整形美女 (新潮文庫)

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  • 新潮社 (2002年9月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (323ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101321233

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整形美女 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 阿倍子と甲斐子の同級生の二人が、偶然同じ美容外科で整形手術を受けた。
    幸せを夢見て、一人は目を二重に、鼻を高く。一人は目を一重に鼻を低く。

    自分にとって「幸せ(の基準)」が明確であれば、整形してもしなくてもきっとハッピーなのだろう。
    しかしそれがはっきりしていないからこそ、日々迷いが生じ悩む。
    甲斐子の計画自体は?と思うが、明確な基準を持ち遂行する努力をおしまないガッツには頭が下がる。
    女の執念と後ろめたさが入り混じって、ホラーである。

  • 整形手術を受けた2人の女性を軸として「美しさとは?」という命題を筆者独特の哲学を持って描いた作品です。


     主人公の一人、甲斐子がもって生まれた容姿は、本書のはじめに登場する老医師曰く「絶世の美女」。ところが彼女はその容姿に満足せず、あえて小さな目、ふっくらした頬、鼻を低くし、腰も太めにして、貧乳手術をすることまで考えていました。

    「なぜ?」

     彼女は実は男性にもてたことがなく、彼女自身、この先ずっと自分はもてることがないと悲観していたのです。そこで彼女が考えたのは「男性にもてる容姿」に自分を変え、男性を惹きつけられるような「匂い立つような清潔感のある不潔感」(男性サイドから言う「清潔感のある色気」だそうな)をかもしだせるように自分を変身させるということ。彼女は3段階の「計画」を練っていました。そして整形後、彼女は彼女の予想通りに、恋愛市場で「勝ち組」となっていくことになります。

     そういえばこのテの容姿って、「あいのり」に出ていたちゃきそのものやん。確かこの人もあいのりの旅ではやたらモテていたような気が・・・。そうすると、モテるためにこういう容姿に整形するという行為はなかなか世の男性たちの好みをよく読んでいたのでしょうね。


     もう一人の主人公、安倍子は甲斐子の高校時代の同級生。彼女はもともとは甲斐子が望んでいたような容姿をもち、とりたてて美人ではないがなぜか男性にはもててしまう女性だった。彼女はほんのささいなきっかけで整形をします。甲斐子の写真を持って。そして整形後の彼女は、甲斐子の整形前の悲哀を味わうことになり・・。


     これだけの話だったら、「女性が思う美人と男性が思う美人って違うのねー」とか「いくら美人でも、内面からでる色気(お色気、じゃなく色気。清潔感のあるといわれる色気)がないとだめねー」なんて程度の感想で終わってしまうし、おもしろくない。このへんはいかにも姫野作品だなあと思うのですが、おもしろいのはこっからなのです。ふふ。


     その後、甲斐子は高学歴高収入の男とできちゃった結婚をし、子供もできます。が、なんだか毎日が満たされない。安倍子は自分が「整形美女」であることを隠し続けることが不潔であると思え、辛くなり、カミングアウトをします。そして自分の好きな道を進んでいこうとするところで話は終わり。


     ふたりとも、変身の仕方や美についての考え方が違うけれど、幸せを夢見て整形をしたことには違いないのになぜ、このような結末になってしまったのか。


     詳細は実際にこの本を読んでみてうなってみてほしいけれど、私は「主体性」、「自分の価値観」の問題ではないかと思いました。男性にもてるために自分の内面を変え、主体性まで消してしまい、価値観のよりどころは他人の目と化してしまった甲斐子は、自分が無意識に見過ごしている自分自身の価値観にフィットしていないことに気づけないがゆえに毎日が満たされなくなっているのでしょう。
     一方安倍子は主体性も自分の価値観も持ち合わせています。実は彼女は作品の中で年を重ねるごとに「自分の内面」を自分らしく作っていってます。私はこの作品では「美しさとは?」よりも「自分らしさ」の大切さを改めて感じました。

