- Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101318202
作品紹介・あらすじ
予約ミスで足止めされた空港の空白時間、唱えると人間の攻撃欲がたちまち萎える不思議なことば、中米をさすらう若者をとらえた少女のまなざしの温もり。微かな不安と苛立ちがとめどなく広がるこの世界で、未知への憧れと、確かな絆を信じる人人だけに、奇跡の瞬間はひっそり訪れる。沖縄、バリ、ヘルシンキ、そして。深々とした読後の余韻に心を解き放ちたくなる8つの場所の物語。
感想・レビュー・書評
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"旅の恥はかき捨て"ということわざがある。
旅にでた先では知っている人がいることもなく、そう長く留まるわけでもないから
普段なら恥ずかしくてできないような言動も、旅先でなら...とばかりに
平気でやってのけてしまった。まぁそんなことがあってもいいよね...という感じの
私としてはポジティブに捉えたいと思うことわざだけれど
池澤夏樹さんのこちらの表題作「きみのためのバラ」を含む8つの短編集は
そんなイメージが心の奥から優しくやんわりと湧き出てくるようなお話でした。
旅の道すがら、出くわした思わぬアクシデントに腹を立てた直後に
行きずりの出会いに心慰められて。
ほんの一瞬の巡り合わせが、かりそめの恋ともつかぬほどに心を奪われて
いてもたってもいられずにやってしまったこと...。
長い時をおいて、昔のことなのだけれどね....と懐かしく思い出すような語りかけが
そこはかとなく柔らかいお話でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
池澤夏樹さんは、曖昧な感覚に、言葉で形を与えるのが本当に上手い人だと思う。そして、的確なだけでなく、その文体が、理知的な美に満ちているのが、また素敵だな、と思う。
静かで、淡々として、こじんまりとまとまっているのだけど、決して、味気ないというわけではない。
うまく言えないけど、一目ぼれした普段着を身につけた時に、身体にぴったりとなじんで綺麗なラインが出て、一人じんわりと満足する時のような、肌感覚に近い、しっくり感というか。
人生で遭遇する、儚くもかけがえのない出逢いと別れをとらえた、八編からなる短編集。
ある人は、アメリカと思しきところで、美味しい料理と会話に。
別の人は、沖縄で、何かに取り憑かれたような、たった十日の連夜の情事に。
またある人は、アマゾンの奥地で、激情と争いを抑える、呪文のような言葉に。
出逢う対象も、場所も人それぞれ。
どの話も短く、大きな展開はほとんどないのに、理知的な静けさの中に、人生や社会の真理、そして、人智を超えた不可思議さが、巧みに散りばめられています。
何気ないのに、心に強い余韻を残す作品集です。
毎夜、寝る前に、1話か2話を、ゆっくりと読み進めていたのですが、そんな風にして、噛みしめるような読み方をするのがお勧めな作品でした。
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短編集。
表紙は青いバラですが、表題作に出てくるバラは黄色でした。
バリ、沖縄、ブラジル、ヘルシンキ、パリ、カナダ、メキシコ…
地球上の、いろいろな立場と状況の人たちの一幕。 -
福永武彦に興味があったところ、その息子である作者の存在について友人が教えてくれた。短編集で、束の間に起こる出会いや別れについて綴っている。他人の人生を垣間見する感覚で読み進められてとても好みだった。最近は私生活で気持ちが疲れることが多くて、遠いところに思いを馳せるということがあまりできなくなっていたから、このタイミングでこの本を読めたのは僥倖だったかも。
多分、この先暫くは心をすり減らして生活していくことになるんだろうし、好きなものを生活の中心に据えない選択をしたのは自分だからもう何も言うまいとは思う。人生の大体の方針はかなり前に決めてしまったから、あとは細かな身の振り方しか考えられないけど、この1ヶ月半を「人生の広場」とすべく沢山本を読みたいな。 -
混みあった列車内に持ち主不在の鞄、テロへの恐怖、メキシコでの人待ち顔の美しい少女を想う表題作「きみのためのバラ」。 バリ島での結婚式当日に婚約者の突然の死を知らされる「レギャンの花嫁」。 ロシア人妻との離婚、愛娘と年二回の再会、不遇の男の心境が語られる「ヘルシンキ」。 人生の曲り角、パリの街並と出会いの「人生の広場」など、旅先での見知らぬ人との刹那の出会いをとおして、さまざまな人生の火花が解き放たれる、八つの場所の短編小説に酔う。
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8つの短編集
とても短いものもあり、それぞれが全然違う顔をした短編集でどれも良かった。
身近な出来事で、ありそうだ!と思うものや
想像もつかぬ異文化の中のンクンレとレシタション
池澤夏樹の幅の広さを感じるものだった。 -
様々な土地への旅の中で出会った、言葉にならないものをめぐる物語が八つ。不思議な出会いは人を興奮させ、そして後に寂しさを残す。その奥には、作者の「諸言語を越えた平和への祈り」か静かに込められている。
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解説にもあるように、この短編集には言葉にならないものばかりが書かれている。言葉にならないものが、それでも言葉で描かれている。
一度しかない出会いと別れが、世界の片隅で、いまもむかしも、どこかに起きていて、それが静かで瑞々しい言葉で描かれている。そしてどこか、寂しくて切ない。
二度と会えない、たった一時の出会いの物語。
人によってどの物語に心打たれるかは別れるところだろうな。
個人的にはレギャンの花嫁がすき。
読み終わって思うのは平和な世界こそ美しいということ。
この作品が世界中の読者からきっと支持されるであろうこと。
解説の最初の言葉にも共感したし、最後の一文にも頷いてしまった。
「無人の森の囁きを人に聴かせるのが小説ではなかったか。」
仰る通り。
音のない音を人に聴かせるような、そんな静けさと穏やかさと、少しの狂気を感じる作品集。 -
短編集
非常に精密に描かれた作品たち
こういうのを待っているんです