こころの最終講義 (新潮文庫)

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著者 : 河合隼雄
  • 新潮社 (2013年5月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (308ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101252322

こころの最終講義 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 京大での最終講義をメインにした講演集
    主たるテーマは「物語」
    東洋と西洋を比較し、日本人と西洋人の自我を比較している。 隠れキリシタンにおける物語には、聖書とは違う部分がある。「日本霊異記」「とりかえばや物語」「柳田国男」・・・を心理学から解く。

  • ・例えば、高島易断を見て、飛行機が落ちると思ったときに、そんなばかなことを考えるなとか、あるいは易なんていうのは当たるんだとか、当たらないんだとか、そんな議論じゃなくて、それを見て不安に感じた自分にとっての意味、その意味は何かということですね。先ほども言いましたように、自分は祖国というものに対して、あまりにも高いイメージを持ちすぎていなかったか。そして、そこへ今から自分が帰っていくということ、そこを訪ねていくということの意味をどう考えようかという問題になりますので、その人がどう生きていったらいいかということの意味がはっきりわかる。これが、私は大事なことだと思うんです。
    例えば、私が学校に行かない子供に会っていても、学校へなかなか行かない。そして、何とかかんとかするうちに、とうとう行くようになった。ただ、行かなかった子が行ったというだけではなくて、その背後にある母なるものの意味を感じる場合、私がその人に会っているということに、私自身にとってもはっきり意味があるわけです。
    つまり、学校へ行っていないというつまらない人を、私のような健康な人が何とか引き上げて、学校へ連れていってあげるというような意味じゃなくて、中学生としてあなたも日本の母なるものと格闘しているんですか、私もしているんです。格闘のレベルなり、格闘の質なりは違うけれども。そう考えると、私はその人にお会いしていることの意味が非常にはっきりする。
    この意味がわかるということは、人間にとってすごく大事なことじゃないでしょうか。意味がわかるかわからないかで、ほんとうに違う。わけの分からない仕事を長続きさせることは非常に難しいです。意味が分かっているからやるわけですね。そのときに全体を見て、この意味だとわかる。
    そして、そのときに、こういう考え方は因果的な考え方を補うのです。

    ・私のところへこられた学校へ行かない子どものお父さんが次のように言われたことがあります。「先生、科学がこれだけ進んで、ボタン一つ押せば人間が月まで行って帰ってくるこの世の中に、うちの子どもを学校へ行かすボタンはありませんか」と。
    私は、「ボタンはないけど簡単ですよ、さっそく行かせられます」と言うたら、「どうするんですか」と言われる。「ぐるぐるっとすのこ巻きにして放り込んだらええんです」と言うたのです。つまり子どもをモノ扱いすれば行くのです。ところが、子どもが自由意志をもち、自分の意志で、自分の人生のなかで意味あることとして学校へ行くということは、そう簡単ではない。

    ・言葉というのは口から生み出しますね。子どもを生むというのは下から生み出すわけです。だから人間が肉体から生み出すものには、子どもとして下に生み出していくものと、言葉として上から生み出していくものがある。そのことを考えると、言葉というものはすごい魔力を持っているし、すごい力を持っている。

    ・私はまるで私の魂に対して憧れるように、あるいは私が私の魂となんとか接触したいと思うような、ものすごい心のエネルギーが動いて、その人を好きになる。

    ・見ていると、小学校五年か六年ぐらいの子どもというのはすごいと思いませんか、記憶力にしても何にしても、たとえばあるときにサッカーの選手なんかが好きになったりしたら、どこに所属しているだけでなくて、生まれはどこだとか、どんな靴を履いているとか、全部覚えているでしょう。ああいう時期には、ぱあっと読むとか全部覚えられるぐらいすごいんです。ある意味で、人間は十一歳、十二歳ぐらいで完成するところがあるんじゃないかと思っているぐらいです。
    そして、ある程度できたというところで、もういっぺんつくり直して、大人という変なものにならなくてはならない。これは毛虫が蝶になるのと一緒じゃないでしょうか。

    ・これは私の会いましたある女の子の場合ですが、不特定多数の男の子と性的な関係のあった高校生であるその子が非常にうまいことを言いました。先生が怒って「不純異性交遊だ」と言ったのに対してその子は「先生、何で私が不純ですか。好きな男の人ができるから、その人とセックスの関係があるんです。これは純粋だと思う。先生のように、好きでもないのに奥さんと関係があるのは、これは不純じゃないですか」と。
    先生がなるほどと思ってしまったので(笑)、どう説明していいかわからないからというので私のところに来たことがあります。

