葬送 第一部(上) (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.75
  • (36)
  • (41)
  • (59)
  • (5)
  • (1)
本棚登録 : 778
感想 : 63
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (355ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101290331

作品紹介・あらすじ

ロマン主義の全盛期、十九世紀パリ社交界に現れたポーランドの音楽家ショパン。その流麗な調べ、その物憂げな佇まいは、瞬く間に彼を寵児とした。高貴な婦人たちの注視の中、女流作家ジョルジュ・サンドが彼を射止める。彼の繊細に過ぎる精神は、ある孤高の画家をその支えとして選んでいた。近代絵画を確立した巨人ドラクロワとショパンの交流を軸に荘厳華麗な芸術の時代を描く雄編。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 幼少期からクラッシックピアノを習っていた
    10年は習ったのだろうか…
    世の中のクラッシックファンの前では口が裂けても言えないのだが、とうとう一度もクラッシックピアノを好きにならずに大人になってしまった
    好きでもないことを練習するのは子供心に相当苦痛であったため、余計に屈折した拒絶反応を身に着けてしまった気がする
    しかしながら、唯一ショパンだけは違った
    ショパンだけはなぜか好きだった
    理由は今でもわからないし、ショパンのことは何も知らない…(恥)
    先日読んだ「また、桜の国で」の作中での「革命のエチュード」を久しぶりに聴いたこともあり、本書を読みたくなった

    物語の舞台は19世紀中盤のパリ
    1846年11月から天才音楽家ショパンの死まで、2月革命前後の約3年間に焦点が当てられる

    ショパン、ドラクロワを中心とした芸術家たちの心の葛藤や孤独、彼らを取り巻く人間関係をその時代の流れと同じようにじっくり描かれている
    ファスト文化に慣れ親しんだ最近の我々には、もどかしさを覚え、こういったじっくり読みものを通読できない人も多い気がする(もちろんブクロガーさん達のことではないですよ!)
    しかしこの時間のゆったりと進む時の流れを面倒くさがらず向き合い、とことんこの時代のパリ、そしてたくさんの登場人物達の元へタイムスリップする…
    そんな醍醐味が得られる作品だ

    文体も時代を感じさせるよう工夫が凝らされ、まるで一昔前の翻訳した作品のようで良い味を出している
    また心理描写の文章の長さや古典的な技法もあちこちに散りばめられ、深いこだわりを感じる

    平野氏が3年以上の月日をかけて書かれたと聞く
    この時代の出来事や知識を相当な時間をかけ、調べ抜き、労力を惜しまず完成させた感が随所に溢れている
    フランス語の原文でフランス文学を読まれているだけのことはあり、一貫して全く日本人が描いた作品には思えない!
    「マチネ…」しか読んだことがなかったためか、驚いた
    重厚だとは聞いていたがこれほどまでとは…
    その時代、その場所にすごい力で持っていかれる

    というわけでここでは本書の本題にも入らない程度の紹介にとどめる
    なんせ長いから慌てる必要もない(笑)

    次回から本書の内容に触れていきたい

  • 読書感想文は苦手なのだが、この小説に感想を書こうなんて百万年くらい早い気がしてきた・・・。

    再読しなければ、感想など書けないような、
    そんな壮大な作品だった。

    読み始めて挫折されている人が多いようだが、私も実にその一人である・・・。

    読書にじっくり時間を割けないのであれば、
    この作品は読まない方がいいのかもしれない。

    じっくり向き合える時に読むべき、超大作なのではないかと思う。

    この作品は「作者名」で「作者買い」してしまった一作なのだが、作者の初期の作品だからそこまでではないだろうと思ったのが敗因。。。

    これは素晴らしい。

    何度も何度も読み返し、web で調べて、また進んで、戻っての繰り返しだった。

    そのくらい深く、難しく、自分の中でイメージを固めるのに時間がかかった。

    私にはまだ早かったのかなぁ?と何度も諦めそうになってしまった。

    やっと1冊終わったところだが、話は今とても面白くなっている・・・。

    さて、私、次を読み進めるのか・・・。
    一旦休憩するのか・・・。

    私にもまだわからない。。。

  • ロマン主義の全盛期、十九世紀パリ。音楽家ショパンと画家のドラクロワとの友情を軸とし、女流作家でショパンの愛人でもあるジョルジュ・サンドを始めとする人物たちが織り成す豪華絢爛な芸術賛歌を描いております。

