凶悪―ある死刑囚の告発 (新潮文庫)

制作 : 「新潮45」編集部 
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (386ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101239187

作品紹介・あらすじ

人を殺し、その死を巧みに金に換える"先生"と呼ばれる男がいる-雑誌記者が聞いた驚愕の証言。だが、告発者は元ヤクザで、しかも拘置所に収監中の殺人犯だった。信じていいのか?記者は逡巡しながらも、現場を徹底的に歩き、関係者を訪ね、そして確信する。告発は本物だ!やがて、元ヤクザと記者の追及は警察を動かし、真の"凶悪"を追い詰めてゆく。白熱の犯罪ドキュメント。

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    サスペンスドラマを見ているようだった。
    一、二審で死刑判決を受けた獄中の殺人犯が、「首謀者はまだ塀の外にいる」と記者に告発する。告発を受けた記者が調査を行い、そろえた証拠をもとに首謀者が逮捕される。獄中の殺人犯はすでに死刑判決を受けているのに、新たに浮上した余罪事件の重要参考人となり法廷で証言、首謀者とともに別の判決を受け、一連の事件全てに終止符が打たれる。
    本書の読みどころのひとつは、死刑判決を受けた後藤良次の執念である。生きて塀の外に出ることが叶わなくなってしまった後藤にとっては、もはや娑婆の動向なんて関係ない。誰が捕まろうが誰が死のうが後藤の運命を変えることはできないはずだ。しかしそれでも、仲間を殺された復讐のため、記者と一丸となって「塀の中から」捜査を展開していく。読みながら「こんな展開があり得るのか」と何度も驚いてしまった。しかもその捜査が実り、首謀者を逮捕することができたのだから本当に信じられない。ひとえに後藤の復讐心と強い意思が成せた奇跡であり、彼の歪んだ思いと熱量が、読み手の自分にも得も言われぬ高揚感をもたらしてくれた。

    ――「身元引受人の指定を解除したというのは、どういう意味があるんですか」
    「今回の告白で可能性はなくなりますけど、仮定の話として聞いてください。かりに万が一、自分が最高裁で無期懲役に減刑されるような事態が起こったとしても、身元引受人がいなくなったことで、娑婆に出られる可能性は永遠になくなりました。百パーセントなくなったんです。なぜなら、身元引受人がいなければ、仮出所は認められないからです。これで、自分は完全に社会と接点を絶ちました。今は逆にさばさばした、すがすがしい気持ちにさえなっています」
    後藤は、差し入れをしてくれる数少ない面会者であり、唯一、社会との窓口になってくれる人間として保持していた女性との関係も、自ら断ち切ったのだ。裏を返せば、そこまでしてでも、先生への復讐を遂げたいという強い気持ちがあらわれているといえよう。

    ――――――――――――――――――――
    【まとめ】
    0 まえがき
    人の命と引き換えに、錬金術のように金を作る「先生」。彼と協力しその恩恵に浴していた後藤良次は、先生の裏切りに遭い、死刑囚として東京拘置所に入れられていた。
    四方を灰色の壁にかこまれた狭い空間で、ただひたすら暗い情念を燃やしつづけた後藤は、今も娑婆にいる先生を獄中から告発するという前代未聞の行動に出た。
    「自分がこれから明らかにすることは、先生とともに手を染めた、一連の余罪殺人事件への懺悔であり、未だ野に放たれている先生への復讐の誓いである。その男は、金と血に飢えた二重人格者であり、知能を兼ねそなえたシリアルキラーなのである」


    1 後藤の犯行
    後藤良次は、広域指定暴力団・稲川会に属する組の幹部だった。群馬県警に逮捕され、仮釈放で出所してからカタギに近い状態となっていた。そこで出会ったのが「先生」と仰いだ不動産ブローカーだった。
    後藤は先生のもとで働くようになってから羽振りがよくなっていた。しかし、暴力団関係の知人らとのトラブルから、殺人など2つの重大事件をたてつづけに引き起こして逮捕され、死刑判決を受けた。
    その後藤が、実は同時期、他に2件の殺人事件と1件の死体遺棄を行っており、それらは警察に認知されず闇に埋もれている、と証言している。しかも、後藤とともに一連の事件を行った首謀者が、いまだ社会でのうのうと生活を送っているというのである。にわかには信じがたい、衝撃的な告発だった。
    金はいらない。いくつもの殺人に関与していながら法の裁きを受けず、自分の舎弟である藤田を見捨てて死に追いやった先生に、自分と同じ裁きを下してやりたい……。死刑判決を受けたことで一種の諦めがついた後藤は、先生への復讐のために命を捧げることを決意したのである。

