丕緒の鳥 十二国記 (新潮文庫)

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著者 : 小野不由美
制作 : 山田 章博 
  • 新潮社 (2013年6月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (358ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101240589

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丕緒の鳥 十二国記 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 十二年ぶりの十二国記シリーズ『丕緒の鳥』。
    十二になぞらえずにもっと早く刊行してほしかったな〜w

    十二年も経っているのに、待つことを諦めていなかった。
    それほどまでに十二国記シリーズは私に強い影響を残していた。

    会社に入って(なんで俺だけこんなに忙しいんだ...もっと働くべき人が働いていないのに...)とはグジグジしていた時に「十二国記シリーズ」を読んだ。
    景王陽子が王たることを悩み立っていく姿を通し自分の働き方の哲学を見つけた。
    それほどまでの影響を残したシリーズ。

    十二年ぶりの『丕緒の鳥』はまさに十二国記だった。
    無慈悲な現実を突きつける。
    立場の違いによる考えを突きつける。
    苦悩し、苦悩し続けた先に自分の解を見つける。
    それが正しいのかわからない。
    しかし歩んでいく。

    4編、すべてに残るものがある。
    その中でも特に、『丕緒の鳥』、『落照の獄』が私に響いた。

    『丕緒の鳥』
    なぜ本作をタイトルにしたのか。
    丕緒が王に伝えたかったこと、丕緒が気づいたことを刻む本編は、小野不由美さんが読者に伝えたいこと、気づいてほしいことと重なっているのではないかという気がした。
    大いになる「希望」とともに。

    『落照の獄』
    「父さまは人殺しになるの?」で始まる。
    死刑制度とは何かと本当に考えさせてくれた。
    「けだもの」を単純に切り捨てることは簡単である。
    国の視点、民の視点で苦悩する様はズキズキとする。


    「十二国記シリーズ」は異世界ファンタジーである。
    異世界という姿を通し、現実にある正解のない世界で生きていく民の物語。
    最後まで読みきりたい。
    最後にすべてを読み返したい物語。

  • さすが小野不由美…
    十二国記を読むの久しぶりだし、わかるかなぁと思ったけれど、あっという間にひき込まれた。
    完全なるファンタジーの異世界なのに、創作とは思えないほど細部まで作りこんである世界観の見事さったら。

    これまでの長編で築かれてきた世界の奥行をさらに広げる4つの物語。
    王も麒麟もない、雲の下の人々が今回の主役だ。
    「丕緒の鳥」
    「落照の獄」
    「青条の蘭」
    「風信」
    傾きかけた国、王がなく荒廃が進む国で、自らの力ではなすすべもない世の流れに翻弄され、苦悩しながら己の務めを果たし、懸命に日常を営む。

    一番好きだったのは、「青条の蘭」。
    山毛欅(ぶな)を石化させる奇病が徐々に山に蔓延しだす。
    当初は事態を軽くみていたものの、次第にそれが大災厄の始まりであると気付き、奇病を食い止めるべく奔走する末席の官吏。
    天は対抗する何かを与えてくれているはずだ…
    何の手がかりもないまま、暗中模索する長い年月の間に、次々と木は倒れ、山も里も荒廃していく。
    苦難の末にたどり着いた最後の希望を王に届けるべく吹雪の中をひたすら進む。
    標仲が倒れた後、希望は人から人へ、王のもとへ…。

    これはどこの国なんだろう?と思って読んだけれど、最後まで国の名前は出ず。
    でももう一度よくみていたら、隣の国がわかり、あぁっ、つまりあの国のことなのね、と合点がいってどきどきした。

  • 中学生くらいのときに『月の影 影の海』を手に取って以来、新作が出るたびにずっと楽しみにこのシリーズを読んできました。

    ただ、前作の『黄昏の岸 暁の天』を読んだ後に、あれ?と思った違和感が、この短編集でもっと強くなった気がします。率直に言えば「これ、十二国記かなあ」っていう…。

    もともとFacebookページなどでも告知されていた通り、この短編集は「苦難の時代を生きる民の物語」なので、王や麒麟を中心として描いていた他のシリーズに比べると地味な印象は仕方ないと思います。が、表題作の「丕緒の鳥」をのぞいて他の作品をそれぞれ読んでみると、「十二国記」といわれなかったらまったく別の単独の物語と言われても気づかないかもしれないなあと。

    例えば、同じ短編で「華胥の幽夢」では、「責難は成事に非ず」という名言で、現実世界の政治をちくりと批判していますが、台輔の失道や周囲の官吏たちの苦悩を見事に描いていて、きちんと物語になっていました。

    翻って「落照の獄」は官職名こそ十二国記の(というよりも古代中国の)ものになっていますが、事件そのものや、その役職に現代のそれを当ててしまえばそのまま物語として成立する気がします。落ちも救いのないものだし…。

