春になったら苺を摘みに (新潮文庫)

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著者 : 梨木香歩
  • 新潮社 (2006年2月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101253367

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春になったら苺を摘みに (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 梨木さんの作品の根源のようなものを感じるエッセイでした。

    「理解はできないが、受け容れる」
    「私」が学生時代を過ごした英国の下宿先の女主人ウェスト夫人の生き方。
    さまざまな人種や考え方の住人たちや時代に左右されないウェスト夫人の生き方に触れ、「私」は日常を深く生き抜くということを問い続ける。

    心に響く言葉が、出来事がたくさん書かれており、よくわからないのに泣けてくるお話がたくさんあった。
    何度も読み直したいと思った。

    「できること、できないこと。
    ものすごくがんばればなんとかなるかもしれないこと。初めからやらないほうがいいかもしれないこと。やりたいことをやっているように見えて、本当にやりたいことから逃げているのかもしれないこと。―いいかげん、その見極めがついてもいい歳なのだった。
    けれど、できないとどこかでそう思っていても、諦めてはならないこともある。

    After five years have past.
    世界は、相変わらず迷走を続け、そして私もその中にいる。」(p.247)

    最後のこの言葉にはっとさせられた。

  • イギリスに留学した体験を描いた物。
    丁寧な文章で、真摯で独特な視点でとらえられた情景に、なんだか今まで動いたことのない悩の部分を刺激されます。
    ユーモラスな出来事や、人の暖かさが心地良い。

    おもに、下宿先のウェスト夫人との交流。
    素敵な人ですね。
    学校教師で児童文学作家でもあった。
    どんな人にも手をさしのべようとするホスピタリティに満ちているため、面倒な相手の世話を背負い込むことにもなるのですが。

    著者がイギリスに半年滞在していたとき、20年前の学生時代に下宿していたウェスト夫人の元を訪れる。
    そこはロンドンよりも北のエセックス州、S・ワーデンという町で、まず語学学校に通うためだった。

    「ジョーのこと」では14年前に滞在したときにウェスト夫人に紹介されて知り合ったジョーという女性の思い出。
    地元のグラマースクールで教師をしていたジョー。大家族で育ったが、ほとんどが聴覚障害者。
    ジョーは信じられないぐらいドラマティックなことが起きる身の上だとウェスト夫人が称していた。若い頃に事故で一人だけ生き残ったとか。
    ジョーは快活で有能で、著者が手こずる子供達の世話も楽々とこなした。
    著者は先生の子供達のベビーシッターを時々していて、楽しいのだが、やんちゃなので疲れ果てるのだ。
    後にジョーの元彼が舞い戻ってきて、ウェスト夫人は心配して長い手紙を寄越した。元彼のエイドリアンは知らないうちにインドで結婚もして妻子有りらしいと途中で知れたのだ。それを知った著者も具体的には触れることができずに、ただジョーを応援する手紙を書く。
    が、エイドリアンはふいに姿を消し、ウェスト夫人の小切手帳が持ち出されていた。
    ジョーも消息が知れなくなってしまう。
    「人間には、どこまでも巻き込まれていこうと意志する権利もあるのよ」と彼女なら言いそうだと思う著者。

    「王様になったアダ」はナイジェリアのファミリーに困った話。
    わがままで傲然としていて、お礼も言わない。
    身分が高く、後に一家の父親アダは本当に王様になったのだった。
    どこへ行くにもお付きがぞろぞろついてきて、まるで囚人のようだと本人はウェスト夫人に情けない顔で語ったとか。
    それまでのことも「名誉に思うべきです」という態度だったらしい。

    「ボヴァリー夫人は誰?」は近所に越してきた脚本家の女性ハイディが、うっかりした発言で反感を買う。
    反核運動が盛んな頃で、著者も近所の人と共に参加したりしていた。
    大人しそうに見える老婦人も驚くほど活発にアムネスティの活動をしたりしていて、知的で公共心の強い人が多い。
    そういう土地柄なのに、ボヴァリー夫人の現代性を語るときに、「地元の女性のほとんどが専業主婦で有り余る時間をもてあまし幼稚化している」と書いてしまったのだ。
    反論されて、その後すっかり大人しくなったハイディを気の毒に思って、ウェスト夫人はさりげなく和解の場を設ける。

