土の中の子供 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101289526

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  • 表題の芥川賞受賞作と「蜘蛛の声」2編

    幼児期の厳しい虐待の記憶から、被暴力への依存性とも思われる主人公タクシードライバー、27歳。

    彼は、被暴力の中で思考する。
    自身の生の認証は、死との狭間で可能なのか。
    彼は、数々の死の欲動の中、抵抗し踏み留まる。

    実親を拒否し、「土の中の子供」としての出生を受容した時、僅かだが、現実の未来が訪れる。

    主題が幼児虐待になるので、読者を選ぶかもしれない。

    短編の範疇なので、仕方ないかと思うけど、ラスト近くの慰問会のエピソード、又、彼に肯定的な対応をみせた同施設の男の子の成長・自殺、彼の施設入所時の医師の話等は、もう少し書き込んでいたら、彼の屈折の遍歴を辿れたかもしれない。


    「蜘蛛の声」

    社会あるいは、自己との闘いからの逃避。
    存在自体を曖昧にしてしまう雰囲気が良い。
    まあ、蜘蛛をださなくても良いんじゃないか?

    何か期待してしまう作家さんでした。他の作品も読みたくなりました。

  • 2017年3月23日読了。
    養父母からの虐待の記憶を引きずり、死の淵ぎりぎりまで近付こうと、わざと殴られる主人公。鬱々とした、暗い内省的な文章が続きますが、決して退屈ではなく先へ先へ読ませる魅力があります。幼少時のエピソードを読むと、これだけ厭世的になるのも仕方ないと納得。最後は救いがあり、良かった。
    短編の「蜘蛛の声」は面白かった。ある日突然すべてを捨てて橋の下で暮らすようになる男の物語。

  • 表題作は、第133回芥川賞受賞作。他に、短編『蜘蛛の声』を収める。

    『土の中の子供』は、冒頭、衝撃的なシーンで始まる。
    主人公の「私」は、チンピラの男たちに取り囲まれ、ずたぼろに殴られている。それも自分で好き好んでケンカを売ったのだ。勝算などない。ただ自分を痛めつけようとして男たちに因縁をつけたのだった。
    「私」は27歳。タクシー運転手。
    同棲している女はいるが、この女もどこかやさぐれている。学生時代に妊娠して中退することになったが、相手は他に女を作って逃げた。それでも産む決心をしたものの、子供は死産だった。それ以来、性的に不感症になっていた。不誠実な男に引っ掛かってばかりで、生活は荒み、酒浸りである。付き合っていた男とケンカをして、部屋をたたき出された後、「私」に拾われるように、一緒に住むようになった。

    「私」は深い闇を抱えて、捨て鉢に生きている。そうなっても道理の理由があった。
    子供の頃、実の両親に捨てられたのだが、引き取られた先でひどい虐待を受けていたのだ。
    物語の中盤を越えたあたりで、養家での暮らしが回想の中で綴られる。
    身体的な虐待。精神的な虐待。心を殺さねば生きられないような日々。
    その果てに、養親は新聞記事になるような大きな事件を起こす。

    表題の『土の中の子供』は、彼が経験した虐待を示している。
    養家から逃れるきっかけとなった事件の回想シーンの描写はすさまじく、読む方も息苦しさを感じるほどで、著者の筆力の高さを感じる。
    一度、「土の中」を経験した者は、そこから抜け出し、生まれ変わり、生き直すことができるのだろうか。

    ある意味、「私」が自身の身体を痛めつけようとするのは、生存を確認する作業のようにも見える。
    極限状態を超えたところで、何か別の存在になれるかのような、生まれ変わりの「儀式」のようにも思える。

    ラストは希望が覗くようにも見えるが、単純なハッピーエンドではないだろう。
    「私」のこれからの人生が屈託なく過ぎるようには思えない。
    その屈託を越えて、「私」は人生に何らかの喜びを見出すのか。そうであればよいとは思うけれども、そうである保証はないとも思う。

    もう一篇の『蜘蛛の声』は少しシュールな味わいの作品である。
    会社を辞め、橋の下で暮らすようになった男。
    けれども橋の下に住む蜘蛛は、男が子供の時分からここに住んでいるという。
    話を聞いているうちに、男は蜘蛛が正しいような気がしてくる。
    揺らぐ自我。襲い掛かる幻覚。
    読む者に揺さぶりをかけるような、奇妙な魅力のある小品。



    *作中に、血を吸った蚊を叩き潰すところがあるのですが、ここで著者は蚊に対して「彼」という言葉を使っていて、「えー、蚊って血を吸うのはメスだけじゃん?」と少し気になりました。「彼」という言葉に「オス」の意味は乗せてないのかもしれないですけど。というか、気にするのはそこではない気が我ながらしますけれども(^^;)。

  • 中村さんが人の抱える闇を描こうとしている姿勢がすごく伝わってくる。

    自分の命を玩具のように扱って、死に近づこうとする主人公。幼い頃養親に虐待された影響だというのが次第にわかる。マンションの高層階からイモリやカエルを落とすシーンなんかは、命を弄ぶその嗜虐性にゾクっとしたし、施設の長との間での空想の問答もドキドキさせられた。だけど最終的に主人公が抗うことを選ぶところで、この人案外まともな人なのではという気がした。