    「青条の蘭」も、その災厄が「これは王が玉座にいないために起こった災厄ではない」と、それまでの十二国記の物語をきっぱり否定しています。黄朱や猟木師という登場人物がでてくるので、かろうじて十二国記の世界を維持しているように見えますが、単独での物語が進んで行きました。

    なんとなく、それこそ柳の王ではないけれど、作者は「十二国記」という物語を書くことに倦んでしまっているような印象を受けました。なので、前作でも敢えて「天の摂理が完璧でない」というように世界そのものを否定をしてしまったようにも。

    まあファンの勝手な希望ではあるのですが、次回作は長編が予定されているそうなので、次作は苦難が続きながらも最後は希望に満ちた、このシリーズらしい作品となることを期待しています。

  • 十二国記シリーズの最新作。今回は王やその周りの人々でなく市井の民が主役の短編集。
    圧政や王の不在による荒廃に苦しみながらもなんとか希望を見出そうと足掻く主人公たちの姿に胸を打たれました。
    相変わらず世界の作り込みが尋常でなく、羅氏や保章氏と言った聞きなれない役職や仕事もきちんと世界の一部として辻褄が合っていて違和感を感じさせない。
    死刑制度など、現代社会でも課題になっている部分に切り込んだりと意欲的な作品に感じた。表題作の最後でちょっと陽子が出てくるのが嬉しい。

  • 地に足がついたファンタジー。派手さは無いですが、じっくり読ませてもらいました。

  • この人の本は、本当に大好き!
    厚みのある世界観も大好きだけれど、何が好きって、
    視点が常に「その他大勢」に寄り添っていることだろうか。

    「魔性の子」を初めて読んだときには、
    それまでのヒーローにばかりフォーカスされたファンタジーに感じていた
    一抹の寂しさを、小説にしてくれる人がいたんだ!と
    結構興奮した。

    頑張っても誰もが王様になれるわけじゃないし、
    すごい才能を持っていて一目おかれるようなサブキャラになるのだって、
    ほんの一握りの人でしかない。

    ファンタジーを読み終わって現実に戻ってくると、
    ヒーローと一緒に活躍した夢の余韻を楽しみつつ、
    「ま、そうはいっても現実の私がこの中にいたらきっと、
    魔物の強さを表現するシーンでなすすべもなく逃げ惑った挙句、
    さっくり踏みつぶされちゃうような役どころなんだろうな^^;」
    とちょっと苦く思ったりもする。(はい、ちょっとこじらせてますw)

    でも、十二国記の世界には、
    ヒーローじゃない人々にも居場所があって、
    殺されるためだけじゃない人生をしっかり生きている。
    妖魔に襲われたり、官吏に搾取されたり、ちょっとやりきれない現実そのものだけど、
    少なくともそういった市井の人々を守るために
    この世界のルールは作られていて、
    作者は(そして天帝は)彼らのことを決して忘れていない。

    その視点のぬくもりが、私は好きだ。

  • 今までの十二国記は支配層側から見たあちらの世界に対し、4編いずれも市井の側視点なので、より一層世界観に奥行き深みが感じられるようになりました。どの話も現代の事情とあまり変らない。人は間違っては正す事の繰り返しなのかな。「丕緒の鳥」「落照の獄」はヨムヨムで既読。「青条の蘭 」:どこの国の、いつ頃の話なのか不明だったのが、最後クライマックスに来て『そうか!』となるのが、明るい確かな未来を約束されたような興奮となって訪れました。「風信」:熊蜂が薔薇の花から蜜を集めるのを蓮花が見るシーンが好きです。

  • シリーズのファンなので。面白かった。

    「青条の蘭」が一番好きかな。黄朱(国に属さない山人)の技術と気概が好き。青条の蘭がついに王に届く所を書いて欲しかったけど、陽子が出過ぎてしまうか。「丕緒の鳥」は式典の設定がとても美しい。民の苦しみを伝えたくて、式典を華美にしたくない。でも陰惨にしても伝わらない。最後、たどり着いた表現のモチーフが、素晴らしい。

    「落照の獄」は死刑制度を巡る是非について会社の仲間と話して盛り上がった。読み終わるまで自分の中でも答えは出ていなかった。刑法の目的を十二国記の中でどう設定しているかによって答えが異なると思う。教育を目的とするなら死刑は行えないし、報復を目的とするなら、死刑を是とするだろう。終盤になってきちんと法の役割がどう設定されているかに触れてきて、素晴らしいと思った。

    曰く―殺人罪には死刑、が理屈でなく反射なのと同様殺人としての死刑に怯むのも理屈ではない反射である。この根源的な反射は互いに表裏を成しており、これこそが法の根幹にある。殺してはならぬ、民を虐げてはならぬと天綱において定められている一方で、刑法に死刑が存在するのは、多分それだからなのだろう。刑法はもとより揺れるものだ。天の布いた摂理そのものがそのようにできている。両者の間で揺れながら、個々の訴えにおいて適正な場所を探るしかないように。

