三たびの海峡 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (465ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101288048

感想・レビュー・書評

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  • 帚木蓬生さんは、〇〇病棟シリーズとかけっこう読んで知っていたのに、この作品を読んでいなかったなんて、何たる不覚!!!もっと早く読むべきだった。
    北九州に住んでいたことがあったのに、主人公の息子と同じように中学校で社会科を教えているのに、これを読まないまま今に至ってしまったことを恥じるばかりです。

    小説は、強制連行で朝鮮から筑豊炭田に連れて行かれた人物の回想という形をとっている。回想しつつ、決意を固め、三たび海峡を渡って40年ぶりに日本へ行く。わけもわからぬまま日本に連れて行かれる場面、親と別れる場面や移動中の辛いできごと、同胞に助けられたことなど、いちいち涙なしでは読めない。
    そしてもちろん、強制労働させられた炭鉱がどんなに過酷で、日本人の現場監督や、少々日本語ができたためにその片腕となり同じ朝鮮人を痛めつける立場になってしまった同胞がどんな酷い仕打ちをしたのかという述懐も生々しく、感情が揺さぶられる。
    主人公は貧しい農村の出身だが、一番若くて体力があったこと、そのために老練な同胞から可愛がられたこと、悪く言えば小心だが冷静に周りを見ており無謀なことをしなかったこと、読み書きができ賢く、日本語も比較的早く覚えたことなどから、過酷な炭鉱で運よく生き残る。しかし1年と少しの間に何度も拷問を受けたり、仲間を殺されたり、筆舌に尽くしがたい体験をする。
    そして命がけで炭鉱の寮を脱出し、日本人の女性と知り合い…
    私は女性なので、どうしてもその女性、千鶴に感情移入したりするが、その時代、強制連行で日本に来た青年を愛し、愛し抜き、終戦後朝鮮半島に渡る覚悟をすることがどんなに大変なことか考える。なかなかできはしない。しかし事実、そのような女性は少なからずいた。
    朝鮮半島に渡った女性たちのその後も過酷極まりない。もちろん帰らないという決断をし、日本で暮らした在日の人達の苦労もしかり。
    上っ面の歴史ではなく、様々な立場の人の、様々な運命に想いが至り、胸がいっぱいになるばかりだった。
    私は北九州で育ち、遠賀郡で5年勤務していたので、炭鉱やボタ山、遠賀川の堤防についての記述にも胸が痛んだ。なぜ今まで私はこのことを知らなかったのだろう…と考え、いや、知っていたはずだと思い至った。知っていたのに、この小説にあるような一人一人の物語にまで想像力が足りていなかっただけなのだ。
    小説の終盤は、未来への希望が語られるが、この作品自体が随分前のもので、令和4年の現在、ここに書かれたような理想的な未来にたどり着けなかったことがはっきりしていることが、どこまでも哀しい。

  • 何故、今、帚木蓬生の本書『三たびの海峡 』を手に取ったのか?くっきりとした理由はないが、結びつく理由はいくつかある。迷ったが一番の理由は帚木が好きな作家だからだ。久しぶりに作家別に図書館の書棚を眺め、そうだそうだと手に取ったわけだ。もう一つはやっぱりここもとの日韓関係であろうか。いろいろな偏りもあると思うが、やはり国と国の約束は守らなきゃね的な風潮にながされていても、でもなぜこんな状態になるのか?もやもやしていたことも事実だ。

    帚木蓬生は事実ベースの積み上げに独創的なストーリーを被せ、しかも淡々と精緻に静かに熱意を積み上げていくのが得意な作家だと思っている。今回も熱い想いを秘めながら酷い醜い状況を淡々と連ねていく。そして現在と過去を組み合わせどこかが細かすぎたり、何かを端折ったようなところもなく物語を進めていくのは流石だ。

    朝鮮から日本、そして朝鮮へ、最後は日本へと3たび超える海峡は単なる陸と陸が海で隔てられているのではない。血の繋がりを断つもの、隔てるもの。昔はあり得なかったが今なら簡単に超えられるもの。そういった一切合切を表現している。隔てている大きな要因のひとつが日本の植民地支配と徴用なのである。

    朝鮮の身分制度はよくわからないがそれでも小作中心の農民と、都会にすむ人間は別物だろう。人間をこき使う時代はどこの国地域にもあったものということだけで割り切ることにできない繋がりや怨念は本人にしてみれば決して消えないだろう。そこにあるそれぞれの家族や封建的な考え、あるいはその超越、そして回帰。それは本書の訴えたいことなのか?やはりそれは当事者ではないと新年をもっては語れない。

    しかし、そこに真っ向から挑戦した今、帚木はやはり凄い。ある意味歴史検証、それにつらなる現在の世相を小説という形で鋭く切りつけるその姿勢はむしろジャーナリズム的なものを感じる。いやあえて小説という形でこそ切り込んでいけるのかもしれない。

