遥かなるケンブリッジ―一数学者のイギリス (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (273ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101248042

感想・レビュー・書評

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  • 1209年創立。日本で言えば鎌倉時代。
    そんな由緒正しきケンブリッジ大学に、文部省の長期在外研究員として我らが(⁉︎)藤原氏が乗り込んだ。

    氏の著書はどれも(笑えるという意味でも)面白く、共感ポイントもすこぶる多い。しかしケンブリッジ滞在時の記録をしたためた本書だけがなかなか手に入らず、今回ようやく悲願達成に至った!

    藤原氏が客員教授として初めに招致されたのがアメリカのコロラド州。その頃のエピソードの記憶が濃厚だったから、毛色の違う英国ライフは自分にとっても新鮮だった。
    労働者階級やニュースで流れるイギリス英語に苦戦しつつも、大学で他の教授と互角に渡り合う氏に惚れ惚れ。英語力もしかり、あとは度胸に3年のアメリカ生活で培ったユーモアと、見習いたい点が山ほどあった。(イジメにあった次男くんに「何でやり返さない」と「藤原家伝来の戦法」を叩き込んだ点には感心出来なかったが…)

    「数学者」と副題にあるので(頭を抱えたくなるような)数式や定理を連想するかもしれないが、他著同様心配ご無用。登場はするが軽く流せる程度だ。
    それに教授方も人の子。各々の人生・家族・人間らしい悩みetc.が寄り集まり、さながら一つの文学作品だった。(本書自体もどちらかと言えば文学的要素が強い!) 彼らの教養の高さもグッと作品を味わい深いものにしており、それだけでも読む価値がある。

    イギリス人をどこか特異な集団だと感知しながら上手く説明できずにいたが、謎を解く鍵の一つが彼らの、これまた特異なユーモアにあったと言うのが一番腑に落ちた。
    George Wellsの『タイム・マシン』よろしく、今昔の作品を行き来してユーモアから探っていくのもアリだな。。今年と言わず、今からでも!



    ■フレーズメモ↓↓(氏の著書を読んだ際は何かしらメモってしまう…)
    「戦争の真実を頭で知ること、そして心で感じることが、若者にとっていま最も重要なことと思います。人間が理性だけで、戦争を廃絶することは不可能なのですから」
    …氏の英国ライフを助けてくれたブライアンのお父さんの証言。第二次大戦で独軍と闘った経験を語る中で出てきたものだが、心が大きく揺らいだ。

    「人品というのは、洋の東西を問わず、一目瞭然である」
    …ここでもまた共感ポイントを発見!思わずメモる。紳士淑女の集まりに出席した際さすがの氏も気後れしたみたいだが、「日本人だから何だ」とジョインしに行ったと聞いて思わず拍手を送った。(買い被り過ぎ?笑)

  • イギリスに住んでいた人の目線から見た、風変わりなイギリス人のものの考え方や日本との文化の差についての言及が非常に多く、観光者としてではなく居住者としてその土地の人びとと関わらないと見えてこない外国の側面が描写されており、非常に興味深く読むことができた。特に第十二章でイギリス特有のユーモア感覚について書かれた箇所は一読の価値がある。イギリスの料理はおいしくないという話は所々で耳にするが、この本でもイギリス料理に関しては辛辣に評していて実際に確かめてみたくなった。

    この本をより特徴づけているのは、なんといっても著者が数学者であるということだ。数学者という言葉にはどこか自分のいる世界とは違うところにいる人という印象を受けてしまうが、この本に登場する様々な数学者もまた人間であり、ジョークを飛ばしあったりそりが合わない相手もいたりと彼らの日常にも自分たちに近しいものがあると感じた。

    基本的に面白おかしく、時に考えさせられるというエッセイとしてのみならず読み物としてとても優れていると思う。

  • 大学の推薦図書として高校3年生の時一度は手に取ったものの、ほとんど読み進めませんでした。
    それから8年ほど経ったでしょうか、いつの間にか母親になった今、実家に帰った際ふと目に留まり、家に持ち帰りまた読み始めました。
    すると、藤原節の面白いこと、面白いこと!
    あっという間に完読してしまいました。
    1980年代と少々前の話ですが、イギリスの歴史、地理、天候などから来ると思われるイギリス人の思考や行動が実に興味深くユーモラスに描かれています。
    年代も国も職業も、自分の世界とかけ離れた人の生活を覗けるのは非常に貴重でありがたいですね(^^)

  • 数学者の著者のケンブリッジ大学研修滞在記。
    教授連は「ノーベル賞」くらいはもっている変わり者、厳しい階級社会、異国でクラス日本人たちは日本嫌いになるか極端な愛国者になるか…。