    さて会社で死刑制度反対は私一人で、他(5名くらいかな?)は死刑容認であった。うちの奥さんも。どこで一線を引くかは異なるけれど、どこかで一線を越えれば殺すしかないだろう、との意見。税金で終身刑囚を世話すべきなのか。

    いや、分かるんですけど、そもそも法律は何をすべきか、社会生活で他に危害を与えることを禁止するものであろうと思うのです。
    その敵対が大規模で、国家間の戦争となったり、終身刑囚があまりに多くて養えなければ、殺しても仕方ないと思います。きっと周囲の人を守りたいと思うでしょう。
    でもとりあえず、社会における法律は他に危害を与えることを禁じ、守れないものは他に危害を与えられないようにするまでにとどめるべきだと思います。さもないと、どこに線を引くかによるかは異なりますが、道徳上のある一線を越えれば死刑を執行しても良いという選択を行うことになります。
    その一線は今は「複数人を悪意をもって殺害し、更生の余地が無い」という所に引かれていますが、お国を守るために勇敢に戦わないとか、キリストを排斥したユダヤ人である、とかにいくらでも引き直せるのではないでしょうか。だから、刑法は道徳上の価値判断をすべきではないと思います。

    村上春樹訳の「心臓を貫かれて」で、ゲイリー・ギルモアが自己のパーソナリティを作ったものは何だと思うか、と訊かれた時義父からの虐待でも家庭環境でもなく、”小さい時に学校帰りに遠回りをして山側の道から帰ろうとした。そこで籔にはまってしまい、一晩近く抜け出せなかった。その時に、ああ、世界に自分は一人ぼっちなんだ、と思った。それが自分を形作っている”と語った。
    (森晶麿に勧められて読んだ。この衝撃は自分のパラダイムを変えた。)

    ジョーゼフ・キャンベルの好きな言葉に「そして、孤独だと思いこんでいたのに、実は全世界がともにあると、知るだろう。」というものがある。この認識とゲイリー・ギルモアの認識と。果たしてその結果を死刑という形で当人に問えるものなのだろうか。

    話しが、逸れましたね。思索が発展するのは良い小説です。

  • 待ちに待った最新刊。
    なんと、12年ぶりだそう。

    もう内容、忘れちゃったよ…。

    と思いながら、読みましたが、
    私のニワトリ並みの脳みそでも大丈夫な内容でした。

    相変わらず、十二国記の世界は秀逸。
    全くのファンタジーで、現実の世界とは程遠いのに、
    「国」について、今の日本について考えさせられる。

    今回は、短編集。
    収録されている4編ともが、これまで描かれていたような王の話ではなく、
    十二国で生きる民の話。
    本を読んでいる立場だと、視えることが多く、国のことや、その人のとるべき行動など、客観的に冷静に分析出来るけれど。
    ふと自分のことを顧みる。
    自分の立場は、この本に登場するのと変わらない、一国民であり、登場人物たちと同じように、いま自分が立っている“位置”は決して見えておらず、いつも手探りで生きている。
    自分の立場を思い知らされる。

    まったくのファンタジーでありながら、国王や英雄を描くのではなく、一国民の生活を切り取る作者の描写力と想像力には、感銘を受けずにはいられない。

    何年かかっても、結末を知りたい作品。

  • 傾く国、再び興る国、そこで暮らす民の声は天に届くのか

    12年ぶり!しかし最近は新装完全版の再読をしていたので、絶妙なタイミングでの短編集だった。
    4つの短編が収録されているのだが、早く読み進めたいと思いながら、1つ話を読み終わると胸がいっぱいで、目を閉じて余韻に浸った。今回どの話も主軸といえる王や麒麟の話ではなく、民や官吏を描いている。yomyom掲載済みの2編はもちろん、書き下ろしの2つも、十二国に慢性的に蔓延っている格差や理不尽さの中で、懸命に己の務めを果たそうとする人々の姿は涙なしには読めなかった。
    単純に国の行く末を語る物語に収まらず、直接国政に影響がない仕事の設定もきちんと描かれていて、文字通り雲の上の人たちだけで国はなりたつのではない、民があっての国で、そこから離れていくと国は何かしらうまくいかない世界構成に引き込まれていく。
    どの話にも印象に残る言葉があって、読み終わったなりだが、もう一度読み直したい作品。

  • 読む前からこんなにも楽しみで、夢中になれて、余韻が残る。
    そんな作品はそうそう多くないからこそ、本当に、出版されて嬉しかったです。
    12年ぶりの12国記シリーズ。4つの短編集です。
    世界観が細部にまで精密に作られているから、安心してその世界に入り込めます。入り浸れます。

