雪の練習生 (新潮文庫)

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著者 : 多和田葉子
  • 新潮社 (2013年11月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101255811

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雪の練習生 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 大変おもしろかった。サーカスの花形で自伝を書いた祖母。その娘のトスカ。動物園の人気者の孫のクヌート。これら主人公は人間ではなくホッキョクグマ。シロクマ三代記を旧ソ連から東ドイツ・ヨーロッパの現代史を背景にマジックリアリズムの手法で描いた内容。

    全篇が移民文学だなあ、とか、社会主義とサーカス、動物愛護や環境保護をめぐる問題や幼児が言語を獲得していく過程など、小説細部に踏み込むほど様々なテーマが重層的になっている。
    そのなかでも興味をもった点が3つ。

    1)歴史
    2)マジックリアリズム
    3)言語

    1)祖母は自伝を書いたせいでソ連を追われて西ドイツに亡命する。(その後もカナダ→東ドイツへと亡命)娘のトスカは東ドイツのサーカス団員でペレストロイカや東西ドイツ統一と関わる。現代世代である孫のクヌートは動物園の人気者で地球温暖化防止のシンボルにされ、環境問題と関わる。
    白熊三代クロニクルを通して浮び上がるのはシロクマでさえ歴史や政治の外では生きられないということ。(いわんや人間も)シロクマを書くことが歴史を書くことにつながっている。これが物語の背骨になっていて読ませます。


    2)マジックリアリズムを一言で説明することは難しい。極論でむりくりに言うと、<ありえないことをもっともらしくみせる表現技法>と言っておきましょう。
    で、この小説の場合、サーカスの芸はもちろん熊がしゃべったり自伝を書いたりする。こうしたありえないことをもっともらしくしているのがクマを取り巻く人間との関係性や旧ソ連・ドイツの歴史や移民の話、環境保護などの現代性を語ることでシロクマ三代記物語をリアルにしている。


    3)で、これに関連してもうひとつが言語めぐる話。例えばクヌートの章。クヌートは母のトスカに育児放棄され人間に育てられた。生まれてミルクをもらう瞬間の描写からストーリーが始まる。クヌートは自分のこと「クヌート」と三人称で呼んでいたが、動物園での生活や人間と関わって成長するうちに「わたし」という一人称を獲得していく。こうした成長過程の描写が独特でおもしろい。
    クマがしゃべるとき、そこでのクマの意識はどうやって言語で表現されるのか。あるいはクマに関わる人間の意識や言葉はどう描写されるのか。ここが多和田さんのおもしろさで、言葉にこだわり巧みな比喩表現でクマの世界を記述していく。
    ユーモアもたっぷりだ。シロクマ三代記はクマの視点から世界をみているので、人間とのズレがある。このズレが可笑しみを生み、反面クマからみると人間はこんなに滑稽で愚かな生き物なのかと読んでいるこっちが悲しくなる。


    多和田さんの物語世界はホント不思議で読ませる。シロクマ語がわかるんじゃね?と思えるほど。読むうちに喋るクマが実在するんじゃないか、実際に自伝書いたら読みたいな、と思えてくる。

  • 不思議で、おもしろい話だった。

  • 表紙絵がすでにネタバレだし、帯にもしっかり「ホッキョクグマ三代の物語」って書かれちゃってるんだけど、できることならそういう予備知識なしに、読んでみたかったなあ。書き出しは妙にエロティックにも受け止められる文章で、いったいこの主人公は何者なんだろうって色んな想像をしながら正体を知っていくワクワク感、すごく味わってみたかったのだけれど。

    収録されているのは「祖母の退化論」「死の接吻」「北極を想う日」の3編。祖母、母、息子、と三代にわたるホッキョクグマの伝記なのだけれど、時代が現代になるにつれわかりやすく(というか動物が動物らしく)なってゆくので、もしかして逆から読んでいくというのも面白いかも。

    最後の「北極を想う日」の主人公クヌートは、どうも名前に聞き覚えがあると思ったらベルリン動物園に実在した白熊ちゃんで(2006-2011)、日本でも可愛いとニュースになっていた記憶が微かに。基本設定は父母の名前や母熊トスカに育児放棄されて人間に育てられたことなど実際のクヌートと同じ。動物園のアイドルとして生きたクヌート視点で書かれた文章は、まるで童話のよう。基本的には人間と会話したりはしないし、奇妙な出来事もほとんど起こらないので、これだけ独立した作品として読んだら、これが本当に多和田葉子?って思うくらい素直に可愛く一般ウケしそうな。

