春になったら苺を摘みに (新潮文庫)

  • 2770人登録
  • 3.76評価
    • (324)
    • (309)
    • (503)
    • (41)
    • (7)
  • 307レビュー
著者 : 梨木香歩
  • 新潮社 (2006年2月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101253367

春になったら苺を摘みに (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 梨木さんの作品の根源のようなものを感じるエッセイでした。

    「理解はできないが、受け容れる」
    「私」が学生時代を過ごした英国の下宿先の女主人ウェスト夫人の生き方。
    さまざまな人種や考え方の住人たちや時代に左右されないウェスト夫人の生き方に触れ、「私」は日常を深く生き抜くということを問い続ける。

    心に響く言葉が、出来事がたくさん書かれており、よくわからないのに泣けてくるお話がたくさんあった。
    何度も読み直したいと思った。

    「できること、できないこと。
    ものすごくがんばればなんとかなるかもしれないこと。初めからやらないほうがいいかもしれないこと。やりたいことをやっているように見えて、本当にやりたいことから逃げているのかもしれないこと。―いいかげん、その見極めがついてもいい歳なのだった。
    けれど、できないとどこかでそう思っていても、諦めてはならないこともある。

    After five years have past.
    世界は、相変わらず迷走を続け、そして私もその中にいる。」(p.247)

    最後のこの言葉にはっとさせられた。

  • 著者が学生時代に英国へ留学した先で出会った人々やそこでの交流、感じたことを綴った初エッセイ。

    梨木香歩さんの作品は好きで何冊も読んでいます。フィクションからも感じ取れるのですが、鋭い観察眼や落ち着きある文体は、このような常日頃からの視点や海外での経験があったからなんだと腑に落ちるようなエピソードが多く描かれていました。

    梨木さんの留学先であるウェスト夫人がきりもりする下宿所。ここには様々な国籍の学生たちが異なるルーツ・文化・思想を抱えてやってきます。
    いわゆる“違う者同士”が集まる一つ屋根の下で、ウェスト夫人は彼らを等身大で受け入れ接します。来る者を拒まず、去る者を追わず。一人一人を気に掛けながらも適度な距離をたもつウェスト夫人の人との接し方や振る舞い、さりげない気遣い、優しさとユーモアを併せ持つおおらかさは読者としても気持ちの良いものだし感心することばかりです。そんなウェスト夫人と、彼女のもとに立ち寄り去って行った多くの下宿者たちの様子を、梨木さんは大局的に、鋭くも優しい眼差しで切り取っていきます。

    全てを捨てて犯罪者である恋人の背中を追ったジョー、気さくに交流していた日々が一変し一国の王となったアダ、一夜にして町中の嫌われ者となったベティなど。ウェスト夫人はそんな彼らを前に困ったり、傷ついたり、不快に感じたりしますが、「理解はできないが受け容れる」姿勢を崩しません。彼らの考えをまるっと受け容れ寄り添います。

    全体を通して感じたのは「違い」。
    親友でも、恋人でも、家族だとしても、自分自身とは違う人間です。自分には自分のルールがあるように、他人には他人のルールがあります。会話によって埋まる溝もあれば、歩み寄りの域をとうに越えた深い深い溝もあります。深い深い溝に対峙したときにどう対処するか。このエッセイにはそのヒントが書かれていました。

    狭い世界でも広い世界でも、ギスギスとした緊張が続く毎日。自身と相容れない思想に対し壁をつくり、反発し、敵視し、ついには排除しようと躍起になるのは簡単ですが、「なぜ?」という疑問を常に抱えながら一度立ち止まる冷静な姿勢が、今後ますます必要な世の中になってくるように思います。
    柔らかなタイトルと留学先の日常という舞台に反し、深く考えさせられる内容が詰まっていました。

    ==================
    「世界は、相変わらず迷走を続け、そして私もその中にいる。」
    「理解はできないが受け容れる。ということを、観念上だけのものにしない、ということ。」

  • イギリスに留学した体験を描いた物。
    丁寧な文章で、真摯で独特な視点でとらえられた情景に、なんだか今まで動いたことのない悩の部分を刺激されます。
    ユーモラスな出来事や、人の暖かさが心地良い。

