おめでとう (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101292328

感想・レビュー・書評

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  • 裏表紙を見ると『よるべない恋の十二景』らしく、それらに、たよりとするところが無いのかどうか、私には分からないが、川上さんの数々のこと細かい描写に、胸を突かれるような愛おしさが湧いてくる事は確かである。

    それは、最初の「いまだ覚めず」だけでも枚挙に暇がなく、タマヨさんが、十二年前の写真を捨てずに取ってある事や(しかも、壁一面に貼ってある中のどこにあるか、瞬時に分かった)、「仕事ばっかりしてる」「わたしも」の『わたしも』や、『あなたと手つなぐの、すきだった』や、「なにしてあそぶ」と、少しお化粧をして少しよそいきになったりと、言葉だけだと何ということも無いように思われるが、物語に於ける、これらの言葉の端々には、人を好きだという特別感のある思いが密かに、しかし、確かに息づいているのが、私には感じられるような気がして、読んでいて切なくなる。

    また、「冬一日(ふゆひとひ)」に於いて、『百五十年生きることにした』は、それほど心には響かず、寧ろ、『私の声が、少しだけ、真剣にすぎた』から、『「そんなこと、ない」。こんどはできるだけ真剣にならないように気をつけながら、私は答えた』への私の想いや、『玄関の狭い土間に並んで靴をはき』にグッとくるものがあり、台詞もそうなのだが、それに続く、なんてことのない描写に感情移入させられるのは、きっと、そこでも言葉にならない台詞が読み手それぞれに感じられるからだと思い、こうした、その人の見えない大切なものを思い起こさせてくれる、川上さんの文章には、一言では説明できないような感情が、じんわりと込み上げてくる。

    そして、「春の虫」と「冷たいのがすき」、それぞれに共通していたのは、好意的な部分だけではないところも受け入れているところで、前者は、『羨ましさのなかには、羨ましさだけではない余分ないくつかの気分も混じっていて、それは少々居心地の悪いものだった』に、後者は、『いじらしく、また、うとましく、感じるかぎり、僕は章子から離れられないのだと思う。いじらしい、だけならば、こんなに続かなかっただろう』にある、その複雑な気持ちは、自分だけに開いてくれている様々な一面に人間らしさがあることに、自分自身と似通った安心感を感じられたからではないかと思う。

    それと、本書に度々登場する言葉として、『十年』があり、それは、十年ぶりに会いに行くであったり、十歳年上の男と別れたであったり、十年来の付き合いであったりと様々なシチュエーションではあるが、そこに見えるのは、人は単純ではないけれども、それとは別にある素直な単純さも魅力なのではないかということなのかもしれず、それは恋愛を経て、変わったところと変わらないところ、人間として成長できたなと感じたり、相変わらずだなと感じたり、新たな考え方を身に付けたと思ったら、それでも譲れないところはあると思ったり、十年経ってもどうしたらいいのか分からないと感じたり、おそらく、それらの思いのひとつひとつは、何年経とうが、その人の芯の部分として、もしかしたらブレずにあり続けるものなのかもしれないし、実は、そう見えるだけで、本当は物凄く大きな変化を遂げているのかもしれない、そんな変わるものと変わらないものを持ち続けて生きていく人間への愛しさと、それらを一人で抱えきれず共感を求めたいがばかりに、恋があるのではなんて思ってしまったが、あまりロマンチックではありませんね。

    それでも、人を想うことの素晴らしさと、そのかけがえのなさを私に教えてくれた、「ばか」の言葉には、ロマンチックだけではない、個人的にそっと大切に包み込んでおきたいような真摯な想いに、私は心打たれたのである。

    『男とのことがらは、藍生にとってあまりにうつくしいことがらなので、誰にも話すことはできない』

    『女ともだちと愉しんだのと同じだけ、男のことを深く感じたのである』

  • 幸せなのにさみしい。
    主人公の多くの「私」には名前が出てこない。それがよけいに自分に語られ、問いかけられているようだった。
    心のままの感情を持ってしまうことへの辛さ、心細さとか、人との絡まる感情は、どうにも消化できない。
    多くは「ままならぬ関係」だったりするが、それでもふふっと笑えたり、不確かなものだって存在するんだと、人の心の儚さが、ずしっと刺さった。
    無機質でお人形さんみたいに感じる登場人物…そういう、ゆめうつつのところが、それはそれで好きなんだと思う。笹蒲鉾を持ってタマヨさんに会いに行った「私」は、私でもあった。空想の中で会いたい人に会いに行く、つい移入してしまう。

    「夜の子供」「冷たいのがすき」が特に印象に残った。
    表題作「おめでとう」西暦三千年一月一日のわたしたちへ、世紀末で孤独に生きる女性。時々会う「あなた」。
    永遠に漠然と憧れを抱いていたかもしれなかった。しかし、仮に永遠が存在するなら、とてもこわい、しんどいものだと思わされた。とても好きな短編だと思いました。

  • やっぱり川上弘美って良い〜

  • 二人ともたくさんの嘘をついたに違いなかった。いつもの逢瀬に必要な何倍もの嘘を。しかし二人して、なんでもない顔をしていた。

  • いや、川上弘美、最高だな!?