    ・性のほんとうの体験をすると、自分の存在を揺すぶられますから、体のことに限定して、あれは生理的なことで、楽しかったらよろしいというわけですね。それもまた性のある反面だけを見ているということです(聖職者のように性を排除する、または夫婦間だけに限定するということの反対の反面)。
    そして不思議なことに、仮にそういう生き方をしようと思っても、それはできません。そういうことをしているうちに、その人の魂はだんだん腐っていきます。なぜかというと、一人の人間と一人の人間がそこまで融合する体験をするということは、体のレベルだけですますことはほとんど不可能なんです。

    ・男の人の夢の分析をしていると、確かにアニマ像がはっきり出てきて、この女性像こそその人の魂を表していると考えていけるのだけれども、女の人の場合にはいろんな男が出てくるし、これがアニムス像だという明確なものが見えない、とユングは書いている。自分のアニムスということについて非常に明確に話ができる女性はほとんどいない、あるいはいなかった、と書いているんです。
    …どこまでみんな賛成されるかわかりませんが、ついでに言っておきますと、ユングはこんなことも言っています。男性にとって心の中のアニマイメージはどうも一人だという気がする。これぞ永遠の女性といいますか、自分の心の中で、この人が私の永遠の女性だというような一人の異性。ところが女の方が自分の心の中の男性像を考えると一人にならない。これもこれもと沢山ある、あるいはひとつの集団の場合もある。
    その次が面白いんですが、そういうふうに心の中はそうなるので、それを補償するような形で外的現実においては、男性はたくさんの女性を好きになり、そして女性は一人の男を好きになる、というのです。

    ・間違わないように聞いてほしいのですが、そういう変なことをやっている人ほど魂のことがわかっている、と私は言っているのではないのです。そういう人は魂に揺り動かされているのであって、ある意味でいうと、被害者と言えるかもしれない。しかし揺り動かされている場合には、どうしてもわれわれの常識を超えたことが起きる。そのときにわれわれがそういう人にお会いして、この変な人とか、この嫌な人とかいうのではなくて、私は何ができるのか、そういう人に会っている私の魂はどうなっているのか、考えたいと思うのです。

  • 1985年から1993年にわたって行われた講義・講座の記録。
    京都大学の最終講義、『落窪物語』『とりかえばや物語』『日本霊異記』をとりあげた話、隠れキリシタンの話、最後の「アイデンティティの深化」の話、どれもみな読み応えあり。
    河合隼雄さんがいて、こういう話(西洋思想と東洋思想の違いなど)をきくことができて、わたしたちはどんなに救われているか、とあらためて思う。

  • 講演をまとめたものだが、時系列ではなく、最終章が最も古くのものである。そこには日本人と西洋人の自我に対する考えかた、想いの相違が述べられており、物語に関心をもつきっかけになったという。そもそも人に納得してもらうには科学的であることが大事であり、そうでなければ宗教家とみられる危険もある。著者が煩悶したのはいうまでもない。文庫一冊で語りつくせぬものを感じた。2017.3.21

  • 2017年2月26日

  • 2017.01.29

  • 日本の臨床心理学界の第一人者である河合隼雄先生の講義をまとめたもの。日本の神話や昔話、隠れキリシタンの話などから日本人のこころの在り方を探っていて、本当に示唆に富み読みごたえがあった。これからも何度でも読み返していきたい。

  • コンステレーション、という考え方に初めて触れ、人の中で起こっていること、起こりつつあることなど、心理療法の奥深さを垣間見たように思いました。

    アイデンティティの確立についても、断言するのではなく、それがどのようなものなのか、物語られることによって伝わってくる、考えが広がり深まっていく感覚が、読んでいておもしろかったです。

    年数を重ねること、見識を広め深めることで見えてくるものがあることに気付かされ、日々学び、日々考え、そして生きて日々を重ねることの大切さに気付かされました。

  • こころが欠けているときはファンタジーが欠けているのだ。

    こころっていうとよくわかんない感じisやばいけど、その人の持っているファンタジーって読み替えてみるともっとわかりやすくなるし、それをやっているのがユング系の人なんだなと思った次第。

  • 日本霊異記やとりかへばや物語、風土記に関するお話から、当時の人々の価値観が伺えて興味深かった。

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こころの最終講義 (新潮文庫)の作品紹介

心理療法家・河合隼雄はロールシャッハ・テストや箱庭療法などを通じて、人間のこころの理解について新たな方法を開拓した。また、隠れキリシタン神話や『日本霊異記』、『とりかへばや物語』、『落窪物語』等の物語を鮮やかに読み解き、日本人のこころの在り処と人間の根源を深く問い続けた。伝説の京都大学退官記念講義「コンステレーション」を始め、貴重な講義と講演を集めた一冊。

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