    「子ども部屋」は一人で旅行中の出来事と、その時々に思い出した出会いの話。
    ウェスト夫人の元夫のナニーの話が印象深い。
    元夫はヨークシャの裕福な地主の家柄。
    ドリスという女性は子守りとして8歳から奉公に来て、家事一切をするナニーとして88歳まで独身でその家に仕えた。
    ウェスト夫人はお茶も入れられない若妻として、家事を教わったのだ。
    字も読めないが、忠義者で、家事のエキスパート。
    離婚後もウェスト夫人は老いていくドリスを訪ね続け、著者も同行して一度会う。

    ウェスト夫人は、もとはアメリカ生まれ。
    3人の子をもうけた後に、夫とは離婚。
    親がクエーカー教徒だったわけではないが、途中で共感して自らそうなった。
    ウェスト夫人の父親は、戦争で銃を持つことを最後まで拒否した人だったという。... 続きを読む

  • 【内容】
     梨木香歩さんのエッセイ.主に,筆者が英国に滞在した時にお世話になったウェスト夫人や下宿人について.

    【感想】
     梨木香歩さんのフィルターを通した,英国での生活や,様々な文化,周辺の出来事・会話は読んでいて楽しかったです.ウェスト夫人が彼女の知り合い総出で「筆者をニューヨークへ連れていきたいという」想いと筆者の「行きたくない,英国の片田舎で羊の群れの分にまみれている方がマシ」という主張の張り合いにはつい吹き出してしまいました.

     また,その折に出てくる慎ましい主張,思考にはっとさせられます.
     例えば,
     夜行列車の予約席とは全く異なる席に案内された時の,車掌の蔑視感情,誤解を解こうとすれば感情が波立つ.解決できても納得がいかない.だからといって,表面的な怒りに身を任せて訴えるのは不毛である.本当に自分が感じたのは….

     筆者は本当の感情を理解するのは難しさ,ましてや従軍慰安婦問題といった国家レベルの問題や,犯罪の被害者側の感情といった,他者の感情・尊厳を理解する難しさと必要性を訴えます.
     国家間の領土問題やいじめ問題など,今も「他者」への想像力・共感能力を努力する必要が(意識的に努力する必要が)あると思います.
     私も筆者のように,少し立ち止まって考えられたらと,自戒します.安直に想いを吐き出すのではなく.

  • 海外の人とは価値観が違う。

    誰でも知っているけれど、
    この事実を本当に知っている人は、
    実際にぶつかり合った人だけなのだろう。

    海外での暮らしを経験したら、
    毎日どれほど刺激があふれることになるのだろう。
    「価値観が違う」なんて簡単な言葉では表せないほどの経験をするのだろう。民族としての尊厳・宗教・差別など、一人の人間の歴史よりも、もっと深い深い歴史がついてくる。

    こういう経験があってこその、
    梨木香歩の作品達なのか。

    自然の描写がとても綺麗なのは、
    イギリスの豊かな自然を見たからかもしれない。
    幻想的なこともさらっと描いてしまうのは、
    アフリカからの留学生が猫の呪いを信じている事を目の当たりにしたからかもしれない。

    海外での暮らしをしたいと思った。

  • 世界にはいろんな国があっていろんな人がいる。
    すべての人を受け入れるウエスト夫人と彼女のそばでそれを見守るK。読者は彼女らと共にいろんな人を知り自分ならどうするか考える。みんな毒があってすごい。
    「理解はできないが、受け容れる」
    この言葉があれば世の中なんとか生きていけそうだ。

  • 高校生の頃に「西の魔女が死んだ」を読んで、とても面白かった。
    その後、「からくりからくさ」「りかさん」を読んだら、全然面白くなかった。
    今読み直したら面白くなっているだろうか。

