わたしたちに許された特別な時間の終わり (新潮文庫)

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著者 : 岡田利規
  • 新潮社 (2009年12月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101296715

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わたしたちに許された特別な時間の終わり (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 久々に文学っぽいものを読んだなあという感じ。
    同名の映画に興味があって、小説を読んだ。

    出てくる固有名詞にも、六本木のスーパーデラックスとか、なじみがあってというか、むかしをおもいだして、あーきもちわかるよというか、わかりたくないというか、閉塞感への親近感はもてた
    物語ではなくて、ある雰囲気の切り取りを読んだようなきもち。

    骨組みとしては?時間軸と語り手の視点がねじれていって、それが絶妙なうまさというか、気持ち悪さを醸し出してるのだと思った

  •  なんともとらえどころのない本。
     イラク戦争が始まる直前の5日間に、渋谷のラブホテルに閉じこもってセックスを続けた若い男女が登場する「三月の5日間」。
     かび臭いアパートの一室で、横になりながら、夫の自分への思いを妄想し続ける妻を描いた「わたしの場所の複数」。
     この2つの短編をまとめ、本書のタイトルとなっている。
     まず珍しいのは、表題作がないということ。
     しかし収録2作はまったく連作にはなっていない。
     
     なぜ、このタイトル?
     何が共通して描かれているのか?

     その視点を持って読むと、見えてくるものはある。
     
     ここにあるのは、なんでもなさそうでいて、実は決定的な(それはもちろん小説中の当事者にとって)、「特別」な時間であるということだ。

     その特別さは、決して社会とはかかわらない。同時に登場人物の人生の転換点などでもない。
     でも特別。

     ここにあるのは、世の中の変動や動きから、取り残されていても、それは置き換えが聞かない唯一の時間。

     話者が次々と変化していくので、やや読みづらいが、浮遊する存在感の希薄さがよく伝わる。
     ああ、こういう小説もたまにはいいなあと思いながら読了。

     ちなみに大江健三郎の巻末エッセイも読みごたえあり。
     でも、本編前には読まないほうが得策。大江の読みに引きずられてしまうのは確実だから。

  • john gastroの純文学コーナー「J/B」で購入。
    本質ではないけど、映画館で会った女の子の突き抜けた痛さが心苦しい。

  • 全ての思考や行動があっちにいったりこっちにいったりする、でも語られないところは必ずあってその空白が気になってしまう。三月の五日間の映画館にいたブサイクな女の子の痛さが、自分か!と思って直視できなかった。直読。

  • なかなか話の中に浸るには 難解な小説だった。

    非日常な2編の主人公たちの 「特別な時間」は、自分が経験したいか・・・と問われれば、(したくない)時間の過ごし方だけど、
    私が気づかないだけで、案外 そこらへんに歩いている人たちは そんな時間を過ごしたことがあるのかもしれない。

    文章はとても映像的で、肉感を感じさせる。
    とくに2編目の中にあった
    「右足の親指の裏側の脇のほうが、いつのまにか、人差し指の上に乗っかるような感じ」

    上手いなぁ・・・と思う。

    でも 一人語りのくどさとの戦いでした。

  • 収録された二編とも起伏のないストーリーで、人称や視点がころころ変わり、決して読み易くはないはずなのに、不思議と引き込まれた。大江健三郎による巻末の解説も、濃密で読み応えがあった。

  • 脚本は前に読んでいてそっちの評価文等は読んでいたのだけど、なのに小説は全然読み進まなくて、買ったときに観に来ていたチェルフィッチュの舞台も身が入らずじまいで挙句寝てしまって、多分そのだるさみたいなものが取れたから今回読み終えられたような気がする。
    読めなかったのは、やはり緊密性があるのだと思う。本来あるはずの文末・句点やが流れまくった口語の文章は、そのモダリティすら浮遊感と空虚をちゃんと演出する。頭は使わされる。かわいこぶってないけど面白く読めて、一読の価値は間違いなくある。
    読み返しもしたいところ。