    「不緒の鳥」
    あまりにも幻想的で、美しい。
    舞台は懐かしの慶国。久々の陽子登場に、胸がきゅっとしました。
    知ってはいたけれど、そういえば陽子は無能な女王が3代続いた後の女王なんですよね。失望する人たちを魅了する程の魅力に、私たちも取り付かれているんでしょうね。
    今回は陽子の物語ではないけれど、再び彼女の物語を読み返したくなりました。

    「落照の獄」
    ここまで現実離れしている異世界ファンタジーなのに、私たちを真剣に考えさせる。このメッセージ性があるからこそ、ファンタジー小説としての魅力だけに留まらず惹かれてしまう。
    裁判員制度もはじまった今、重く重要なテーマですね。心にずしんと重い。

    「青条の欄」
    自然の尊さと大きさ、人の想いのリレーが素晴らしい。
    天の采配、は私たちの世界にもあるような気が実はしています。
    傲慢にならずに謙虚にひたむきに、人間として生きたいものですね。

    「風信」
    戦うだけが道ではなく、日々自分にできることをしっかりやる。
    そんな生き方を私もしたいと常々思っています。
    命の暦をつくる仕事、地味ながらとても大切な仕事ですね。

  • 十二国記を読んでいるという感じがしなかった。十二国記の設定を使った現在の寓話集のように思える。
    『丕緒の鳥』の蕭蘭と丕緒の姿はそれぞれ、我が国の政治に期待しなくなった今現在の私たちに似ていると思う。
    『落照の獄』では、傾き始めている柳国が我が国の今の姿と重なって見えた。

    『青条の蘭』は、読んでいる間ずっと、「復興」という単語が頭をちらついていた。
    さらに、『風信』に込められた寓意はあからさまだ。天災とも人災とも言える、王の暴虐という災禍によって、突然家族を奪われ、住む場所を失って彷徨う人々が描かれる。

    十二国記の主役である王たちは、この短編集では登場しない。陽子がちらっと出てくるけど、王の象徴として出てくるだけだ。

    読み応えはある。後半2編はとてもいい話。

  • 相変わらず徹底したファンタジーながらもリアリティな世界観に脱帽です

    政とは直接関わりはないけれど王に深く訴えかける仕事に就く人、民のために右往左往する仕事をしている人、そして本来であれば名もなき民にスポットを当てた短編集

    やっぱり長編の続きが気になるので読む前まではほんの少し物足りなさを抱いていたんですが…いやとんでもない。お腹いっぱいな内容でした

    ハラハラさせるという意味で青条の蘭が、現代社会に置いても色々考えさせられるという意味で落照の獄がとても印象的でした。特に落照の獄は他の話と違って主人公にとって唯一救いようのない後味の悪い(でも納得のいく)結末だったので印象的です

    それを間に挟んで最初と最後はちゃんと希望が持てる話になっていることにホッとしました笑。この全体としてのまとめ方も素晴らしいです

    これを読んじゃうとより一層長編が待ち遠しいですなぁ

  • やっとでた続編…じゃなくてサイドストーリーだ。

    私は『十二国記』の世界観は安心できる。ものすごいリアルな感じがあるのだけれど、どこかで「これは作られた世界」という安心感がある。私が臆病なのかなんなのか、ノンフィクションとか現代小説だと、生々しく感じてちょっと食傷気味になることがあるのだけれど、この「これは作られた世界」という前提があることにより、なぜかもっと客観的に、素直にのめりこんで読める。

    『十二国記』って終わりがない物語だと思う。それは作者が考えるストーリーと終わりってあると思うが、これだけ精緻な世界観があれば、そこに生きる人々のストーリーは無限だよね。まあ、今この瞬間の私たちだってそうなわけだけど。

    自分が今生きている「ここ」の世界観がよくわからないから現代小説が上手く読めないのかもと思った。みんなの前提と私の前提が一緒なのか。と横道にそれたことを考える。

    『無能な上司と仕事にうんざり!中間管理職』、『死刑問題どうよ!?』、『世界を救いたい、平サラリーマンの熱い想いよ社長に届け!』、『営業だけが花じゃない。スタッフだって頑張ってる!』…の4本でお送りします。という感じかしら。

    長編を待つ。

  • 久々の新刊だったので物凄く嬉しかったのですが、短編集ということなので、本編とは関係ない小話の短編なのかと少々残念に思っていたら、とんでもない心得違いでした。やっぱり小野ワールドは凄いとしか言えません。特に『青条の蘭』!最初はどこの国の話しだろうと何気なく文章に目を落としていたのですが、いつの間にか世界に引き込まれてしまっていました。大抵の小説はハラハラしても、きっと最後は大団円で終わるんだろうという気持ちが頭の片隅にありますが、小野さんはそうはいかないですからね・・・。玄英宮という単語を目にするまで、ハラハラし通しでした。本当に魅せる文章を書く人だなぁと感服しています。物語の本筋から外れた日常を、ここまで掘り下げることができるという事自体素晴らしいですし、また、掘り下げたからこそ、殊更本編にも深みが出たのではないかと思います。新刊が待ち遠しくてなりません。