  • よく分からないまま半分読んでやめてしまった。なかなか掴めなかったなあ〜・・・なんでだろう。多分最後まで読んだら結果的には面白かったのかも。

  • 美人すぎてモテない女は不細工に整形し、不細工でモテない女は美人に整形する。男は実は不細工の方が好みなのか……?我々の価値観を変える問題作。

  • 美人の甲斐子がブスに、ブスの阿倍子が美人に整形、ふたりとも幸せではなくなっていくが……… 整形しなくても同じ未来になっていたのではないかと思う。結局は中身の有り様が問題で、それが見た目や他人への印象に表れていくのではないかなと。 初読みの作家さんだったけれど、文体があまり好きではなくて読みづらい部分も。

  • 中盤以降くらいまで面白く読んでいたが、段々とめんどくさくなる。女の細かい描写等が私に合わない。

  • わかる気がする。

  • それぞれの思いによって整形をほどこした2人の主人公の境遇が二転三転する。

    外見が内面を決めるのか、内面が外見に現れるのか。

  • 切り口が面白い。
    比喩が面白い。
    いろんな寓話や神話がちりばめられている。

  • 整形と、女性の業と、男の小ささ。自分から見える世界とは異なるが、違和感なく軽やかに描かれるため、みょ~にリアリティがある。女性の生きる大変さを感じた。

  •  甲斐子と阿部子という(ひどい名前のヒロインだな)二人の美女を通して、美女とはなんなのか、モテとはなんなのかを鋭く描く作品。ギャグに片足を突っ込むストーリーながら文体は哲学的で一つの芯が通っている。
     「きれいはきたない、きたないはきれい」とかが実感できるというか、読んでいると「美人」に対するゲシュタルト崩壊が起きる。
     
     他人から見た自分の魅力は、「他人が撮った写真」にあるという。自分の撮る写真は自分がきれいと思う姿を写すが、他人が取った写真には「コンプレックス写されているから」というのが妙に響いた。そうかもしれないなー。
     すましているより、少しブサ可愛いくらいが魅力的です。

  • 一般的に非の打ち所のない美女、甲斐子と一般的にブスの阿倍子。
    老医師は美しい甲斐子の体にメスを入れる事をためらい、亜兌という若者は阿倍子のことを「すごい美人だ」と言う。
    やがて自分の容貌に不満をもつ甲斐子と阿倍子は整形をする。
    自分が思う「美女」になるために・・・。

    ルックスというのはパッと見ていい、悪いが分かるはずのものなのに、この本を読むと結局「美しい」というのはどういう事だろう?と思ってしまいます。
    普遍的な美なんて存在しないという事か・・・。
    結局個々の価値観が決める事なんだろうなと思いました。
    それにしてもこの作者の本は初めて読みましたが、読みにくい文章だと思いました。
    どうしても話に入り込む事ができなかった。
    内容だけ見たらすごく面白そうだと思ったんですが・・・。
    これも個人的な感覚だと思います。
    表紙がモナリザというのはシャレがきいてていいと思いました。

  • インパクトでは今まで読んだ本の中でも随一。整形の場面の描写のあまりのリアルさに、生まれて初めて、読んでいて吐き気を覚えた小説です。それでも読んでいてのめりこむ。考えさせられる。「確かに世の中そんなものなのかもしれない」と思う。

  • 偶然同じ整形外科で手術を受けた二人の同級生の女。美人はブスに、ブスは美人だった同級生のようになりたくて顔を似せていく。二人は共に愛や幸せを求めるけれど...。

    結構読むのがしんどい感じだった気が。

  • 絶世の美女が人並みに、人並みの女が絶世の美女に整形する。
    対象的な二人の人生が描かれる。
    美人であること、モテること、幸福であることは連動しない。

    この作家の語り口なのか、平成が舞台なのに、すごく古臭い感じで読みづらかった。

  • 絶世の美女の甲斐子は今のままでは幸福になれないと、豆粒に様な一重の目、上向きの低い鼻、小さな口、豊満なバストを小さくする整形手術を受ける。一方、同郷で同級生だった阿倍子は甲斐子の写真を元に美女になるべく整形手術を受ける。阿倍子は美女になり昔の甲斐子が経験していた悲哀を感じ、甲斐子は着々と人生の計画を完遂してゆく。甲斐子は「東大卒」で「歯科医」の夫と子供を持ち、阿倍子はある事故でシリコンが露出したのを契機に元の顔に戻す手術を受け大家さんと店を持つが、いかにも勝ち組な甲斐子より阿倍子の方が幸せな人生に思えた。

