木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(上) (新潮文庫)

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著者 : 増田俊也
  • 新潮社 (2014年2月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (563ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101278117

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木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(上) (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • この本で初めて木村政彦という柔道家を知ったが、強さも逸話も伝説的。
    13年連続日本一、250㎏をベンチプレスで持ち上げ、1日9時間の乱取り(スパーリング)、さらに空手やボクシングにも精通するまさに格闘技の「鬼」。
    244ページの写真の人間離れした肉体を見れば決しておとぎ話でないと感じる。もはや「刃牙」の世界の住人。強い奴が大好きな男子にとってはかっこよすぎる存在。こんな男が本当にいたなんて!

    最強の男が栄光を掴みながらも時代に翻弄されていく。全盛期を戦争に奪われ戦後は闇家業に身を投じる。思想も持たない、駆け引きもできない木村にとってこれほどの悲運はない。
    そんな中でも豪快で柔道バカな木村の人間性も魅力的。

    また柔道が元々、総合格闘技的な性質があったことや講道館以外にも寝技に特化した高専柔道、古流柔術の流れを汲む武徳会といった他流派の存在は新たな発見。

  • 遮二無二、百鍛千練、 所以鎧袖一触。昭和大正明治時代好四个成语。

  • 格闘技系ノンフィクションははじめて読んだけれどサクサク読めて面白いなあ。バキとか昔おもしろがって読んだてたから、半ばファンタジーの世界と化した戦前柔道界の描写、人間離れした牛島辰熊と木村政彦の逸話はもう読んでて痛快壮快。日本刀持って牛島が木村を追い回した話なんか作者も「もうめちゃくちゃである」とか言ってるし、エリオグレイシーとの試合映像を語りに語ったり、心底話聞いたり書いてて楽しかったんだろうなあ、ってのが伝わってきて、鬼と恐れられた木村政彦のハチャメチャで深い人間性が現代人に「刺さる」内容。

  • 戦前戦後を通じ15年不敗。不世出の柔道家木村政彦を丹念に追ったノンフィクション。
    上巻は木村の出生から戦後プロ柔道を立ち上げブラジルに渡るまでです。
    木村の強さの源泉を古流柔術や高専柔道に求め、師牛島辰熊や対戦相手についても詳細に記されています。
    そこに展開されるのは講道館柔道とは別の柔道の世界。戦後、講道館によって抹殺されていく古流柔術や高専柔道を描くことによって、戦前の多様な柔道を知ることができます。
    戦前、講道館とは全く異なる柔道があって、大変な勢力を持っていたこと。その柔道が実は嘉納治五郎が理想としていた柔道に近いものであったこと。寝技・絞技・関節技をメインとし、打撃までも加えていた柔道が展開されるのです。それは、今の総合格闘技に近いものであったこと。もう、知らなかったことばかりです。
    戦争によって翻弄され、戦後はスポーツとしての隠れ蓑を用意した講道館=全柔連によって、これらの柔道は抹殺されていきます。
    居場所のいなくなった彼らが、生活の糧を求めてプロ柔道を立ち上げるいきさつ、そして挫折と迷走。
    まさに、柔道バカたちの物語。これは本当に面白い!

  • 夕刊紙を思わす非常に煽情的かつ作為的なタイトルである。しかしこのタイトルがなければ上下巻1200頁弱の本書に手を伸ばそうとは思わなかっただろう。「木村の前に木村なく、木村のあとに木村なし」とう表現は知っていたが所詮、力道山の計略に嵌って敗れた漢という認識しかなかった。著者は忘れられた柔道の鬼の無念を晴らすかのように木村の柔道半生を克明に時には執拗に描き切る。展開の遅さに苛立ちもするが敗れた男という先入観を振り払う為には必要な作業だったと思う。上巻末にてついにグレイシー一族登場!物語は急転直下の様相を呈す。

