- Amazon.co.jp ・本 (344ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101234144
作品紹介・あらすじ
私は知っている、このハサミで刺し殺されるのだ-。強烈な既視感に襲われ、女流画家・高槻倫子の遺作展で意識を失った古橋万由子。彼女はその息子から「25年前に殺された母の生まれ変わり」と告げられる。時に、溢れるように広がる他人の記憶。そして発見される倫子の遺書、そこに隠されたメッセージとは…。犯人は誰なのか、その謎が明らかになる時、禁断の事実が浮かび上がる。
感想・レビュー・書評
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あなたは、『臨死体験』、『幽体離脱』、そして『前世の記憶が蘇る』という体験をしたことがあるでしょうか?
いきなり何を聞くんだ!と呆れられそうな質問からスタートして恐縮です。でも、実際にはどうでしょう。”人は死んだらどうなるのか?” 時々、そんな思いに苛まれることがあります。そんな”死んだ後”の自分を考える時、そのシーンは二つに分けることができるように思います。先の質問の『臨死体験』、『幽体離脱』については、あくまでその人の人生が終わったまさにその瞬間を見つめる体験と言えるのに対して、『前世の記憶が蘇る』というのは、さらにその先、『生まれ変わり』を意識したものだと言えます。『母親が出産する時、子供の脳が、やはり出産時の苦痛を和らげるために、ある種のホルモンを分泌するらしい。これが、記憶を消してしまう働きを持っている』という研究の真偽のほどは分かりません。しかし、『前世の記憶』という言葉には、人を惹きつけてやまない何かがあるようには思います。そして、『前世の記憶』というものがもし本当にあるのだとしたら、それは『生まれ変わり』を肯定することにもなります。私たちは”死”というものに恐怖を抱き、日常生活において、それを潜在的に意識しないようにしていると思います。しかし、”死”の先にその次の人生が確かに存在するのだとしたら、その”死”自体に見るものが異なってくるようにも思います。『亡くなる一年ほど前から、彼女はよく生まれ変わりの話をしていた。この次は失敗しないからね。この次は、もっと強い女になって帰って来るわ』というように、その次の人生を前提にすることができるとしたら…。その一方で『それが「私」なのだろうか。「私」は帰って来たのだろうか?』と前世と対になる現生の自分を認識する瞬間があるのだとしたら…。
この作品は主人公・万由子が体験する『デジャ・ヴ』の数々の中に『生まれ変わり』の『私』を感じる物語。恩田ワールドにどっぷり浸れるミステリー作品です。
『急に激しい喉の渇きを覚えて、ふと喉元に手をやった瞬間、いつのまにか首筋にじっとりと汗をかいているのに気が付いた』のは主人公の古橋万由子。『暑い。ここも暑い』と、『かなり混み合っている会場を落ち着きなく見回』す万由子。『渋谷の繁華街のはずれにある古いテナントビルの最上階』、『聞いたことのない画家たちの展覧会』を訪れた万由子。上司の浦田泰山先生と友人の今泉俊太郎と訪れたその場。『なんでこんなに混んでいるんでしょうね?初日でもないのに』と訊く万由子に『熱狂的な人気があったのに、さあこれからって時に急死しちゃったんだ。今ここに来てる客はそのころのファンだろう』と返す泰山。『遺作展ってなってますよね。没後二十五年だって。なんで今ごろやるんでしょうね?』と言う俊太郎。『二十五年前。私の生まれる一年前だ』と思う万由子。『高槻倫子遺作展』、『印象的な海の絵のポスターが何枚も並べて貼ってある』のを見て『首の後ろをかすめるような不快感』に襲われる万由子。童話の場面をモチーフにした作品が並ぶのを見て『うわあ、きれいな絵だけど相当ブラックだね』と言う俊太郎。『繊細な描線は知性に溢れ、色も構図もモダンで美しいのに、どこかその視線は醒めきってい』るという絵を見て『私も同感』と思う万由子。そして『だんだん気分が悪くなってきた』万由子は『なぜか、目の前に並んでいる絵を正視していることができな』くなっていきます。『逃げなくては』、『いつのまにかそう考えていたのに気付いて、びっくりする』万由子。『何かが突然キラッと光った』のに気づき『辺りを見回し』ますが『光の元になりそうなものは見当た』らない万由子。そして『その時、私は判ったのだ』という瞬間が訪れます。『私は知っているのだ。ここにある絵を全部』というその絵。『これらの絵の中の風景を、どれも私は見たことがある』という万由子。『高槻倫子。たかつきのりこ。