  •   初めて読む姫野さんの本。
    独特の論理主義を持った作品を書いていると聞いていたけれど、読んでみて頷けました。今回は「美容整形」について書かれていました。縁遠いような身近なような美容整形。女性なら誰しも「美しくなりたい」と思ったことはあるはずです。でも 「美しい」って、そもそもどういうこと?そんな問いかけもテーマの1つとしてあった気がします。

      美しさっていうのは、周りの人が評価することで認められがちです。ここでいう美しさは、見た目の造形の良さのこと。美しいと注目を集めるけれど、それが必ずしも恋愛対象に繋がらないっていうのは不思議なようで、不思議でもないのかもしれない。美しいと敬遠してしまうっていう心理が働くのは仕方のないことだとしても、結局は見た目じゃなくて直感で人の恋愛感情は動くものだろうし。それに、美しい女性=好みの女性、ではないしね。

      美しいこと、幸せ、恋愛、その3つはきっと結びついているって私はどこかで思ってた。でも実際はそんなことないのかもしれないね。それでも好きな人がいると "可愛くなりたい" って思ってしまうのは、本能なのかな。きっと、美しい人に対して敬遠しちゃう男の人の気持ちと同じようなものなのかもしれないね。愛されたいのなら、見た目だけを取り繕っても駄目だし、幸せになりたいのなら、内面を見つめることがその近道なのかもしれない。

  • 一般の常識の逆をいく美女の整形。発想は姫野氏らしくて面白いけど、彼女の理屈に最後までこれっぽっちも説得力を感じられませんでした。

  • 全身整形を希望する繭村甲斐子は、ながい睫毛とおおきな瞳「一分の狂いなく設計されたような鼻梁」と、適度に厚い上品な唇、完璧な歯並びとあわいさくら色の歯茎、そして絹織物のような、なめらかで光沢のある肌をした、抜群のプロポーションをもつ絶世の美女。しかし、彼女はその容姿をにくんでいる。はれぼったい一重の、豆つぶのような目。わずかに上向き気味ぎみのひくい鼻。ちいさな口にボテッとしたほっぺた。バストの隆起はささやかで、ウエストはくびれず、ヒップはぺたっとたいらな体型。それが甲斐子のかんがえる理想の顔とからだだった。なぜ?そう問われて彼女はいう。「____復讐でしょうか」おもわず引き込まれるふしぎな導入部だ。アダムとイブの息子で、人類最初の兄弟、カインとアベルの物語を下敷きにした、この奇妙な小説には、ふたりの「整形美女」が出てくる。繭村甲斐子(まゆむらかいこ)と、望月安倍子(もちづきあべこ)だ。甲斐子は安倍子の「大ヒットする外見」と、それに自然と呼応する内面、醸しだす雰囲気、つまり「計算されつくしたさっぱりとした笑顔」や「においたつような清潔感のある不潔感」を「美人」と定義づけ、あたらしいアイデンティティを得るための参考にする。一方、凡庸なルックスの安倍子はなんとなくながされて美容整形をくりかえす。のだが、そのとき持参したのは同郷の同級生、甲斐子の写真だった。愛を手に入れるには美を、美を手に入れるには愛を、失なわなければならない皮肉、それらに振りまわされる甲斐子と安倍子の人生を「整形美女」はスリリングにえがく。なにがうつくしく、なにがみにくいのか。美容整形は不倫か否か。また、不倫とはなにか。本書は美醜と倫理を巡る鋭い考察に溢れている。

  • 徹底的に全てが世の中への皮肉だ。

    世の無自覚な女達への赤裸々な糾弾とも読めた。
    気付けよ!なのか、気付いている癖に!なのか…。

  • ●甲斐子も阿倍子も、外見の変化にあわせて内面が大きく変化しているが、周囲の人は外面しか取り上げていない。

    P50
    状況を距離を持ってながめられる柔軟さが若々しいということである。だから若々しいということと成熟しているということは似ているし、幼いことと老いぼれていることも似ている。「GLAYとLUNA SEAの区別もつかないの。おじん」こう言う者と、「子臼、道之以政、臍之以刑、民免 無恥"も読み下せんとは情けない」こう言う者は同じである。三人の青年には漠然と問うのがよかろうと熟慮の上、結論を出す若々しさを、大曾根は持っていた。