    しかし個人的に一番好きなのは、クヌートの祖母にあたる「わたし」が自伝を出版する「祖母の退化論」。なぜか彼女の世代では、芸のできる熊はまるでアスリートか芸能人のような扱いで、ショーを引退後は、いろんな会議(人間の)に呼ばれたり、なにがしかのキャンペーンのイメージキャラクターみたいなのをつとめたりもする。彼女は普通に人間の言葉を喋り、自伝を書いてオットセイの編集長がいる出版社に持ち込み、人気作家になったり、あげく作品のせいで亡命したりする。それを何かのアレゴリーだとか考えずに、ただただ奇妙な世界を受け入れていくのが私は面白かった。

    クヌートの母トスカが主人公の「死の接吻」は、サーカスで生きたトスカと、彼女と心を通わせた人間の女性との物語で、これもかなりヒネリが効いていて面白い。3作それぞれに違う魅力があり、わからないようでわかる、不思議な1冊でした。

  • 最後まで読んでない。
    外国人の名前が覚えにくくて誰が誰だかわからんし
    亡命、西東とか時代背景もよく分からず、
    ずーっと暗い感じで、読みにくい。

  • 自伝を書きつづける「わたし」。
    その娘で、女曲芸師と歴史に残る「死の接吻」を演じた
    「トスカ」。
    そして、ベルリン動物園のスターとなった
    孫の「クヌート」。
    ホッキョクグマ三代の物語。

    読み始めて、(この作品の終着点はどこだろう)と
    考えたが、それは違った。
    終着点など、いい意味でどこにもなかった。
    ホッキョクグマと人間の信頼関係に
    フワフワと漂いながら読み進めた。

    難しいことを考えず読むのがいちばんいい。

  • しろくまの三代にわたる短編で、あっという間に読み終わった。人間なのにクマの目線らしくかけるのはすごい!本当にクマが書いているものを読んでいるような気分になった。この気持ちを忘れる前に動物園に行ってしろくまにあいたい。

  • 北極熊3代の物語。最初は熊ってわからなかった。祖母の窮屈なベルリン生活の描写がよかった。トリエンナーレで著者の展示を観て手に取る。

  • 言葉のすべてが愛おしい。

  • サーカス北極グマからの3代記。

    人と北極グマ、私と三人称が入れ替わり、サーカス、会議、文学、動物園と社会主義と様々に織り込まれた摩訶不思議な物語世界。

    こんな作家さんがいたのかあ。

  • 「わたし」を介して混じり合う、遠い過去と現在、動物と人間、北極と現在地。
    書くことは不気味なこと。自分の居場所を失わせ、彷徨わせる。

  • 読書会の課題本。緻密に計算された叙述法も面白いが、ところどころにユーモアがあるし、メルヘンチックな雰囲気のシーンもあって、楽しく読めた。

  • 現実と虚構の間を飛び越えて私とあなたが反転し三人称が一人称に鮮やかに入れ替わる。
    多和田さんの作品は読み手の立つ場所をグラグラと揺さぶって翻弄させるのだけど、それが気持ちよくて癖になる感じ。
    ホッキョクグマ、三代みんなとても可愛い。
    実際のクヌートのことを調べてから読見返したら、楽しさと悲しさが増してしまった。

  • すごく不思議な話で、読後はなぜか切なくなりました。

  • 装画:庄野ナホコ

  • ホッキョクグマの三代記。
    社会で働き、ヒトと触れ合い擦れ合い、戸惑い思考し愛着するクマたちの姿はユーモラスだけど無垢な情趣に満ちていて、こちらの心を無防備にさせた。
    彼らの存在の寄る辺なさは、亡命疲れをおこすほどの祖母の越境劇に始まり、動物園の檻の中から出られぬ孫クヌートの北極への思慕に収束していく。この対比。
    祖母の叙述は機知に富み逐一笑いをさそったのに、クヌートの最後の一文に至る頃には目頭が熱くなっている。この対比。
    理知的なばかりでなく温みをも感じさせる筆致。なんと鮮やか。
    時間、空間、事実と幻想、主体と客体の展開も自由自在。すべてが鮮やか。良い読後となった。

