ヤノマミ (新潮文庫)

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著者 : 国分拓
  • 新潮社 (2013年10月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (375ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101281919

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ヤノマミ (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • ――――森に産まれ、森を食べ、森に食べられる

    以前NHKで放送されたドキュメンタリーを今でもよく覚えている。
    わたしにはとても衝撃的なもので、正直鑑賞後どのように理解すればいいのか戸惑った。
    「ヤノマミ」はブラジルとベネズエラにちょうどまたがる地域に住んでいるそう。食料はほぼ狩猟と採集で調達しており、古くからの生活を今も続けているひとたちだ。ヤノマミとしてひとつのグループとなっているのではなく、小さな集団が100以上もあり内紛状態にあるらしい。
    この作品はそのヤノマミのひとつの集団に180日ほど断続的に滞在したドキュメンタリーだ。できるだけ個人的な感情を挟まず、淡々と出来事が書かれている。

    この冒頭に書いた「森に産まれ、森を食べ、森に食べられる」というのはNHKのなかで出てきた言葉で、彼らの人生を現している。特に「森に食べられる」というのは穏やかではない。これは出産したときに母親に突きつけられる選択に関わる。出産したとき、へその緒がまだ付いた赤子はまだ人間ではない。母親はこのへその緒の処理をして「人間」にするか、それとも「精霊」として森に返すかを決断しなければならない。母親にしか決定権はない。食料のこと、家族のこと、いろんなことを考えてそれを決める。もし決めたらだれもその意志を覆すことができない。…そしてもし、「精霊」に返すとなったら、彼女はそっと、まだ人間になっていない子供をバナナの葉で包み、シロアリの巣に置く。シロアリが食べつくしたころ、そのシロアリの巣を焼くのだ。衝撃。わたしにはその風習自体を理解できない。でも理解できないといって、否定もできない。ドキュメンタリーで観たとき、悲しくはないのか、と疑問だった。この本のなかにもある。ある日子供を精霊に返した女が(男勝りでめったに泣かないような女性だったのに)泣いていたという。シロアリの巣を焼くときも、涙をこぼしていた。悲しくないわけがないよね…。

    感情としては納得できないのだけど、文化というものはそういうものなのだなあと別の意味では納得した。外から見ていくらそれが許せなくても、そのひとたちにとってみればそんなのは「押し付け」だろう。未開の地や野蛮…などという言葉はどうしても陳腐だ。いくら切なくても、納得できなくても、「それが文化だ」という理解はできる。かつて幕末の昔、野蛮だと日本人も思われていた、というのを考えると「野蛮」という言葉は使いたくない。そういう人たちがいる、とそれだけでいい。

    ちょっと、正直、本当にショックだったのはもう仕様がない。

    ただこの本を読んでいると、圧倒的な生命力にびっくりする。美しいとさえ思う。力強いひとたち。

  • ブラジル森林地帯の先住民、ヤノマミ。彼らと暮らした150日間。これは心の内奥を抉ってくる良書であり怪書です。2009年にテレビで放送された番組の文庫化とのこと。ノンフィクション、ドキュメンタリー系の本は普段読まないゆえに面食らった感もあります。終わらない思索と焦燥感。
    私たちが当然であるとして疑わないもの、常識と呼ばれているものが、常識ではないということを追体験せざるを得ません。科学や経済、法規や倫理、統治や民権といった観念は人工物に他ならないのだと気づかされます。そんなものはなかった。死生観も違う。ものさしも違う。むき出しの生と死があり、善悪という尺度もまた括弧に入れられる。生き物がいて、精霊がいる。

    一万年前からほぼ変わらぬ狩猟採集生活を営む彼らと、ほんの数十年前まで「殺し合い」をしていた私たち日本人。文明人とは過度に着飾った非文明人を意味するのでしょう。
    特に、新生児を人間にするか「天に返す」かの大決断をその都度迫られているヤノマミの女性の風習は筆舌に尽くし難いものがあった。私たちの度量衡に当てはまらない知がそこにはあるように感じられます。

    http://cheapeer.wordpress.com/2013/11/14/131114/

  • ここ数年、小説・ノンフィクション・ドラマ・漫画・アニメに関わらず、自分の価値観(善悪とか幸せの形とか)を揺さぶられる作品を観ることが楽しいと感じるのだけれど、この本もその一つ。