  • 木村政彦はまさに大日本帝国が生んだ怪物だったといえる。精神論に基づいたハードなトレーニングによってまさに史上最強にふさわしい柔道家が木村である。

    上巻では木村政彦が史上最強になるまでのエピソードを中心におっていく。

  • 上下巻合わせて1200ページ位。専門的になりすぎる部分もあります。
    講道館がスポーツとして柔道を確立する以前、柔道以外の凡ゆる者と戦う事を想定していた時代の柔道。
    その柔道における史上最強の選手が木村政彦。
    生活するためプロレスラーになるが、慢心、油断から力道山に負ける。プロレスの興行としての本質を暴きながら、グレイシー柔術の台頭により木村政彦が最強であったことが見直される。

  • 格闘技の裏歴史が分かる。

  • 原田久仁信先生の『KIMURA』を読んで、いてもたってもいられなくなり原作を読みました。

    物心ついた頃からプロレスの興行やテレビ中継があり、格闘技やプロレスがイベントとして存在することが当然だと思っていました。
    しかし、何事にもはじまりがあります。
    どうして、日本にプロレス・格闘技興行が存在するのか?
    そもそも日本の武道・格闘技の歴史とは、いったい何なのか?
    それは本書で語られる木村政彦の半生を通して知ることができます。
    タイトルこそ力道山と木村政彦ですが、本書は日本の武道・プロレス・格闘技の歴史をまとめたものです。

    文庫版上巻は、あのキラー馬場のプロローグからはじまります。
    このプロローグだけで読み応え十分です。
    そして木村政彦の生い立ち、第二次世界大戦を経て、エリオ・グレイシー登場までです。
    このエリオが、また憎らしいほどに強い!

    戦前にプロレス興行はありませんでした。
    武道家としての柔道家のステータスは、今の常識では考えられないほどのものであり、その頂点が木村政彦でした。
    その価値観は太平洋戦争によって逆転してしまいます。
    しかし、木村政彦の強さは揺るぎません。

    こういう背景を踏まえて、下巻のエリオ戦や力道山戦へとつながっていきます。

  • 素晴らしい本に出会った。柔道、プロレス、極真空手の裏側にはこんなに熱い物語があったのかと目頭が熱くなった。

    著者の柔道愛、木村政彦愛を十分に受け取った気がする。

    この本を読む前と後では柔道に対する見方が180度変わってしまった。また、石井慧氏を応援したくなった。
    アマチュアを標榜しながら五輪ビジネスの中でスポーツ化していく柔道と決別して、武道としての柔術が再び盛り上がる事を切に希望する。

  • まだまだ知らないことっていうのは色々あるなあ、と。
    柔道やってたのに…。

  • 上巻は木村政彦と力道山の戦いというより、木村政彦をはじめとした柔道の歴史ノンフィクションといった方が正しい。しかも、講道館が伝えてこなかった部分を明らかにするという強い意志を感じた。
    作者の熱量が文章の端々から伝わってくる。実は柔道の正しい歴史なんて大して興味がなかった自分がどっぷりハマッてしまった。下巻も楽しみだ。

  • 格闘技ファンにはたまらない内容。筆力・構成力も圧倒的。

  • 力道山との対決で不可解なKO負けを喫した「柔道の鬼」。異常なほどの強さを誇った柔道王がなぜこのような負け方をし、その後の人生をも狂わせてしまったのか…。その謎に迫る。講道館を中心とする日本柔道界との軋轢や、キャリアの絶頂期に起こった太平洋戦争、そして戦後の貧しい暮らしや妻の病気。数々の不幸が襲いかかり、運命に翻弄された孤高の柔道家はプロ柔道からプロレスへと身を投じることになる。謎の多かった彼の人生に光を当てた渾身のドキュメンタリーである。

