- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101276335
感想・レビュー・書評
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一つの題材で全く違った結果の2つの物語。中心となるのは手に触れた物から、それに残る記憶を読み取る能力をもった古川真也。
最初の物語では、真也とカオルの関係は単なる同僚。何故かカオルの元父親との20年振りの出会いに立ち会うことに。カオルの母親も突然参加し、違和感だらけの出会いに。母親が立ち会ったのには深い理由があり、その切ない秘密に感動させられる。
次の物語では真也とカオルは婚約者同士。20年振りに父親と会うのは同じなのだが、これがどうしようもない見栄ばっかりのフーテンの寅さんのような父親。カオルは反発し、父親は真也の家に居候。真也の能力で父親の秘密を知る。カオルと父親の関係も変化するのだが、父親の印象が悪すぎて、なかなか入り込めない。
最初の物語の方が、自分に合っていたように思う。
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昔、昔、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
あなたはこの先にどういう物語を期待するでしょうか?おじいさんが田んぼの横を通れば罠にかかった鶴を助けて恩返しをしてもらえる未来が待っているかもしれません。『ここほれ、ワンワン』という犬を信じて庭に穴を掘れば小判がザクザク出てくる未来が待っているかもしれません。そしてまた、おばあさんが川に洗濯に行けばドンブラコと流れてきた大きな桃を拾うことのできる未来が待っているかもしれません。同じ設定でも、そこに続く未来は物語の数だけ存在する。無限の可能性を持った物語という世界。でも、もう少し具体的に条件を設定したとしたら。そして、一人の作家がその設定を元に二つの作品を書いたなら。果たしてそこに続く未来には、何が見えるのでしょうか。
『打ち合わせを一件終えて編集部に戻った』時にA4サイズの郵便物が届いていることに気づいたのは出版社で編集の仕事をしている古川真也。差出人はかつて自分が担当していた年配の男性作家・麻井辰夫。封筒を開け、中のゲラに触った真也は突然『切れるような痛みが走った』のに驚きます。『どうしたの、真也』と心配する同僚のカオルに『大丈夫。静電気かな』と答える真也。『怪我の跡などない』という真也。でも『まるで指先を切ったかと思うほど鮮烈』な痛みを感じていました。原稿を読んだ真也は『あのぅ、私、何かやっちゃいました?』と呑気な後輩の山内に『自分がどういうことしたか、分かる?』と問います。『ひりつく痛みがまた蘇った』真也は、担当の山内が校正原稿に書き込んだ、作家を傷つける無神経な一言について指摘しました。『ど…どうしよう、私、たいへんなことを…』とようやく自分が犯したミスに気づく山内。真也が仲立ちをした結果、どうにか一件落着しました。『何かに触れたとき、不思議なものが見えたり聞こえたりすることが幼い頃からよくあった』という真也。初めてその力を感じたのは『祖母が持っていた古布をはぎ合わせた巾着』でした。『白い女の人、泣きそう、大丈夫?』と女の人がその瞬間見えたという真也。若き日の祖母が嫁入り前に不安でたまらない日々を送っていた姿だと判明します。『どうやら「霊感が強い」』子であると認識された真也。やがて様々な経験の繰り返しの中で『力で感じ取ったことをやたらと吹聴しないということもそのうち覚え』ていきます。そして編集者になった真也。作家と接する中で『彼らは感情の量が普通の人より圧倒的に多い』ことから、自身の能力が自然と活かせ『天職だったかもしれない』と思う一方で、『何かの拍子でこの「余分な」力がなくなったら、自分は無能に成り下がるのではないか』という不安も抱きます。そして、そんな自分と対象的な同僚のカオルに意識が向いていきます。