    ■内容
     数年前NHKスペシャルで放送された、ブラジルとベネズエラ国境のジャングル奥地に住む原始的な生活を保ち続けている、ヤノマミという民族を密着取材したTVドキュメンタリーを書籍化したもの。
     出産後に母親が産んだ子供を森に返すという風習や、文明が徐々に伝わって部族の文化が消えつつある状況を通し、何が正しくて何が間違っているとかの答えが無い問題は世の中にいっぱいあるんだということを教えてくれる。この本によると、「人間が解決できない問題を提示することこそドキュメンタリー」とのこと。

    ■感想1:出産の風習について
     本の前半は、狩りや畑で自給自足する小さな村の部族の生活の描写で、浮気が奥さんに見つかって追い出される夫とか、駆け落ちに失敗した少女とか、都会にあこがれる若者とか、文化が違っても、人間の本質的なところは僕らの社会と変わらないんだなあと感じさせられる、ほのぼのとした内容。

     でも中盤以降、我々との絶対的な価値観の違いを思い知らされて衝撃を受ける。それは、彼らが常に死と隣り合わせに生きていることから来る「死生観」の違い。

     そして、特にTV放映時も問題作として議論の対象となったのが、出産後の風習。彼らの風習では、生まれたばかりの子供はまだ人間ではなく精霊であり、母親が出産後の数時間で、人間として育てるか、精霊として森に返すかを決断する。ここで言う「森に返す」とは、具体的には白アリの巣に赤ん坊を生きたまま入れて白アリに食わせて、最後は巣ごと燃やすという儀式のこと。外の世界では残酷な殺人である。しかし、彼らは何千年もその風習で、生まれすぎた子供を減らす人口調整をしてきたのだ。はっきりとそれが目的だとは誰も言わないけど。
     著者ら(TVディレクター)は、その光景を目の当たりにしてショックを受ける。そこでは、外の世界の常識が全く通用しない価値観が存在し、著者たちこそが非常識で異質な存在だったのだ。

     僕がこれを読んで感じたのは、21世紀の現代でも世界の中にはこれだけ価値観の異なる民族がいて、そちらの世界に行くと善悪の判断が逆転するということを知ることで、自分の今持っている価値観も本当は現代日本の狭い世界でしか通用しないことなんじゃないか、という視点を持つことが出来るのではないかということ。そうすると、これまで培ってきた自分の価値観を変えることは出来ないにしても、異なる価値観を持つ人たちに対する許容範囲を広くすることができるのではないかと思う。

    ■感想2:文明について
     ヤノマミたち部族の住む地域は、ブラジル政府に先住民保護区に指定されている。彼らに接触できる文明人は、医療団などの限られた者たちだけだが、文明は徐々に伝わりつつあるらしい。最初は言語・薬・ナイフ・下着などから、そして最近ではお金・サッカーボール・ラジカセ・DVDプレイヤーなども手に入れている。文明を一度知ってしまったら、好奇心や欲望を止めることはできないのだ。特に若者たちにとっては。
     政府の使節団が、先住民保護区を存続させるかどうか調査しに来た時、文明の臭いのする物や、著者ら取材班をあわてて隠そうとしたというエピソードには、笑ってしまうような物悲しいような、複雑な感情を持ってしまう。
     あと数十年以内には、彼らも文明に取り込まれ、今の文化風習も消えていかざるを得ないのだろう。そしてそれは、誰にも止められないし、止める権利など誰にも無いことなのだと思う。