    おもに、下宿先のウェスト夫人との交流。
    素敵な人ですね。
    学校教師で児童文学作家でもあった。
    どんな人にも手をさしのべようとするホスピタリティに満ちているため、面倒な相手の世話を背負い込むことにもなるのですが。

    著者がイギリスに半年滞在していたとき、20年前の学生時代に下宿していたウェスト夫人の元を訪れる。
    そこはロンドンよりも北のエセックス州、S・ワーデンという町で、まず語学学校に通うためだった。

    「ジョーのこと」では14年前に滞在したときにウェスト夫人に紹介されて知り合ったジョーという女性の思い出。
    地元のグラマースクールで教師をしていたジョー。大家族で育ったが、ほとんどが聴覚障害者。
    ジョーは信じられないぐらいドラマティックなことが起きる身の上だとウェスト夫人が称していた。若い頃に事故で一人だけ生き残ったとか。
    ジョーは快活で有能で、著者が手こずる子供達の世話も楽々とこなした。
    著者は先生の子供達のベビーシッターを時々していて、楽しいのだが、やんちゃなので疲れ果てるのだ。
    後にジョーの元彼が舞い戻ってきて、ウェスト夫人は心配して長い手紙を寄越した。元彼のエイドリアンは知らないうちにインドで結婚もして妻子有りらしいと途中で知れたのだ。それを知った著者も具体的には触れることができずに、ただジョーを応援する手紙を書く。
    が、エイドリアンはふいに姿を消し、ウェスト夫人の小切手帳が持ち出されていた。
    ジョーも消息が知れなくなってしまう。
    「人間には、どこまでも巻き込まれていこうと意志する権利もあるのよ」と彼女なら言いそうだと思う著者。

    「王様になったアダ」はナイジェリアのファミリーに困った話。
    わがままで傲然としていて、お礼も言わない。
    身分が高く、後に一家の父親アダは本当に王様になったのだった。
    どこへ行くにもお付きがぞろぞろついてきて、まるで囚人のようだと本人はウェスト夫人に情けない顔で語ったとか。
    それまでのことも「名誉に思うべきです」という態度だったらしい。

    「ボヴァリー夫人は誰?」は近所に越してきた脚本家の女性ハイディが、うっかりした発言で反感を買う。
    反核運動が盛んな頃で、著者も近所の人と共に参加したりしていた。
    大人しそうに見える老婦人も驚くほど活発にアムネスティの活動をしたりしていて、知的で公共心の強い人が多い。
    そういう土地柄なのに、ボヴァリー夫人の現代性を語るときに、「地元の女性のほとんどが専業主婦で有り余る時間をもてあまし幼稚化している」と書いてしまったのだ。
    反論されて、その後すっかり大人しくなったハイディを気の毒に思って、ウェスト夫人はさりげなく和解の場を設ける。

    「子ども部屋」は一人で旅行中の出来事と、その時々に思い出した出会いの話。
    ウェスト夫人の元夫のナニーの話が印象深い。
    元夫はヨークシャの裕福な地主の家柄。
    ドリスという女性は子守りとして8歳から奉公に来て、家事一切をするナニーとして88歳まで独身でその家に仕えた。
    ウェスト夫人はお茶も入れられない若妻として、家事を教わったのだ。
    字も読めないが、忠義者で、家事のエキスパート。
    離婚後もウェスト夫人は老いていくドリスを訪ね続け、著者も同行して一度会う。

    ウェスト夫人は、もとはアメリカ生まれ。
    3人の子をもうけた後に、夫とは離婚。
    親がクエーカー教徒だったわけではないが、途中で共感して自らそうなった。
    ウェスト夫人の父親は、戦争で銃を持つことを最後まで拒否した人だったという。
    夫人の3人の子はインド人のグルに傾倒して、グルに付き従ってアメリカへ渡ってしまう。ある意味、親に似たのでしょうか。
    その数年後に出会った著者。
    空いていた子ども部屋には、児童文学の蔵書がみごとに揃っていた。
    他に出会った人たちも個性豊かで、いきいきしています。

    2001年末のウェスト夫人からの手紙で締めくくられています。
    春になったら苺を摘みに行きましょう、と。
    著者は1959年生まれ。
    映画化された「西の魔女が死んだ」など、作品多数。

  • 【内容】
     梨木香歩さんのエッセイ.主に,筆者が英国に滞在した時にお世話になったウェスト夫人や下宿人について.