知らない名前だ。私はこの画家を知らないし、以前にこれらの絵を見たことはないはず』と自問する万由子。『ふたたびチカッ、と何かが光った』のを見て『思わず顔をしかめた』万由子は『この光は会場の中のものではない』と気づきます。『この光は私の頭の中で光っているのだ!』と気づき凍りつく万由子。『出よう、ここから』と先を急ぐ万由子の『頭の中で、またチカチカと何かが瞬』きます。そして『その輝きの向こうに。突然何かが見えた』というその光景。『手だ』、『誰かが手を高く差し上げている』というその光景。『ハサミだ』、『私はこのハサミで刺し殺されるのだ!』というその時、『首に強烈な衝撃が走った』万由子。『ビジュ、とすさまじい勢いで真っ赤な色彩が目の前にぶちまけられ』、『誰かが耳元で、ものすごい金切り声で叫んだ』…という緊迫の場面の先に、そんな万由子が巻き込まれていくミステリーな物語が展開していきます。
見たことがないはずの絵にも関わらず『私は知っているのだ。ここにある絵を全部』という衝撃的な主人公・万由子の『デジャ・ヴ』体験の場面から始まるこの作品。幅広いジャンルの作品を生み出し続ける恩田陸さんの中でも絶品の多いミステリー作品の一つです。一般的には、ミステリー=推理小説ということになると思いますが、恩田さんの場合、そこにファンタジー要素が絡むのが通例です。この作品の場合、ファンタジーとまでは言えませんが、恩田さんらしいその独特な空気感は健在で、この作品はそんな雰囲気を楽しむものだと思います。他の作家さんで言うところのミステリーを思ってこの作品を読むと、特に結末の少し強引な寄り切り感には、なんだよ、これ、となるかもしれません。一方で”恩田さんのミステリー”と意識して読む場合には、そこに醸し出される独特な空気感にゾクゾクするたまらない作品と、印象がガラッと変わります。このあたりが恩田さんのこの作品が楽しめるかどうかの分岐点になっているようにも思います。
そんなこの作品は、まずその不思議な書名「不安な童話」がとても気になります。このレビューでは、そんな「不安な童話」という書名にされた恩田さんの意図を次の三点から見ていきたいと思います。まず一点目は、ストレートに高槻倫子の絵だと思います。『一瞥して童話をモチーフにしたもの』というそれら一連の絵は、『死に嘆き悲しむ七人の小人たちを、遠目に見守りながらたたずんでいる、黒いガウンを着た女の乾いた表情のアップ』という”白雪姫”からのワンシーン。『苔むした巨大な糸車の向こうで、廃墟のようないばらに囲まれ』、『闇の中に横たわる彼女の周りには蜘蛛の巣が張り、ほこりだらけ』という”眠れる森の美女”からのワンシーン。そして、『宝石だった眼をえぐられ、身体じゅうの金箔を剥がされ』、『足元には全身を縮めて息絶えた燕が落ちている』という”幸福の王子”からのワンシーンなど、いずれも有名な童話作品をモチーフにした絵にも関わらず、その切り取り方は極端とも言えます。思えば童話というものはとても不思議なものです。一見子供を対象としたものに思えて、極めて残酷、残忍な一面がその背景に隠されているものだとも思います。そんなシーンだけを描いた絵からは、童話のワンシーンとは単純に割り切れないものを感じます。まさしく「不安な童話」、そのものとも言えます。
次に二点目は、この作品のストーリー展開です。この作品はミステリー作品なので、ここに結末を書くわけにはいきません。それはまさしくネタバレとなってしまうからです。なので、あくまで抽象的に書かせていただきますが、その結末は上記した一点目に見られる童話の優しい世界と背中合わせの残酷、残忍さを見せる世界、その両者が見事な対比として描かれる結末を読者は見ることになります。これは、まさしく「不安な童話」という書名に繋がる世界だと思いました。
そして最後に三点目です。あらすじにもある通り、この作品は主人公・万由子が『25年前に殺された母の生まれ変わり』とその母の息子に告げられたことを発端として『禁断の事実』が明らかになるまでの物語が描かれていきます。そんな中に登場する『デジャ・ヴ』という言葉は、恩田さんのファンならお馴染みの、もうありとあらゆる作品に必ずと言って良いほどに登場するお馴染みの言葉でもあります。『既視感』とも訳されるその言葉が、この作品では『生まれ変わり』というまさかの考え方と結び付いて主人公を不安に陥れていきます。『幸運じゃないか。自分の前世の人間が判るなんて』と言う俊太郎に『あたしは知りたくなかった』と怒る万由子。もしあなたが具体的に、ある人物の『生まれ変わり』だと特定されるような事態があったとしたらどうでしょうか?