家守綺譚 (新潮文庫)

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著者 : 梨木香歩
  • 新潮社 (2006年9月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101253374

家守綺譚 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 物語の舞台は滋賀、京都の周辺か。琵琶湖に注ぐ水の流れと、自然とともに暮らす懐かしい日本の原風景が感じられる。自然への畏敬と共に暮らしていたはずの私たちの感覚がよみがえる。

    サルスベリの木が人に懸想したり、竜は踊り、小鬼が行き交う不思議な世界。怪異と人が入り乱れ、日常的に存在することをひょうひょうと受けとめながら過ごしていく物書きの主人公。時に異界に紛れ込んだ友人が、当たり前のように掛け軸から出現してくる。まさに奇譚。

    あまりにも異界との交わりが面白く。最後まで一気読みでした。他のレビューにもありましたが、坂田靖子の作品に登場する、常識を超越した友人と、現実からちょっと足を踏み出す主人公の物語にも似た感じ。あの、ほんわかしたシュールな世界は大好きです。

    続編の「冬虫夏草」は図書館で予約中。期待しております。
    久しぶりに坂田靖子のコミックも見てみたい。

  • ようやく読みました!
    レビューを書いてくださったみなさん、紹介してくださりありがとうございます。

    いつもお邪魔させていただく読書ブロガーさんや、ブクログのみなさんの絶賛のレビューにより、いつか読みたいと思って書いた走り書きのメモが何枚も見つかり、ずいぶん前に、アマゾンで注文したものの1年以上放置したまま。
    家の本だとついつい後回しになり、また、すごくおいしいと評判のスイーツをお取り寄せして、期待が膨らみ過ぎたためにがっかりしたくないと食べるのをためらってしまう心境にも似ていた。

    たまたま図書館で借りた本もなく、機が熟した!と決意して手に取ってみたところ、1ページ目からあっという間に梨木さんの世界の虜に!

    著述業で収入を得る青年・綿貫が、亡くなった友人・高堂の家の守をその父親から頼まれたことにより、話は始まる。
    時代は明治の頃か。先代の頃は丹精込めて手入れをされていたであろう庭を持つ和風建築の屋敷に、お隣の奥さんや近くの寺の和尚と付き合いながら、犬のゴローと暮らしている。
    庭の草木の描写を通して、過ぎゆく季節の移ろいや隣人たちとの交流が丁寧に描かれていく。これだけであれば、エッセイ風の小説ということになりそうなところなのだが、草木は心を持ち、意志があり、綿貫の暮らしに小さな事件や彩りをもたらす。そこへ亡くなった高堂が床の間の掛け軸を通じて、こちらの世界にやってきては綿貫とごく当たり前のようにやり取りをし、その上、河童やら、琵琶湖の姫様まで登場するから、ファンタジーに分類されそうだけれど、西洋風にそう呼ぶのは躊躇われる。なぜなら、そういった暮らしが、日本には何十年か前まで当たり前のように存在していたと思わせる筆致だからである。人々が自然がもたらしてくれる豊かさや情緒、更には災害などの脅威まで含めて、「ともにある」ことを受け容れているさまがごく自然に描かれている。

    現代では「河童伝説」というように、日々の暮らしとは切り離されているけれど、恐らく高度経済成長以前までは身近なものだったんだろうなあ。
    端正な文章でありながら、ユーモアも忘れない。
    明治の人々の間に流れるゆったりとした時間や、知性的な会話。選び抜かれた言葉が整然と並ぶすがすがしさ。
    ふふっ、と柔らかな笑みが溢れるのを押さえられない。
    そこには、あたかも外国から取り入れた今風のコミュニケーションという言葉にひとくくりにできない、思いやりや近所付き合いを含んでいる。