  • 面白すぎる。講道館と武徳会、高専柔道の三者の歴史。木村と牛島の血の師弟関係。武道とは。強さとは。歴史とは。生きるとは。この本に全てがある。

  • 木村政彦の生き様に憧れます。

  • グレイシーが簡単に「参った」を言わないように
    日本もそれを言うべきではなかった
    腕が折れても「参った」を言わなかった高専柔道の選手のように
    玉砕するまでゲリラでもやればよかったんだ
    というのもひとつの考え方である
    しかし日本は名を捨てて実をとり、アメリカに降伏した
    木村政彦がそれに納得しなかったことは想像に難くない
    だからこそ、東条英機暗殺を命じた師匠を、敗北主義者と軽く見て
    のちに裏切りもしたのだろう
    とはいえ木村は、それだからといってひそかに死に場所を望むほど
    まじめに思い詰めるようなタイプでもなかった
    むしろ戦争など
    やりたい奴が勝手にやりはじめた、わずらわしいものでしかない
    そう思っていたようだ
    他人事だったのである
    それだけに
    よけい敗戦日本をバカにしてかかるところはあったかもしれない
    みずからを過信しすぎるところもあったかもしれない
    いずれにせよ、スポーツマンとしてはともかく
    兵法家としては完全に平和ボケだった
    これでは旧軍敗戦の将たちとたいして変わるところはない

    力道山に対して木村を贔屓したくなる気持ちはわかるが
    坂口安吾を引くならせめて「青春論」のほうにも触れるべきでした
    宮本武蔵がどれほどせこく勝ちにこだわったか
    それを知ることで
    昭和の巌流島がいかにそう呼ばれるにふさわしかったか
    わかろうものであろうに

  • 【文章】
     読み易い
    【気付き】
     ★★★★・
    【ハマり】
     ★★★★★
    【共感度】
     ★★★・・

    「木村政彦」という伝説的な柔道家がいた事を初めて知った。

    現役時代のトレーニング内容など、木村政彦氏自身の逸話も十分やばいが、師匠の牛島辰熊氏も相当やばい。

    名前からして迫力満点だけど、見た目も生き様も、全く名前負けしていない。

    まさに、この師匠にしてこの弟子ありといった感じ。

    現代人は、テクニックで上回る事は出来ても、精神と肉体で上回る事はできなさそう。

    元々の柔道(柔術)は、打撃、寝技有りの現在の総合格闘技のような、実戦的な格闘技だった。

    「生の極限は死、死の極限は生」

  • (01)
    木村政彦という主人公から離れることはないが,近代柔道史とも言える内容で,木村が活躍した20世紀前半の柔道が日本のスポーツ(*02)の中で大きな一角を占めていたことからすると,格闘技史を超えて,日本スポーツ史の重要な部分を含む内容になっている.
    また,戦後日本におけるプロスポーツの初動がどのようであったか,その動きの中でプロ柔道やプロレスリングはどのように起こったかなどにも,本書の射程(*03)は及んでいる.

    (02)
    柔道がメジャーなスポーツであったことなど,今からでは考えられないが,近代における武道の位置づけ,また武道がつなげた戦後社会の人脈なども興味深い.
    20世紀後半のスポーツは安全に競技されるものであり,木村や師の牛島らが戦前に行なっていた鍛錬は,現代の様々なトレーニングを考える上でも何事かを示している.
    柔道(柔術)がアメリカ大陸やヨーロッパへの展開することによって,かつてあった寝技につなげる最強の柔道が海外に保存され,現代の格闘技に復興されていることは,武道や武術も文化であり技術であることを告げている.

    (03)
    本書の方法として,文献調査もさることながら,関係者へのインタビューに多くを負って構成されていることにも注目すべきであろう.
    つまり,この格闘技に関わる記録は,書かれたものとしてはあまり残らずにいたこと,過去の美化も含む自伝的な記述としては残されていたこと,講道館正史よりも新聞報道などが記録として価値があったこと,これらから洩れた過去が木村という強い個性とともに関係者の記憶の中にまだ遺されていたことなどはまだ歴史的な記述の及んでいない分野があることへの示唆にもなっている.