  • NHKディレクターがドキュメンタリー番組作成のために、南米ヤノマミ族の村で暮らした150日間の記録。大宅壮一ノンフィクション賞受賞作(2011年)。
    ヤノマミ族は、ブラジルとベネズエラに跨る広大な森に生きる先住民で、推定2万5千人から3万人が200以上の村に分散して暮らしている。南米に残った文化変容の度合いが少ない最後の大きな先住民集団と言われる。
    ヤノマミの生活は規則正しい。日の出とともに起き、日の入りとともに(雑談し)寝る。昼間は、男は狩りへ行き、女は畑で作業をする。年に一度の祭り。
    ヤノマミはものを持たない。狩りへ行かない男の答えは「食べ物は十分に間に合っているのに、どうして獲りにいかねばならないのか」。「富」を貯め込まず、誇りもしない。
    ヤノマミの世界では、万物は精霊からなり、精霊には「いい精霊」もいれば、「悪い精霊」もいる。人間も死ねば精霊となり天で生きる。人も動物も、人間も精霊も、生も死も、全てがただ在るものとして繋がり、一つの大きな空間の中で一体となっている。そこに、優劣とか善悪とか主従の関係は存在しない。
    しかし、ヤノマミの生活にも、争いがあったり、盗みがあったり、怠け者がいたり、社会生活や人間関係の本質においては、我々となんら変わることはない。
    ただ、我々は、数千年の間に機械文明を発展させ、物理的に便利な生活を送るようになり、その一方で、人類の存亡にも影響を与えるような環境破壊を引き起こしてきた。
    どちらが良いのか(良かったのか)は一概には結論付けられないが、間違いなく現代社会について様々なことを考えるきっかけになる書と言える。
    (2014年2月了)

  • テレビ放送を見たときに衝撃を受け、書店で平積みになっているのを見ていたので、なぜあの時買わなかったのかと非常に後悔しています。それほど、この本の内容は強烈に心の中に残ります。

    この本のハイライトであり、テレビ放送でも最も時間がさかれていた、赤子を人間として育てるか、精霊として天に返すかという取捨選択の描写は私たちが住む文明社会の価値・概念を問いただす象徴的なシーンだと思います。所詮、文明社会における、価値観や概念は人工的に作られたものであり、その人工物の上にあぐらをかいて座っているだけなのではないか。むき出しの原始社会の中で、筆者がもがき苦しみ、何かをつかもうとする姿は胸を打たれます。

    異文化理解という言葉では簡単に片付けられないほどに、僕たちとヤノマミには断絶がある。突き詰めていくに、人間とは何なんだろうと本を読みながら考えてしまいました。150日間、ヤノマミ族と共に暮らした筆者が"文明化された”社会に適応するのに時間がかかったというのもうなずけました。あんな壮絶な体験をして、自分の価値判断の基準が揺らいでしまうのは当然のことでしょう。

    最初にテレビ放送がされたのが2009年のことですから、ヤノマミ族の生活も大きく変わっていると思います。もしかしたら、裸族の彼らがTシャツを来て村を闊歩していたり、携帯を使って街の親族たちと連絡を取り合っているかもしれません。文明との接触は避けられない時代です。本の中にもありますが、文明の便利さを一度知ってしまえば、二度と元に戻すことはできない。もしかしたら現存する部族の中で、唯一まだ文明を知らない彼らのありのままを記録した本書は、我々文明社会に生きる人間の存在を見つめ直す上で非常に貴重な記録だと思います。20年後ぐらいにまた読み直したいです。

  • 昔々、遥かな昔。アフリカ大陸で誕生した人類は、長い年月を
    かけて世界各地へと散らばった。ある者はヨーロッパへ、ある
    者はアジアへ。

    そして、ある者は凍りついたベーリング海峡を渡り北米大陸を
    縦断し、南米大陸へ辿り着いた。そこを定住の地と決め、森と
    川に囲まれて、自然と精霊と共に生活を始めた。

    アマゾンの熱帯雨林の奥深く、先住民のヤノマミ族が暮らしている。
    彼らの言葉で「人間」を意味するヤノマミの、ワトリキと言う集落
    で通算150日間を同居したドキュメンタリーが本書である。

    元々はNHKスペシャルで放送された密着ドキュメントで、放送当時
    に観た記憶がある。

    日の出と共に起き、日の入りと共に眠る。時間は太陽の傾く角度
    で計り、必要以上の狩りはしない。シャーマンがおり、祭りが
    あり、そして一部のものは「文明」と出会い、受容する。

    テレビ放送でもそうだったが、本書でも衝撃的だったのは出産の
    話だ。

    子供は精霊としてこの世に生まれて来る。精霊のまま天に送るか、
    人間の子供として腕に抱くか。決めるのは母親ひとりだ。著者
    と取材に同行したカメラマンは精霊として天に送る場面を目撃
    する。

