沼地のある森を抜けて (新潮文庫)

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著者 : 梨木香歩
  • 新潮社 (2008年11月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (523ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101253398

沼地のある森を抜けて (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • ぬかどこから始まる命と愛の物語。

    さあ、困った、という小説だった。梨木香歩の小説は、『西の魔女が死んだ』はまだすっと入りやすいけれど、『裏庭』『家守奇譚』みたいに、物語を掴んでうまく入れるまで時間がかかるものがある。現実(今)と不思議(とか昔とか)の層が混ざってしまっているのが理由。小説を読みなれていない人が挑戦したら挫折しそうな、何重構造。それが梨木香歩の魅力でもあるけれど。

    今回も戸惑った。特に三回挟まれている「かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話」は。これを解釈して正解を出すことはナンセンスだな、と最後まで読んで思った。これが未来なのか過去なのか別次元なのか、考えてもわからない。本編(久美の話)とどんなつながりがあるのか、考えてもわからない。でも、イメージは浮かぶ。とても繊細な絵。

    最初はジェンダー的な話かと思った。そういう解釈をしてもいいかもしれない。でも違う。男がどうだとか、女がどうだとか、性とか命とか愛とか、なんだかそういう現実世界のぐだぐだしたものを超えたところに結末が行ってしまったので、ジェンダー的視点で読もうとするとぽかーんとしてしまう。とにかく不思議だ。単純な「命の大切さ」を訴える話とも言えない。命はかけがえのないもの、そんなことは導けない。むしろ、「私」というものが揺らいでいく話。

    他の誰とも違う「私」は、なぜ「私」なのか。そもそも「私」なのか。私は「私」をすべてコントロールしているのか。私はどこから「私」なのか。ルーツとか自分探しとか、アイデンティティを考える時期があるけれど、本当は、誰も確信を持って「私」なんてつかめていないのではないかと思う。揺らぎない「私」のふりをしているだけで。

    絵本で『ぼくのニセモノをつくるには』というのがあるけれど、自分を定義するには、かなり細かい情報が色々あって、でも、それをすべて並べたとしてもまだ「自分」を作ることはできない、そう思いたいのだ。私がどこかの「私」のコピーだなんて、思いたくないけど、「私」がここにしかいない、唯一絶対のもの、自分で作り上げた「私」でしかない、という証明はできない。ただ証拠もなく、私は唯一絶対の「私」なんだ、と信じていくしかない。だって、それを突き詰めようとしたら、受け止めきれない。だから、この小説も消化しきれなかった。

    消化しきれないことが、この小説の魅力だと、今は思う。歳をとって、結婚したり、子どもを持ったりして、自分の状況が変わればまた違う感想が生まれてきそうなので、いつかまた読みたい。

  • これほど「シ」を美しく描かれることはあるだろうか。

    代々受け継がれてきた「ぬか床」という「ダサい」ものを囲んで次々と現れる「命」。この根源のある「沼」に辿り着くまでに、様々な人や歴史をたどっていく。
    これほど古臭いものが美しいラストを描けるって素敵。


    私は恋愛に「褪めて」しまった人が振り回される話がとても好きみたい。

  • ぬか漬けが恋しくなる初夏の頃に読みました。
    自己はどこまで自己か他者の介入が本当にないと言えるか…レイヤーの様に他者が重なった自己は自己か?竹藪の竹の様に見えてる部分は一本一本だけれども根は一つなのではないか?
    象徴的なものが繰り返し出てくるのでそれが何かはわかるんだけど。うーん。
    相変わらずこの方の文章は家の中に集約していく様で外を向いてる。そして人間以外の気配が多いなと。この雰囲気は好きなので楽しめました。

  • 代々受け継がれてきた「ぬか床」を譲り受けたときから始まった奇妙な出来事。いるはずのない人が現れ、奇妙な出来事がつづき、そしてついに彼女は先祖の土地へそのぬか床へ返しに行くことを決意してゆく。
    ぬか床、という鍵そのものから独自性を感じますが、奇妙な成り行きな話はユーモア交じりの描写も含みつつ穏やかに丁寧につづられていきます。その静かな説得力にほだされてか、いつの間にかしっくりとその「非現実」を受け入れて読み込めるようになります。
    ぬか床が抱えていた自分たちのいわれの深遠さは、くらりとするほど生命の根源にも迫るとてもダイナミックなものです。それに相対する終盤の場面ではこんな根源の問題にこれだけ真摯にアプローチするのか、という感銘を覚えました。
    形のみえないもの、今現在ここにないものにたいして、これだけの想像力を発揮してそして面白く読ませるという描写力を思い知った物語でした。