  • イラク戦争下。タイムアウトを迫る世界から遠く離れ特定の行為に埋没し、その世界からもまた日々の生からも離脱することを許された特別な時間はやはり終わり、剥き出された赤裸の日常性に否応なく巻き込まれる(「三月の5日間」)。
    あるにのはただ無為と倦怠が偏在する複数の場所であって(「わたしの場所の複数」)、悪意と諦念の瀰漫する日々の中でさえ、ふいに「良質の悲しみ」(©大江健三郎)が現れる。

  • 【本の内容】
    ブッシュがイラクに宣告した「タイムアウト」が迫る頃、偶然知り合った男女が、渋谷のラブホテルであてどない時を過ごす「三月の5日間」。

    疲れ切ったフリーター夫婦に忍び寄る崩壊の予兆と無力感を、横たわる妻の饒舌な内面を通して描く「わたしの場所の複数」。

    人気劇団チェルフィッチュを率いる演劇界の新鋭が放つ、真に新しい初めての小説。

    第2回大江健三郎賞受賞作。

    [ 目次 ]


    [ POP ]
    著者主宰のチェルフィッチュの演劇を観るような導入から始まり、多様な解釈が可能な演劇から、一つの選択肢が小説に結晶した。

    「三月の5日間」は米軍のイラク空爆の間、あえてTVもつけずに渋谷のホテルで過ごした男女2人の話。

    「わたしの場所の複数」は、動かした身体の感覚描写が特に目を引く。

    終わり方にも驚く。

    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

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    [ 参考となる書評 ]

  • これは素晴らしい読後感。
    僕、彼、男、
    私、彼女、女。

  • とても心地よい言葉の海にひたれました。難解な内容だったのに幸せな気分です。三月の五日間の方が好き。私の短い今までの人生に訪れた「特別な時間」に想いを馳せたい。
    ピースの又吉さんがオススメしていたので読んでみたのだけど、又吉さんにとって本は「起承転結エンターテインメント」より「本を媒介として自分の内面と向き合う」ものなのかなと、この本を読んで勝手に想像したりしてしまって、それも含めて楽しい読書時間だった。また読みたい。

  • チェルフィッチュ主宰の劇作家岡田利規による大江健三郎賞受賞作品。少し前から本谷有希子、前田司郎という劇作家の作品を読むようになって、普通の小説とはどこか違う口語表現が結構好きになった。
     そんな中、チェルフィッチュの舞台出世作「三月の5日間」。だらだらと続く文章のなかで、語り手の主体がズレていくのに、それが全然読みにくくなくて、人と人が関わる中での感情の揺れがうまく掬い取られているようで、なんか不思議な気分になる。そして、やっぱり劇作家の書くものだけあって、空間舞台や人の動きが見えてくるようで、クセになる。
     もう一篇の「わたしの場所の複数」は、主体のモノローグ語りのうちに、時間や空間を自由に行き来していくように事実がズレていく。

     演劇の世界の人は、その作品のライブ性をどうしたって意識するだろうから、小説という形態を取ろうとも、その作品の中に多面的で多様な読み方を可能にするような「生っぽい」文章が現れてくるのだろう。現代演劇、素晴らしい世界に思える。今年はチェルフィッチュに行くぞ、と決めた。

  • かれこれ長いこと日本の小説を読んできましたが、まちがいなく「最悪の読書体験」。読みかけた本は読み切る主義ですが、この本だけは途中でやめようと何回も思った。詩的才能のない作家による、詩的野心作。

    全編にわたって、「答えが見つかっちゃった若い日本人」が、野暮ったいことをすると見つけた答えが失われちゃうことを気にかけている。「なんとなく」「なにか」「のようなもの」の濫用。おめでたい。

  • この本は新聞の書評か何かでふと見かけてずっと気になってたのだけど、さいきん著者(岡田利規)の演劇(「現在地」)を見る機会があってこの本とも再会出来たので読んでみたのであった。

    一つ目の「三月の5日間」が素晴らしかった。直接的な強いメッセージがあるということではは全くないので、そうした形で語る必要はないかもしれないけれど、しかし優れた「政治小説」なのだと思う。
    「現在地」もそうだったが、政治的なものへの関わり方を直截に、スローガン的に語るのではなく、むしろそうしたものでは解消できない(回収されない)違和感や微妙な感情に忠実な、あるいは敏感な人なのではないかと思う。そして、それが良かった。

