当該事件の加害者Fも見事変わったのである。乱暴な議論だが、結論から言うと死刑制度はやはり廃止してはいけないと改めて思った。

  • 壮絶だった。
    長生きできないかもしれない。
    生きることができても子供はできない。
    という事実をつきつけてからの、一連の流れは、涙を誘った。
    村山聖のノンフィクション「聖の青春」を思い出した。

  • とても凄惨な事件だけに、読み始めるのに勇気がいった。
    生と死や司法に関して、考えさせられた。
    死刑廃止、死刑存置。どちらの立場の人にも読んでほしい。

  • 裁判官は、あなたたち被害者に会う義務もないし、あなた方が裁判官に会う権利もない

    いきなりなタイトルですが、これ被害者遺族に裁判長が言った言葉。この後に内容説明しますがインパクトあったのでタイトルにしました。

    「もう今日は2冊本読み終わっているしほどほどに」と思っていたのに読みはじめたらとても止められず、「これは!」と思い外出して読書に専念。読み終わるまで熱中でした。

    少年事件の本は神戸の事件で「淳」をはじめとして奈良の事件でニュースになった草薙厚子氏の「少年A 矯正2500日全記録」、加害者両親の両親自体も犯罪予備軍だなと世間に公表することになった本「少年A」この子を生んで……―父と母悔恨の手記」、読書ノートが無くて他読んだ本が出せないけどちょいちょい読んでいて先日は「心にナイフをしのばせて」を読みました感じですので、読みたい本リストには長らく入っておりました。

    しかし読むにもパワーがいるなと思い1年くらい経ってしまったのかな。ようやくページを開きました。

    山口県で起きた18歳になりたての現在死刑囚による母子殺人事件。その被害者家族のそれこそ3300日に渡る闘いを記した本。

    残酷な殺人事件の被害者家族である本村さんへと応援の輪が広がって行く姿も見える本です。

    なぜ、本村さんは絶望と闘えたのか?

    一つは本村さんの生い立ちといいますか、大病を患い、学生時代に数か月以上に渡る入院を繰り返し、受験も病院で受け、高専へも病院から通う、というそれだけで1冊の本になるような幼少期を過ごしていて、一度の人生を太く、短く後悔の無いように生きよう、としていること。

    治療の副作用で、子供ができないかもしれないと15、16歳の時に言われているんですよ。その逆境をはねのけて授かった赤ちゃんが、殺されてしまった夕夏ちゃん。

    本村さんが、死ではなく、生を選んだのは死を間近に過ごしてきたことも関係していると思います。

    もう一つは被害者からすると理不尽と思われる司法のルール。それのおかげか、本村さんは死なずに闘うことが出来た。闘うことになってしまった。

    本村さんはエンジニアをされていることもあり、理論的な思考回路を持ち、爆発しそうになる感情を理性でカバーし、適切に言葉にして伝えることが出来ます。

    その上で、会見では被告への殺人予告ととれる発言をしたり、マスコミを通じて、一般市民の関心を集め、支援の輪が広がって行きます。

    それが全国犯罪被害者の会につながり、犯罪被害者等基本法の施行につながります。

    本村さんに立ちはだかる「司法」の壁があり、それを穿つ仲間が増え、その代表者として活動する・・・闘っている最中は「なぜ」という事など考える意味がないほど、戦うことが全てだったのでは。

    裁判官は、あなたたち被害者に会う義務もないし、あなた方が裁判官に会う権利もない

    もうね、書いているだけでも腹が立つ、山口地裁裁判長の言葉。奥さんとお子さんの遺影を持ち込むことを許されず、もみ合いになった際にこんな言葉を被害者にかけられるのが裁判所なんですね。

    ルールと今までの判例の中から出す判決は「無期懲役」。その無期懲役というゴールに向けて理由をつけていく裁判官たち。

    余りにも被害者軽視、どころか無視な司法の現場がこの事件をきっかけに、結果変わることとなりました。
    犯罪被害者等基本法(平成十六年十二月八日法律第百六十一号)

    私に「弁護士は正義の仕事ではない」と教えてくれた弁護士の登場

    最高裁に上告されてから出てきました、安田好弘弁護士です。
    この弁護士はオウム真理教事件で国選弁護士となり、その姿を見て、小学生の私は
    「弁護士というのは、天に誓った正義の仕事ではなく、依頼者が... 続きを読む