  • 木村政彦、現代に、これほどの猛者がもう出現するであろうか?時代と師匠牛島辰熊により作られたものだか、悲しいながらも、その戦争という時代に大きく左右されてしまう。本書は単に木村一個人だけでなく、柔道史をも学べ、そこには未だ知られていない人物をも深く取り上げていて興味深い。

  • 柔道史上最強として知られる木村政彦を中心に、柔道史を大河小説的に描いたノンフィクション。
    上下巻のボリュームに圧倒されるが、余談の多い歴史作家のような文章は、講談本のようにぐいぐい読者を引き込んでしまい、あっという間に読み進んでしまう。
    タイトルを見た読者のほとんどは、力道山がプロレスの試合で裏切り、ヤクザに殺害された事件が話の中心と思うところだけど、上巻の時点ではその話はほとんど出てこない。
    上巻のポイントは、平面的にしか知られていなかった柔道成立過程、つまり明治以降、古流柔術がスポーツ競技化されることで講道館柔道なっていった、というような単純なものでは無かったということ。古流柔術は昭和になってもまだ十分勢いがあり、競技団体としては講道館の他に、大日本武徳会と高専柔道があり、それぞれルールや元にした流派の違いから、まったく違う世界を持っていたこと。また、現在ではほぼ忘れられてしまった牛島辰熊や安倍謙四郎といった天才的柔道家について詳しく調べられていることなど。
    修行者、武道家が刺激を受け、モチベーションを上げたい場合、これ以上の本はなかなかないと思う。何100年も前の歴史の中の達人たちの話ではなく、ほんとについ先日まで生きていた武道家たちが、今では考えられないほどの肉体と精神力を持ち、超人的な練習を行い、破天荒というより無茶苦茶なこと平気でやってたことを知ると、俗に言われている自嘲的な日本人論が非常に薄っぺらく思えてしまう。

  • 柔道史上最強の男、木村政彦の生涯を追いかけたドキュメンタリー調の本書。

    大正の時代に活躍した怪物柔道家、牛島に見初められ、柔道そして格闘技の世界へ入っていく。

    木村の歩んだ遍歴の上には柔道そして格闘技の歴史がそのまま載っているため、近代格闘技の歴史を知る上でもとても良かった。

    高専柔道というのが、帝大を中心に発達した当時、講道館と肩を並べる程の存在とは知らなかった。

    上巻は時代の波に翻弄されながら、日本国内で最強の地位を確立する話と海外へ出始める迄の話。

  • 第43回大宅壮一ノンフィクション賞、第11回新潮ドキュメント賞をダブルで受賞した作品である。『ゴング格闘技』誌上連載時(2008年1月号~2011年7月号)から話題騒然となった。ハードカバーは上下二段700ページの大冊である。単なる評伝に終わってなく、戦前戦後を取り巻く日本格闘技史ともいうべき重厚な内容だ。にもかかわらず演歌のような湿った感情が行間に立ち込めているのは、著者が七帝柔道の経験者であるためか。実際、増田は泣きながら連載を執筆し、「これ以上書けない」と編集者に弱音を漏らした。
    http://sessendo.blogspot.jp/2016/10/blog-post_13.html

  • 柔道が格闘技だとか思ったこともなかった。何となく、実戦で使えなさそうなイメージだった。

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木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(上) (新潮文庫)の作品紹介

15年不敗、13年連続日本一。「木村の前に木村なく、木村のあとに木村なし」と謳われた伝説の柔道家・木村政彦。「鬼の牛島」と呼ばれた、戦前のスーパースター牛島辰熊に才能を見出され、半死半生の猛練習の結果、師弟悲願の天覧試合を制する。しかし戦争を境に運命の歯車は軋み始めた。GHQは柔道を禁じ、牛島はプロ柔道を立ち上げるが……。最強の”鬼”が背負った悲劇の人生に迫る。

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(上) (新潮文庫)はこんな本です

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