    【感想】
     梨木香歩さんのフィルターを通した,英国での生活や,様々な文化,周辺の出来事・会話は読んでいて楽しかったです.ウェスト夫人が彼女の知り合い総出で「筆者をニューヨークへ連れていきたいという」想いと筆者の「行きたくない,英国の片田舎で羊の群れの分にまみれている方がマシ」という主張の張り合いにはつい吹き出してしまいました.

     また,その折に出てくる慎ましい主張,思考にはっとさせられます.
     例えば,
     夜行列車の予約席とは全く異なる席に案内された時の,車掌の蔑視感情,誤解を解こうとすれば感情が波立つ.解決できても納得がいかない.だからといって,表面的な怒りに身を任せて訴えるのは不毛である.本当に自分が感じたのは….

     筆者は本当の感情を理解するのは難しさ,ましてや従軍慰安婦問題といった国家レベルの問題や,犯罪の被害者側の感情といった,他者の感情・尊厳を理解する難しさと必要性を訴えます.
     国家間の領土問題やいじめ問題など,今も「他者」への想像力・共感能力を努力する必要が(意識的に努力する必要が)あると思います.
     私も筆者のように,少し立ち止まって考えられたらと,自戒します.安直に想いを吐き出すのではなく.

  • 海外の人とは価値観が違う。

    誰でも知っているけれど、
    この事実を本当に知っている人は、
    実際にぶつかり合った人だけなのだろう。

    海外での暮らしを経験したら、
    毎日どれほど刺激があふれることになるのだろう。
    「価値観が違う」なんて簡単な言葉では表せないほどの経験をするのだろう。民族としての尊厳・宗教・差別など、一人の人間の歴史よりも、もっと深い深い歴史がついてくる。

    こういう経験があってこその、
    梨木香歩の作品達なのか。

    自然の描写がとても綺麗なのは、
    イギリスの豊かな自然を見たからかもしれない。
    幻想的なこともさらっと描いてしまうのは、
    アフリカからの留学生が猫の呪いを信じている事を目の当たりにしたからかもしれない。

    海外での暮らしをしたいと思った。

  • 世界にはいろんな国があっていろんな人がいる。
    すべての人を受け入れるウエスト夫人と彼女のそばでそれを見守るK。読者は彼女らと共にいろんな人を知り自分ならどうするか考える。みんな毒があってすごい。
    「理解はできないが、受け容れる」
    この言葉があれば世の中なんとか生きていけそうだ。

  • 高校生の頃に「西の魔女が死んだ」を読んで、とても面白かった。
    その後、「からくりからくさ」「りかさん」を読んだら、全然面白くなかった。
    今読み直したら面白くなっているだろうか。

    このエッセイはとても面白かった。
    女性のエッセイは酒井順子、さくらももこくらいしか読んだことがない。
    あとは雑誌にちょっと載っている「オシャレでしょ」系とか「スノッブでしょ」系、「季節感に敏感でしょ」系とか。

    女性のこんな知的なエッセイは始めて読んだ。
    米原万里とちょっと似てるけれど、米原さんは大概どぎついことを言うが梨木さんはどぎついことは全く言わない。
    常に極端にならないように生きていると言うか、絶対に他者を否定しないようにしているようだ。

    一番最初の「ジョーのこと」なんて、くらたまのだめんずウォーカーに載っていても引けを取らないエピソードだと思うが、著者はジョーの選択を否定しない。
    しかし、「カッコつけてないで止めてやれよ。馬鹿じゃないの?」とは思わされないように書かれているんだから、すごい。
    悲劇と喜劇は紙一重と感じた。