  •  この本は十二国記シリーズの中でも、異色な短編集だと思います。私は、シリーズの「魔性の子」以外は全て読みましたが、どれも国造りに直接関わる人々の話で、雲の下の人々の話は初めてでした。それまでの国造りにおける”なぜ上手くいかない”という苦悩と、国の浮き沈みに翻弄される国民や小官吏の苦悩を比べると、全く内容が違いました。
     十二国の世界では、王が斃れれば国が沈みます。それは世界の摂理であり、逆に王が玉座を守れば国は豊かになります。ただ、国民や官吏でも王に近づけすらしない者たちにとって、国運は本当に雲の上の話で、彼らの言葉はどんなに切迫した状況でも王には届きえないのです。民主主義の日本に生まれた私ですら、国民一人一人の声の小ささというのは実感しているので、彼らの歯がゆい思いは肉薄して感じられました。全体的にその苦悩は遣り切れない印象で、救われない思いが切々と綴られ、聞きなれない名称や昔の中国風の住環境が描かれている事も相まって、小説を読んでいるというより歴史書を読んでいるようでした。ただ、4編の内3編には小さな救いがあり、場面場面では思わず感涙してしまい、こんな短編集もありだと思いました。
     十二国記シリーズを読んで、小野さんの世界観の見せ方や、その壮大な構想に感銘を受けました。中国の史実を基にした十二国記の世界は、小野さんにとってリアルな世界なんでしょうか?そう思ってしまうくらい、実際に見てきたような現実感と、完璧な整合性で、小野さんの力量の程を思わずにはいられません。まだスポットの当たっていない国や、人々の話もぜひ読みたいです。 [ペンネーム・ringo]

  • 国か傾くと、一番苦しむのは国民だから、国民の目線で、国民の立場で、国民を守りたいと思う者だけが政治家にならなければいけない
    今の時代に違和感なく当てはまる気がする
    これを読んで、十二国記の世界にまた入り込んでしまった
    どうか、続きを書いてください
    よろしくお願いします

  • いやー、待ちましたねえ!なんと、12年ぶりですよ。十二国記 最期に読んだときまだ未成年でしたよ私。月日がたつのは早い・・・てか小野先生仕事しろ!激おこぷんぷんまるである。 しかもこれ短編集なんだな、長編が良かったよ、どうせ待たされるなら長編がよかったよ…

    以下感想

    『丕緒の鳥』
    相変わらず 世界観についての設定が細かい。そして描写が美しい。透明感あふれる情景。陶器の鳥が砕けて散る瞬間の、はかない音響が伝わってくる。
    無抵抗な人民が不当に虐げられるという哀しい時代。にも拘わらず職人の意地とプライドをかけて仕事に情熱をかたむける、そのひたむきな姿勢に心を打たれた。

    『落照の獄』
    まさに現代日本のようですね。法治国家の抱える倫理的な問題をテーマに…てかこれは、小野先生の思想を反映しているんでしょうね なんかこの短編だけ妙にファンタジーぽくなかったですよね。
    情状酌量の余地のない残忍きわまる殺人者は、法の力で、死刑にしてもよいのか。
    倫理、人道、世論、後世へ与える影響力… すべてを鑑みて判断しなければならない。
    人の生き死にを決定するとはどういうことなのか、考えさせられた。もちろん、これは現代日本の死刑制度についてもあてはまることである。

    『青条の蘭』
    今度は生態系と環境問題について・・小野先生本当に勉強家だな。
    多くの人々の、手から手へと託されていく笈箱の中の植物の話。
    内容はなんか走れメロスぽいなと思いました。そして、ああ、こういうヒューマニズムが十二国記の魅力なんだな~と思った。十二の国々に住む、大勢の民。それぞれに貴い思想と信念と思いやりがある。
    ほのぼのさせる物語だった。
    あとこの国、どこの国の話だろと思ってたら最期に“玄英宮”という言葉がでてきたので、延だったのか…と諒解した。

    『風信』
    国家の内乱で家族と住処を失った少女・蓮花。難民となり流浪していたとき拾われた家で逞しく生きていく物語。蓮花がメンタル強いのか、語り口が淡々としてるのか、悲壮感はあまり感じなかった。
    むしろ蓮花の周囲の人たちがとても良い人で・・・ほっこりしました。単純に面白かったです。

  • 購入してだいぶ時間が経ちますが、ようやく読み終わりました。
    結果的にはとても良かったです。

    十二国記、十数年ぶりの新刊ということで期待してました。一方で長編ではなかったこと、またyomyomの短編はすでに読んでいたため、 果たして満足できるのかという不安もありました。

    しかしながら小野さんもその辺りは配慮されたのでしょうか。既刊の背景がうまく活かされた内容であったため、飽きることなく読み進めることができました。中でも『青条の蘭』は終盤まで背景が明かされず、その焦らし方は流石だなと思いました。

    新装版を読み進めてる方なら楽しめるはずです。
    ただ新作が二篇というのはちょっと物足りないかなと。ファンとしてはそれでも嬉しいのですが。とりあえず次の長編新作、楽しみです。

  • 短編ですが読み応えはありました。

    どのお話しも号泣!まではしなくても
    切なかったり悲しかったり悔しかったり
    ホロリと泣ける要素満載でした。

    救われたり救われなかったりするけど
    その中でも強く生きようとする人々の姿が
    印象的な作品です。

    やっぱりこのシリーズは大好きや!!

