あるキング: 完全版 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (782ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101250281

作品紹介・あらすじ

山田王求。プロ野球チーム「仙醍キングス」を愛してやまない両親に育てられた彼は、超人的才能を生かし野球選手となる。本当の「天才」が現れたとき、人は“それ”をどう受け取るのか――。群像劇の手法で王を描いた雑誌版。シェイクスピアを軸に寓話的色彩を強めた単行本版。伊坂ユーモアたっぷりの文庫版。同じ物語でありながら、異なる読み味の三篇をすべて収録した「完全版」。

感想・レビュー・書評

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  • ~hardcover~
     自分の立っているところが世界の中心で、自分こそが人生の物語の主人公だ。
     多かれ少なかれ、誰もが思っていることだ。
     けど、ごく個人的なことを言えば、そうだとも言い切れないような日々が、やっぱり、多かれ少なかれ続くこともある。
     この小説の主人公のように、自分の人生に一ミリの疑いもなく、確信的に生きられたら。

     確信的な生き方をしている人間にとっては、自分はあまり語る対象には、なり得ないものなのだろうなと思う。未来を語る少年も、過去を語る老人も、共通して、今は手元にない自分について希望的観測をもとに語っている。
     語られるべき今のある人間は、特にそんなことを必要とはしない。
     だから、二人称「おまえは」という預言的(『マクベス』の魔女の方式?)な語りと、語られる主人公、山田王求との相性がとても良く、参考になった。
     なまえも王+求=球と見えるのも、部首とつくりで構成される漢字ならではの要素だ。翻訳するとしたら、このくだりを何て描くんだろう? 

     一人の人間の一生という光につき惑う影のことも、余さず描かれているところが好きだ。(ただの超人的なバッターでは読みどころがない。むしろ、超人・王求を巡って描かれる人物たちの方が、より多くの読み手の体温に近いために、感情移入を誘うところなのかもしれない。タッチだと「恋愛×野球」、メジャーは「野球×成長」、おおきく振りかぶってじゃ「野球×部活(友情)×成長」、ドカベン「野球×競技性×キャラクター」と様々な要素の掛け算。あるキングは「野球×親子×群像」かもしれない。)
     父親が侵した殺人、彼自身が侵した殺人、彼に降りかかった殺人。現実のほうはどうだろうか。現実は、禍福の専任会計士のような人間が存在するして、一人の人間に与えられる幸福と不幸の量を杓子定規に計算しているのだろうか。でもそれは、単なる希望的観測じゃないか?
     わたしたちは、山があれば谷があることを当然のように期待する。
     そして、実際に信頼にたる可視化されたデータは一つもない。

     王求の歩む人生に関わって、人生が変わった人間の姿もあとからあとから考えられる。
     母親の山田桐子がその典型で、物語を占める重要度も高い。

     “「子供なんて欲しくない」と何気ない会話の中で言ったことがある~山田桐子の内なる変化は少しづつ、着実に、起きた。つわりを超え、病院へ通い、膨らんでくる腹を見つめていくうちに、ジャンクフードを慎みはじめ、運動を兼ねて歩くことが増え、育児書を次から次に読みはじめた。自分の体内で動く子供に彼女が愛着を感じているのは、火を見るよりも明らかだった。人は変わる。いや、人はなかなか変わるものではないが、身体の中に別の生命が出現するという出来事は、その、なかなか変わらざるものを揺さぶるほどの力を持っていてもおかしくはない(p,17)”

     女性は、自分の運命を一遍させるだけの力を内在している。
     これだけは、どうしようもない事実だ。山田桐子だけに用意された特権じゃない。その変化が望ましいものかどうかは、変化してしまった当人には比較すらできなように思う。
     子どもという絶対的な運命を受け入れた女性と、そうでない人間一般との間には、相容れない論理が頑として存在する。

     “おまえの、その、人並外れた精神力と威風の源泉が、この異常ともいえるほどの母親の関心、庇護にあるのだとすれば、それはさほど奇妙ななこととは思えず、むしろ腑に落ちた。必要とあらば誰かの首を斬ることもためらわない、冷淡で神聖な王、それを支えるのは歴史の力強さ、引き継がれる血の魔力に違いない~マクベスには妻がいたが、山田王求には母がいる。(p,246)”

     母親という生き物は、運命に従っているんじゃない。
     母親こそが、子どもという存在を抱えて絶対的な主人公となって、自らの物語を書き綴っていく。
     高慢と偏見に満ち溢れ、少しの疑いもなく厳然に存在している母親の「痛さ」すら感じる、濃さを少しは理解できたように思う。

     物語としては、山田王求が打率8割で野球界の常識を次々に更新していくことは二の次で、父親が少年を傘で撲殺した狂気や、リトルリーグで相手チームの監督に賄賂を渡して敬遠を阻止していたこと、それら物語上のイベントをもって有り余るほどの、確信に満ちた山田桐子と、山田王求、母子の在り方が、極度に乾燥してハードボイルドな異様さを物語全体のムードに与えていた。
    そのムードに惹かれて、頁を捲った。
     
     バッティングセンターの管理人のおじんさん、彼に父親を殺された小学校の同級生(されたの雰囲気を無視した言い方。救ったとは少し乱暴で書けない)、公園で絡んできた不良、路上で悪がらみをして、最終的には彼の殺害に関与するセールスマン、彼に関わって死んだオーナー。
    山田王求と接触した人間の誰もが、通常の自分では考えられないような劇的な行動を取り、体験をする。