    これは自分の中でずっと読むのを避けていた小説のひとつで、理由はというとなんといってもテーマの重厚さと原稿用紙2500枚分という膨大なボリュームからでした、しかし、今回この小説を読むきっかけとなり、また、僕の背中を押してしてくれたのは、誰あろう筆者である平野啓一郎氏その人でありました。

    以前、平野氏のツイッター上で『葬送』の話題になっていたときに僕が
    『僕も読もうと思っておりますが、あの重厚さに二の足を踏んでおります。』
    と書き込んでみたところ、なんと平野氏本人から
    『読み始めるのは大変ですが、ぼくの小説の中で一番好きだと言ってくれる人も多いです。最初が重たいとよく言われる小説ですので、第二部上のショパンのコンサートから読んで、この前後ってどうだったんだろうと、遡ってみるというのも、一つの方法かもしれません。』
    というメッセージが返ってまいりました。

    原作者からそこまで言われれば読まないわけにはいかないと。ある種の決意を持ってページを読み勧めてまいりました。物語の舞台になっているのは十九世紀パリ。芸術的な動向としてはロマン主義の真っ盛りだそうで、その辺の知識が欠如しているのは非常に残念です。物語の軸となるのは『天才音楽家』の称号を恣にしたフレデリック・ショパンと近代絵画を確立したウージェーヌ・ドラクロワとの友情とショパンの愛人であり、閨秀作家のジョルジュ・サンドとの関係を中心にして物語は進められていきます。ショパンやドラクロワにかかわらず、当時のサロンで語られている芸術論の情熱的な語り口や、彼らを取り巻く弟子、友人、そしてサンドの子供たちとショパンとの複雑な関係からにじみ出るような緊張感も非常にスリリングですし、特に、サンドの娘であるソランジュの結婚にまつわるひと騒動はとても印象に残っております。

    当時の社会情勢や芸術界について、もっと自分に知識があれば物語世界に踏み込んでいけるんだけれどなぁと残念この上ないのですが、ショパンとドラクロワと取り巻く『人間ドラマ』としてこの小説を読んでも、深みのある物語ですし、当時の世相というか、芸術の動向を知る手がかりとしても面白く、何でこれを今まで読まなかったのかと、若干の後悔を持ちながら長い長い旅路をはじめたような気がいたします。

    今後、彼らがどうなっていくかはまだわかりませんが、楽しみに読んで行こうと思っております。それにしても改めて知ったのですが、平野氏がこの作品を世に問うたのが25歳の頃。この事実を再確認するにつけ、本当の天才というのはやっぱりいるのだなと、筆者のような人間が『芸術の神』に愛された存在なんだなと、そういうことをとみに思うのでございました。

  • ショパンとサンド夫人は、愛し合っていたのかと思っていたんだけど、この本を読むと、壊れないようにお互いが気を遣っていて息苦しい関係だったように思える。
    ショパンが純粋で優しい。
    ショパンもドラクロワも体調が悪く「どこもかしこも病人だらけ」。
    そういえば、最初の葬式シーンにサンド夫人は出ない。
    ドラクロワはデュマのファンなのか、「家でモンテクリスト伯ばっかり読んでる」らしく、自分も同じものが好きで嬉しくなった。しかし、ショパンともども「面白い、それだけ」という感想。病人には「疲れなくて済む」作品が必要だと共感した。

  • 第一部、第二部とも読み終わりました。
    各巻それぞれ、かなり多くの引用をしましたが、印象に残った表現もあれば、異なる作家さんの全く違う話と関連付けて残したものもありました。

    巻末の解説にもありますが、集中して読んだ方がいい小説です。たまたま時間が取れる時に読もうと思い立ったのは偶然でしたが、こんな時でなければ挫折していたか、読み終えたとしても印象が散漫になっていたと思います(^_^;

