すばらしき愚民社会 (新潮文庫)

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著者 : 小谷野敦
  • 新潮社 (2007年1月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (317ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101306711

すばらしき愚民社会 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • どの方々に愚民という称号を冠しますか、
    選考する際は何を参照にしましょうぞ?私

  • この人とネット右翼などに親和的な評論家とのギリギリの一線、紙一重の差がある。
    それは例えば「禁煙ファシズム」論であるし、またイラク人質事件についてのコメントの中で辛うじて挿入されるバッシング批判の一文である。本当に辛うじて、ギリギリ、ではあるが、嫌いになれない所以である。

  • 名前負けしている感は否めないけど、
    レビューで酷評されているほど悪くはない本。

    愚民社会批判というより、著者が気に食わない
    知識人を、片っ端からぶった斬ってるだけという…

    日本のフェミニズムに常々疑問を持ってた身としては
    なるほどーと思うところもいくつかありました。

    ただ、最後の禁煙運動に反対するロジックがどう考えても馬鹿なのと
    どんだけ頭良いかわかりませんが文章が根本的に読みづらすぎです。

    引用ばっかなので、引用元の知識人の
    著作及び主義主張について予備知識がなければ
    カスリもせずに投げ出してしまうでしょう…。

    あ、でもゴー宣読者なら面白いと思います。
    なので☆3つ。

  • 本書は大衆に媚びる軟弱な知識人を愚民と呼び欺瞞を叩く時事評論である。私には難しい部分もありそこは読み飛ばすとして第五章「説得力のある説明」を疑えと第九章アカデミズムとジャーナリズムは特に面白いです。(前章は納得し後章は共感しました)本書は、多くの人にとにかく読んで欲しい本です。

  • 途中で止めたら負けのような気がして一応最後まで読んではみたが、一言で言うと、太古の昔から連綿と続く「今の若者はダメになった、昔の俺はもっとすごかった!」という、オッサンのベタな愚痴を本にしたものである。
    今の若者は勉強しない、フェミニズムは悪であると断罪しながら、その根底には「女や若者」から立派な人生の先達としてちやほやされたいというスケベ心が見え隠れしているところが何とも痛々しくて、何だろうな、大人ってもっとかっこいい存在だと思っていたのにな、と一応まだ若者世代に入るはずの人間の一人として何だか残念でならない。
    東大生が大学の図書館にハリー・ポッターをリクエストした、だから今の大学生は堕落した愚民であると小谷野は語る。
    だがリクエストされる本の中の一冊がハリー・ポッターだったからといって、それが何だというのだろうか。
    同じ税金を使うなら専攻の人間しか読まず、すぐに内容が古くなって廃棄しなければならなくなる専門書より沢山の人に長く読まれる本をリクエストした方が公益に利するという考えもあるのではないだろうか。
    昔は大衆小説であった司馬遼太郎は今ではインテリの親父しか読まない純文学という扱いになっている、だから文学というものの質が下がった、だから今の若者は愚民であると主張されたとて、元々大衆小説とは時代が下ると純文学化するものではないのだろうか。
    「源氏物語」だって「神曲」だって「こころ」だって発行された当時は大衆小説だったのが時が過ぎていくうちに気がついたら名作古典だの純文学だののカテゴリに入ってしまったわけで、そこを無視して文学の質が下がったと焦るのは早計のように思える。

    何というか、これを読んでイヤァスッキリ! 小谷野さんはいいこと言ってるな! と思う人だけが読めば良い本である。
    独断と偏見と、それでもなお自分を善人に見せたいスケベ心に満ちた本ではあるが、威勢がいいのは確かなので、そういう芸だと思って読めばそれなりに面白いかもしれない。
    私の失策は真面目な社会批判を期待して読んだことであり、それについては私に100%の非があるのに違いない。

  • 『グーグル革命の衝撃』の巻末出版社広告にて

  • 08047

    04/06

  • 2009/06/24

  • まったくもって小谷野氏の主張は同感する。
    図書館に「ハリーポッター」をリクエストする東大生は笑う。
    東大生の親は少なからず富裕層であるのにもかかわらずだ。
    確かに我々は田嶋陽子の学術的な成果を知らないし、彼女の専門が何かも知らない。
    孤立を恐れず、孤独を楽しむ
    そんな姿が垣間見れる。

  • 禁煙ファシズムの項をみつけ古本屋で買うも、その論自体はあまりすぐれたものとは言えなかった。

    つまるところ禁煙ファシズムの肝は「受動喫煙」「間接喫煙」の害毒に関することであり、禁煙ファシズムを断罪するなら、そこをつくしか術はないはずである。

    しかし小谷野は、ここではその害毒について掘り下げることを避け、「酒はいいのか」「クルマはいいのか」などと問題をすり替えていってしまう。あげくには、そんなに平坦に生きていてもつまらないでしょ、人間は危険やトラブルがないと退屈してしまう生き物だから、という微妙な人間本質論で終えている。このオチは以前読んだ『退屈論』から導かれたものだが、本書の文脈のなかではどうもクリティカルな言葉には聞こえない。

    これでは小谷野らしくない。大衆や軟弱知識人にたいし、明確な根拠をもって批判するスタイルに、ぼくは好感をもっているのだけれど、これではただの愚痴や野次だ。「受動喫煙」「間接喫煙」がいかに肺がん発生へ影響を及ぼすのか。これに関するデータは、禁煙肯定論・否定論双方においておそらく、実証的になることが不可能なだけに、いくらでもあるはずである。これらの文献を列挙して、えっちらおっちら「これは信憑性がある」「これは疑わしい」と話を進めていくのが、小谷野のスタイルではなかったか。

    この本は時事評論集という性格だから、論を深める気がそもそもなかっただけかもしれないが、あれだけ「禁煙ファシズム反対!」と掲げながらこの語り口では、いただけない。喫煙者として、共感しているだけに。実際、この章だけ浮いていたように感じれられた。

     *

    ところで、第六章「他人を嘲笑したがる者たち」には、小谷野の善人的な立ち振る舞いが現れていて興味深い。言っていることはべつに大したことではなく、ようは「正論」がさも存在しないかのように振舞う、シニシズムへの嫌悪の表明である。ニューアカ以来の学者や、「2ちゃんねらー」的大衆が安易に走る相対主義への批判、と言い換えても大差はない。このとき小谷野は「笑われることを恐れるな」と、とても倫理的な言葉を、読者に向かって、吐いている。もともと倫理的な学者であることは理解っていたが、読者に対して「アドヴァイス」するような言葉で書く印象はなかった。これには面食らった。

    「シニシストたちは、「笑われる」ことを恐れ、「負け」ないよう予防線を張り、己れの「世間知」を誇ろうとする」(134頁)

    ぼくはシニシストやスノッブがだいっきらいである。小谷野は立派だナァと、思わずにはいられなかった。

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