    著者藤原正彦さんは、新田次郎氏と藤原ていさんの次男。
    作者近影が新田次郎さんによっく似ている!!
    藤原ていさんが「夫がシベリアへ連れ去られ、満州から三人の子供を背負って必死で帰った」時の次男なんですよね。
    近年では「国家の品格」ですっかりお堅い学者のイメージですが、ご本人の著書や新田氏のエッセイではお茶目な次男坊の貌が感じられます。

  •  私にはイギリス人が、何もかもを知ったうえで、美しい熟年を送ろうとしているように見えた。彼等は、年輪を重ねた自分達が、テニスチャンピオンになったり、マラソンで世界新記録を樹立することが、できないのを知っている。ならば、騒々しく、生き馬の目を抜くような、軽重浮薄で貪婪な若者であるより、気品あり、知恵もある熟年でありたい。それは繁栄、富、成功、勝利、栄光などの先に横たわる物を、既に見てしまった者の生き方だった。
     それは丁度、ベルリンの壁が壊され、東欧諸国が次々に解放され、自由を得た歓喜に人々が酔い、涙を流すのを、茶の間のテレビで見たいた時の複雑な気分に似ている。暗いトンネルを抜け出た彼等は、きらめくような自由の光に眩んでいた。しかし我々は、このめくるめく光の向こうに理想郷がないことを、もう知っている。自由を標榜する各国で、自由の名の下でかつての道徳や情緒は低下し、社会や人心の荒廃がもたらされたのを、目の辺りにしてきた。
     イギリス人は何もかも見てしまった人々である。かつて来た道を、また歩こうとは思わない。食物や衣料への出費は切り詰めているが、精神的余裕の中に、静かな喜びを見出している。不便な田舎の家の裏庭で、樹木や草花の小さな変化に大自然を感じ、屋根裏をひっかき回して探してきた、曾祖父の用いた家具に歴史を感じながら、自分を大切にした日々を送っている。もちろん悲しみや淋しさを胸一杯に抱えてはいるが、人前ではそれをユーモアで笑い飛ばす。シェイクスピアの「片目に喜び、片目に涙」である。

    いかなる組織においても、最も重要な判断は人事である。人事さえうまく行き、有能な人間が集まれば、あとは自然に良い方向へ流れていく。人事を司る人間に必要なものは、何と言ってもすぐれた大局観と公平さである。この二つを兼ね備えた人間がいれば、その人に人事を一任するのが最もよい。民主主義とは多数決であるから、しばしば力関係が反映され過ぎ公平を欠くし、大局観も平均値的レベルにしかなり得ない。学内人事におけるすぐれた大局観とは、その学問分野全体を展望する広い視野と、これからの潮流を流行にとらわれずに見通す洞察力である。公平とは無私である。
     この二つを兼ね備えた人間を探すのは、考えるほど容易でない。たとえいたとしても、民主主義花盛りの現今では、その人間に一任とはなりにくい。そこで通常は、学問的業績の高い人とか政治能力の高い人、人格の高い人、派閥の長などが民主的会議の場で実権を握ることになる。ところが、このような人が、上に述べた二つの資質を持っているとは限らないのである。学問的業績が高いということは、細分化された現在の学問では、それだけ自らの専門への傾斜が強かったということは意味しても、すぐれた大局観を必ずしも意味しない。人格や政治能力が学問的見識と無関係なのは言うまでもない。
     日本の大学がうまく機能しない、最も重要な原因は、この学内民主主義にあると思う。世界中で最もうまく運営されている、と思われるアメリカの大学では、日本のような直接民主主義をとらず、間接民主主義をとっている、民主的選挙によって選ばれた学科主任、学部長、学長などが、権力を握るのである、例えば学科主任は、学科の人事はもちろん、給料の決定にまで、強い影響を及ばせる立場にある、主任の意志でほとんどのことが決まるだけに、主任の責任はそれだけ重くなる。日本の大学における長が、権力も責任もないのと、対照的である。
     イギリスの大学は、どちらかと言うと日本の大学に似ている。近代民主主義を発明した国だけに、仕方ないのかもしれないが、それだけ大学の活性化は遅れているし、運営もうまく行ってない。

  • 著者が、文部省の在外研究員として1987年8月から1年間、英国のケンブリッジ大学に赴任した際の滞在記。英国や英国人を深く洞察したエッセー。

    ナイーブな著者の心の動きの激しさは「若き数学者のアメリカ」と基本的に変わらないものの、年齢を重ね家族ができたからか、感情の振幅は抑えられている。

    フェアーを絶対視する英国人、大英帝国が繁栄できたのは特殊な島国(防御が容易かつ大陸の学術文化の吸収が容易)であるおかげ、大英帝国の繁栄の中で培われていった人種差別意識、英国人の特徴である現実からの距離感覚(あるいはその誇張された表現としてのユーモア)が英国病の原因等々、本書は英国論として優れていると思う。