    19世紀の小説技法で書かれているそうですが、時々、スタンダールやドストエフスキーを読んでいるような錯覚に陥ることがありました。
    難解な文章な上に、出てくる音楽や絵画をそのつどネットで探して聴いたり観たりしていたので、よけいに時間がかかりました。ショパンの葬儀の部分で聴いたのは主にモーツァルトのレクイエムでしたが、第一部冒頭の部分に限っては、ショパンの葬送行進曲(ピアノ協奏曲第2番第3楽章)よりも、同じ第2番の第1楽章の方が、私にはしっくりきました。


    ショパン、ドラクロワという稀代の天才二人を中心に、二月革命前後の芸術家を取り巻く群像劇。などと片づけると簡単ですが、いろいろなものが盛り込まれています。

    ショパンとドラクロワの交流も書かれていますが、それがメインではありません。彼らが天才にしか理解できない何かで深く繋がっていたのかもしれませんが、それも私には、行間から読み取れた気がする程度でした。
    登場人物、特に上の二人とジョルジュ・サンド、その娘ソランジュについて、それぞれの思考がそれぞれに細かく綴られていきます。解説によると、絵画の手法の一つ「色彩分割」を小説で試したとのことですが、思考の流れ、感情の揺らぎ、その結果の行動、結末に対する不満、後悔、諦め、責任転嫁、内省、など、後から振り返るとたしかに分割された心理表現だったのかもしれない、と考えました。読み返して確かめる気力は、今はありませんが・・・

    ドラクロワは、絵にかける思いや画壇への複雑な心境など、雄弁な思考が描写されています。著者は彼の日記を原文で読まれているそうなので、そこから取り込んだものもかなりあるでしょう。
    芸術、特に絵画に対するドラクロワの主張は、勉強不足な頭ではすべてを理解はできませんでした。でも彼が本当にそれに人生を賭けている、というよりも、賭けるように生まれついていてむしろその運命に恐怖さえ感じている、というのが伝わってきました。
    完成した図書館の壁画の描写は圧巻です。作者本人でさえ怖れをなすほどの作品を作ってしまう才能こそ、天才と呼べるものなんでしょう。

    逆にショパンは、周りの人間から見た彼の人と為りが多く描写されていています。あれほど繊細な曲を作る人が、どういう人だったのか。実際に会えるはずもないので本当のところは分かりませんが、これほど調べこんでいる著者の描いたものであれば、多分かなり実際に近いショパンなのではないかと信じます。
    演奏の様子を文章で表現するというのは、絵画の出来を表現するより難しいと思うのですが、演奏会の描写はやはり圧巻でした。あの時代のあの場所に生まれて、ショパンの演奏するショパンの曲を聴いてみたかった。


    残念なのは、第一部には視点が狂うところが散見されたこと。まだ登場人物の性格も周囲の状況もはっきり把握できてない段階で、何の手がかりもなくふと視点が変わってしまうところがあって、しばらく読み進めて「これは誰の視点だ??」と混乱して読み返す、ということが時々ありました。
    第二部にはこういった点は気づきませんでした。回顧部分と本文が区別しにくいところはありましたが、こういった文体ではままあることかなと思います。


    いつも読後の感想を書くたびに思うことですが、私には感じたことを書くにはあまりにも語彙がなく、表現力も不足しています。ショパンの造形について。最後のドラクロワの描写が残した余韻について。書きたいのですが、言葉が浮かびません。

  • 全4巻から成る大作の、一冊目。
    この巻は主人公たるショパンとドラクロワの人物像、彼らの日常と交流の様子、その周辺人物と舞台である19世紀のパリの街並、といった背景の描写が中心となっていて、何か重要な事件が起きるわけではない。だから正直、重苦しい語り口とも相俟って、読みやすいとは言い難い。
    しかし300ページも使って語られるほどに作り込まれた人物像、舞台背景はとても魅力的で、念入りに推敲されたのであろう重厚な文体はまるで、一つの荘厳な建築物を思わせる。

