- Amazon.co.jp ・本 (589ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101306377
作品紹介・あらすじ
昭和十七年、林芙美子は偽装病院船で南方へ向かった。陸軍の嘱託として文章で戦意高揚に努めよ、という命を受けて、ようやく辿り着いたボルネオ島で、新聞記者・斎藤謙太郎と再会する。年下の愛人との逢瀬に心を熱くする芙美子。だが、ここは楽園などではなかった-。戦争に翻弄される女流作家の生を狂おしく描く、桐野夏生の新たな代表作。島清恋愛文学賞、読売文学賞受賞。
感想・レビュー・書評
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桐野夏生が描く、林芙美子の回想録。
創作でありながら、戦時中に日本占領下の国々に派遣されたこと等の史実は忠実に描かれている。
それだけに、創作なのに生々しさがある。
戦時中の作家たちの苦労やそんな中でも愛し合い求め会う男女の関係…
読み応えがあった。
2024.4.20 -
久しぶりに、時間も忘れて
読み耽りました。
再読のはずなのですが
内容を 1ミリも覚えておらず
心から楽しめた自分に
ただただ 脱力ー。
林芙美子という女流作家を
題材にした評伝小説です。
林芙美子と言えば
デビュー直後から死後に至るまで
その生い立ちや奔放な異性関係
野心を隠さなかった気性などから
悪評が多いことでも知られています。
現代でいうところの
『炎上作家』といった感じでしょうか。
本人の葬儀で
葬儀委員長を務めた川端康成氏が
「もう少しで灰になるので
どうか故人の悪業を許してやってください」と挨拶したなんて
余程のことですよね。
そんな"お騒がせ"な印象の女性が
遺していた文章が 死後四十年経って
親族によって 見つけ出された
その内容とはーという設定。
物語はやがて
芙美子の一人語りで進み始めます。
太平洋戦争中の昭和17年
国民の戦意昂揚となるような
記事や小説を書くために
「ペン部隊」の一員として
陸軍からインドネシアやボルネオといった
南方に送られた林芙美子。
この実際の出来事を軸として
新聞記者との恋愛や
当時日本の占領下にあった
現地の情勢や風土
スパイや憲兵・検閲といった
戦争の闇など
どこまでが事実で
どこからがフィクションなのか
わからなくなるような筆力に
圧倒されます。
全編を通じて 「正直どうでもいい」
と言いたくなるような
芙美子の身勝手な恋愛のイザコザが
テーマのひとつとなっているので
最初は 少し辟易としていたのですが
実は 戦争ジャーナリズムの
側面に触れる場面も
たくさん登場し
それは 現代の報道の在り方にも
通じるところがあって
とても 興味深く恐ろしく
身につまされました。
とにかく
女性が描く
女性の物語が大好きなんです。
中でも 桐野夏生さんの作品には
ステレオタイプではない
生き生きとしたリアリティがあって
鬼も菩薩も心に秘めているような
そして 何よりも
逞しい生命力を感じさせる
魅力的な女性が
多く登場します。
タイトルの『ナニカアル』は
林芙美子の詩の一行から
引用したそうです。
果たして
ナニがあったのでしょうか。 -
積ん読していたんだけれど、ふと読んでみたらものすごくおもしろくてほぼ一気読み。
林芙美子が戦時中に南方に派遣されたときのことを書いた回想録、っていう設定で、事実とフィクションがまじっているんだけど、どこまで事実~??と思いながら引き込まれて読んだ。
林芙美子って「放浪記」はじめパリ滞在記とか、あと評伝とかもいくつか読んでいるんだけど、いまひとつ実感としてイメージつかめなかったんだけど、これ読んだらすごくイメージがくっきりしたというか、林芙美子のひととなりがわかったような気がしてすごいな桐野夏生、とか思ったり。(わたしにオリジナル林芙美子の文章を理解する力がないだけかもしれないけど)。
戦時中、文人たちが軍部からの要請で日本が占領したシンガポールとかジャワとか南方に派遣されて、戦意を高揚させる記事を書かされた、っていうことをわたしはあまり詳しく知らなくて。そもそも、日本がシンガポールとかずっと南方まで一時は占領していたっていうのもしっかり認識していたとはいえず。無知を恥じるばかりだけど、そのあたりがすごく興味深かった。宇野千代とか井伏鱒二とか石川達三とか出てきたり。新聞社と文壇のつながりとか。