    主人公が少し能弁すぎて物語に入れなかったのか、あるいは自分が虐待を受けた経験が無いからなのかわからないが、「狂気」を描けているかというと、少し物足りなさを感じてしまった。でもこういうテーマで書き切ってしまうのは凄いと思った。しかも27歳で。

    個人的には石原慎太郎さんの選評が良かった。
    「背景に主人公の幼い頃からの被虐待という経験がもたらしたトラウマが在る、ということになると話がいかにもわかり過ぎて作品が薄くなることは否めない。」
    「観念としてではなしに、何か直裁なメタファを設定することでこの作者には将来、人間の暗部を探る独自の作品の造形が可能だと期待している。」
    そらこんな力のある小説家なら他の小説も期待するよなぁ…と思った夜でした。

  • 『何もかも憂鬱な夜に』もそうだったけど、個人的にはたぶんそれよりもずっと暗くて憂鬱な感じで、それなのにやっぱり最後、一筋とも取れないけれど救われに近い誰かの存在が見えることで憂鬱だけが残る読了感では無くなってるような気がする。

  • 死に迫るほどの恐怖を感じたい、でも死にたいわけではない男の話。

    中村文則の小説ではよく見られるけど、本作も主人公の男は凄惨な幼少期を過ごす。なのでこの話を通して共感できる点はほとんどなかった。

    何度か死を目前にするシーンがあるけど、その一つ一つが印象に残ってる。なぜ男が恐怖を求めるのか、何度も危機が迫る中で男はその理由に気がつく。僕にはこの男の気持ちは一生分からないなと思った。

    ラストの微かな救いがお気に入り。


  • メイン作の「土の中の子供」は、共感できる感情もあって複雑な気持ちで読み進めた。
    親を恨み、環境を憎み、幼少期を引き摺りながら大人になった今、ろくな大人になれずに何のために生きているのかも分からずふとした瞬間に希死念慮に苛まれ、自分を試してしまうという感覚が痛いほど分かった。
    勿論この作品の中の主人公が遭わされた酷い目や事件の悲惨さはとてつもないし、そこは重ねられる部分ではないが。
    ただ、ここでの主人公は最後には恐怖に打ち勝って、白湯子とも上手く関係を築いていくのだなという締め方がとても希望に満ちていて良かった。

    また、同じ施設で育つトクの「不幸な立場が不幸な人間を生むなんて、そんな公式、俺は認めないぞ。それじゃあ、あいつらの思い通りじゃないか」という台詞が物凄く刺さったけれど、その上で、トクが二十歳を超えて自殺したという事実が、気丈なトクですら闇に飲み込まれてしまったんだなと悲しかった。なんだかリアルだ…。

    「蜘蛛の声」は上手くラストを読み取れなかったかもしれない。結局、通り魔ではないのかなんなのか…、蜘蛛の声が聞こえてしまってる時点で精神に異常をきたしているんだろうし、「隠れる」「見つからない」ことに興奮することは事実なんだろうけど。

  • 第133回芥川賞受賞作。

    将棋の羽生名人の決断力という著書の中で

    " 「これ以上集中すると『もう戻って来れなくなってしまうのでは』、
    とゾッとするような恐怖感に襲われることがある」"

    という一文を記載されていた。

    名人でなくても、今ここを一歩踏み込んでしまったら・・・、
    と思ったことは誰しもあるのではないだろうか。
    それは自分自身かもしれないし、他人、動物、持ち物など、他のものかもしれない。

    向こう側に行かないから、こっち側にいることが認識できる。
    これが真理なのかもしれない。

    以下抜粋

    - 下へ落ちていく感を見届けながら、胸がざわついていた。自分が緊張から解放される感覚と、新たに生まれた不安に、首筋に汗が滲み、急かされるように呼吸が速くなっていた。もう、私の力ではどうしようもない。これは私の行為であるが、既に私のコントロールの外にある。(P.40)

  • 主人公が、なぜ暗い内容の本ばかり読むのか問われた時に答えた
    「まあ、救われる気がするんだよ。色々考え込んだり、世界とやっていくのを難しく思ってるのが、自分だけじゃないってことがわかるだけでも」
    という台詞にとても共感。

    この作品もまた、そんな人たちを救われる気持ちにする一冊でした。

  • 世界観すごいなと感じた。
    終わり方も「これで終わりなの?」と感じるのに変な違和感はなく、独特の世界観を感じた。

著者プロフィール

一九七七年愛知県生まれ。福島大学卒。二〇〇二年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。〇四年『遮光』で野間文芸新人賞、〇五年『土の中の子供』で芥川賞、一〇年『掏ス摸リ』で大江健三郎賞受賞など。作品は各国で翻訳され、一四年に米文学賞デイビッド・グディス賞を受賞。他の著書に『去年の冬、きみと別れ』『教団X』などがある。

「2022年 『逃亡者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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