    読み進めるにつれて、冒頭から立ち込めていた「死」の匂いが次第に濃くなり、『葬送』という題名の意図するところが見え始めてきたところ。
    繊細なピアノの音色が流れ、勇ましくも思索に満ちた絵画が飾られた、この聖堂のような大作を、最後まで、心行くまで堪能したいと思う。

  • 「葬送 第一部(上)」平野啓一郎著、新潮文庫、2005.08.01
    356p ¥540 C0193 (2023.06.19読了)(2010.10.02購入)

    【目次】(なし)
    千八百四十九年十月三十日
    第一部(上)
    一~十一

    ☆関連図書(既読)
    「ショパンとサンド 新版」小沼ますみ著、音楽之友社、2010.05.10
    「ショパン奇蹟の一瞬」高樹のぶ子著、PHP研究所、2010.05.10
    「愛の妖精」ジョルジュ・サンド著、岩波文庫、1936.09.05
    「ショパン」遠山一行著、新潮文庫、1988.07.25
    「ドラクロワ」富永惣一著、新潮美術文庫、1975.01.25
    「ウェブ人間論」梅田望夫・平野啓一郎著、新潮新書、2006.12.20
    「三島由紀夫『金閣寺』」平野啓一郎著、NHK出版、2021.05.01
    (アマゾンより)
    ロマン主義の全盛期、十九世紀パリ社交界に現れたポーランドの音楽家ショパン。その流麗な調べ、その物憂げな佇まいは、瞬く間に彼を寵児とした。高貴な婦人たちの注視の中、女流作家ジョルジュ・サンドが彼を射止める。彼の繊細に過ぎる精神は、ある孤高の画家をその支えとして選んでいた。近代絵画を確立した巨人ドラクロワとショパンの交流を軸に荘厳華麗な芸術の時代を描く雄編。
    ショパン生誕200年のメモリアルイヤーを彩る、美と感動の長編小説

  • 平野さんの表現方法に挫折。。
    どうしても眠くなり読み続けれない。
    小説の時代背景は好きな時代なので★3つですが、自分の読書能力の低さに悲しくなります。

  • ドラクロワの葛藤が印象的だった。
    何度も画集も眺めながら。

  • 『葬送 第一部 上』
     音楽家・ショパンと画家・ドラクロワを取り巻く人々の物語。
     ショパンの葬式から始まり、そこに至るまでの3年間に何が起こるのかが気になり読み進めていく。
     第一部の上巻は人物説明・描写も多めにとられている印象であるため、少し進みが重たい感じもしたが、後半から徐々に物語に動きが出てきた。
     心に引っかかったのは主にドラクロワの言葉。
     「(アングル派の絵を指して)絵の中にはある奇妙な時間が流れている。たるんだ時間とも言うべき時間がね。」
     これはいかに自分自身が絵画を描くために生き生きと情景を捉え、表現しているかを説いている場面。
     「(今の若い画家を指して)絵は決して語らず画家こそが語ろうとするんだ。そんな絵は、言ってみれば文学の下僕のようなものだよ!だけど、今にそんな退屈な時代が来るよ。」 ここでもドラクロワは自身の苦労を語りながら、若い世代への苦言をショパンに語っている。
     「作品というものは、作者が残そうという努力をしなければ残らないものだというのが僕の持論です。(中略)どうするか?政府に買い取ってもらい、宮殿や美術館に飾ってもらう(中略)そして、そのどちらも官展での勝利なくして不可能なことですよ!」
     「八年経って世間の風潮が変われば、駄作も突如として傑作に変わる。しかも、作品そのものには、ただの一筆も加えることなく!」
     「どのような立場でものを言うにしても、最低限満たしておかねばならない言説の水準はある筈であった。(中略)問題は、何故そのような手法が採られたか、その意義とそこから生み出された結果の是非とを考えることだ。」
     このあたりの発言はドラクロワだけではなくあらゆる芸術家や著者自身にも根差した言葉であるように感じた。
     ショパンについてはまだ印象が薄めであるが、サンド夫人とその家族との関係性の中でどのような結末に至るのか、下巻・第二部が楽しみである。

全63件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

作家

「2017年 『現代作家アーカイヴ1』 で使われていた紹介文から引用しています。」

平野啓一郎の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
フランツ・カフカ
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×