  • なんどでも読める。しろくま可愛いし。

  • 幻想的なお話だった。
    すき。

    留学前に恋人が選んでくれた本。
    ドイツ語圏に行くし、ということでサラッと多和田葉子を選ぶ彼が好きだ。

  • ☆5 水無瀬
    無類の面白さ。多和田葉子がこれまでに試し続けてきた実験が満開に花ひらき実を結んだ作品と思う。小説fictionが虚構fictionであるがために成立した完璧な小説。

  • 何とも不思議。
    まるっと作り話,分かっているけど
    白熊を見る目が変わってしまったと思う。

  • 最初はちょっと読みづらかったけど、二話目からどんどん面白くなっていった。集中してきたというか。実在したシロクマの年代記、という感じかぁ、と思いつつ読んでたけど、それだけでは括れない不思議な感じ。後半特にリズミカルな文章になっていって、読むこと自体が楽しくなる。かなり私に合うということだと思う。他の作品も読んでみたい。

  • 冷戦時代、冷戦末期、そして冷戦終結(ベルリンの壁崩壊)後にかけての、ホッキョクグマ三代記。ファンタジーと思われるかもしれませんが、ファンタジーではありません。政治と芸術、ひいては人生についての物語です。
    ホッキョクグマは芸術家の象徴であり、政治に翻弄される存在です。動物園で暮らす三代目のクヌートは、本当の意味での芸術家ではありませんが、人間の都合で愛され、そしてそっぽを向かれる点で、翻弄されていることに変わりはありません。儘ならない暮らしを強いられながらも、ホッキョクグマたちは誇りを失わず、生をまっとうしようとします。その姿には神聖ささえ感じられました。同時にどんな環境にあっても、誇りを失わずに生きることはできる、そんなメッセージが込められているように思いました。

  • memo:表紙のシロクマにつられて購入した「雪の練習生/多和田葉子」を読み終えた。読んでいて気付いたのは、私の中で「シロクマ=オス」と勝手に認識していたこと。フランス語の名詞に男性女性があるように、私個人の中で無意識に分類された男性的なものと女性的なものがある気がしてきた。

  • 読書とは物語なり言葉なりに身を浸すことだと思い出す。ソファに沈み込むことと似ている。
    解説まで読むこと。

  • 「白くまのクヌート」

    と言えば、日本でも耳目を集めた愛らしい姿を覚えている方も多いはず。
    ベルリン動物園で育児放棄した母熊の代わりに、飼育員の手によって育てられたあのホッキョクグマ…。

    おそらくその「クヌート」にインスピレーションを得た、ホッキョクグマの三代記。
    時代も第二次世界大戦後の東西対立の時代からソ連の崩壊、現代に至るまでと大きく変化する。
    この時代の「大きなうねり」が物語の屋台骨となり、環境保護や動物愛護、性的マイノリティなどの現代の社会問題も随所に顔を出す。
    ただこの物語を「動物の目を借りた人間社会批判」と結論づけてしまうのはなんだかもったいない気がした。

    作中でほとんど生身の接触を持たないこのホッキョクグマの親子たちはただ「書くこと」「語ること」によってのみつながっている。
    曲芸を身につけるように人間の言葉に触れ、身につけていったこのホッキョクグマたちの言葉に対する新鮮な感覚や合理的な態度こそが、この物語をユニークなものにしていると感じた。

    最後に。
    佐々木敦さんによる「解説」を読んで、クヌートが2011年に死んでいたことを知った。
    物語のもうひとつの結末を見てしまったような思いで、悲しい。

  • 「わたし」「トスカ」「クヌート」の親子3代が主人公の物語。普段はうかがい知ることの出来ない、ホッキョクグマの目線から描かれているところが非常に新鮮。

    ソ連でサーカスの裏方をしながら自伝を描く「わたし」。人間女性のパートナーと組んで、東ドイツのサーカスで活躍する「トスカ」。そしてベルリン動物園の人気者「クヌート」。物語の舞台である共産圏での生活の様子も、とても興味深い作品だった。

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雪の練習生 (新潮文庫)の作品紹介

腰を痛め、サーカスの花形から事務職に転身し、やがて自伝を書き始めた「わたし」。どうしても誰かに見せたくなり、文芸誌編集長のオットセイに読ませるが……。サーカスで女曲芸師ウルズラと伝説の芸を成し遂げた娘の「トスカ」、その息子で動物園の人気者となった「クヌート」へと受け継がれる、生の哀しみときらめき。ホッキョクグマ三代の物語をユーモラスに描く、野間文芸賞受賞作。

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