  • テレビで会見が放送される度に、ただただ悲しくて辛かった。
    この本を手にとった時も、自分の興味本位だけで読もうとしているんではないかと、しばらく躊躇した。覚悟をしなくてはと思った。強い覚悟を持って読まなくはいけない本もあるんだと知った一冊です。

  • 何回目かでまた読んだ
    永山基準をどう考えるか・・

  • 図書館で借りてきた本。ノリコさんが推薦してくれたので借りて読んでみることにした。

    死刑については、今まで散々それ関係の本を読んできて、自分の考えはもう変わらないのだけれど、それでもやはり死刑にはいろいろな面があるので考えさせられる。

    まぁこの本はどちらかというと一つの事件を通して、今まで何の権利もなかった被害者遺族に対してそれがどう変わってきたのか、という感じの本なのだけれど。この事件においては、結局このような判決でよかったのではないかとわたしは思うのだけれど。。

    ただ一点、死刑判決が出たあとに著者と元少年が面接して話すんだけど、そこで元少年が「自分は狼少年だった」「狼少年は最後に本当のことを言っても信じてもらえなかった」というところがひっかかっている。結局彼の「ドラえもん云々」というのは本当のことだったんだろうか?それならなぜ最初からそのことを言わなかったんだろうか?拘置所に拘留されているときに知り合った仲間に当てた手紙の「レベルの高さ」を思うと、到底信じられないのだけれど。だから、真実は一体なんだったのかと思うと複雑な気持ちになる。

    この事件はつい先日結審されて、元少年の死刑判決が確定した。しかし、犯罪被害者である本村さんがおっしゃっていた「この判決は誰も勝者がいない」というのは真実だと思う。そしてこのような残酷な事件がもう起こらないのを祈るばかりだが。。犯罪は「厳罰化」しても、減る傾向にはならないんだよね。。今の日本は「厳罰化」の方向に進んでいるけれど。それは被害者遺族を差し置いて、一般市民への「応酬刑」になっているような感じがすごくするんだよね。本当にそれでいいのか、それはすごく難しい問題だと思う。

  • 妻と1歳前の娘を、18歳の強姦目的の男に殺された、23歳の夫が、死刑判決を勝ち取るまでを描いた。

  • まだ記憶に新しい山口県光市母子殺害事件に関する著。
    事件当時18歳だった犯人を死刑として裁く道程を著している。
    死刑廃止論もある中ではあるが、やはり極刑というものは必要なのではないかと考えさせられるくらい、反省の色のなかった犯人が変化していっている。
    詳細については本書を読んでいただきたいが、もしも自分が本村さんの状況に置かれたならば、このような対応は絶対にできない。
    何が彼をここまで動かしているのか。妻、娘に対する愛情はもちろんのこと、社会正義という本質を予め持ち合わせていた人物なのかもしれない。
    なにか機会があれば応援していきたいと思った。

  • 1999年4月14日、山口県光市で起きた母子殺人事件。
    その日から丸9年。
    死刑判決が出るまでの、ご主人本村洋さんの3300日。

    日本における司法がなんとも情けないことか。
    人を裁くためのものが、全く人の血が通っていない。
    そう思った。

  • 犯罪被害者が司法に積極的アプローチが出来る契機を作ってくださった方だと思います。現在も犯罪被害者の人権や社会復帰に対して行政はまだまだだと思います。遺影を持ち込むことも、意見陳述をする機会すら与えられなかった司法を体験し、更にその司法を動かした本村氏の絶望を超えて行く、強さには感服しました。
    まだまだ、被害者の人権や救済措置には課題が残されています。少しでも犯罪被害者が救われ、一日も早い屈辱の呪縛から解かれる、そんな司法になればと思います。

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なぜ君は絶望と闘えたのか―本村洋の3300日 (新潮文庫 か 41-2)の作品紹介

1999年、山口県光市で、23歳の主婦と生後11カ月の乳児が惨殺された。犯人は少年法に守られた18歳。一人残された夫である本村洋は、妻子の名誉のため、正義のため、絶望の淵から立ち上がって司法の壁に挑む。そして、彼の周囲には、孤高の闘いを支える人々がいた。その果てに彼が手にしたものとは何だったのか。9年に及ぶ綿密な取材が明らかにする一人の青年の苦闘の軌跡。

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