    ずい分前にごく小さなゴールドクレストを買って育てていたことがある。本来北の国で育つこの木は、日本の気候では暖か過ぎてあっという間に大きくなった。数年でベランダの天井に届きそうになり、この先持ち出すこともできなくなりそうになったので、当時住んでいたアパートの庭に勝手に植えてしまった。木にも魂があるような気がして、塩とお神酒でお浄めのまねごとをして植え替えたのだが、今はどうなっているだろう。
    DNAが北の地を恋しく思わせてはいないか?
    人間の勝手を少し申し訳なく、思い出した。

  • 100年とちょっと前、明治の頃、琵琶湖のほとりにある和風建築の屋敷に暮らす物書き・綿貫征四郎が綴る自然豊かな、摩訶不思議な、物語。

    ずっと読みたいと思って気になっていた1冊ですが、鳥肌が立つのとも違う、肩甲骨の間がくすぐったくなるような、切ないくらい懐かしくなるような、夢を見ているような、不思議な読み心地でした。これは桃源郷の物語だと言われても頷けてしまうような、描かれているのはなんとも不思議な世界です。なにせ、まだ河童や鬼の存在が信じられていた頃の物語で、自然の「気」を色濃く感じます。

    懐かしさを感じるのはきっと、小さい頃草木にまみれて遊んだ時と同じ自然との距離感を至るところから感じられるからかもしれないですね。小さなコミュニティで不便なことが多くても、とても豊かな世界が広がっているのがわかります。
    作中の表現も普段見慣れないような美しい日本語が並んでいて、新鮮かつわくわくします。ちょうどもう少し先の季節になりますが、「新緑だ新緑だ、と、毎日贅を凝らした緑の饗宴で目の保養をしているうち、いつしか雨の季節になった」なんて表現もすごくきれい。

    たまにひょいと登場する高堂と綿貫の掛け合いも好きです。親しい間柄だからこそ取り交わせる遠慮のない言葉かけが心地よくて。高堂の弱くも孤高で、誰よりも誇り高い人柄も好きだし、高堂側からの物語も読んでみたくなります。

    「西の魔女が死んだ」でも感じたけれど、特定の宗教に対してではないけど自然や祖先に対する信仰心のようなものを強く感じ、そういった部分に感銘を受けたりもしました。一人旅のおともにもいい本だと思います。

  • 梨木作品はどれも大好きだけど、これが一番好き。
    読み終わった後も一時ずっとカバンに入れていて、人待ちなどの少し時間が空いたときに読んでいた。

    一度通しで読み終わったら、どこからでも読めそうなので好きなところから読もうと思うのだけど、結局いつも最初から順番に読んでしまう。

    何が起きても割と淡々としている主人公を取り巻く不思議な事柄がどれも美しい文章で描かれている。

    もう何度も読んだけれど、これからも度々思い出しては読むだろう一冊。

  • なんとも不思議な読み心地の本だ。
    ふわふわしているというか、飄々としているというか。
    浮世離れしているけど、俗世を超越した高みにあるわけではなくて、むしろ土っぽい匂いのする物語だ。
    水面にたゆたう睡蓮みたいに。

    明治時代のとある一軒家が舞台である。
    駆け出し作家の綿貫征四郎は、ふとした縁から、大学時代の親友、高堂の家にひとりで住むことになる。
    高堂は数年前、ボート部の活動中に消息を絶ち、遺体はあがらぬものの既に故人とみなされていた。

    その家では奇怪なことが次々と起こる。
    サルスベリの木に恋慕されたり、河童が庭に迷いこんだり。
    今は亡き(はずの)高堂が、床の間の掛け軸の中からボートを漕いで出てきたり。
    綿貫が珍事・珍客に生真面目に対応する傍らで、季節は淡々と移ろってゆく。
    そういう物語である。

    一種の怪異譚だが、おどろおどろしい感じは全くない。
    河童も竜もカワウソも、はては神々までも、まるで風景の一部のように、何食わぬ顔で日常に溶け込んでいる。
    人々も「そういうものだ」と、ごく自然にそれらを受け入れる。
    知識人の綿貫より、庶民代表たる隣家のおかみさんの方が、どっしりと腰が座っているのが可笑しい。

    百日紅、都わすれ、ヒツジグサ、ダァリヤ…
    日本人の遺伝子に刻み込まれた原風景。
    頁を繰るたび外の喧騒が遠のき、時間がゆったりと流れていく。

    熱いほうじ茶が飲みたくなった。

  • 淡々と話がすすむ。
    坂田靖子の漫画と空気が似ているかなとか、いや漱石とか百閒先生の毒や棘を抜いた感じ?それかモリミーのきつねのジットリとした艶をなくしたような?