    P66〜P67
    「失礼ですが、三千代さんもブスです」
    ・・・
    「わたしは妻をたいへん美しいと思っていました」
    「それは先生が奥様を愛していらっしゃったからよ。好みだからだわ」
    「たしかにわたしは、あれの、心根をたいへん好いていました」
    「でもね、奥様の心根のよさに気づかれたのは、まずは奥様の外見じ気づかれたのちだと、私は思います。ヒトはいちいち他人の内面なんか見ないわ。他人の内面なんかいちいち丁寧に見ていたら神経がいくつあってもたりないではありませんか。
    ・・・」

    P155
    変わっていると言われて甲斐子は絶望した。問題は菓子ではなく、また、菓子を嫌う女など嫌いだという男の稚気に絶望したのでもない。菓子を嫌う女を経験したことのない彼の、経験になかったことをたのしめえぬ知性の欠如を一瞬、侮蔑した自分に絶望したのである。自分にも高い知性はないのである。他人の知性の欠如を一瞬たりとも侮蔑することがなくてこそ、つつしみが深いのである。『つねにひとりのときと同じように祈りなさい』。神は言われたというのに、つつしみ深さを欠いている自分の下品さに甲斐子は絶望した。私は卑しい。甲斐子は以前、思った。正論である。だから甲斐子の汗腺は閉じ、香を発散しなかった。
    ・・・
     甲斐子の『計画』は絶望からの復興といえる。デザートによろこぶふりをし、自己の内に湧いた疑問を無視した食事のあと、同席の男性は甲斐子のぶんまで食事代を支払った。

    P202
    男性を魅力するのは厚い皮膚である。
    ・・・
    厚い皮膚が男性をひきつける。理由は、皮膚が厚いと膣が健康だからである。丈夫だからである。膣が丈夫だと性交を享受できる感覚が発達する。丈夫でなければ性交はただ痛いだけの行為でしかない。
     ♂のDNAには、丈夫な膣にセンサーを向ける男性が、クロマニョンの時代から数々の疾病、災害、戦争等を経て、記憶されていった。男が皮膚の厚い♀にひきつけられるのは、したがって本能である。自然体である。男らしいことである。

    P227〜P228
    「先生、今のわたしなら甲斐子さんに答えられます。もとにもどるかもどらないか、とか、芸能界で生きるか生きないかとか、そういうことが美容整形の不倫なのではありません」
    そして、すうと大きく息を吐いた。
    「それを隠したときから整形は不倫になるのです」
    「隠したときから整形は不倫になる……」
    ・・・
    先生に話すことでようやく自分は、不安とおそれの影ではなく実体を見ることができたと阿倍子はつつましく頭をさげた。

    P296
    「モンタギュー家の男との恋など許さぬと言われた娘の嘆きは高級な涙とされても恋する男の前に立つと相手に対する涙ぐましいまでの配慮からくる極度の緊張で必ず放屁してしまう娘の嘆きは低級な笑いとされる。でも、ぼくは後者の娘のほうがもっともっとかなしいと思う。キャピュレット家の娘は乳母に、友に、そして当の恋の相手に嘆きを語れるが、後者の乙女はだれにも語れない。語ればそれは嘆くに値しない下等な笑いとされる」


    ☆きっかけは

    読了日:2010/08/05

  • 読み終わった後の衝撃がやばいです。
    整形についての考え方が、私の中で変わりました。
    この話の中では作者の意見かわからないけれど美醜の感覚が世間と全く逆です。
    で最後結論も結局そう落ち着いてしまい、正直もやもやしました。

  • 整形手術をした対照的な2人の女性。そこから考えさせられる「幸せ」とは一体?著者の哲学が全面的に出ているように感じられてしまい、読み進めるのが結構大変だった1冊という印象しかない…

  • 整形手術をする対照的なふたりのオンナ。幸せの価値感ってなんだろう、と思った。

  • 旧約聖書のカインとアベルの章を下敷きに、美容整形の実態と恐怖をちりばめながら、幸福とはなにかを問うた哲学的物語。

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