    母親が我が手で、生まれたばかりの我が子を殺める場面をだ。
    「残酷」と言ってしまうのは簡単だ。だが、私たち文明の側に
    いる人間が出生前診断で間引くのと、どこが違うのだろうか。

    住居を転々と変えながら独自の風習や習慣を守って生きて来た
    ヤノマミ。しかし、近年はブラジル政府が行う先住民保護プロ
    グラムによって都市に留学し、ポルトガル語を覚え、以前の
    ヤノマミの生活になかった様々な「モノ」をお土産として
    持ち帰る者も増えた。

    文明と接触することで、ヤノマミとしての生活を捨てるか。
    文明を知って、ヤノマミの生活の方がいいと思うのか。

    他者が判断することではないのだろう。だが、ヤノマミが文明
    を受け入れ都市で生活するようになれば、資源の宝庫でもある
    アマゾンの土地を開発できる。その機会を狙っている人間も
    いるのではないかと思ってしまった。

    尚、本書の中で著者たちが集落を離れる時期にヤノマミに
    乞われて歌を歌ったというエピソードがある。著者が歌った
    日本の童謡には無反応だったヤノマミたちだが、カメラマンが
    歌った「島唄」には何度もリクエストが出た。

    同じモンゴロイドのヤノマミたちが、沖縄の旋律に反応する
    のは自分たちのなかにあるリズムに近いものがあったのだろうか。

    世界中から先住民が姿を消して行く。ヤノマミたちも、あと
    何年、何十年経ったら地上から姿を消してしまうのだろうか。

  • 白蟻と人間の命の価値に違いなどあるのだろうか。いつか行きたい、イゾラドに会いに。

  • ヤノマミはベネズェラとブラジルの国境付近に住んでいる20世紀まで文明と一切の交流がなかった民族。
    一万年と変わらない生活を送る彼らと150日生活を共にした取材チームの記録。

  • まずはよく取材したなあと感心。淡々とした語り口も説得力があってよかった。

  • アマゾンの深い森の中で今も原初の生活を営むヤノマミ族と150日間の同居生活。
    彼らの中で流れる時間はゆったりと流れ、男は狩りへ、女は畑を耕し、1日の中で長い雑談をし笑い合う。
    楽園のように思える森の中で、ヤノマミ達が見せる剥き出しの暴力性と無垢さに衝撃を受けた。
    『ヤノマミの世界には、「生も死」も、「聖も俗」も、「暴も愛」も、何もかもが同居していた。』
    この著者の言葉に、文明社会で充実した暮らしを享受して生きる私達の心は何かが欠如しているように思えてくる。

  • アマゾンの深い森に住むヤマノミ
    文明から離れ原初の暮らしを日々営む部族

    自然と精霊と共に生きるヤマノミ族には
    文明の中に生きている人の目には、奇異に映る文化が
    多くある。
    出産は、森の中で女達だけで行われ、共有する儀式
    そして、母親は出産直後子供を
    精霊にするのか、人間として迎え入れるのか
    選択を強いられる。
    どんな理由をもって、我が子を自分の手で殺めるのか
    それとも胸に抱き育てることに決めるのか。
    この様な事は、ヤマノミの女にしか分からない。

    自然と共に生きるには、想像以上の厳しさと豊かさを
    人間に与えているからこその文化なのだと思う。
    14歳の少女ローリーが、父親の分からない子供を
    宿した時、今までの無邪気な笑顔を失い
    そして、子供を精霊へとしたシーンはショッキングだった。

  • 人間か精霊か。母親は一人で決めねばならない

  • ヤノマミ。
    NHKのドキュメント番組を観て以来、心のどこかに気になっていた。
    本があることを知り手に取った。
    番組より詳細に書かれており、もっと興味が沸いた。