    湖で行方不明になった友人の家の守を頼まれた綿貫氏。
    物書きの本分はあまりお金にならないけれど、家守の仕事はなかなか賑やか。
    友人の高堂が掛け軸の中からフラリとやってきたり、サルスベリに懸想されたり、河童や竜田姫の侍女が迷い込み、狸に化かされている。
    「おまえは大体己というものが見えていない。ものごとの機微というもの分かっていない。こんな了見でものを書こうと言うのだからつくづくあきれたやつだ。」
    「まあ、誰でも見えていないと云えばそうなのだが、おまえのようなやつも珍しい。しかしだから僕なんぞを引き寄せたのだろう。」
    と高堂に言われてしまう綿貫氏。
    綿貫氏やこの世界の秘密が最後に明かされるのか?

    季節が移ろう描写が美しく、綿貫氏が目を留める植物や風景がフラリと出かけてみてみたくなる。
    綿貫氏とダァリヤの君もとても気になる。淡々とフワフワと、さて着地した先は。

    「埋めてもらいたい場所…自分の場合はどこだろう、と考える。ふと、思いついて、
    ーーおまえはどうなのだ。埋められたい場所があったのではないか。」
    「その件は果たした。」

    「思い込みというのは恐ろしいな。」
    「だがとりあえずは思い込まねばな。」

  • 続編がでたということで・・・久しぶりに読み返しました。

    よかった。
    静謐という言葉がよく似合う作品でした。静かな気持ちになって、心がほんのりあたたかくなります。
    植物の名前の章題でそれにちなんでお話が進んでいく形も好きだなぁと思いました。

    高堂が出てくる場面はなんとなく可笑しくて少し切ない。湖、雨、ローレライの話もちらと出てきましたが、水と高堂との結びつきがなんとも言えずミステリアスです・・・。

    綿貫が人間、動物に、妖怪(?)、どんな相手に対しても対等に接しているところがよいなと思いました。
    最後の夢のなかでの綿貫の毅然とした態度がかっこよくて、優しくて、力強かったです。

