日曜日の読書 (新潮文庫)

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著者 : 阿刀田高
  • 新潮社 (1998年4月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (300ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101255224

日曜日の読書 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 小説の読み方を教えてくれる。

    阿刀田氏の文章は本当に簡潔でわかりやすく、力強さを感じる。そして癖がない。その癖のなさが良いのか悪いのか。特徴があんまり感じられないんだけど、だからこそ内容で勝負できるのかも。

    この人の小説も読んだことがあるけど、どちらかというと小説よりもエッセイとかこの本のような「教養書」「解説書」の方が遥かにレベルが高い。でも著作は圧倒的に小説が多いんだよな。。

  • 阿刀田高 『日曜日の読書』
    第1章 芥川龍之介『羅生門』『藪の中』の「説話から小説」への中の解釈に疑問点があります。(P.24)
    それは、゙摂津ノ国辺ヨリ盗セムガ為ニ京ニ上ケル男゙について、著者は「大阪から京都へ泥棒になろうと思って出てくる人なんてめったにいるものではない。」(P.24)とし、芥川がこの点をトリミングして「最近まで京都でやとわれていたのだが、首になってしまった。」つじつまあわせをしたということです。
    まず、泥棒になろうとして京へ出てくるということはないということですが、この部分は、男が困窮してしまい、泥棒でもしようと思って京へ上ったと素直に解釈して良いのではないでしょうか。大阪から京都へということにこだわりがあるのかもしれませんが、原文の摂津は、現在の大阪と解釈するから少し違和感がでるのかもしれません。
    摂津は、現在の地名は尼崎から吹田あたりであり、吹田から京都へはそんなに遠い所ではないと考えられます。東京で考えてみると、立川、八王子や三鷹、吉祥寺あたりで、金に困って犯罪に手を染めようと思って、新宿や渋谷に目星をつけても不思議ではないと考えられます。
    次に、゙摂津゙と原文で指定しているのは、それなりに意味があると考えるのが普通ではないでしょうか。「西から京へ」とか「東から京へ」とではなく、わざわざ地名がいれたのには、「東から京へ」だとストーリーの意味が全くかわってしまうと考えられるのではないでしょうか。京より東であると、今昔物語集にもでてくる「坂東」であると、粗野で野蛮なイメージがあると考えられます。その土地から京へ上ってきた人間が、原文にあるような所作をした場合、別に驚きとか不思議ではなく単なる話になってしまいます。説話だからそれでよいのかもしれませんが、原文作者は西の方であり、また、それほど遠くない゙摂津゙を指定したのではないでしょうか。
    「つじつま」あわせのために芥川がトリミングしたのではなく、トリミングの問題は別にあったのではないでしょうか。

    本の読み方を参考にするのには、うってつけの1冊でした。

  • この間古本屋に行って見つけました。
    面白そう、と思って買ってみましたよ。

    9章からなる本で10作品取り上げられております。その中で自分が読んだことある作品は6作品。多いんだか少ないんだか。なるほど、こういう考え方もあるんだ、とかこの辺りは自分と考えが似てるかも、と楽しく読みました。

    深い河は読んだ。うん。あらすじを読んでそうそう、こんな話だった、と思いました。キッチンは…自分は別にどうとも思わない話でした。荒唐無稽で取りとめが無いというのか。大江健三郎は死者の奢りと飼育くらいは一応読めたなあ… 何冊か難しくてギブアップした思い出があります。安部公房の砂の女と箱男はすごく好きです。砂の女はものすごい磁力を感じる作品でした。あっという間に読んでしまった思い出が。

    確かにノーベル賞作家でも自分の感性に合わない作品は読まなくて良いし、大衆作品といわれても面白ければ読めば良い。もっともなお話なのです。
    それにしても冒頭の活字離れには苦笑です。そうか、昔の純文学ってそんなに売れなかったんだ…笑

  • 著者の観点から見た所なるほどと思わせてくれた。宗教から古典、現代の物語。様々な点でうならせてくれた本であった。

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