    このエッセイはとても面白かった。
    女性のエッセイは酒井順子、さくらももこくらいしか読んだことがない。
    あとは雑誌にちょっと載っている「オシャレでしょ」系とか「スノッブでしょ」系、「季節感に敏感でしょ」系とか。

    女性のこんな知的なエッセイは始めて読んだ。
    米原万里とちょっと似てるけれど、米原さんは大概どぎついことを言うが梨木さんはどぎついことは全く言わない。
    常に極端にならないように生きていると言うか、絶対に他者を否定しないようにしているようだ。

    一番最初の「ジョーのこと」なんて、くらたまのだめんずウォーカーに載っていても引けを取らないエピソードだと思うが、著者はジョーの選択を否定しない。
    しかし、「カッコつけてないで止めてやれよ。馬鹿じゃないの?」とは思わされないように書かれているんだから、すごい。
    悲劇と喜劇は紙一重と感じた。

    解説にもあるように、外国の素敵な友人との交友なんて鼻につくに決まっているのに、気にならない。
    下世話でないのに嫌味がない。

    とても素敵な手元に置きたい本だった。

  • 最後の部分、

    You are not capable・・・・・

    "You are capable."を「あなたならやりかねない」と考えて、そのnotなので、「あなたであってもできない」という解釈をすることにしました。

    日本を訪れた友人が、「人と人が本当に相互理解して、お互いを認め合ったり助け合ったりして生きることや、違う国に住んでいて文化が違ったとしても人が分かり合うことは、頑張ったらできるんじゃないかと考えている(ように予てから見えていた)」作者に対して、「文化の違いは大きいと実感した。アフリカとかに比べれば受け入れやすいだろうと考えていた日本でもこんなに差がある。君がどんなに分かり合おうと思っても文化が違う人に相互理解を押しつけるのは無理だ。そういうのを取り除くのはできないよ。しょうがないよ」
    という半分あきらめ、半分慰めの言葉だったんだと思います。

    あくまで私の解釈です^^

  • 実家にあったのを持ってきて読み。

    ・彼女は自分の信じるものは他人にとってもそうなるはず、と独り合点するところはなく、また人の信じるところについてはそれを尊重する、という美徳があった。(p100)
    ウェスト夫人の温かい人柄。見習いたいわあ。

    ・ただひたすら信じること、それによって生み出される推進力と、自分の信念に絶えず冷静に疑問を突きつけることによる負荷。相反するベクトルを、互いの力を損なわないような形で一人の人間の中に内在させることは可能なのだろうか。その人間の内部を引き裂くことなく。豊かな調和を保つことは。(p115)
    筆者自身の求道者のような姿勢を見習いたいわあ。

    ・できること、できないこと。ものすごくがんばればなんとかなるかもしれないこと。初めからやらない方がいいかもしれないこと。やりたいことをやっているように見えて、本当にやりたいことから逃げているのかもしれないこと。――いいかげん、その見極めがついてもいい歳なのだった。けれど、できないとどこかでそう思っていても、諦めてはならないこともある。(p247)
    人生ってそんなものかもしれない。できないかもしれないけど、それでもトライし続けたい、と思った。


    こんな人が「西の魔女が死んだ」を書いたんだなあー、と思った。他の著作も読みたい。温かいだけでなく、自分に厳しい精神世界と豊かな人間性。求道者のような姿勢。見習いたい。

  • エッセイ…それも、作家さんの書くものは極力読まないようにしている。それなりの理由はあるのだが、それは私的なこととして。

    エッセイなのに、この本には梨木香歩さんの物語が吹き渡る。

    理解はしないが受け容れる。ウェスト夫人の振る舞いを評したこの言葉、梨木氏の言葉選びの正しさに唸ってしまった。

    理解しようとしたけれど理解できない…ではないのである。妥協点を見出そうとしたのではなく、あくまでも能動的な自己主張として、理解はしない。それがウェスト夫人の態度であり、全編を吹き渡る風…梨木氏のモラルなのだ。