     野球って異常だ、と面白おかしく思う。
     ボールもバットも凶器には違いなくて、プレイヤーも観客も狂気に包まれて、その後には形に残らないような瞬間的な芸術を造り上げて、みんなマウントを去っていく。
     
     “どちらにせよ、野球は続きます”

     この狂った連続性。ほんとうに恐ろしいなと思ったのは、この一文だった。

  • 完全版と書いてあったのに、実際は同じ話の三つのバージョンを収めているというだけだった。

    私的には、この作者は”売れるようになってから碌なものを書いていない”枠に入る作家であり、読んだことのある最近の何作かは話が軽いものばかりだった。それで久々に長編をしっかり書いたのかと期待したのに、がっかりだった。

  • 伊坂幸太郎さんの作品の中で珍しく、苦手だと感じた本であった。好きな人は好きかと思います。読めば読むだけ味が出るスルメ作品です。僕はスルメが苦手です。

  • 東野圭吾と伊坂幸太郎、交互に読んでて、東野圭吾の魔球、野球モノでつまらなかったなぁ、、と思ってたら、まさかのこれも野球モノ!!!
    ほんと用語すら知らないから、野球モノってだけで興味が半減。敬遠って何?って感じ。
    やたら分厚いなぁと思ったら、全く同じ話をほんの少し文体変えて収録しただけっぽくて、ハードカバー版を読んだらもういいやって感じで本を閉じてしまった、、
    途中で投げ出すの好きじゃないけど、同じ話なんだもの、、飽きちゃう。
    伊坂幸太郎作品ってつまんないものはほんっとつまんないなぁ。これ伊坂幸太郎の小説?!って思っちゃうくらいつまらなかったわ、、

  • 人は運命の奴隷。王も同じ。

    王座を約束された天才野球少年。
    待ち受けるフェアでファウルな獣道。

    「困難にぶつかったらなら、生まれた時の事を思い出すんだ」

    そして、打て!

    ゼロの日に漲る感情の光は、
    読者の運命さえ眩く照らす。

    次は、君の番だ。

  • 伊坂幸太郎ぽくないというレビューもあったが、読み終わった感想は、やはり伊坂幸太郎だった。
    正直おもしろかった。
    野球好きには、たまらないような、嫌気がするような。
    フェアでファウルな小説

  • さすがに三回も読むと、お腹いっぱいって感じ。
    単行本版、雑誌掲載版、文庫本版が入っているとのことだが、これを出せちゃう新潮社もすごいな、と思う。
    そして、この順番も分かりやすかった。

    単行本版を読んだ時は、その癖の強さにビックリしたし、怖さも感じた。
    授業で初めて山月記読んだ時のような感じ・・・だろうか。

    その後の雑誌版はかなーりストレートというか、余分なものというか、気味の悪いものを綺麗に取り去って、すっきりさせた感じ。

    最後の文庫版は、最初の癖の強さをユーモアでうまくカバーしつつ、スマートさも意識したような・・・たしかに、読者に寄り添った感じで、伊坂さんらしい読みやすさだった。そしてかなり分かりやすくなった。

    三度も読んだせいか、王求に親しみが湧いた。
    またシェイクスピアにも挑戦してみたくなった。

  • 面白い。面白いんだけど、伊坂幸太郎らしい読み終わった時の爽快感と言うか、達成感というか、気持ちよく着地した感覚はなかったかなぁ。え?終わり?って感じだった。バージョン違いで3パターンあっても、何だか余計に間延びしてしまっただけのような気がした…うむむ。

  • 野球の天才、山田王求の誕生から破滅?まで。語り口が少しずつ異なる同じ話が3本収録されていてるんだけど、なんか落語みたいだ。

  •  完全版とはそういう意味だったのか。徳間文庫版は既読で結構好きな内容だったので本書を購入したが、雑誌版・単行本版・文庫版の3編収録とは知らなかった。しかも話の流れは同じで細かい描写に違いがあるだけとは。最初に雑誌版か単行本版を読んでいたなら、まだ文庫版での『マクベス』との絡みを楽しめたのに。よほどの伊坂幸太郎の大ファン以外は徳間文庫版で充分と感じる。
     『マクベス』は妻に唆されるとはいえ、悪事を働くのは本人であるのに対し、本書では王求の父が殺人を犯してしまい、王求自身は純真無垢な心のままなのがより不憫。

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著者プロフィール

1971年千葉県生まれ。東北大学法学部卒業。2000年『オーデュボンの祈り』で、「新潮ミステリー倶楽部賞」を受賞し、デビューする。04年『アヒルと鴨のコインロッカー』で、「吉川英治文学新人賞」、短編『死神の精度』で、「日本推理作家協会賞」短編部門を受賞。08年『ゴールデンスランバー』で、「本屋大賞」「山本周五郎賞」のW受賞を果たす。その他著書に、『グラスホッパー』『マリアビートル』『AX アックス』『重力ピエロ』『フーガはユーガ』『クジラアタマの王様』『逆ソクラテス』『ペッパーズ・ゴースト』『777 トリプルセブン』等がある。

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