悪意の手記 (新潮文庫)

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著者 : 中村文則
  • 新潮社 (2013年1月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101289540

悪意の手記 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 手記の形で進行する小説。
    ある少年が死ぬかもしれない病になる。死への恐怖を他者への憎悪に置き換えて、病を乗り越える。
    退院後、親友である少年を殺してしまう。その後、少年がどうしたかと告白はつづく。

    所謂普通の少年が、死の恐怖に立ち向かい、他者への憎悪へと恐怖を変換させることなど、少年の心の動きとして上手く描けているように感じる。

    大きな病と闘うひとを、とかく美談にしたがるが、実際のところはこんなものではないかと思う。
    誰でも、どうして自分がと嘆き、幸せそうに暮らす人々を憎み、やり場のない怒りをもて余すものではないだろうか。
    キューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」でも否認、怒り、取り引き、抑うつ、受容と感情は変遷するものと書かれている。
    その怒りが長くつづくひともいるだろうし、そんなことばかり思っても仕方ないと早めに考え方を変えられるひともいるだろう。その違いが大きいのだけれど。

    本書では、何故ひとを殺してはいけないのかという答えの出ないテーマにも触れている。
    わたしも考えたことがあるが、納得のいく答えは見つけられなかった。
    本書でもあるが、理由をつけるとそれを否定しようとするひとが必ずいる。そして、誰かによって必ず論破されてしまう。そうなると、その理由に見合っていればひとを殺しても良いことになってしまう。
    理由などない。駄目なものは駄目。これが答えなのかもしれない。

    また、ひとを殺したらどうすればいいのかについて書かれている。
    ひとを殺したら、自首すればいいのか、自分も死ねばいいのか、とにかく謝罪すればいいのか、慰謝料を払えばいいのか、いつまでも罪を背負って怯えればいいのか、いつまでも逃げればいいのか、何か善行を積めばいいのか、無かったことにすればいいのか、わからない。
    これも、殺した側に選択肢などない。これが答えなのかもしれない。

    本書には、解説にかえてと作者の言葉が記されている。
    どうもこの作家は、自分は変わっているという自負が強くあるようだ。
    こういう、わたし変わってるでしょと言ってくるひとが苦手だ。
    変わっている、ひととは違う、自分は特別という結局は我儘な思考が苦手。
    いや、たいして変わってないよ、普通じゃない?と答えると大抵不機嫌になるのが面白いので、そう答えることにしている。
    最近、作者の言葉でいいものに当たらないなあと愚痴で纏める。

  • 人の命を奪った人間としてどう行きていくかの葛藤。自らを葬るか憎しみを凶器にされ殺されるか。 「人殺し」としての重みを背負いながら流れていく日々を綴った興味深い一冊。

  • 中村文則が好きな同僚から勧められた。
    と言っても、私も10冊くらいは既に読んでいて、好きか嫌いかというと、普通、という作家だった。

    今まで読んだ中で一番好きなのは『何もかも憂鬱な夜に』。だから、この『悪意の手記』にも繋がる部分があって、とても良かった。

    何より、「悪意の手記」を私たちが読めているという、メタ的だけど、そのことに最後の救いを感じている。

    よく、ドキュメンタリーで人が口にする死を覚悟する、というのは瞬間的な言葉なのかもしれないと思った。
    継続的に死を見つめようとすると、人は良くも悪くも「どうでもいい」にならなくては、耐えられないのだろうか。
    古来、日本人は死を見つめてきたけれど、限りなく透明に「どうでもいい」という無私、無我を目指してきたことと、15歳の「私」が目指した世界との断絶は、同じではなくとも、紙一重と言えないか。

    病気が治ったとしても、いつか死ぬことの宿命からは逃れられない。
    けれど、彼はきっと生きることをもう一度見つめようとして、だからこそ苦しむことになったのだと、私は考える。
    死を受け入れて死んでいくことより。
    死を受け入れて生きていくことの、難しさ。

    彼がKを喪って尚、Kに親友という冠詞を付け。
    自分を心配してくれる周りに、ひたすら頭を下げ。
    考え、考え、考え果てて。
    そうして手記が尽きる。

    救いのない結末だろうか、これは。

    円環の物語ではないからこそ、胸に響いた。

  • 「なぜ人間は人間を殺すとあんなにも動揺するのか、もっと言えば、動揺しない人間と動揺する人間の違いはどこにあるのか、どうして殺人の感触はああも絡みつくようにいつまでも残るのか、俺が知りたいことなど、誰も考えていやしない。幸せな人間が、机に座って悪人のことを語っているんだ。くだらない。俺もお前らも、みんなくだらないんだ。何が次世代だ、適当なこと言うなよ」
    (p.65)

  • 手記3で、探偵が殺人を犯す若者に関して持論を述べるところが、納得というかぐぬぬというかんじに唸りました。
    あとがきで著者はこの話を書くときに「彼ら側」(殺人者側)だったとありますが、自分は手記3の探偵側の人間だと思った。
    でも「彼ら」の気持ちの動きとかその上での行動がなにも抵抗なく頭に入ってくるので、さすがと思います。とても面白い。

  • 53
    久々の中村文則。重たい。共感してしまうところもある。こころを思い出した。
    このまま年取りたくねえなあとか思うよ。先のこと考えると面倒なことばっかだもんなあ。
    無意識のからだ。

  • 人を殺しちゃいけないってのはみんな常識では知ってる。でも、それを抑えきれなくなることもあるのだろう。
    それを行動には移さない。あとは、その感情がいつ自分の琴線に触れるかなんだと思う。

  • 私は人を殺した。そのことが私の人生にこれほどのものをもたらすとは知らずに…。死と悪をテーマに、現代の青年の心理を克明に描ききった問題作。『新潮』掲載に加筆。第18回三島賞候補作。

    中村文則の筆力にはいつも感心させられる。本作のように面白くない本でも投げ出さずに最後まで読んでしまうのだから。
    (D)

  • 三度目くらいの読了。
    入院中なので、これを読みたくなった。痛みに蝕まれるというのは、精神に深く関係し、根底の人格に作用する。
    中村文則にしては珍しく、元来の悪とは異なる人間が基盤となる作品。本質により犯罪をするのではなく、病という後天的作用によって犯罪者になる主人公、及び家庭環境から犯罪者になる友人。
    中盤の台詞が深く刺さる。

  • すごすぎてなかなか言葉にならない。贖えないものの贖えなさ、かけがえのなさを突き詰めていく。何故人を殺してはならないのか、という問いは表のテーマで、真に描かれているはその人間の人間性をはかるにあたっては、かけがえのなさ(命)を引き合いにだしてもなおはかりきれない「何か」があり、その「何か」の具合によって人間性が決定付けられているのではないかということ。と読み取った。

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至に至る病に冒されたものの、奇跡的に一命を取り留めた男。生きる意味を見出せず全ての生を憎悪し、その悪意に飲み込まれ、ついに親友を殺害してしまう。だが人殺しでありながらもそれを苦悩しない人間の屑として生きることを決意する-。人はなぜ人を殺してはいけないのか。罪を犯した人間に再生は許されるのか。若き芥川賞・大江健三郎賞受賞作家が究極のテーマに向き合った問題作。

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