しかもその人物は幸せな死に方をしなかった、殺されていたとしたらどうでしょうか。『もしも私が高槻倫子を殺した犯人に出会ったら、その時私は判るのかしら。その人がかつて「私」を殺した人間であると? 』と素朴な疑問を抱く万由子。『あっ、この人はあの時「私」を刺し殺した人だ』と判るのだろうか、と考える万由子。そんな、『デジャ・ヴ』の怖さを感じる万由子の感覚は当たり前だとも思います。前世の自分を殺した人間と、生まれ変わった自分が対峙する時間、そんな瞬間が存在することなど考えるだけで恐ろしくもなります。そんな風に考えると『幸運じゃないか。自分の前世の人間が判るなんて』などとはとても思えない、そんな『デジャ・ヴ』は絶対に経験したくないと思える感覚だと思います。『生まれ変わり』という一見神秘性を帯びた憧憬をも感じさせる言葉が併せ持つ恐ろしい現実との対峙、この感覚もまさしく「不安な童話」というこの作品タイトルが言わんとする世界なのかもしれない、そんな風にも感じました。
『だって、あたしは実際にハサミが自分の首に刺さる感触を体験してるんですよ。ほんとに鮮明だったんだから、血の吹き出すのまで感じたし』という驚愕の体験。その体験がどこか他人事にさえ聞こえる『デジャ・ヴ』という言葉の中に真実の恐怖を読者が見ることになるこの作品。序盤の緊張感漂う展開の先に、恩田さんらしい独特な空気感に包まれたファンタジー世界が展開するこの作品。まさかの衝撃的な結末に「不安な童話」と名付けた恩田さんの上手さをとても感じた、そんな作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
女流画家・故高槻倫子の遺作展を訪れた、主人公万由子は、その絵画を見て強烈な既視感に襲われる。
そこから、殺された倫子とその息子の過去に巻き込まれていく。
暗雲漂うプロローグ。
不審な登場人物。
立て続く、オカルト的な現象。
それらが、ラストに向かい、現実に邂逅していく。
物語半ばで、犯人はまあそうだろうなあと思っていた通りでしたが、エピローグまでは、思いつかなかったです。
さすがでした。
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絵の展覧会で倒れた女性
それから女性に起こるざまざまなことで
物語は展開される
25年前に殺された画家の生まれ変わりと言われた女性
画家が残した遺書から犯人はわかるのか?
そんな感じで最後までそわそわしながら読みました -
表紙は酒井駒子さんの描く黒色のワンピースを着た女性です。すっきりした輪郭に紅い唇。目元から上は黒く塗りつぶされ、背景にはどんよりした砂浜と波が立った寒々とした海。その周囲はワンピースの色と同化するように黒く激しいタッチで覆われています。それは心の奥底をひんやりとさせるような、あまりにも不安な気持ちを思い起こさせます。それでも美しい。魅惑的な印象深い絵なのです。そして、物語へどうしても引き寄せられてしまう魔力を秘めたような表紙でもあります。
物語もそのとおり、最初から最後まで掴みどころのない漠然とした不安定な感情を漂わせながら進んでいきます。一度かかわったら最後、蜘蛛の糸に絡まったかのように抜け出すことができないのです。怖い。でもこの先を知りたい。そんな思いを抱いたまま、真実が露わになりました。
真実を突きつけられた者。真実を思い出した者。真実を隠し続けた者。真実に巻き込まれた者。
真実を知ることによって、新たに人は重い足枷を背負うことになることもあるんだなと深くため息をつきました。
ただ、それが不幸だとも限らないということも、嵐のあとの海に思いを馳せながら、ぼんやりと心に残ったのです。-
mayutochibu9さん、こんばんは。
コメントありがとうございます(*^-^*)
とても考えさせられるmayutochibu9さん...mayutochibu9さん、こんばんは。
コメントありがとうございます(*^-^*)
とても考えさせられるmayutochibu9さんの疑問です。
確かに人間にも目には見えない檻があるのだと思います。
親となった動物と人間の違いは何でしょう。その違いが、親を人間の親たらしめるものなんですよね。それなのに、人の世に作り出された檻に囚われてしまうと、望む望まないを別にして人間は動物に豹変してしまうこともあるのかもしれません。
何だかまとまらなくて、ワケのわからないことを書いてしまいました。すみません。
でも、mayutochibu9さんのコメントのおかげで、答えはまだ出せませんが、いろいろ考えることが出来ました。
ありがとうございます。2019/11/19 -
地球っこさん、こんばんは。