  • まずは既刊読了。とうとう手を出してしまった十二国記も8冊目か。

    今回は、国王や麒麟の出番なし。十二国に住む民のお話。こういう話が紡がれる世界観がすごいなーと感心するのです。王がいるから国になるのではなく、民がいるから国があるのだと感じられるお話達。カッコよく言えば自分の人生の主人公は自分だという当たり前のお話。そして、ただ生きるのではなく、社会の一員として仕事を全うすることの大事さというか当り前さというか、そのための苦悩が描かれています。どちらかというとオッサン向けの内容ですね。

    丕緒の鳥,落照の獄,青条の蘭,風信の4編。
    落照の獄は救いがなかった感じでしたね。死刑制度への投げかけ。沢村凛さんの「リフレイン」を思い出します。絶対的な答えがない中、答えを出すことの苦悩が読んでいて辛いところ。日本もなんだかよくわからない理不尽な事件が多くなった感じがする。傾きかけた国なのか・・・そして、日本の中でも誰かがこのような苦悩をしているのかも。
    他3編は、重苦しい展開なのですが、最後には救いが描かれる。特に風信の最後、「燕が教えてくれているんですよ。じきに辛い時代が終わります、って」と支僑が話し、蓮花が「やっと声を上げて泣いた。」にもう涙が止まらなくて。
    戦に対してあまりにも無力。できることを精いっぱいやること。ただそれだけが世の中で役に立つ手段なのだから。

    青条の蘭は、最後のリレーがちょっと・・・だったかなあ。こんなに辛い世の中で、急に良い人たちが立て続けに表れ、蘭を王宮まで届けるリレーを買って出てくれるか??それでも、最後、野木に実がなるシーンには、間に合ってよかったな、と感動。標仲の喜ぶ顔が見たかったなんて思って。
    標仲の一役人としても力のなさを悩む独白がグサグサと刺さる。絶大な力を有する国王や麒麟との対比。ヒエラルキーの低いところではどうしようもない壁がある中で、できる限りを尽くす。真摯たれというところ。

    丕緒の鳥も、最後の陽子の言葉「胸が痛むほど美しかった」と、そこから丕緒が思い描く「夜の射儀」が美しく心に響く。直接ではなく、自らの仕事を通して人と分かり合えるというのは最高の喜びだろうなあ。作者もこの十二国記をして、読み手に訴えているのか。

    十二国の世界観を通して、今の日本を風刺するような、だけど最後に救いがあると信じているような。パンドラの箱を開けて覗いて、最後の光がチラリ、みたいな印象でしょうか。

  •  『平成二十五年 七月 一日 発行』版、読了。おそらく初版。


     現時点での新潮文庫版「十二国記」シリーズの最新刊にして、短編集。

     全部で四編収録されており、うち最初の二編は、以前に雑誌で掲載済み。残り二編は描きおろし。


     いずれの短編にも、これまでに登場してきた人物が一切登場することはなく…ある地域で起こった出来事に関して、泥臭く活路を見出すべく、ふんばる(各短編における)主人公たちを描いた内容でした。


     そして久々に十二国記シリーズを読んだせいか、その専門用語の多さにちょっと疲労困憊(;´Д`)

     それを通り越して、ようやく最初の短編「丕緒の鳥」を読了してからは、すんなりと読み通すことができました☆


     以下、各短編の感想です☆


    ・「丕緒の鳥」

     「陶鵲」という祭祀に関してのお話でしたが、自身の仕事に対する情熱について無気力気味だった丕緒がいかに、また取り組み、そしてその役目を全うしていくかは、「仕事のモチベーション」について考えさせられる話でもありました。…とはいえ、冒頭の専門用語の羅列には難儀しました(;´Д`)


    ・「落照の獄」

     凶悪犯罪者に対する判決の是非を殺刑にするか否かで問う内容。いわゆる死刑制度について、ひたすら現場の人たちが、どう判断するか懊悩するお話。オチを言ってしまうと、読む気が完全に失せてしまうので、ここでは敢えてカキコしませんが…個人的には、モヤッとする終わり方でした。


    ・「青条の蘭」

     植物の山毛欅に急速に広がっていく大病が見つかり、その治療のために、何が効果があるのか、そしてそれをいかに迅速に処置していく方法があるのか…という、一見「山毛欅があろうがなかろうがどうってことないんじゃないの?」という状況を、納得のいく経緯を設定した作者には脱帽しました。