    後藤が捕まるきっかけとなった事件は、宇都宮での殺人事件だった。男女4人をアパートで縛り上げ高濃度の覚醒剤を打ち、女性1人を殺害した。犯行後後藤は指名手配されていたのだが、逃亡中の後藤に接触した先生はこう言ったという。
    「君らが捕まっても、俺と一緒にやった殺人を警察に話さず、生涯、黙っていると約束してくれるなら、それとは別に、良次くんには3000万円、小野塚くんと鎌田くんにも1000万円ずつ渡す。必ず金は準備する。だから、後生だから、事件は秘密にしておいてくれ。お金は9月のアタマまでには作る。現金で用意して渡すようにする。それまで、この金で逃亡してくれ」
    結局そのあと後藤らは捕まったが、現金は受け取っていない。面会や手紙で「約束の金はどうなった」と問い詰めても、「今ちょっと苦しくてな、すまない」などと約束を引き伸ばし、そのうち連絡が取れなくなった。

    後藤が逮捕される前、後藤は先生に「舎弟の藤田の面倒をきちんと見てやってくださいよ」と何度も言った。
    藤田の家には多額の借金があった。返済に首が回らなくなっていたころ、知人のツテを頼って先生と知り合った。先生は「俺が借金をキレイになくしてやる。不動産も手放さないで、なんとかしてやる」と言って、藤田の母を喜ばせた。そうして巧みに母子の信用を勝ちとった先生は、結局、彼女らを騙し、自宅や土地をすべて処分してしまった。そして藤田家の仲介者として、手数料を稼いだのである。借金は返されたが、藤田や母親には一銭の金も入らなかった。
    後藤は、舎弟のように可愛がっていた藤田の苦労も、その原因の一端は先生や自分たちにあると考えていた。だからこそ先生に「藤田を頼みますよ」と伝えたのだ。しかし、先生はそれを裏切り、藤田を見殺しにした。


    2 先生が関わった事件
    後藤が文書で告発してきた事件は次のとおりだ。
    ①大塚殺害事件
    60歳くらいの「大塚」という知り合いに金を貸しており、その借金返済が滞っていた。大塚が「返さない」と開きなおったことから口論になり、カッとなって、自分のネクタイで首を絞めて殺害した。その後商売仲間の山田正一の会社のゴミ焼却場で遺体を処分した。
    先生は後始末のために後藤にすがりつき、後藤が先生に借りていた借金をチャラにし、加えて報酬も与えた。
    ②不動産略奪転売事件
    大宮にまとまった土地を持っている老人(家族や親戚付き合いなし)を殺し、土地を奪って転売した。
    後藤と先生、先生の知り合いの不動産ブローカー岡田と3人で老人を暴行、ロープで縛り上げ、先生が管理・所有する土地に生き埋めにした。その後老人の土地を売買と称して所有権を移し、転売して7000万円を儲けた。
    ③保険金殺人事件
    山田正一の商売仲間に、「カーテン屋」と呼ばれる装飾業者がいた。カーテン屋の店は経営困難になり、自宅が差し押さえられる寸前だった。カーテン屋が8000万円の生命保険に入っていることから、山田とカーテン屋の家族の間でカーテン屋を殺すことに合意する。先生と後藤はカーテン屋に大量の酒を飲ませ殺害し、死体を遺棄。遺体を発見した警察は自殺か病死扱いで処理した。

    後藤がこれらによって得た報酬は1980万円、先生自身は1億円近い金を儲けていたという。


    3 先生の人柄
    先生は長らく営業マンとして働いていたが、昭和57年に独立し、会社を設立する。しかし平成5年3月、7億円余りの負債を抱え、同社は倒産した。その後は、人を泣かせても意に介さない、整理屋という裏稼業に邁進した。不動産や金融のブローカーとして飛びまわり、物件や顧客の紹介などを行う情報ブローカーとしても活動、現在に至る。