占領したら、まず現地に新聞社がいって新聞を発行する、っていうのもなるほどなあと思ったり。
国が国民の「情報」を集めてそれを利用する、っていうのもすごくわかって、怖いなと思った。個人的な情報を利用、って今だったらもっとひどいことになるだろうなあとか想像したり。戦争とか「国家」の恐ろしさを感じた。
この時代の話をもっと知りたい、読みたい、と思った。あと、林芙美子の「浮雲」も読みたいし、桐野夏生ももっと読みたくなった。 -
桐野夏生さんの小説の中ではかなり読みやすい作品だと思いました。
短い期間で一気に読めてしまいました。
いつもの?グロテスクさは全く感じず、スッと頭に入ってくるような心理描写や情景描写はとても心地よく感じました。 -
異質な女を描かせたら天下一品なこの女流が大好きなんです。骨折して入院中に読破しました、痛みも忘れる面白さに感謝。この作品のおかげで林芙美子が読みたくなったヒトは多数だと思います、もちろん私もです。
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昭和17年、南方への命懸けの渡航、束の間の逢瀬、張りつく嫌疑、修羅の夜…。戦争に翻弄された作家・林芙美子の秘められた愛を、渾身の筆で炙り出し、描き尽くした長篇小説。
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林芙美子「放浪記」「浮雲」を読みたいなあと思いつつ、こちらを先に読んでしまった。作者の架空の設定で進む戦時下の林芙美子とその家族。主に陸軍の嘱託として南アジア、インドネシアやマレーシアへ派遣(実際は監視状態)されている間の年下の愛人との戦火状況を絡めた愛情の駆引きが描かれている。参考資料の多さから思うけれど、もしかすると養子の経緯は事実だったのかも?と思わされた。桐野氏の筆致は強く熱くとても魅力的。めちゃ昔にOUTしか読んだことない自分に唖然(笑)
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2010年に単行本刊行、桐野夏生さんの長編小説。
林芙美子の没年1951(昭和26)年に桐野夏生さんが生まれている。桐野さんは林芙美子に作家としても人間としても興味を持ち、巻末に記された大量の参考文献などを調査した上で、彼女の伝記的事実、当時(大戦中)の歴史的事実を元にして、自由な想像によるフィクションを創作した。
戦時中に南国インドネシアに渡り、そこでの恋愛経験を描くという点で、林芙美子の小説『浮雲』のストーリーのモデルとなった作者自身の実体験を仮説的に像化したもの、と言えるだろう。
そう思って読み始めたが、実は肝心の恋愛対象である男性「謙太郎」が生身の姿を現すのは、作中真ん中をかなり経過した後だ。それまでは、林芙美子が2回にわたって国家(軍)によって海外に派遣された状況を、恐らくかなり史実に沿って書き込んでいる。桐野さんは対談の中で小説を書く行為を「世界を作る」ということだと述べておられたが、そのようにして、当時の林芙美子の生の有り様を生き生きとなぞっていく。
林芙美子については、私はほとんど無知で『浮雲』『放浪記』を読み、伝記的なデータはネットでほんの少し収集した程度だ。そこから得た作家の人物像は、本書で呈示された林芙美子の個性とぴったりはまっていて、まるで林芙美子がその時代に確かにこのように言動したかのような錯覚をもたらした。
これまで読んだ桐野夏生作品とはかなり趣が違うなと、という違和感を抱いて読んだが、読み進むうちに、この小説が恋愛そのものよりも、実は「表現の不自由」をテーマとしたものだということに気づき、驚愕した。
今年2020年に刊行された、近未来?の「表現の不自由」に直接対峙した『日没』よりも10年前に、既に桐野さんはこの問題系に取り組んでいたのである。
