畏るべき昭和天皇 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (422ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101287324

感想・レビュー・書評

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  • 昭和天皇は西園寺公望らの助言もあって「君臨すれども統治せず」という英国型の立憲君主制に忠実であろうとした。その範囲において戦争回避のための最大限の努力を行ってもいた。本書を読めばそれは誰の目にも明らかであり、昭和天皇の戦争責任を問うのは酷だろう。だがそうであるならなおのこと「統帥権の独立」という明治憲法体制の欠陥を思わざるを得ない。

    天皇は統治権の総攬者であるとは言え、それはあくまで国務大臣の輔弼に基づくもので、明治憲法は天皇親政を明確に否定していた。だが「統帥権の独立」のもとでは軍部を統制できるのは天皇ただ一人である(決定権はないが拒否権を行使できた)。首相として無責任との誹りは免れないが、近衛が軍部をおさえるために天皇がもっと積極的に行動すべきだと愚痴をこぼすのも無理はない。天皇が立憲君主の優等生としてふるまい、意見は言うが命令はしないということでは、首相が統帥部に口出しできない以上、一つ間違えば国家意思が曖昧なまま成り行きまかせになりかねないのだ。実際それは現実となった。

    もともと「統帥権の独立」は軍部の優位性を志向したものでなく、軍事を政争の具にさせないためだった。統帥権干犯問題で先頭に立って政府を攻撃したのが政友会であったことをみても、政党が軍部をおさえるどころか煽ることさえある。だが平時はともかく、国家の非常事態に頭が二つに分裂していては責任を伴う政治決断ができる筈もない。つまるところ制度の欠陥を補うのは生身の人間のリーダーシップより他ないのだが、明治天皇における大久保、伊藤、山県に匹敵するリーダーを欠いたことに昭和天皇の不幸があり孤独がある。

    その孤独の中にあって、2.26事件や終戦時にギリギリ示した昭和天皇の政治的理性には敬服する。しかしそのこと以上に、著者も指摘するように、打ちひしがれた状況の中で、全ての国民の幸福を願うただ一人の存在としてふるまおうとされた戦後のお姿にこそ、昭和天皇が「畏るべき」天皇たる最大の理由があると思う。

  • マッカーサーが「私の前にいる天皇が、個人の資格においても日本最上の真摯である事を感じ取ったのである」と評した。
    昭和天皇にかんしてはこの一言が端的に表しているのではなかろうか。

    「あっ、そう」とは先帝の口癖であるが、これはまずは総て受け入れて必要なモノだけを残すようにしてゆく、その”知らしめる”存在を表した言葉だと著者は捉える。

    、二・二六事件という一種の革命を鎮圧し、マッカーサーを押し返し、三島由紀夫の自決を黙殺したこと、ひたすら国民の声に耳を傾ける「無私」の存在として自己を規定した天皇の孤独な戦いを「畏るべき」と評した。

    それは傀儡の君主などではけっしてなく、政治性に富んだ一流の"政治家"としての昭和天皇が描かれている。

    ただし、昭和天皇にフォーカスされた本なので近衛、石原、北の関係は押さえておき検証的読書の必要を感じる。

    自分の不勉強の為星はマイナスひとつ。

  • 本書から見えてきた昭和天皇とは、2.26事件の精算に生涯を尽くし、民の心を抱きしめ、慈しみ、祈り続けた天皇。君主とか政治的とか、憲法での定義とか、もはやどうでもいい。昭和天皇は本当に慈愛に満ちた存在だったと断言したい。

  • 昭和天皇に関するさまざまなエピソードを渉猟しながら、さまざまな政治的局面で昭和天皇が示した責任倫理の主体としての振る舞い方を明らかにしています。

    本書でまず取り上げられるのは、天皇の「人間宣言」とそれに対する三島由紀夫の批判です。三島は『英霊の声』で、「などてすめろぎは人間となりたまひし」と書きつけました。彼は、「人間天皇」によって裏切られた者たちに成り代わって、二・二六事件や終戦の際に天皇は「現人神」でなければならなかったはずだと声を上げたのでした。そこには、三島が「美しい天皇」「文化概念としての天皇」を求めていたことが刻印されています。

    ところが天皇は、三島が自決した7年後、いわゆる「人間宣言」は、「五箇条の御誓文」の精神に立ち返る意味にほかならなかったと語りました。著者はそこに、三島の要求する「文化概念としての天皇」の役割を引き受けることを拒絶した「畏るべき天皇」の姿を見ています。天皇が神格性を廃棄することで、みずからの政治的主体性の回復を図ったのが、「人間宣言」だったのです。

    昭和天皇は、立憲君主制や天皇機関説にあるところまでは賛同していました。しかし天皇は、二・二六事件や終戦のような重要な局面に際しては、高度な政治的判断に基づいて、責任倫理の主体として振る舞ってきたことが、本書で紹介されるさまざまなエピソードを通じて明らかにされています。

  • 太平洋戦争に向けて陸軍が暴走する中、英国のような立憲君主たらんとする昭和天皇の苦悩、皇室の存続をかけて終戦を乗り切った昭和天皇のたたかいがリアルに描かれている。

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著者プロフィール

松本健一(まつもと・けんいち)
1946年群馬県生まれ。東京大学経済学部卒業。
現在、麗澤大学教授。評論・評伝・小説など多方面で活躍中。
2011年3月11日におきた東日本大震災のときの内閣官房参与として、
『復興ビジョン(案)』を菅直人首相(当時)に提出。
著書に『白旗伝説』『北一輝論』(以上、講談社学術文庫)、
『近代アジア精神史の試み』(岩波現代文庫、アジア太平洋賞受賞)、
『開国・維新』(中央公論新社)、『砂の文明・石の文明・泥の文明』(PHP新書)、
『評伝 北一輝』(全五巻、岩波書店、毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞受賞)、
『畏るべき昭和天皇』(新潮文庫)、『天国はいらない ふるさとがほしい』(人間と歴史社)、
『海岸線の歴史』(ミシマ社)など多数ある。

「2012年 『海岸線は語る 東日本大震災のあとで』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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