     そして後半からは「走れメロス」をなんとなく思い出しました。読んでいけばわかるかと。


    ・「風信」

     短編の中では、一番読みやすかった内容でした。先の三編を読了していたことで世界観に慣れたせいもあるかもしれませんが。

     暦に関して夢中に作り上げる人たちを、孤児となった連花を通して描いた話。「丕緒の鳥」といろんな意味で「対」をなしている気持ちになったのは、設定的に同じ時期に起こった出来事っぽいせいかもしれません。

     あと、仕事に対して情熱のカタマリになっている人たちが描きまくられていたせいかも。

     とはいえ、家族を失った連花が、また同じ目にあって、悔しさなどが強く感じられた複雑な思いを味わいながらも、新たに訪れるであろう新時代の予感に向かって締めくくられる内容は、まだ救いがあるように感じました。


     …とまあ、今回も民衆路線で描かれていて、テッペンの王様と愉快な麒麟たちが登場することはありませんでした。

     しかしながら、十二国記のシリーズらしい、人の生き様が描かれていた内容だったと思います。


     巻末の解説は作家の辻 真先さんでした。この解説を読んで、グッとこの本の内容がひきしまった感がありましたが、準新作的な内容だっただけに、できれば作者のあとがきが欲しかったなあ…なんて、思いました。

  • 新作、12年ぶりですか! すっかり地名を忘れていて、特に「青条の蘭」はどの国の話かわからなくて困りました。

    王と麒麟の物語ではない。彼らの国で生きている庶民の物語。賛否あるかと思いますが、私はとても興味深く読みました。

    「丕緒の鳥」 
    ラストシーンの、丕緒が思い描く夜の廷の情景が鮮やか。ラスト2ページのための物語だと思う。結びの一文も素晴らしい。

    「落照の獄」
    現代の私たちの住む世界にも通じる、罪と罰の物語。死刑の是非もそうだが、柳国が傾く様がずしりと重い。王の関心が薄れたのか、能力が減退するのか、そんな国の終わり方もあるのか、と。

    「青条の蘭」
    希望の物語。標仲らの努力(と簡単に言えるものではないが)を、市井の人々が次々につないで、国を救う。胸が痛くなるような焦燥。中身がよくわからないままリレーされていく希望は美しいけれど、それまでの絶望的な状況からするとあまりにも簡単すぎるようにも。

    「風信」
    これまでの3篇もそうだが、「王」は庶民にとっては「王」でしかない。読者は、陽子とか尚隆とか、個人である王の物語を求めるけれど、その世界で暮らす者にとっては、王個人はおろか、偽王かどうかすら問題ではなく、ただ「あるべき王が立つことにより社会が安定する」かどうかだけが重要である。

    これまでも十二国記の物語を読んできて、麒麟というのは難儀だなぁと思ってきた。麒麟は本能的に王を選ぶけれど、それが民にとって「良い王」であるとは限らない。王の治世が経年により劣化するならまだしも、短期間で滅ぶ王朝もあるのだから、必ずしも麒麟による王の選定は民の幸いとは結びつかないのだろう。おまけに、王候補が現れるのを何年も待つ麒麟もいれば、異世界まで迎えに行ってしまう麒麟もいるのだから、王よりも、自国がどんな麒麟に恵まれるかの方が、民にとっては重要なのかもしれない。

    次作は、王と麒麟の物語になるのだろうか。戴国の行く末が気になる方は、さぞかしじりじりされていることでしょう。私は・・・泰麒も泰王もあまり好きになれないので・・・他の国の物語が読みたいです。

  • 十二国記の短編四編が収められた、短編集。
    最初の二編は『yom yom』という雑誌に掲載されたもの、残りの二編は書き下ろしです。
    十二国記の新作刊行は十二年ぶりということで…本当に待ち遠しかったです。

    十二国記といえば各国の王様や麒麟が繰り広げる壮大なお話という印象ですが、今回の短編集は今までと趣向が異なり、市井の人々にスポットが当てられています。
    お馴染みの王様達も、出て来るには出て来ますが、あくまでも主役は一般市民の、いつもであれば所謂「脇役」な人々。

    この短編集の最初の一編『丕緒の鳥』を初めて『yom yom』で読んだ時、WH版『風の万里 黎明の空』下巻の、小野主上のあとがきを思い出しました。


    今回、たくさんの人が死にました。「死んだ」と明記していない名もない人々も、行の隙間でばたばたと死んでます。あえて多くは書き込みませんでしたが、それはこれ以上登場人物が増えたり、エピソードが増えると、本の横幅より厚い本になりかねなかったからです。
    本人達には人生の終焉という、一大事です。でも、主要登場人物じゃないから、死んだと明記さえされない。なんて、理不尽なんでしょうね。理不尽を分かっていながら物語の都合上、切り捨てないといけない。辛いところです。
    ですからそこは読者の想像力におすがりしたい。すべての人間にとって、本人こそが主人公なのだということを、ゆめゆめお忘れなく。本を閉じたあとにでも、ふっと思い出していただけると幸いです。
    (ホワイトハート版『風の万里 黎明の空』下巻 あとがき 369-370頁)