    解説にもあるように、外国の素敵な友人との交友なんて鼻につくに決まっているのに、気にならない。
    下世話でないのに嫌味がない。

    とても素敵な手元に置きたい本だった。

  • 最後の部分、

    You are not capable・・・・・

    "You are capable."を「あなたならやりかねない」と考えて、そのnotなので、「あなたであってもできない」という解釈をすることにしました。

    日本を訪れた友人が、「人と人が本当に相互理解して、お互いを認め合ったり助け合ったりして生きることや、違う国に住んでいて文化が違ったとしても人が分かり合うことは、頑張ったらできるんじゃないかと考えている(ように予てから見えていた)」作者に対して、「文化の違いは大きいと実感した。アフリカとかに比べれば受け入れやすいだろうと考えていた日本でもこんなに差がある。君がどんなに分かり合おうと思っても文化が違う人に相互理解を押しつけるのは無理だ。そういうのを取り除くのはできないよ。しょうがないよ」
    という半分あきらめ、半分慰めの言葉だったんだと思います。

    あくまで私の解釈です^^

  • 実家にあったのを持ってきて読み。

    ・彼女は自分の信じるものは他人にとってもそうなるはず、と独り合点するところはなく、また人の信じるところについてはそれを尊重する、という美徳があった。(p100)
    ウェスト夫人の温かい人柄。見習いたいわあ。

    ・ただひたすら信じること、それによって生み出される推進力と、自分の信念に絶えず冷静に疑問を突きつけることによる負荷。相反するベクトルを、互いの力を損なわないような形で一人の人間の中に内在させることは可能なのだろうか。その人間の内部を引き裂くことなく。豊かな調和を保つことは。(p115)
    筆者自身の求道者のような姿勢を見習いたいわあ。

    ・できること、できないこと。ものすごくがんばればなんとかなるかもしれないこと。初めからやらない方がいいかもしれないこと。やりたいことをやっているように見えて、本当にやりたいことから逃げているのかもしれないこと。――いいかげん、その見極めがついてもいい歳なのだった。けれど、できないとどこかでそう思っていても、諦めてはならないこともある。(p247)
    人生ってそんなものかもしれない。できないかもしれないけど、それでもトライし続けたい、と思った。


    こんな人が「西の魔女が死んだ」を書いたんだなあー、と思った。他の著作も読みたい。温かいだけでなく、自分に厳しい精神世界と豊かな人間性。求道者のような姿勢。見習いたい。

  • エッセイ…それも、作家さんの書くものは極力読まないようにしている。それなりの理由はあるのだが、それは私的なこととして。

    エッセイなのに、この本には梨木香歩さんの物語が吹き渡る。

    理解はしないが受け容れる。ウェスト夫人の振る舞いを評したこの言葉、梨木氏の言葉選びの正しさに唸ってしまった。

    理解しようとしたけれど理解できない…ではないのである。妥協点を見出そうとしたのではなく、あくまでも能動的な自己主張として、理解はしない。それがウェスト夫人の態度であり、全編を吹き渡る風…梨木氏のモラルなのだ。

    異文化理解、多文化共生は流行り言葉として多くの人々が口にする。しかし、ジョンとの会話の中で、梨木氏は何気なく本質に触れている。

    「分かり合えない、っていうのは案外大事なことかもしれない」

    世界の隅々まで心地よく吹き渡る風。
    梨木香歩さんの体の中には、それがある。

全307件中 1 - 10件を表示

梨木香歩の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
伊坂 幸太郎
梨木 香歩
梨木 香歩
伊坂 幸太郎
有効な右矢印 無効な右矢印

春になったら苺を摘みに (新潮文庫)に関連する談話室の質問

春になったら苺を摘みに (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

春になったら苺を摘みに (新潮文庫)を本棚に「積読」で登録しているひと

春になったら苺を摘みに (新潮文庫)の作品紹介

「理解はできないが、受け容れる」それがウェスト夫人の生き方だった。「私」が学生時代を過ごした英国の下宿には、女主人ウェスト夫人と、さまざまな人種や考え方の住人たちが暮らしていた。ウェスト夫人の強靭な博愛精神と、時代に左右されない生き方に触れて、「私」は日常を深く生き抜くということを、さらに自分に問い続ける-物語の生れる場所からの、著者初めてのエッセイ。

ツイートする