早速のコメントありがとうございます。
只今「恩田陸」さんのおすすめ本を読んでいる最中です。
同世代の共感を感じ...地球っこさん、こんばんは。
早速のコメントありがとうございます。
只今「恩田陸」さんのおすすめ本を読んでいる最中です。
同世代の共感を感じております。今は10歳離れると同世代と感じにくい面がありますけど。
昔は妾、異母兄弟が多かったんだなと改めて感じます。生きるために。
恋愛は一期一会とは言えないところですが、「別れても好きな人」という関係にならず、愛憎(殺人)が多いのが悲しいところかな。相手の幸せを望む度量が欲しいところ。また、呟いてしまいました。 また、よろしくお願いします。2019/11/20 -
mayutochibu9さん、おはようございます。
お返事ありがとうございます。
恩田さんの本はまだ数冊しか読んでいませんが、「光の帝国...mayutochibu9さん、おはようございます。
お返事ありがとうございます。
恩田さんの本はまだ数冊しか読んでいませんが、「光の帝国」はとても印象に残ってます。あと「六番目の小夜子」も面白かったです。
またmayutochibu9さんの恩田作品のレビュー楽しみにしてます。もちろん、他の作家さんのレビューもですよ(*^^*)
そうですね。相手の幸せを望む度量、それ以上に自分を愛して欲しい気持ちが抑えられなくなったこと、その嫉妬が相手ではなく相手が大切にしているものに向かってしまうこと、何だか息苦しいです。2019/11/20
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なんとなく、リズムよく読めなかった。
この手の設定をどう読みこなすのがいいのか、難しいからかも知れない。
最後は何となく纏まっているが、しっくりしない面もある。
幼なじみの年齢差はどこまで許容されるだろう。
もしや異母姉妹だったのだろうか?
なんとなく、疑問が残った。
5/4追記 1994年作品3作目(2回読破)
私は夢で未来の疑似体験をよくする。予想が当たるときもあれば、外れることもある。体調にもよるところだが、夢を覚えているときと、覚えていないときもある。
得てして、悪い夢のほうが覚えており、当たってしまうもの -
読み始めて数行でこの本の世界観に連れて行かれて、一気に不安な気持ちになる。人の記憶というものは本当に不思議で、思い出したくなかったこと、思い出したい本当のこと、それら全部引き継がれたのが今の自分だけれど、本当はそれすら何の保証もない。「私だけが走る100メートルの短距離走ではなくて、永遠に終わらないリレー競技」私も万由子さんと同じように自分が生まれる何十年、何百年も前からこの世界が存在していたというのは納得がしにくい。だって「みんなが口裏を合わせている可能性だってある。」ということをよく妄想したりする。それくらい記憶ってその個人にとっては世界の全て。
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久しぶりの恩田陸作品。
落ち着いて読める。
なんだか自分も実際に絵を見たような気分にさせられる。
もしかして……やっぱりという展開だったけど、姉まで関わっているとは思わなかった。 -
うーん、タイトルがうまい。まさに不安感いっぱい。この作者ってこういうわけもない不安感を書かせるとうまいな。ましてこれは正当なミステリーときている。他人の記憶が見える特異体質なんてところですでにファンタジーなのではという向きもあるかもしれないけれど、これには京極夏彦描くところの榎木津礼二郎という大物の前例があるので違和感はまったく感じない。あれでもどっちが早いんだろうか。
ラストの意外な登場人物に驚かされ、そのからくりにそういうことだったのかと感心しきりで読み終えようという寸前に、あの恐ろしいエピローグ。陽画が突然陰画に転換するような衝撃。そして何が真実なのだろうという不安と疑惑を秘めたままに幕が閉じられる。おそろしい作品だ。 -
読んでると不穏な気分になる。
ずっとイメージは黒。
重苦しい雰囲気で全編語られていて、ずっと緊張感がある。
最後はスッキリ伏線がまとまった気がします。
表紙の酒井駒子さんの絵が好きです。見てると不穏な感じがします。。 -
本の最後のページに「15歳おめでとう!」とメモが挟んであった。中3の誕生日に友人からもらった1冊だった。もう9年も前なのか。
そのとき読んだはずなのに、読み返してみるとほとんど内容を覚えていなかった。
結末は「ええっ!」となった。そういうことだったのか。
脇役の登場人物が魅力的だった。特に俊太郎。