    サルスベリと小鬼がかわいい(笑)
    狸にうっかり化かされたり、高堂にからかわれたりする綿貫もほほえましいです。

  • 「上月君、君は、死、とはどんなものだと思うかね?」
    ソファに座った途端にそんなことを問いかけられたのだから、はあ?と不躾な声を上げてしまっても失礼ではないと思う。
    死。Death。この場合はdiedの方が良いのだろうか?それは生物学的な死か、それとも比喩か。文学には『生と死』をテーマとした作品はそれこそ五万とある。数秒だけ考えたが、都子の望む答えがいまいちよくわからなかった。
    「哲学ですか?」
    「好きに解釈したまえ。生物学上の意味でも、倫理的な意味でも、文学としてのテーマでも構わない」
    「はあ。…死、ですか。まあぱっと思いつくのだと、もう目を覚まさなくて…、とか、葬式とかのイメージですかね」
    「ふふ、まあそんなものだろうね」
    にやにやと笑いながら都子が差し出したのは一冊の文庫本だった。太い青竹から小さな雀が顔を覗かせている素朴な表紙である。ごく薄い文庫本で、一日もあれば読み終わりそうだった。とても『死』だとかそういう物騒なテーマを扱っている本には見えない。
    「家守綺譚」
    簡潔なフォントで記されたタイトルを読み上げると、都子は実に満足そうに笑って、テーブルの上の茶を指し示した。
    「飲みたまえ。今日のお茶は日本茶を用意したよ」
    確かに机の上には言われたとおり、素朴な湯呑に鮮やかな新緑色の液体が満たされていた。文庫を机に置き茶を口に含む。からりとしたどこか懐かしい味が口内へと広がる。
    「旨いですね」
    「ヨモギの生茶だよ。穂先を摘んで熱湯にくぐらせたものだ。家守綺譚を読むのなら、こういった古くからある民間の茶が良い。素朴であり、親しみ易く、手頃な存在でいなければ」
    「はあ」
    ず、と音をたてて啜ると、鼻の先に特徴のある香りがぬけていく。なるほどこれはヨモギか。初めて飲む代物だったが意外にもクセはない。
    「さて、先ほどの命題だけどね。深い意味はないよ。――――…ただ、そう、例えばね。私が既に死んでいる存在だとしよう」
    「はあ?」
    「例えば、だよ。例えば。今ここにいる私はすでに死んでいるのだ。母から貰った肉体はすでに朽ちて存在しなくなっている。けれど今こうして君の目の前にいる私はこうして喋っていて、君が触ろうと思えば触ることができる。この場合、私の死という定義はどうなると思う?」
    「…質問の意味がよくわからないんですけど。それは生きているという状態と変わらないですよね」
    「ふふ、この物語の本質はね、そこだよ」
    「はあ」
    「この物語は明治後期を舞台とした連作短編だ。主人公はとある片田舎に住む貧乏小説家だ。彼自身はなんの不思議もない人物だが、彼の周囲には少々変わり者が多い。例えば、庭に咲くサルスベリの木。彼女は主人公に懸想している。彼が飼っている犬は近隣で人格者と評判だし、近所の和尚は信心深い狸と知り合いだ」
    「…そういう人種と知り合いってだけでなんの不思議もない人物ではないですよね」
    「そうかい?そしてね、極めつけは彼の親友だ。高堂、という名前で、主人公と大学の同期なのだけれどね。数年前に死んでいるはずなのに、ほとんど毎話登場して、主人公と会話をして去っていく」
    少し、考え込む。それは、さきほど彼女が健太にした例え話に似ているような気がした。
    「死んでいる――――…とう事は、この物語ではさしたる障害ではないのさ。生と死、種族の差、そんなものの垣根がごく薄い世界の物語だ。古き良き今昔の民俗の描写は実に美しい。――――…神秘がごく当たり前に隣に存在する世界の日常の物語、とでも称するべきだろうね」

  • 100年前の日本が舞台。まだ人と自然、神様や人外のもの達が近くにいた時代の話。
    風景や空気感まで見事に想像できる素晴らしい文章。木や花も全て今の日本にあるもので、春夏秋冬が手に取るようにわかる、日本人として大切に大切にしたい素敵なお話です。主人公の守っている屋敷や庭のレイアウトを想像するのも楽しいです。
    ベスト3の中の一冊に選ばせて頂きました。

  • 『冬虫夏草』を読む為に再読。再読だからパラパラとでいいかなと思っていたけど、そうさせてくれないのがこの作品。ひとつひとつの文に惹きこまれる…
    綿貫は亡くなった親友の父に家の守を頼まれる。
    そこでは、亡くなった親友を始め小鬼や河童など様々なものが出没する。
    それらを、みなそういう土地柄だからとすんなり受け入れている様が面白い。
    また、四季折々の美しさも感じられる。今年はいつもと違う気持ちで桜を見る事が出来た。
    美しいだけではない何かを感じた。いじらしさや神秘さか。桜鬼を探したり。
    最後の綿貫の決断天晴れ!

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庭・池・電燈付二階屋。汽車駅・銭湯近接。四季折々、草・花・鳥・獣・仔竜・小鬼・河童・人魚・竹精・桜鬼・聖母・亡友等々々出没数多…本書は、百年まえ、天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねてる新米精神労働者の「私」=綿貫征四郎と、庭つき池つき電燈つき二階屋との、のびやかな交歓の記録である。-綿貫征四郎の随筆「烏〓苺記(やぶがらしのき)」を巻末に収録。

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