『真也は30歳。出版社で編集の仕事をしている。彼は幼い頃から、品物や場所に残された、人間の記憶が見えた。強い記憶は…』という物語の前提となる7行の文章。この前提を使って、展開、結末の全く異なる二つの作品が一つの本に収録されているというこの作品。それ自体とても面白い試みだと思いますが、この作品で取り上げられている舞台設定が更に絶妙だと思いました。主人公は作家から原稿を集め、校正する編集者です。有川さんにも当然担当の編集者がいるはずですから、この作品では、そんな普段の自分の仕事上のパートナーのお仕事を描いていることになります。しかもトラブルになった相手の作家は『猫好き』です。作家は『俺は猫を亡くした痛みが分からん人間とは仕事はできんよ』と山内を責め、これを仲立ちしていく真也。そして、そんな真也はこう語ります。『編集者にとって一番大切な仕事は物語に寄り添うことだ。物語に寄り添い、登場人物に寄り添い、物語が望む結末を探す。編集者は作家の示す世界において、そのための探訪者であらねばならないのだ』。私は編集のお仕事というもの自体全くわかりませんが、この作品自体が、有川さんと担当の編集者の方とのやり取りで出来上がったものであることを考えると、有川さんからこの原稿を受け取った担当編集者の方はその時何を感じられたのか?これは是非聞いてみたいと思いました。実に微妙な感覚ではないかと思います。また、本にクレジットされるのは作家の名前だけですが、この作品に書かれているようなことがあるのであれば、一冊の本が出来上がるまでに編集者の方が果たされる役割はとても大きいんだな、と普段見えないお仕事の世界にもとても興味が沸きました。
収録されている二編のそれぞれは120ページ程度ずつの短い作品ですが、とても印象的な表現が出てきました。二つあります。一つ目は『死者の思いは遺された者が決める、と僕の敬愛する作家が言っていました。死者を荒ぶる者にするのも安らげる者にするのも生者の解釈次第だと』というものです。もし、お父さんが生きていたら、こう言うんじゃないか、というような言い方を無意識のうちにすることがあるように思いますが、この表現はまさしく言い得ていると思いました。あくまで主体は我々生者の論理に過ぎない。二つ目は『親は立派な人であるべきだっていうのは、子供の幻想だ。親も単なる人間だから。人間は迷うし間違うし卑しい。親だって迷うし間違うし卑しい』です。こちらは子どもから見た親についてです。世の中には本当に色んな親がいます。尊敬する人は誰?と子どもに聞いて、お父さんです!お母さんです!と答えることをもって美学と考える時代は終わったと思いますが、そもそもこの『尊敬』というその言葉、その言葉自体が持つイメージに我々は単純に囚われてはいけない。親にも色んな側面があって、自分と同じ人間に過ぎないんだということ。こちらもなるほどと思いました。
作家さんは担当編集者との作業を通じて、数々の可能性の中からひとつに絞られた結論としてひとつの作品を我々に届けてくれます。しかし、実際にはボツになった無限に展開する可能性を秘めた物語がそこには存在していたはずです。我々が普段その可能性の世界、パラレルワールドの世界を知ることはありません。図らずもそんなパラレルワールドな作品世界を目にすることができた貴重な作品。本来見ることのできなかったはずのパラレルストーリー。ただ、前提設定がとても面白い分、二つじゃなくて、ひとつを長編として読んでみたかった、そうも感じたとても可能性を秘めた作品だと思いました。 -
短編パラレル小説。2篇。
同じ登場人物から生まれる異なるストーリーを楽しめました。主人公の真也は特殊な能力を持ち、相手の記憶を読み取る力があります。彼が同僚のカオルの父親と再会することから物語は始まり…
愛の描写や考察、予測など、さまざまな魅力が詰まった作品。
私的には、最初のお話の父親の方が好みでした。 -
たった7行のプロットを元にした、表と裏の物語。
片方は小説に、もう片方は舞台脚本に、でしょうか。
主人公は二人の男女、それぞれが、
“二人の父”との交わりを持つことになります。
書籍・雑誌の編集という作業の内実を垣間見えて、、
思ったより、ドロドロとしてそうだなぁ、、とも。
ん、一つのプロットに対する自由な創作、
複数の作者による競作アンソロジーとか、面白そうですね。
好みの作家さんばかりが集まったら、、とか妄想してしまいました。 -
『ストーリ・セラー』と同様に前編で終わって欲しかったかな...。設定・発想はチャレンジングで面白いのだが...。真也の能力でミステリー小説にしたらどんな感じになるのかな?