    このあとがきを読んだ当時、そんなところまで想定して書かれているなんて凄いなぁと思った記憶があります。
    そしていつかそういうお話も読んでみたいなと思いました。
    今回の短編集はまさしく、名もなきキャラクターたちが国の流れに翻弄されたり抗ったりしながら懸命に生きている様子が描かれています。
    王様や麒麟が主人公な本編は、胸のすくような展開が多く、ドラマチックです。
    今回は、大きな流れに立ち向かうイチ個人、なので一国の歴史の中では、記録もされないようなほんの些細なことなのかもしれません。
    けれど、そういう人々や物事に焦点が当たることで物語全体に血が通っているように感じました。
    何というか「現実的にあり得そう」な話だよなと思ってしまいます。
    それは描写だけでなく、扱っている題材のせいもあるのでしょうが。
    特に二作目の『落照の獄』は死刑制度の是非という、現代のこの日本においても決して他人事ではない重いテーマを扱っていますし。
    ファンタジーを銘打ったシリーズではありますが、そういうところに、リアリティとシンパシーを感じてしまう。

    書き下ろしである『青条の蘭』と『風信』は、どこの国の話なのか、具体的な国名は記されていません。
    ですが読み進めて行くと、馴染みのある地名や、国の情勢が朧気ながら分かって来て、いつの時代でどこの国の話なのかが分かります。
    こういう書き方が嬉しいと感じてしまうのは自分だけでしょうか。
    一つ前に出た『風の万里 黎明の空』にあった「王が新しい作物を里木に願う」という話が、『青条の蘭』で詳しく描かれているんですよね。
    本当に細かいところまできっちり設定が作られているんだなぁ…とひたすらに感心するばかりです。
    主上凄いです。

    『落照の獄』を除いては、希望が見えるような終わり方です。
    他の国は新王が立ったけれど、『落照の獄』の舞台である柳は今まさに沈みゆく国だから行く末が不透明な終わり方なのかな…そう思うと切ないです。

  •  読了。出版社を講談社から新潮社に変えての、12年ぶりの十二国記シリーズ新刊。短編が4つでどれもが国に生きる民の話であり、主上と麒麟による活劇やサスペンス等ではなく、十二国の世界を掘り下げるような話が続いていた。相変わらず描写が圧巻。
     麒麟も王もほとんど出てこない為、十二国記にファンタジーのような幻想さを求めるか、異世界に思索を巡らす楽しさを求めるかでかなり評価が分かれる気がする。自分は後者だったので大満足。特に3話目の「青条の蘭」は民が国を想う生き様が描かれていて、思わず視界がぼやけた(´;ω;`)
     個人的に十二国の世界は、ものすごく生きることに容赦なく皆がシビアな人生観を持ち殺伐としているイメージだったので、こういう王と麒麟以外の部分でも国の為に奮闘する人が報われるような話が読めてすごくホッとした。表題作の「丕緒の鳥」も素晴らしい。陽子の存在感が際立つ。
     12年待ったあげく世界観を深彫するだけかよと言ってしまえばそれだけだけど、それでも高1からこの世界に迷い込んだ住人の一人としては、世相はどうあれ十二国が今も尚進んでおり、更に慶国の王と民両方に希望が芽生えつつあることが、とても嬉しい。願わくは、次は長編が読めますように。
     ちなみに一番好きな話というかシーンは、「帰山」の終盤、奏国の王族家族で食事しながら話し合う描写。家族全員が王であり、それぞれが国を想い報告と相談(命令ではなくあくまで互いの相談)を繰り返し、600年という治世を築き上げてきた執務のワンシーンが、今もなんとなく自分の理想と被る。
     本当はあの宗王一族のように、全員が等しく家を想い国を想い動いていければいいと心から思うけど、リアルだと老いと身分の変化がそれを妨げるのはまぁ、已む無し。その中やりくりするしかないけれど、やっぱりああいう経営者会議は羨ましいなぁ・・・もっと真面目に、というか真摯に生きたい。

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丕緒の鳥 十二国記 (新潮文庫)の作品紹介

丕緒の鳥は、小野不由美さんが描く人気シリーズ十二国記の最新刊です。今までの作品の世界観を活かしながらも、王の視点ではなく民の視点で描いた短編集であることが特徴です。そのため、王や国といった大局的な視点よりも、人間そのものに焦点を当てていると言えます。今までの作品であまり描かれなかった人々の姿を描写し、新たな魅力をシリーズに与えた作品です。

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