    1万年以上「文明」に隔離された民族。

    筆者のあとがき、文庫版追記は必読。
    これからのヤノマミが気になる。
    アハフー。。。

  • 日本に生まれて良かった。

  • なるほど、話題作あって凄い迫力。一気に読み通してしまいました。やっぱり圧巻は出産にまつわるエトセトラなんですが、その模様を上手く浮かび上がらせるための文章も優れているからこそ、と思いました。これだけ文明化が進んだ昨今、人間本来の衝動から発せられる言動の数々に、かえって新鮮な気持ちを呼び起こされます。読書を通しての、素敵な疑似体験でした。

  • 原住民と過ごした時間の記録である。
    NHKの特集の一環であるため映像もあるらしく、それを見たくなる。
    文明と「未開」の難しい部分を筆者の率直な心で書いているように感じた。
    こうして本になるのも、また接触ありきだと思うと、知識欲もまた何かの片棒なのだなあと、無情感につつまれた。
    久しぶりに一気に読み終えてしまった。

  • 2015/4/8読了。
    雑誌で紹介されて、興味を持って購入。
    先住民とか民族史に興味があったわけではないけど、なぜか興味が出てきて。
    最初はとっつきにくいかと思ったけど、スルスル読めた。
    人間の持つ暴力性と無垢性は、文化人でもヤノマミでも一緒なのだなぁと。
    それを剥き出しにしているか、体良く隠していけるか、そういうことなのかと。

    映像もみてみたいと思った。

  • 37
    衝撃的な内容。めちゃ面白かった。アマゾンの奥にある集落の価値観。言葉の意味。生活観、文明、性、狩り、ワトリキ、森の時間。
    食べ物がまたわあるのにどうして狩りに行かねばならぬのか。善悪や規範でなく、真理がある。生も死も同じこと。

  • テレビで見た人だからこそ楽しめる印象。

  • 濃かった
    出産の後に自分の子供を人間として育てるか、精霊として殺すか母親が決めなければならない
    文化人類学の本読みたくなる

  • 人間の本質 憧れる
    しかし、それは厳しい現実と併せてもたらされる。安穏とした現実で満足するしかないか

  • 生まれた時赤ん坊は人ではなく精霊。5歳になるまで名づけはしない。
    アハフー、アハフーと笑う。
    昔の話ではなく、たった今同じ人間としてヤノマミが生きていることに畏怖を感じる。

    最後の俵万智の解説にあった、「現象だけを追えば、そして映像で見てしまえば、今の自分たち(=文明)とは対極にあるようにも見えるヤノマミ。だが、私たちはヤノマミと地続きなのだ。私たちの中にもヤノマミがいなくては、おかしい。文明をそぎ落としたときに、そこからヤノマミが現れなければ、しょせん私たちはがらんどうなのだ、と思う。」
    という言葉が印象的。

    世の中わからないことが多い。ヤノマミは、筆者が来ているときに起きた災いはナプのせいだと考えた。ナプがいないときは、シャーマンが登場して厄払いをする。

    わからないことを、この文明化された私たちがこうだと決めつけることは極めて難しく、わからないことを、頭に入れ続けて考えていくことが大事なのだと思う。

    「忘れることは、なぜかくもたやすいのか。どうすれば忘れることに抗えるのか。〈事件〉以降、そんなことばかり考えている。」

    この言葉を読んで、ヤノマミに取材に行ったのがこの筆者だからよかったのだと思った。

  • "忘れることは、なぜかくもたやすいのか。どうすれば忘れることに抗えるのか。" という最後の言葉をとても考えてしまった。

  • 広大な森の奥深く、原始的な生活を送る民族「ヤノマミ」。
    よく笑い、よく怒る。彼らは無邪気で純真で、ときにひどく残酷。だがそれが間違っているわけではない。ヤノマミにとってはあたりまえのこと。生とはなにか、死とはなにか、深く考えさせられた。

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ヤノマミ (新潮文庫)の作品紹介

150日間、僕たちは深い森の中で、ひたすら耳を澄ました――。広大なアマゾンで、今なお原初の暮らしを営むヤノマミ族。目が眩むほどの蝶が群れ、毒蛇が潜み、夜は漆黒の闇に包まれる森で、ともに暮らした著者が見たものは……。出産直後、母親たったひとりに委ねられる赤子の生死、死後は虫になるという死生観。人知を超えた精神世界に肉薄した、大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。

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