    学生時代、会社設立から倒産までの社長時代、そして不動産ブローカーをしている現在と、先生に対する評価は、いずれも辛辣な声で染まった。
    「A(先生)はヤクザ者が好きでね。山口組だろうが、稲川会だろうが、組織は問わず、茨城県内のあらゆる組の親分や幹部連中とつきあっていました。そういったヤクザ連中の自宅のリフォームなども一手に受注していましたよ」(先生を知る暴力団関係者)
    「不動産ブローカーといえばそうだけど、どちらかというと、『占有屋』として知られていたね。複数の借金の担保にとられ、どうにもならなくなった塩漬け物件のビルに、人を住まわせたり、あるいは看板をたてるなどして、競売などの処分を妨害するんだ。そうして賃借の権利があると主張して、立ち退き料をせしめる稼業です。落札した競売物件に、Aが介入してきたため、彼の自宅に交渉に出向いたところ、『てめえ、どこに来てんだ。バカヤロー! 殺すぞ、コノヤロー』とすごまれた業者もいます」(地元の不動産業者)

    後藤によると、先生はひどいアル中でサディストだともいう。
    「先生は四六時中、飲んでいます。まぁ、あれだけ大罪を犯していれば、飲んでいなきゃ、やってられないのかもしれない。普段は穏やかで、田舎の朴訥なおじさんに見えますが、酔っ払うと本性が表れます。いきなり豹変し、言葉遣いも荒っぽく、やることが残虐になる。何とも形容しがたい愉悦の表情で、飼っている鳩やニワトリを蹴り上げたり、首を絞めて、殺したりするのをこの目で見ました」


    4 ついに報道へ
    後藤と後藤の内縁の妻の証言、そして筆者の取材により、後藤の供述を真実と信じるに相当する材料が得られた。報道機関の立場としては、先生への取材を敢行する段階に至っている。疑惑について情報を発信する際、その疑惑の対象者に取材を行わないでは記事をかけないからだ。

    筆者はまず、取材レポートを持って茨城県警組織犯罪対策課に訪れた。刑事は捜査に前向きであったが、3件とも入念に証拠隠滅が図られており、遺体が出ない可能性が高い。刑事は「捜査に着手するかどうかの判断は、相当に時間がかかる」と言い残した。

    次に、先生への直接取材を敢行したが、先生は居留守を決め込んだ。筆者が渡した手紙についても返信することなく無視をし続けた。

    先生に対応の時間を十分与えたのち、平成17年10月17日、後藤の依頼により、刑事弁護人である大熊裕起氏は、茨城県警察本部に3件の余罪殺人事件、死体遺棄事件をつづった上申書を提出した。同日のうちに、その上申書は茨城県警によって正式に受理された。
    そして10月18日、記事を掲載した「新潮45」が刊行された。記事は予想をはるかに超えた反響を呼んだ。朝日、毎日、読売の三大全国紙はもとより、産経、東京、日経の各紙、共同、時事の両通信社、そして一部のスポーツ紙までが、情報収集に狂奔し、連日、後追い報道をつづけたのだ。

    驚くべきことに、後藤には二の矢三の矢があった。先生と計画を練っていたが、後藤が逮捕されたため、その後の経緯がわからずじまいになっていた殺人の計画である。実際に死亡者が出ているものや計画が中止になったものを含めれば、実に12件もの犯行が計画されていた。

    茨城県警は当初、水面下で捜査を続けながら、なかなか結果を出せず、悪戦苦闘していた。
    突破口となったのは、カーテン屋の家族である。茨城県警はこの家族を、親族の名義を借用して銀行口座を開設し、銀行から預金通帳をだまし取ったという、金融機関に対する詐欺で逮捕していた。別件逮捕であるが、警察の取り調べで殺人に関わったことを自白し、先生や山田正一との関係も証言した。
    県警は各証拠をもとに、平成19年1月26日、殺人容疑による被疑者8人全員の一斉逮捕に踏み切った。そして首謀者の先生(本名:三上静男)の逮捕状も執行された。