    川上弘美の恋愛短編集。オススメ頂き読んでみました。
    私にとっては『珠玉の』恋愛小説。『珠玉』とはこういう感じなんだろうなぁとひしひしと。

    切ないお別れの話から、不倫の話から、元カレと再開したお話から、いろんなお話が収録されていて、たくさんの川上弘美が楽しめます。

    てか川上弘美さん、文体が独特だよね〜。
    なんだろう…読み始めると一発であ!川上弘美!って分かる独特の雰囲気があります。
    そのせいか割と目がはやい(って言う?)私も文節文節丁寧に、自分の中に刻み込むように読んでしまう。
    刻み込むせいかじんわり自分の中に染み渡る。

    フッと笑っちゃうお話もあれば、なんて例え!と拍手したくなるお話もあり、一つ一つは短い短編ながらお腹いっぱい大満足でした。

    個人的には次の日の味がしみてるけど乾いたちらし寿司って例えが素晴らしいと思いました。
    素晴らしい発想。そしてすごくよく分かる!なんて例えだ!





    @手持ち本

    • 黎明さん
      気に入っていただけて嬉しいです!

      自分の中に刻み込むように読んで、じんわり染み渡るのとても共感できます。
      例えの発想が独特だからこそ、すご...
      気に入っていただけて嬉しいです!

      自分の中に刻み込むように読んで、じんわり染み渡るのとても共感できます。
      例えの発想が独特だからこそ、すごく言い得て妙というか、なるほどなぁ!となるのも!

      私も久々に読み返したくなりました!
      2023/01/29
    • 田宮さん
      おすすめありがとうございました〜^^
      めちゃくちゃ最高の本でした!

      ほんとに独特の川上弘美節みたいなものがありますよね。
      しっくりくるし、...
      おすすめありがとうございました〜^^
      めちゃくちゃ最高の本でした!

      ほんとに独特の川上弘美節みたいなものがありますよね。
      しっくりくるし、逆にもうそれしか考えられない。ぴったりはまりすぎていてそれ以外の表現方法ないよね!?と思うくらいです。

      今の歳にこの本&作家さんに出会えてよかったなぁと。本当にオススメしていただいてよかったです!
      2023/01/29
  • 11月29日購入。30日読了。さらっと読みました。せつないとは感じませんが,他の著作を次々と読みたくなります。

  • 川上弘美さんの本は不思議。
    短編で、明らかな小説なはずなのに、途中エッセイなのかと思ってしまう瞬間が何度もある。
    もう一度読み返すと、やはり小説。ファンタジーでもないのに世界観が少しふわふわしていて面白い。

  • キメの細かい砂のようなサラサラとした文章と、空気感。
    やわらかさとサバサバした感じの両方があるよう。
    そしてちょっとひょうきん。
    やっぱり好きだな、川上さん。
    人との距離感の描かれ方や、言葉のすき間にチラッと見え隠れするさみしさも。

    幽霊にたたられて復讐する「どうにもこうにも」、ちょっと異界の「運命の恋人」、未来の話「おめでとう」を含め
    私の読んできた川上さんらしさの感じられる短編集だった。
    心地よかった。

  • 15/12/16
    ぽっかり明るく、深々しみる、まさにそれ。『夜の子供』がたまらなくすき。ちなみに子供はでてきませんよ。イチゴミルク~~


    P60-61 『春の虫』
    「もらったからあげたのかな、あたし」
    「もらった?」
    「うん、もらった、いろんなもの」
    「どんなもの」
    「目に見えないいろんなもの、目に見えないけどなんだかほかほかするもの」
    「もらったのかあ」
    「うん、たしかにくれたような気がする」
    (中略)
    「ショウコさんがあげたのは、何?」
    「お金と時間」
    「なるほど」
    「つまらないものよね、あたしのほうは」

  • 一筋縄ではいかぬ恋や愛がごろごろしているのに、なぜかえぐみもいやみもない。
    息をするのと同じように、当たり前のことのように思えてくる。
    そして、そんな当たり前の人生と同じように、笑ってしまったり、どうしてか泣きたくなってしまうような寂しさに襲われたりする。
    なんで、こんなに、この人の作品って切ないんだろう。

著者プロフィール

作家。
1958年東京生まれ。1994年「神様」で第1回パスカル短編文学新人賞を受賞しデビュー。この文学賞に応募したパソコン通信仲間に誘われ俳句をつくり始める。句集に『機嫌のいい犬』。小説「蛇を踏む」(芥川賞)『神様』(紫式部文学賞、Bunkamuraドゥマゴ文学賞)『溺レる』(伊藤整文学賞、女流文学賞)『センセイの鞄』(谷崎潤一郎賞)『真鶴』(芸術選奨文部科学大臣賞)『水声』(読売文学賞)『大きな鳥にさらわれないよう』(泉鏡花賞)などのほか著書多数。2019年紫綬褒章を受章。

「2020年 『わたしの好きな季語』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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