確かに、有名作家もみな軍の意向に沿い、日本軍を賛美し読者の愛国心?を高揚させるようなものを書かなければならない、と著しく制限された戦時下の文壇は、「表現の不自由」の最たる状況にあったわけである。その軍ルールから逸脱しようとすれば伏せ字によって言葉たちは隠されたり、ひどい場合には作家は暴力を受けたり投獄されたりした。
この状況にあった戦時の作家・林芙美子は、『日没』の主人公マッツ夢井と同様に、身体ごと拘束され、権力によって書くものを歪められ、監視・管理・統制されていた。ただし、『放浪記』で示されたような林芙美子の独特の、あっけらかんとしたような明るさ、「生の輝き」によって、この作家は不自由な制限の中にあっても良いものを書こうと意欲しており、何とか不満ばかりではないような文章を書けていると自負もしている。
それが、クライマックスにおいて、恋愛対象の男性・謙太郎に全否定されることで、恋愛そのものも自我も決定的なカタストロフを迎えるに至るのである。
この圧倒的な破滅感から、終戦後の、さらに生の躍動へと向かう末尾までが本当に印象的であり、素晴らしい読書体験を本書はもたらしてくれた。万感の余韻である。
フィクショナルなこのディスクールにあって、桐野夏生さんは見事に林芙美子と一体化しているように思え、ここに展開される出来事や情動、衝撃は直に身に迫ってくると感じられる。
たぶん今の若い方は、活字の小説を読む方でも、戦時前後の近代小説を読みあさるような人はほとんどいないだろう。林芙美子というかなり古い人物を描いたこの小説は地味で、あまり魅力のないものと避けられそうな気もするが、読んでみれば、特に後半は圧倒的に迫るリアリティに引き込まれ、不自由な社会と翻弄される個人という普遍的な構図が惹起する悲劇性に、胸を打たれるだろう。 -
讀賣文学賞小説賞受賞作品
桐野夏生の並外れた筆力・構成力を感じさせる一冊、感服!
小説の面白さを、醍醐味を久々に感じることができた。
林芙美子の戦後の作品・生活を下敷きに、南洋への取材旅行を芙美子の手記という形で書き上げた。 -
桐野夏生らしい表現を感じさせつつ、ノンフィクションに近い物語。女性を焦点に、生々しく掘り下げる表現力は、やはり桐野夏生らしさだ。
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2017.01.24読了。
今年4冊目。
岩田書店一万円選書の一冊。
放浪記の林芙美子の回想録の話。
放浪記についても林芙美子という作家についても知らない私にとっては回想録自体が本当に存在するのかすらわからず。
桐野夏生さんの作品も読んだことなかったけど勝手にホラーとかグロテスクなイメージがあり、タイトルがカタカナなのもホラーっぽくてw手に取ることがなかった。
多分一万円選書に入ってなかったら読まなかっただろうな。
さて、作品についてですが何の知識もなく読んだので林芙美子の悪評も知らなかったし普通に楽しめた。
芙美子の奔放な異性関係も特に気持ち悪いとかは思わなかった。
戦争の酷さが芙美子の恋によってより際立っていたように思った。
放浪記、浮雲など読んでみたいと思った。 -
幾何学的な線のカエルのイラストが描かれた表紙と、題名『ナニカアル』って言葉がキャッチーなので読んでみた。何があるんだろうと読み進むが特に何もない。表紙のカエルに意味も特に無さそうだし、林芙美子にも当然興味もない(背表紙解説を読まずに本購入)結局、桐野夏生さんが林芙美子という作家についてこんなに詳しく調べてみましたっていう事につきる。文末にある参考文献の多さがそれを物語る。つまらない。
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2015 8 10
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林芙美子さんの作品はかの有名な「放浪記」すら読んだこともないし、舞台の方も見たことがない。
それなのに、なんとなく林芙美子という作家のイメージが自分の中でできあがっていて、この作品の芙美子さんが本物であるかのように読めてしまうのが不思議。
読んでいる最中、私の脳内では芙美子さんは森光子さんのイメージで再生されました。
実在の人物が多数登場するだけに、何がこのお話を書くきっかけになったのか……とても興味深いです。