    現在をもう一度見つめなおし、真実とはいったい何なのか、改めて考えさせる一冊である。

  • 九州北部の炭鉱地帯。大陸に近いこの地の歴史がわかる本。これを読んで、この地方のこと、人間の扱われ方について、ますます知りたくなった。

  • 騙されて強制連行された炭坑で辛く苦しい仕事をさせられていた。殴る蹴るは当たり前、亡くなっても何とも思わない日本人。そんな時代があったのかと苦々しい思いだ。
    やっと逃げ出し戦後愛する妻と韓国へ行くも敵対している両国。妻は父に連れて行かれ別れなければならなかった。
    辛かったねの一言では言い表せない大きな歴史があった。
    ドキュメンタリーのようでした。

  • 一度目は戦時下の強制連行、二度目は愛する日本女性との祖国への旅。そして、戦後半世紀を経た今、私は三度目の海峡を越えねばならなかった…。“海峡”を渡り、強く成長する男の姿と、日韓史の深部を誠実に重ねて描く。

  • 圧倒されました。想像だにしなかった世界を垣間見た気がしました。

  • 良い本を読んだ。久しぶりに電車の中で熱中の余り、降り損ねかけた。
    帚木さんのミステリーっぽくない本を探していて見つけたのがこの本。あらすじを見て、テーマが戦時中の朝鮮人強制労働という政治・民族的なものなのでちょっと悩んだが、帚木さんなら冷静に扱うだろうと考え購入した。
    前半は戦時下を中心に現代をフラッシュバックで扱いながら進行する。あまりに屈辱的な日本の朝鮮統治、その中で強制労働に徴集される17歳の主人公。連れて来られた日本の炭鉱での過酷な労働。そして搾取・拷問・・・。帚木さんの端正な文章で綴られるその悲惨さは、扇情的でないために却って胸に響いてくる。
    一方で日本人炭鉱労働者が差し出す強制労働者への小さな救い。炭鉱を脱走後、逃げる主人公を救う同胞の友情。そして知り合った日本人女性との深い愛。これらが悲惨さの中に適度に入り混じる事により、この物語は救済されている。そして、その為に”決して繰り返してはならない歴史”を素直に認識し、受け止める事が出来るのだと思う。
    唯一の不満は最終章の手記。過去の清算ではなく、未来に向けた希望という方向で物語を閉じる方法もあったように思うのだが。
    いずれにせよ素晴らしい作品だと思います。
    〔5/26追記〕試験が終わったばかりで退屈そうな娘に「読んでみたら」とこの本を渡した。すでに夕方だったが、一晩で読み終え、翌朝「面白かった」と言っていた。私が気になったエンディングも彼女には良かったみたいです。

  • 2014.10.25

  • 三たびの海峡は、韓国と日本の間を3往復と思っていたのですが、冷静に考えると、海峡を3度渡ることなので、その半分でした。
    日本と韓国との歴史的問題にふれた書物は数多くありますが、本書は読むべき本だと思います。おすすめです。

  • 朝鮮から強制連行されて、無理やり炭鉱の仕事をさせられる。それが、海を渡る最初の経験。ぎりぎりで生き延びてやっとのことで国へ帰るのが二度目。三度目は炭鉱町のその後の状況を知り、自分に約束したことを為すために日本へ渡る。

    強制連行、炭鉱労働、会社の横暴、これらのことを日本人が朝鮮人に対して行ったことを読んで知ってはいた。彼らの身に気持ちを映して読むと、虐げられる辛さを感じ、虐げる側の国の者として申しわけないと思う。暴力を受け続けた結果逃げ出した先で、愛する女性にめぐり合う。虐げた側の国の女性なのに拘らずに彼女自身を見つめて恋をする彼はなんて大きな人なんだろう。
    三度目に海を渡り、日本で最後に遣り残したことをする。ある意味それは犯罪なんだけれど、妙に納得してしまう。誰でもそうするだろうと。
    日本が、日本人がしてきた国としての犯罪行為を忘れてはならないと思う。贖罪の思いを込めて……

著者プロフィール

1947年、福岡県小郡市生まれ。東京大学文学部仏文科卒業後、TBSに勤務。退職後、九州大学医学部に学び、精神科医に。’93年に『三たびの海峡』(新潮社)で第14回吉川英治文学新人賞、’95年『閉鎖病棟』(新潮社)で第8回山本周五郎賞、’97年『逃亡』(新潮社)で第10回柴田錬三郎賞、’10年『水神』(新潮社)で第29回新田次郎文学賞、’11年『ソルハ』(あかね書房)で第60回小学館児童出版文化賞、12年『蠅の帝国』『蛍の航跡』(ともに新潮社)で第1回日本医療小説大賞、13年『日御子』(講談社)で第2回歴史時代作家クラブ賞作品賞、2018年『守教』(新潮社)で第52回吉川英治文学賞および第24回中山義秀文学賞を受賞。近著に『天に星 地に花』(集英社)、『悲素』(新潮社)、『受難』(KADOKAWA)など。

「2020年 『襲来 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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