河岸忘日抄 (新潮文庫)

  • 494人登録
  • 3.97評価
    • (56)
    • (48)
    • (48)
    • (5)
    • (1)
  • 55レビュー
著者 : 堀江敏幸
  • 新潮社 (2008年4月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (405ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101294735

河岸忘日抄 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 読み始めた事のみを理由にして読了するには、多くの時間を費やしすぎた気がします。

  • 10年くらい前に買って、何度も途中で挫折し、結局読み終えるのに今日までかかってしまった。

    にも関わらず、
    10年間ずっと大切な本だった。

    孤独である、ということに、こんなにあたたかい日の光を注いでくれる小説を、他に知らない。

  • 子供の頃は一分一秒毎に将来の夢が変わった。女優にもお花屋さんにも宇宙飛行士にも教師にもなりたかった。
    でも、本当はもうなりたいものになっていることに気づいていた。それは「何かになりたいけど、なれない(ならない)」自分であって、何かにならなければ、何にでもなれることを知っていた。

    この本に描かれた、河辺にひっそりと漂い続ける生活は憧れる。でも、「憧れる」じゃ少し足りない。この幼児みたいな丁寧な生き方を、私達はおそらく「知っていた」。
    ためらい続けることの贅沢さ、何にもならないことの自由さ、悲しみを悲しみと定義することで陳腐化してしまう悲しさ。
    それと、自分を必ず迎えに来るKみたいな得たいの知れない結末の存在。
    そんなことを。

    なんか、この本は感想を書くことで感想が失われてしまいそう。
    そういう儚い本。

    あとは、これは忘日じゃなくて、覚日抄だよなあって思った。

  • ひとの何倍も働いてきた「彼」がそれまでの生活を清算し、異国の地の河に繋留されている船を借りて日々を過ごす。備え付けの本棚から本を出して読み、レコードをかける。クレープを焼きコーヒーを挽いて淹れ、郵便配達人と飲む。大家を訪ねて箴言の数々を聴き、母国の知己である男性と手紙を交わす。
    親しいエッセイのようで、読み進めるうち「彼」からいつ自分にも手紙が届くだろうかとさえ感じ始めたが、「彼」は一切の他者との関わりを躊躇いつづけているひとなのだった。
    正直者すぎる「彼」が人生という河の途中で(しかも河の上流のほうだ)動かない船に乗って躊躇い続けることを選んでいる時点の思考の軌跡は、あたかも「彼」の逡巡のようでいてその実己の逡巡を読み上げているかのようだ。だが、やさしい。日本の知己である枕木さんの思慮深い手紙、その言葉遣いの明晰さがきらきらと光る。
    他者なくしてあり得ないのが人の一生だが、そこにこんな止まり木があると思うことは、ちょっと、とてもすてきだ。主人公とともにたゆたいに身を浸すよろこび。そっとしずかにあり続ける肯定感。


    読む本の選択と暗喩のすばらしさも特筆に値する。特にブッツァーティはこれの先にでもあとにでも読むとさらにたのしさが広がるはず。
    このスピンオフとも言うべき枕木さんの小説が『燃焼のための習作』なので、たのしみはつづくのだった。

  • ひさしぶりに長い小説を読んだ。

    だが「読んだ」ということが「読了」を意味することであるのならば、ちょっと違うような気がしてくる。
    「読み終える」ことに意義を付さないものがこの文章・・というより堀江氏の文体にはあるようなのだ。

    「ためらい」つつ、変奏しながらどこまでもつづいていくような・・

  •  セーヌ河に浮かぶ船で人が暮らしている姿を見たことがあるだろうか。あれは「ペニッシュ(平底船)」とよばれる住居だ。水上生活者といえばランクの低い生活と思われがちだが、とんでもない。セーヌ川の河岸に泊まるペニッシュは「億ション」もザラにある。しかも河岸に停泊できる艘数に制限があるため、何年も順番待ちが続く。停泊料もかかる。しかし一戸建てが許されないパリ20区の中で、独立した住まいを持つにはこれしか方法がないのだ。
     そんな事情を知ってこの本を読むと、主人公の暮らしがリアルに思い描けるかも知れない。何をしているのかわからない主人公の「彼」。隠遁生活とも言える暮らしの中に、時々パリジャン、パリジェンヌが入り込んでくる。しかし彼らが去るとまたひとりの暮らしに。しかし船暮らしは快適なものらしい。船底を打つ波音。頭上に広がる星空。早朝には舳先で鳥がさえずり、日々の暮らしはとてもパリとは思えない静けさだ。ほうれん草を茹でてオムレツ風グラタンを作ったり、雨の湿気を含んだバゲットをオーブンで温め、バターとグラニュー糖をかける(簡易ラスクである)。本を片手に済ませる食事。気が向いた時にかけるレコード。
     かつてはパリに多くいたであろう「思索する人」が、いまもこうして棲息しているのかも知れない。セーヌ河岸を早朝に散歩しながら、「彼」の生活を覗いてみたい気持ちになる。

  • 生きていること、それはいろんな意味で移動すると言うことで。物理的にも心理的にも。けどその移動の影響をあまり受けない生き方というのもまたあるわけで。本来移動するための「船」が動かない状態で存在し、その中で生活すると言うのはどういうことなのだろう。主人公がフランスのセーヌ川のほとりに係留されている船の中で始めた生活は、動くことを拒否し変わらないことのなかで移動していくものをぼんやり眺めているというようなもの。ひっそりとした秋の雨のような物語。

  • 主人公は「彼」、と三人称で語られているにも関わらず、一人称小説にも読めてしまう。
    現実の小説、音楽、絵画や事件を絶妙に織り交ぜつつ、相変わらずの堀江節で全ての境界線を曖昧にしたまま物語は「彼」の思考を追いながら少しずつ「対岸」へと向かっていく。

    「彼」と関わる人物の中で、やはり印象深いのは「大家」の老人と「枕木さん」。
    その言葉はどれも箴言で、どきりとさせられたり唸らせられたり。

    ところで、堀江さんの本にはいつも素敵にくたびれた(つまり、旧いけれど趣味の良い)存在感のある雑貨や調度品と、シンプルで素朴だけど手間ヒマを惜しまずに作られたものすごく美味しそうな飲食物が出てくる。

    特に、食べ物関係は食欲を多いに刺激されて溜息が出るのだが、今回は、ガラパゴス産のコーヒーと、バターたっぷりにグラニュー糖をまぶしたクレープが猛然と食べたくなった。あと、マルメロのジャムってどんな味なのか気になる。
    あ、それと。チェーホフ、読んでみようと思いました。

  • ついている付箋の数がすごい。

    すすめていくほどに、暗雲が立ち込めてありながらに少しずつ見えてくる隙間と、気持ちの移動の跡。
    答えを求めないことを肯定することを否定されることが多い中、このような本を読めたことが嬉しい。

  • 美文に疲れて休憩中。
    文章にも、「乱調」が必要なのかも。

全55件中 1 - 10件を表示

堀江敏幸の作品

河岸忘日抄 (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

河岸忘日抄 (新潮文庫)の作品紹介

ためらいつづけることの、何という贅沢-。ひとりの老人の世話で、異国のとある河岸に繋留された船に住むことになった「彼」は、古い家具とレコードが整然と並ぶリビングを珈琲の香りで満たしながら、本を読み、時折訪れる郵便配達夫と語らう。ゆるやかに流れる時間のなかで、日を忘れるために。動かぬ船内で言葉を紡ぎつつ、なおどこかへの移動を試みる傑作長編小説。

河岸忘日抄 (新潮文庫)の単行本

ツイートする