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真也は30歳。出版社で編集の仕事をしている。
彼は幼い頃から、品物や場所に残された、人間の記憶が見えた。
強い記憶は鮮やかに。何年経っても、鮮やかに。
ある日、真也は会社の同僚のカオルとともに成田空港へ行く。
カオルの父が、アメリカから20年ぶりに帰国したのだ。
父は、ハリウッドで映画の仕事をしていると言う。
しかし、真也の目には、全く違う景色が見えた・・・。
この7行のあらすじが全く違う二つの物語となる。
「ヒア・カムズ・ザ・ザン」と「ヒア・カムズ・ザ・サン Parallel」
一粒で二度おいしい・・・、いや、ちょっと違うか~(笑)。
私にはカオルと父の関係がすとんと入ってこなかったなぁ・・・
真也の能力(?)も、もう少し見せてほしかった・・・ -
七行のあらすじから生まれた、二つの物語・・。
本書は、有川浩さんと演劇集団・キャラメルボックスのコラボ小説とのことです。
編集者の古川真也は、手に触れた物に残る記憶が見えてしまうという特殊能力を持っています。
ある日、真也は会社の同僚・カオルの父がアメリカから20年ぶりに帰国するというので、一緒に空港まで迎えに行きますが・・・。
と、この設定までは同じで、一話目「ヒア・カムズ・ザ・サン」と二話目「ヒア・カムズ・ザ・サン Parallel」という異なった物語が楽しめるという構成が面白いですね。
どちらの話も、カオルと父親の拗れまくった関係性が描かれていますが、それぞれ話の印象が全然違っているのが流石です。
主人公の真也がいい奴というか、人間ができているので彼の存在が物語全体を支えている感じです。
父と娘の切なくも温かい二つのストーリー。演劇の方はどのような仕上がりだったのか、こちらも気になりますね。 -
幼い頃から物や場所に残された人の思い出が見えてしまうという特殊能力を持つ青年の物語。
単行本はヒアカムズザサンとそのパラレルの二話で構成されている。二つともそれぞれになかなか面白いのだが、どうしても二話目を読む時に一話目との矛盾で読書中にもやもやした気持ちになる。例えば「だってお父さんは死んじゃったんじゃないかったの?」の様に。
この本に限ったことですが、文中に同じ説明が繰り返されているのが散見されるのが残念です。雑誌などでの連載をきちんと校正しなかったからだろうか。。などと思ってしまう。いずれにしても、有川浩さんは大好きな作家さんなのに、なんだかこの本だけは雑な作りと感じてしまいました。直前に読んだストーリーテラーとの比較でも、更に大作の塩の街との比較ではもっと、大きな差を感じます。私は自衛隊三部作の方が数倍好きです。 -
心に残ったフレーズ。
「『どうせあたしは一生懸命やるしかないのよ、それしか能がないんだから』
どうせっていうなよ。
俺はお前の一生懸命なところをこんなに眩しいと思ってるのに、その枕詞にどうせってつけるなよ。
太陽に向かうようなお前の持ち味をお前自身がそんなやさぐれた声で否定するな。」
相手を思う嘘、実は相手のためにならない嘘、自己防衛のための嘘、もう後戻りできない嘘、様々な嘘について考えさせられます。
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エンドロールでジョージ・ハリスンのHere Comes The Sunが流れます(^-^)
I feel that ice is slowly melting…♪
陽が差して氷がゆっくり溶けていく。
舞台の台本も読みましたが、この2篇とはまたちょっと違います。それぞれ感情移入の仕方も違ってくるので…なんだろ?同じ料理なのに味付けが違うというか、こっちのカオルがいいな、とか、真也はこっちかなぁ、とか。こういうのも楽しいですね。
2019年5月に活動を休止したキャラメルボックスは、2021年12月に復活しました。機会があれば観てみたいです。