  • 読む側の場所も解んなくなった。会話文のだらだら感が程良い。生活している時に無意識に思っていることを文字で見てみると意外に選択していることがわかる。動的な文章。SF感

  • 新しい。そして斬新。

  • ついに読めた!帰りの飛行機が遅延したので。その間に。

  • 巻末の大江健三郎の書評はピンとこなかったが、岡田のこの2作品には何かある感じはする。物語の展開もそうだが、一文一文の言葉のころがしかたも、今までにあるようで無い。本谷有希子に似ている気もするが、もうちょっと繊細というか、悪い意味でなく小さいというか、細かい感じ。

  • 身体と環境の関係の正確で精密な描写に引き込まれる。
    技巧的に進むばかりかと思いきや、どんでん返しもあってビックリした。

    ほかのものも読みたい。

    「わたしに対して寛容に振る舞うことが、いつだってわたしにとって最善なことなのだと、いつまでたっても夫は思っていて、全然そうではないということ、そういう態度によってわたしは却って自分の狭量さが罵倒されているような気がしてきてしまうだけなので、そういうのはむしろやめてほしいと思うときだってあるのだということを、まったく学ぼうとしない。それを学ぶ必要があるのだということに、夫はいくらたっても気付かない。(p.146)」

    誰でもこの「夫」のように、たとえああ「スカンク」の臭えことよと思ったとしても、決して本人にはそう言わずに腹に貯めて生きているのだけれど、それは相手を思ってそれが最善だと信ずるからではなくて、寛容に振る舞うことが一番穏便で楽だからで、それでますます腹を立てている事だって承知している。こうした盗人猛々しい攻撃のあとで、自己嫌悪に陥った的な告白をされ、あまつさえ感謝されることもしばしばだが、まったく馬鹿馬鹿しいと思いつつ、引き続き寛容に聞くばかりだということもあるんじゃないか。まったく同じ個所を引いている読者もおられたし。

    寛容とは、わかりあうことではなくて、わかりあえないことを引き受けあうということだろうによ。

    追記
    同じ箇所を引いたからと言って、同じ印象を持つとも限らず、妻の方に共感していることもあるんだが。

  • 独特のだらーっと続く文章で、特に何が起こるというわけでもないのだが、その感じは好きだった。ただ、たまに視点がどこにあるのか、混乱してしまう所があって、あったというかそうなってしまって、慣れないと読みづらい感は確かにあった。
    ストーリーを期待していると、そうでもないです。

    また時間を置いて読んでみようかな、って思う本。

  • すんごい描写力。 ひきこまれたぁー

  • 『三月の5日間』すごく好み。題名の「5日間」だけがアラビア数字になっているのが気になる。物語は2003年3月20日から始まるのだけど、ちょうどその10年後の同じ日にこの本を読んでしまったこの奇遇。イラク戦争が始まっても、終わっても、日常は続いている。 『わたしの場所の複数』は、はっきりとした視点がどこにもない。一人称「私」で語られているにも関わらず、遠く離れた場所の現在の様子を描写してしまっている。たぶん映画や漫画にはできない表現だと思うが、ただ将来的に文学の何かに発展するような技術/発明ではないと思う。

  • みんなが好む本ではないです。ただこの本を体験することに価値はあります。

  • 舞台で活躍されている作家さんのようで内容もそれがわかるような一般の小説とは違うことがわかる。
    まず題名が目を引くし主題の物語も視点が変わっていくのが面白い。
    独特のセンスを感じた。

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わたしたちに許された特別な時間の終わり (新潮文庫)の作品紹介

ブッシュがイラクに宣告した「タイムアウト」が迫る頃、偶然知り合った男女が、渋谷のラブホテルであてどない時を過ごす「三月の5日間」。疲れ切ったフリーター夫婦に忍び寄る崩壊の予兆と無力感を、横たわる妻の饒舌な内面を通して描く「わたしの場所の複数」。人気劇団チェルフィッチュを率いる演劇界の新鋭が放つ、真に新しい初めての小説。第2回大江健三郎賞受賞作。

わたしたちに許された特別な時間の終わり (新潮文庫)の単行本

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