    異文化理解、多文化共生は流行り言葉として多くの人々が口にする。しかし、ジョンとの会話の中で、梨木氏は何気なく本質に触れている。

    「分かり合えない、っていうのは案外大事なことかもしれない」

    世界の隅々まで心地よく吹き渡る風。
    梨木香歩さんの体の中には、それがある。

  • 小説?と思ってしまうくらいドラマチックですが、梨木さんの英国での体験を書いたエッセイでした。彼女のエッセイを初めて読みましたが、かなり好きな感じ。しみじみと、この人の考え方・感じ方にはすごく共感できるなあと感じました。自閉症の考え方にもすごく共感。だからこの人の書く小説も好きなんだなぁ。
    梨木香歩さんの作品でとくに共感した小説は『僕は、そして僕たちはどう生きるか』でした。このエッセイを読んで、『僕は~』はこういう体験をしてきた人が書いた物語なんだなあとしみじみ納得できた次第。
    他者の押しつけがましさに抗おうとする。いちいち言葉にしないさりげない親切に、心の中でそっと感謝する。そんな筆者の心の機微が感じられて、とても心地よいエッセイ。手元に置いておいてなんども繰り返し読みたい、そんな本でした。

  • 最近ずっと梨木果歩作品を読み直している。
    このエッセイを読んで、何故この人の書くものに惹かれるのかが少し分かった気がする。

    人のバックグラウンドに興味がある。
    だから人の基底になる、宗教や、家族や、育った環境の話を聞くことが好きだ。そういう惹かれるものの方向性が重なる部分があるのだと思う。

    ウェスト夫人の「自分の信じるものは他人にとってもそうなるはず、と独り合点するところはなく、また人の信じるところについてはそれを尊重する、という美徳」
    すべてを理解したり受け入れたりしなくても寄り添うこと、手をさしのべること。難しいけどそういう在り方に憧れる。
    2013/12/15

  • 久しぶりに読んだ。
    硬派で気高いひとだなあと思う。
    ところどころ、エピソードのあったかさや切なさに泣きそうになった。
    著者のようにストイックにはとても生きられないけれど(どちらかといえば私はモンゴメリのように閉鎖的な偏愛性質)、人間って意外とそんなに悪いもんではない、かも、とちょこっと思えてくる随筆集。

  • 「理解はできないが、受け容れる」裏表紙に書いてあるこの言葉は梨木香歩さんの本に共通して流れている意識だと思う。ただひたすらに受け容れるのではなく対象をよく見て飲み込み消化をし、適切な距離をとる。尊重をする。
    彼女の言葉は私にとって、よりよい方向へ進むための道標みたいだ。

  • 英国S・ワーデンの
    ウエスト夫人のもとを出入りする、国籍や人種を超えた多種多様な人達。

    ウエスト夫人が持つのは
    理解する愛ではなく、
    受け入れる愛。

    作者と、ウエスト夫人をはじめとする様々な人達との出会いや交流が綴られているエッセイ。
    嫌みがなく、洗練された深みのある作品。

    ***
    読むと世界が広がって、
    もっとたくさんの人と交流をもってみたくなります。

    個人的には最後の2行がとても印象的。読んでいる側でも、なんだか5年の歳月を感じてしまいました。

  • 清廉、とか、瑞々しい、とか、、、「透明感」という言葉が似合いそうな言葉が光るエッセイ。
    英国を軸に、滞在先で体験した出来事や、出会った人々について淡々と語り続ける、という内容。その中に、時折、自分の内面をさらけ出すような、あるいは逆に、内側を見つめすぎて閉じこもってしまったかのような、静かで鋭い表現が顔を出し、そのたびに胸を突かれる。
    外国で、住み続けるのではない旅人の外国人として生活する中で感じる違和感を、どんなに些細なこともひとつひとつ生真面目に足を止め、ジッと見つめる視線はとても繊細。たとえば、庭先を走るリスの色にも気づくことができるような時間の過ごし方。

    直接にはそんな内容でないにも関わらず、大人になる過程でやり過ごしてきたものたちを拾い集めるような印象を残す一冊だった。

  • 内定先から読書感想文を提出するように言われており、参考図書の一冊として挙げられていたのがコレ。参考図書のリストの中で一際目立っていた。それもそのはず、参考図書のリストには「ザ・リーダーシップ」とか「働く君に贈る〜」などのビジネス本や自己啓発本が連なっていたのだから。