    「イギリスに独裁者が出現したことがないのは、他のヨーロッパ諸国と比べて目立つが、やはり独裁者につきものの教義に対する距離感覚と言えまいか。」

    「「俗悪な勝者より優雅な敗者」を選ぶのである。競争に距離を置くから、ワーカホリックなイギリス人というのはめったにいない。」

    「また彼等は、皆である目的に向かって一致協力する、というのも不得手である。つい距離を置いてしまうのである。」

    「距離感覚」と言う言葉で英国の特徴を端的に表現した著者の感覚、鋭い!

  • 国家の品格で有名になった藤原正彦さんのエッセイ。ケンブリッジ大学に留学し、必死で数学に打ち込む生活をしながら、父親として夫として奮闘する著者の姿は、読んでいて何とも言えない共感を呼びます。日本とは違うカレッジ制度を取るイギリスの大学教育(スーバーヴィジョン)は、非常に興味深いですし、著者と奥さんの漫才のような掛け合いも、軽妙で楽しいです。日本人にとって、何かと神秘的な雰囲気を持つイギリスを等身大で味わいたい人には絶好の本でしょう。

  • 図書館で。
    数学者で新田次郎と藤原ていの息子さんということは知っていたけれども実はエッセイを読むのは初めてかも。昔数学の話を読んで途中で挫折した思い出があるような無いような。

    家族を連れての海外旅行ではなく海外赴任。日本だったら家のことは全部奥さんに任せていても大丈夫だったのが近所づきあいやベビーシッターの手配、子供の学校の事まで男親が出なくてはならんという奮闘記が面白かったです。それっていかに日本では男性は何もしてこなかったかということの裏返しだよね。まあ大分前の話だと思うので今は事情が違うかもしれませんが。

    そして客員教授だからこそ受け入れられるのであって同じスタッフとして配属になったらさぞ差別とかされるのかなぁと思ったり。どこの世界も嫉妬や派閥は恐ろしい。研究だけしてればいいってものじゃないんだな、学者先生も。

    面白かったのでアメリカ滞在記も読んでみようかな、とおもいました。

  • 【156冊目】ケンブリッジにいる間に読んでおかなければと思って読んだ本。期待したとおり、イギリスの文化・歴史に対する豊富な知識と、日米との比較が非常に勉強になった。

    >オックスフォードは世界が自分のものであるかのように振る舞うが、ケンブリッジは世界が誰のものであってもかまわないというように振る舞う。
    ……こういうところ、結構大好きです。ちなみに体感では、ケンブリッジ生はToryよりもLabour支持派の方が多い気がする。

    >数学に限らず、イギリスでは一般に、抽象的で論理的な議論はフランス人のもの、と不信感さえ持てれてきた。だから哲学において、形而上学はイギリスでは育たなかった。自ら経験した事実に頼るというのが、ベーコン以来のイギリス哲学の主流だった。(p.232)
    ……非常によく分かる。おそらくcivil lawとcommon lawの法体系の違いもここから発生しているのだろう。なお、フランシス・ベーコンはTrinity college出身。

    >彼らの精神的ふくよかさは、イギリス病とか斜陽といった、経済指標によった名称からは、想像できないものである。日本は、イギリスのいつか歩いた道を歩んでいる。イギリスは日本のいつか歩むであろう道を歩んでいる。(p.261、なお本書は1987〜1988年の留学記である)
    ……これは僕が常に言っていること。日本はよくも悪くもイギリス(と、韓国)から学ぶべき点が複数あるように思う。

  • 数学者である著者の、1980年代の英国ケンブリッジ滞在記。
    藤原氏は、故新田次郎と『流れる星は生きている』の著者藤原ていの二男。
    『若き数学者のアメリカ』で日本エッセイスト・クラブ賞(1978年)を受賞し、『国家の品格』は2006年の年間ベストセラー1位となっている。
    米国滞在から10年以上を経て、今回は夫人と3人の子供と共に滞在した英国での波乱万丈の日々を、変わらぬバイタリティとユーモアで乗り切る姿が描かれている。
    以後の作品でもしばしば登場することになる、夫人との掛け合いがまた楽しい。
    (2007年10月了)

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著者プロフィール

お茶の水女子大学名誉教授

「2020年 『本屋を守れ 読書とは国力』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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