  • 久美の女性性が希薄なところに好感をもって読み進めたが、カッサンドラの登場によって久美の深層が露わになり、読んでいて切なくなった。
    そしてシマの話を経て、男性性を捨てることにアイデンティティを抱いた風野の登場により、この本のテーマの1つが生殖であることが察せられた。
    ファンタジー的な部分や難しい菌や酵母の話はさておき、性別から逃れられない二人が有性生殖や無性生殖について真剣に考えるところに、この本の面白さはあると感じた。
    そして淡白な久美の一人称でつづられるラストの流れで、こんなにドキドキするとは思わなかった。とてもロマンスがある描かれ方だったと思う。
    そしてラスト2ページは、これまでの淡白さが嘘のような暖かさで、3度繰り返し読み、本を閉じた後に思わず涙が出てしまった。

  • ぬか床の怪異から物語がこんな風に転んでいくとは。菌の話だけでも、その多様さが興味深かったけれど、さらに、男性性・女性性のこと、生命の源泉とつながり、深いなぁ。深すぎて少し、あっぷあっぷ。少し時間を空けて、もう一度、この深みに入ってみよう。

  • こんな小説も書けるんだとびっくり。
    通俗的なこと、科学的なこと、哲学的なこと、宗教的なこと、色々な要素が見事につまって、でもバラバラにではなく一つの方向へ結実している稀有な本。菌類がすごく気になってきた。
    循環と更新、生と死といったテーマは作品が違っても通奏低音のように流れていて、この著者の作品を短期間のうちに読んでるからこそ感じられるものだなぁと思った。集中して一人の作家を掘り下げていくのも、やはり面白い。

  • 全ては、細胞の見た夢。

    遺伝子を運ぶ船、種が生き残るための戦略の一つ。
    それよりもっとスケールの大きいはなし。

    今生きていること全てが、最初の1つが望んだことの結果かもしれない。
    それは、ある意味では「私」の「生」自体を揺るがすような事実かもしれない。


    なのに、語られているのは、絶望でもなく虚無感でもなく、希望だ。
    孤独は、他を求めることの原動力。
    孤独は、他への愛の原動力。
    そのことは、私だって知ってるんだ。


    まだ、全てを飲み込むには未熟だ。
    時間をおいて、全てを飲み込んでみたい。

  • 物語は、たかが台所の隅に置いてあるようなぬか床から始まるくせに(とはいえ、普通のぬか床ではないのだが)テーマが壮大で、視野の狭い私にはうまく消化できない。

    物語の途中に突然入り込んでくる不思議なシマの世界や、ぬか床自体も色々なものにシンボライズできそうで、あれこれぼんやり考えていると散漫になって、感想を書こうにもまとまらない。

    生命の営み、 宇宙のはじまり、 破壊と誕生の輪廻、 自我というもの、 自生や寄生について、 進化、など。
    何年後かにもう一度読み返したら新たな発見があるのかも・・・。

  • ぬか床から始まる物語。そこからまさか、微生物レベルの話になるとは思わなかった。
    そもそもぬか床を話の主柱に置いた話に出会うのが初めてかもしれない。

    「おなじぬか床はふたつとない。しかもそれは変わりつづける。あとから少しづつ違うものが加わることで、オリジナリティが更新されていく。」というのが良い。人や個、も同じ。
    私は父の繰り返しでも、母の繰り返しでもない。

    私たちにまとわりつく「孤」の原点は宇宙で初めて現れた細胞の持っていた孤独。ひとつのものから分裂して出来たそれぞれの個も、少し離れてみるとすべては大きく、緩やかにひとつのものとして考えられる。

    かなり壮大な物言いにも思われるけれど、この解釈はなんだか好きだ。
    自分というものをポイ、と呑気に手離してしまえるような気持ちになる。

    フリオが自らを沼の人ではないか、と言い出すシーンと、
    島の村に向かう車中でのシーンが特にすき。
    だんだんと増殖する細胞のように、
    広がりをみせる久美の物語に
    ぐっと引き込まれる。

    そこまで甘すぎず、ファンタジック過ぎない本作、梨木さんの作品の中でも特にお気に入り。

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沼地のある森を抜けて (新潮文庫)の作品紹介

はじまりは、「ぬかどこ」だった。先祖伝来のぬか床が、うめくのだ-「ぬかどこ」に由来する奇妙な出来事に導かれ、久美は故郷の島、森の沼地へと進み入る。そこで何が起きたのか。濃厚な緑の気息。厚い苔に覆われ寄生植物が繁茂する生命みなぎる森。久美が感じた命の秘密とは。光のように生まれ来る、すべての命に仕込まれた可能性への夢。連綿と続く命の繋がりを伝える長編小説。

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