    私は梨木香歩さんの作品をすでに何冊か読んでおり「なんとなく手にとってなんとなく読める本」として彼女の作品を認識していたが、本作も期待を裏切らぬ心地の良い文体で私をウェスト夫人と過ごす日々へといざなってくれた。

    しかし彼女のエッセイを読んでいると、私は彼女の体験に激しく嫉妬してしまう。なんて羨ましいのだろう、と。私には英国に行ったことも、下宿に滞在して様々な人と出会ったこともないし、友人が海外から日本にいる私に会いに来ることもない。エッセイに書かれた彼女の体験の全てが羨ましくなってしまう。

    それでも、彼女が体験したことと彼女が抱いた感覚に何か近しいものを私も感じる。
    以下に、印象的だったフレーズを引用しながら、私の体験を綴ってみる。

    p.100
    ---神を信じているかと単純に尋ねられれば今でもそのたび真剣に考えこみ、それは「あなたの定義する神という概念による」とまじめに答えてしまう。---

    私が初めて海外に行った時、それは中学3年の夏のことなのだが、タイとマレーシアでそれぞれ一週間ずつホームステイをした。マレーシアは多民族国家であるのに対し、タイはまさに仏教国であり、各家庭にミニ仏像があるような国である。タイでホストファミリーから「あなたは、仏教徒?」と聞かれ、「イエス」と答えた。また、二度目の海外経験であるオーストラリアでのホームステイでは、「あなたは神を信じている?」と聞かれ、「ブディズム」と答えた。
    これは、単に私が自分を説明する手間を省き、都合のいい返答をしたに過ぎないということは重々承知していた。高校1年生では宗教に関して小論文まで書いたが、それでも宗教に関する質問にはいつもどのように答えたらよいのか考えこんでしまう。

    p.149
    -----あなたが私の言うことを信じてくださらなかった、あの時。
    -----私は本当に悲しかった。

    この彼女の言葉は、予約したはずの列車の座席にスムーズに案内されず、「軽い東洋人蔑視の気配のようなもの」を感じた時に相手に伝えたものである。

    私が友人と2人でインドに旅行した時、何やら日本語で話しかけてくる少年がいた。私たちはあまりその少年の相手をせずに歩いていたが、少年はそれにめげずずっと私たちについてきた。彼は近くでお店をやっていると言う。私たちはガイドブックに記載されているお店に行こうとしており、少年は親切にも「その店ならこっちの道だよ」と教えてくれた。私はどうも人を信じやすい質なので(ただし、それが原因でスペインではスられているのだが)少年の言うことを比較的信じていたが、友人は「見ず知らずの人なんて信用できない、本当にそっちの道なのか」とかなり疑い、少年が教えてくれた道ではない道も確認し始めた。その時、少年は「なぜ僕の言っている道に行かないの!信じてくれないなんてひどい」と怒っていた。当然である。人に親切にして、信じてもらえなかったら、そりゃ悲しい。同情する。その後結局、少年の教えてくれた道が正しいことがわかり、目的の店にたどり着いたのだが、少年は「信じてくれなくてとても悲しかった」と私たちに言った。とても申し訳ないことをしてしまったと思う。

    おそらく、日本で(もしくは生粋の日本人が)「その店ならこっち」と教えてくれたたなら、迷わずその道を行っただろう。しかし、彼がインド人であったこと、が少なからず...と、いうかかなり大部分かもしれないが、彼の発言を信じられなくしていたのでは... 続きを読む

  • 深くて、正直なところ、私の中でまだ未消化なところが多い。

    だから、うまくことばにできないのだけど、
    ウェスト夫人の博愛精神、
    梨木さんの感受性、
    幸せなことばかりがつまっているわけではないし、
    ときには少し悲しみを帯びた部分もある。
    でも、決して暗い気持では終わらない。

    もう少し、日常でアンテナを張ってみたい、
    自分の感性をしっかり持ちたい、
    そんな気持ちにさせられた。

    もう一度、ゆっくり向き合ってみたい本。

  • 日本の田舎に閉じ籠っている私に、ちょっぴり刺激的でふんわりとした優しい風を吹き込んでくれた!