    平成21年2月26日、三上は水戸地方裁判所で無期懲役の刑を宣告された。

  • 世の中には殺人を犯しても、平然とした顔をして生活している輩がいる。
    言葉にするのは簡単で、フィクションでそんな人達は沢山いる。

    でもこれはノンフィクション。小説とは違う、生々しい空気が常に漂っている。そして、真実が明らかにされ、逮捕に至るまでには、実際、膨大な時間が費やされる。

    その年単位の期間、始めた時と同じくらいの熱量を維持出来るのは並大抵ではないと思う。裏付けをちゃんと取り、手筈を整えでここまで来れた事が凄いと思った。
    ジャーナリストとして鏡だったかどうか、振り返って初めてわかるのもまた事実。

    大罪を犯しても後悔の念に駆られている人は意外と少なくて、必ずお金は絡み、どうすれば罪を逃れる事が出来るのかに苦心している。嘘で塗り固め、ありとあらゆるもののせいにして、娑婆で人生を終えたい。
    そういう輩に有終の美が訪れる事が無いように、司法、警察、そしてジャーナリストには頑張っていただきたい。

  • 死刑囚が塀の中から余罪を告発したことからその様々な事件を追究していく犯罪ドキュメント。なんと犯罪計画まであった。その詳細が書かれている。人を道具のようにしか思わない、必要なくなったら殺せばいい、そんな極悪な人物がこの世には存在する。その怖さを知らされた。人間て縁ですよね。こういう極悪人に縁してしまい被害にあってしまう人、ただし他人事ではないのかもしれない。いつどこで何が起こるかは誰にも分からない、人生何が起きるか分からないから。この一冊にあるように、お金絡みの事件がほとんどかもしれないけど、こういった人物が存在するこの世で生きる限り、慎重に生き抜きたいものだと考えさせられた。

  • 先に映画を観てたので、リリーフランキー とピエール瀧の配役は絶妙だと思った。

  • 読破後、現在この事件はどうなっているのだろうと調べるぐらい
    この本には凄みがあった。
    ノンフィクションならではの取材から得られた生の声が
    書き連ねてあるので、見ごたえがあった。
    ただ、この当時はこの事件に関して記述以上の進展がないので
    尻切れトンボで終わっている。
    その後が気になる人は調べるといいと思う。

  • 地獄の蓋を開けた著者の執念に脱帽。

  • "映画が公開されたので、「凶悪」という題名を知った。小説ではなく、ノンフィクションであり、実際に行われた殺人事件をすでに刑務所にいる犯人の供述と筆者の地道な取材で明らかにしていく。
    刑務所にいる犯人は、まだ世間にも警察にも知られていない余罪の告白をする。まだ、堀の外にいる共犯者を許せなくて・・・
    衝撃の内容ということもあり、読みだしたら止まらなくなる。
    正直、この本を読むまで本事件は知らなかった。新潮45に掲載されて、報道が過熱した時期があったようだが、私の記憶にはないものだった。
    映画も見たいような見たくないような・・極悪人が被害者となる人物をいたぶり死に至らせる場面など見たら気分が悪くなるに決まっている。でも、どこかに怖いもの見たさの自分がいる。
    世の中には、理解がとうてい及ばない暗い闇が確かに存在する。その一つが本書で語られている。"

  • 「先生」に関連する、犯罪の多さ、残虐性に驚くのは勿論の事、一記者でもある筆者の文章にすごく熱が入っており引き込まれた。
    表に出ていない余罪事件が、大小含めてどれだけ世の中に散りばめられているんだろう、と空恐ろしくなった。

  • 死刑囚が新潮社の記者に三件の余罪殺人事件を打ち明ける。それには〝先生〟と呼ばれる共犯者がいて、のうのうと娑婆で生活していると。死体がなかったり、証拠を隠滅されているだろうと思われ、真実を明らかにするのは難しい事件だった。弁護士が上申書を警察に提出し、この本の最後には「捜査当局と〝先生〟の勝負の行方ーいまだ最後の審判は下されていない。」と。ネットで検索してみると、その後逮捕され無期懲役を言い渡されたとの事。この記者の取材力はすごいし、やっぱりノンフィクションは面白い。

  • 圧倒的な暴力と支配。映画も観たがリリーフランキーの怪演はよかった。

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