雉猫心中 (新潮文庫)

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著者 : 井上荒野
  • 新潮社 (2011年11月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (338ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101302553

雉猫心中 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 出がらしみたいな小説だなあ。

  • この作者の本はもう読まない。私には合わない。

  • 雉猫に導かれるように出会った男と女。落ちるべくして落ちた泥のような官能の世界。
    同じ出来事が女目線の「おわりのはじまり」、男目線の「はじまりのおわり」という二つの章で語られる。
    男も女も身勝手で、短絡的で、幼稚。女の中学教師の夫も、男の妻も、近所の老人も、中学生も登場人物の全てが不気味で不快。
    「誰よりも美しい妻」で感じた心地よさ、読後の余韻がこの作品では感じられなかった。

  • ページをめくる度ににずっとゾクゾクするような怖さを感じた。はじまりのおわり、おわりのはじまり。

  • 廃品回収の車が、ご不要になった、、、愛人は大貫知子のもとへ。

    と、序章で。
    不倫の話かとおもったら、不倫の出来事を女の記憶から、男の記憶から、かきすすめられていて、二人読んで始めてがってんがいく。

    甘美な不倫というより、内面を怖くかきあげていた。

  • 読んでから時が経っても、内容を覚えているくらい、個性際立つ内容だった。同じ時が異なる視点から描かれていること、空気感。この作者の本はどれも読んだ後、記憶にしっかり居座る。そしてだいたい好きなのだけど、この話はあまり好みではなかったな。
    #bookoff

  • 胸に痛い小説でした。
    わたしだったら、
    わたしだったら晩鳥と心中したのに。

    井上さんの小説は淡々と進むから大好きで、不倫とか禁断の愛のラインがさらっと見えなくなってたまらなくなります。

    心にあいた穴を埋めるみたいに晩鳥に執着するけど
    心の穴はだれかでは埋まらないよ…
    一瞬、忘れてもやっぱり思い出す。
    見ないふりしたらズキズキ痛み出す。

    最後がはじまって、終焉に向けて終わってく。

  • 自然保護区の雑木林に隣接する住宅街。
    中学校の教師をしている夫を送り出した後、大貫知子は家中を磨き上げる。古本屋を営む晩鳥は、税理士の妻と中学生の娘が出かけた後、仕事と称した引きこもりに入る。ある時から二人の家を行き来するようになった晩鳥の猫ヨベルがそんな二人を引き合わせ、奇妙な関係が始まった。
    得体の知れない、作品全体を覆う薄暗いじめじめとした雰囲気。二人の性格やそれぞれの家庭、それにもまして奇妙な町内会長の一族のせいか。とにかく雑木林そのもののような鬱蒼とした雰囲気のなかで、恋愛とも不倫ともつかない関係に溺れる二人。その関係を女の視点、男の視点で描き分ける。そこに浮かび上がる微妙な矛盾が読者の心を巧妙にひきつける。
    不倫を描いた作者の他の作品とはちょっと毛色が違う。

  • 一匹の雉猫に導かれ互いに既婚者でありながら、肉体関係を持つようになる男女。

    中学教師の夫がいる元教師の大貫知子。
    美人公認会計士の妻をもつ晩鳥

    物語は二人のそれぞれの視点から描かれていて、奇妙なアナウンスから始まる。

    どこにでもいるありふれた主婦と、どこか影のある男が出会い、互いに貪り合う。

    女も男も身勝手なんだけど、登場してくる人物がみんなどこか異様で、読んでる間は一度もさわやかだと感じる場面はなかったように思います。
    さわやかと正反対なのかと言われたらそういうわけではなく、上手く言い表せるような感じではないですね。

    解説の方が書かれていたことに

    “不倫関係にある二人の逢瀬は、たとえ生活の場を使ったとしても、生活から逸脱した部分である。しかし夫婦の場合は、いい大人の妻にスクール水着を着せて興奮を仰ぐとしても、生活の延長線上にあるのである。”

    とあって、夫婦生活の生々しさが感じられました。
    不倫はあくまでも道ならぬものなんだよなー。

    井上さんは、普通の中にある普通ではないものを描くのがすごく上手い方だと思います。

  • プロローグとエピローグに挟まれた第一部と第二部が「おわりのはじまり」と「はじまりのおわり」と名付けられていて、それぞれ女性の語りと男性の語りになっています。同じ出来事を別の視点から再体験することになるのですが、二人の感じ方の違いには驚かされます。

    女性は元教師で、現在は数学教師の夫と一緒に暮らす専業主婦。男性はネット中心の古本屋で、税理士の妻と中学生の娘との三人暮らし。つまり二人は不倫の関係にあるわけですが、よくある不倫の恋モノと違ってこの本は、日常と隣り合わせにある不思議が今にも頭を擡げてきそうなズレた印象があります。最後まで読んでもどこがズレていたのかよく分からず、読み返すとさらにズレが広がっていくような感じです。登場人物はみんなどこかおかしいのに、どこがおかしいと明確に指摘できないもどかしさ。うまく説明できないこの感じ、決して嫌いではありません。

  • 雉猫に導かれて男女は出会った。

    男にも女にも相手がいた。

    女が描く「おわりのはじまり」と、男が描く「はじまりのおわり」。
    双方の想い、生活、嘘を双方の視点で明かしてゆく構成。

    どこまでが現実で、どこまでが虚構なんだろう……と読みながら、漂う官能の香りにくらくらっとくる作品。
    作中はベタベタと湿気そうなほど官能的なのに、終わりは一夏の思い出のようにカラッとしていた。

    平凡の中に潜んでいる正気と狂気の境を、かつて何かの作品で触れたなぁと思いながら出てこない。

    解説にある「人間なんてそんなものだ」という東直子氏の一言が、読後の私にはいやに生々しくどっかりのし掛かってくる。

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