流転の海 第7部 満月の道 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (525ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101307565

感想・レビュー・書評

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  • 前巻から、打って変わっての空気感。
    人生何が起こるかわからない。変転、流転は、常のものか。
    その中でも、変わらぬ己の特質がもたらす陥穽。

    行というものの大切さなども、物語の伏流の中で描かれる。
    銀行の空気や、ふとした瞬間に熊吾が思い出す、戦死した戦友たちへの申し訳ないという思いなど、今の時代に失われた日本の文化や教えというかなんというか、知恵?なのかを、うっすらと、されどさり気なく、伝えてくれる。

    伸仁の成長と、熊吾の衰え、そして暗雲立ち込める展開。
    最晩年にでも、破滅的な転落が起こりそうな予感。

  • 事業の危うさ、身体の危うさ、人間の危うさが入り混じっていて最後までヒヤヒヤしながら読んだ。
    そんな中でも生命の誕生や房江が新たに楽しみを見つけて人生を楽しもうとしていてワクワクする。人生を楽しむのは些細な事で良くて、それはこの第7部の満月があらわすように常にそばにある。それに気がつく事が出来れば幸せなのかなと考えるきっかけになった。

  • 満月の道

    熊吾が、柳田のモータプールの管理人と並行して始めた中古車販売の「ハゴロモ」は、予想以上に繁盛しスタッフの増員を余儀なくされ四十五歳の玉木則之と二十二歳の佐田雄二郎を新たに雇い入れる。

    一家は、ゴルフ場建設に意欲を燃やす柳田の要請で、もう一年モータープールの管理人を続ける事となるが、房江の負担軽減の為柳田商会から高卒の田岡勝己を派遣してもらう。
    さらに、またも国立大学の受験に失敗したシンエータクシーの神田を、合格した私大の夜間に通わせる為ハゴロモに雇い入れる。

    意に反して事業拡大するハゴロモは、房江の心配をよそに板金塗装会社「松坂板金塗装」を立ち上げる。
    そしてその資金繰りの為、柳田商会の松田茂とその母親の貯えからから八十万を借り受ける。

    そんな頃、街中で男と言い争う森井博美を見かけるが、その余りにも窶れた見窄らしい姿に愕然とし、後を尾けるも見失う。 
    だが後日、たまたま食事に立ち寄った居酒屋で働く博美とついに再会してしまうのだった。
     
    同じ頃、神田から玉木が二重に伝票を作成していると言う報告を受けるが、さしたる調査もしないまま忘れてしまう。

    再び、
    街中でばったり博美と遭遇した熊吾は、ヤクザのヒモと切れないので助けて欲しいと懇願され、博美の顔の傷の負い目もあり逃亡に関わってしまう。
    結果、熊吾が東京へ逃した事が漏れ、赤井というヒモに八十万の手切れ金を支払うハメに。そしてその出費は想像以上に大きな重荷となってゆく。

    熊吾の手切金によってひとまず自由となった博美は大阪へと戻り、モータープールとハゴロモの近所にアパートを借りる。

    結局、博美の持つあまりにも甘味な肉体の虜となった熊吾は、その欲情に抗えず昼間から足繁く通うようになる。

    一方、
    行方不明となっていた城崎の麻衣子は、蕎麦修行の為に但馬の出石にいた事がわかる。蕎麦専門店としてのちよ熊を開店するにあたりツユの味が決まらず、房江を頼ってきたのだった。

    そして…

    神田の抱いていた危惧は的中し、またしても信じきっていた己の腹心・玉木の裏切りが判明する。
    玉木は数百万にも及ぶ金を着服していたのだ。
    そして、その金はなんと森井博美のヒモとその背後のヤクザへと流れていたのだった。

  • 最高
    読み返そう

  • 感想は最終巻に。

  • 続けてシリーズ第7部。戦後、日本人が敗戦という事態を引き受け(ざるを得ず)、退廃や貧困から少しずつ豊かさを手にしていく様がそこかしこに感じられる。しかしそれは社会全体という話であって、個々の家庭や個人となると問題は別。
    熊吾とて、加齢による勢いの衰えや運、不運、そして自分ではなかなか気づけない弱さ、脆さもあり、同じ過ちをまたしても…。事業も女性問題もである。

    東京オリンピック前の昭和37年、車が日本でも身近となり、中古車需要の波に乗り事業を拡大しつつある熊吾一家。辛い生い立ちを持ち、なかなか自分として生きられなかった妻房江が我が身を振り返り、自己肯定感を持ち始めたのは本当に嬉しい。この作品の女性たちは、その資質や特性を生かし、逆境や不運を跳ね返そうと何らかの覚悟を持っている様子が興味深い。男尊女卑が通念だった時代、女性の細やかな心情や強さを描く様に惹かれる。
    ちなみに女性を解放する手段である生理用品が開発、流通し始めたのもこの時期だったんだな。昔あった「アンネ」。作品の中で再会できるとは懐かしい。インド映画の「パッドマン」も上映されたところだし。

    この時代の若者たちは地方の貧しさを補うため、上京または上阪し、少ない給金から田舎への仕送りを工面していたんだなあ。今は仕事を求めて、上京しても地方の親から仕送りというパターンがあるとも聞く。どちらが良いというのでもなく、時代が変わった。

  • 読者としても、もはや引くに引けないお付き合いとなる長編。

    宮本輝は自身の生い立ちや経験をなんども作品化している。名前や設定は変えつつもこれまで他の作品で描かれてきた主題がじっくりと描かれている。これは「重複に対する批判」ではなく逆にファンとしては嬉しいことなのだ。筆者の、繰り返してきた年輪と成熟が大樹の中に流れる生命の音を静かに奏でる音に、旅人はただその傍らにたたずみ、時折耳をそばだててその流転する血潮に包まれるだけ。無事完結を祈る作品の一つ。

著者プロフィール

1947年兵庫生まれ。追手門学院大学文学部卒。「泥の河」で第13回太宰治賞を受賞し、デビュー。「蛍川」で第78回芥川龍之介賞、「優俊」で吉川英治文学賞を、歴代最年少で受賞する。以後「花の降る午後」「草原の椅子」など、数々の作品を執筆する傍ら、芥川賞の選考委員も務める。2000年には紫綬勲章を受章。

「2018年 『螢川』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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