    梨木さんが若い頃下宿していた英国の女主人と、その下宿先等で出逢った人達との交友記。
    色んな国の老若男女との異人種交流。
    楽しいことばかりではなく、時に緊張に満ちていて、価値観や倫理観の違いに驚かされる。
    世の中には人種や障害の有無等様々な境界が存在する。
    自分とは「異なる」相手の全てを理解することは限界があり「理解はできないが受け容れる」の考え方に共感した。

    梨木さんの描く物語の礎がここに詰まっている。

  • 心に留めておきたい言葉が多い作品だった.滞土録もそうだけど,梨木さんの作品は自慢みたいなものは感じなくて,だただた憧れるような人生経験が描かれていて,なかなか自分はその体験を実際にはできないので,こうやって本を通して得ることができるのは有りがたいなぁと思う.ちょうど今の自分や周囲の迷ってる友人たちに送りたい考えが多くて,こうやって今のタイミングにこの本に出会えてことに運命すら感じました.なので,今読んで欲しい!と勧めるのではなく,ふとしたときに手に取って欲しいような作品でした.

  • 他人にも、自分にも厳しい人だと思った。

    最初は、イギリスの田園生活を優雅に描いたエッセイとしか思わなかった。
    イギリスの小さなコミュニティの中での軋轢。
    太平洋戦争時にアメリカで強制収容された日本人の重い経験。
    イスラエルからの移民で、小児麻痺の子どもを抱えながら多くの障碍を持つ人のために献身的に働く夫婦などなど、人種や歴史の折り重なったところの、人々を静かに描いていく。
    厳しくも、人間らしくあろうとする筆者の姿に、感動を覚える。

  • 著者が学生時代を過ごした英国の下宿、その女主人ウェスト夫人をはじめとした、様々な人種や考え方を持つ住人たち。
    色々な国、色々な民族、色々な宗教、色々なイデオロギー。
    その違いに振り回され、時に理解に苦しみながらも、多くの下宿人を受け入れ続ける夫人と下宿人たちとの日常を通して見えてくるもの、生まれる問い。

    共感してもらいたい
    つながっていたい
    分かり合いたい
    うちとけたい
    納得したい

    私たちは
    本当は

    ウェスト夫人の下宿は、民族対立が先鋭化しつつあった時代の中においてまるでサンクチュアリのよう。
    数々の梨木作品の根底に流れるもの、物語の生まれる土壌はここにある。

  • 小説のようなエッセイ。
    梨木さんの作品はまだあまり読んだことが無いけれど、「西の魔女が死んだ」のまいの感受性の強さやおばあちゃんの受けとめる力、「家守綺譚」の人々の姿勢は梨木さんの考え方と経験によって出来たものなんだなあ、と思った。

    たくさんの人が出てくるので、ちょいちょい誰が誰だか分からなくなってしまって混乱。カタカナの名前はなかなかしっかりと覚えられない……。

  • 価値観や倫理観の違う人間同士の間でどこまで共感が育ち得るか…
    について真摯に考えさせられるエッセイ。
    梨木香歩さんは洞察力の深い方だと思う。

  • 梨木さんの作品は、本当に心地よい。

    人として魅力的な人が多く登場して、
    直に会いたくなる。

    素敵な人生を歩んでいる方なんだな~。

  • 落ち着いたエッセイです。話はもっとドラマチックにも書けるけど、客観的な静かな心持ちで書いている。

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「理解はできないが、受け容れる」それがウェスト夫人の生き方だった。「私」が学生時代を過ごした英国の下宿には、女主人ウェスト夫人と、さまざまな人種や考え方の住人たちが暮らしていた。ウェスト夫人の強靭な博愛精神と、時代に左右されない生き方に触れて、「私」は日常を深く生き抜くということを、さらに自分に問い続ける-物語の生れる場所からの、著者初めてのエッセイ。

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