貧困旅行記 (新潮文庫)

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著者 : つげ義春
  • 新潮社 (1995年3月29日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (281ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101328126

貧困旅行記 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 「失踪」に憧れ、
    全国を広範囲でうろうろしているはずなのに、
    何故か
    『日常』から逃れられないつげさん。

    彼が描く異世界に何故か既視感を覚えてしまうのは
    そういうとこが原因か??

  • 逃避願望を、素直に口にするダメさ加減が、もう偉大です。素敵です。

  • ようやく100冊読了。’16年々内に100冊達成する予定が、読書熱がちょっと下がってたので達成できなかった。

    20代の頃につげ作品で有名なものをちらっと読んだんだけど、『ねじ式』なんかはシュールとしか思えなかった。どちらかと言うと鍍金工場に勤めてた頃の話とか、読んでると「ウウッ……」って腹の底の方が重くなる感じだった。

    早川さんがつげファンで、本の中でこの『貧困旅行記』が好きだと書いてたのが読むきっかけ。
    本は図書館で借りてあまり買わないようにしてるんだけど、この本だけは絶対に欲しい!と思って購入した。図書館には晶文社版しかないし。結果、買ってよかったとほんとに思える本だった。

    僕は旅があまり好きじゃなく、その理由は「怖いから」なんです。この本を読んでると、その「怖さ」=非日常をつげ先生は求めて旅してるのがわかる。怖さの理由がこの本でなんとなくわかってきたから、僕も旅を楽しめそうな気がしています。
    でも、漫画と同じくやっぱり腹の底の方が「ウウッ……」となって、精神的に落ちた。

    それとこの本を読むと、かつてはシュールとしか思えなかったつげ先生の作品についてめちゃくちゃ「わかる」ようになる。つげ先生は私小説のマンガ家だったんだなあと。
    紀行本としても優れているけど、作家の名前……梶井基次郎、萩原朔太郎、葛西善蔵、田山花袋などなど出てくるのがよくて、紀行本と共にブックガイドにもなっている。つまり、旅と本が連結していく。

    自己否定すること、自然の大きさを感じて自分がどんどんちっぽけになり、最後は消えてしまう境地。
    最近、芸術における「意味の解体」についてよく考えるけど、シュールってのは意味をどんどん失くしていって、意味を超越することなのかなあと読んでいて思った。

    つげ先生は漫画家なので、文章がそこまで上手くなく、若干の読みづらさがあった。
    引っかかった文章を探して読み返すけど、その文章が全然見つからずに何時間も本の中を彷徨った。
    まさに「猫町」状態。

  • 1995(底本1991)年刊行。◆貧乏を自称する漫画家による、観光地化していない温泉宿・民宿の投宿・旅行記。昭和40年代から50年代、つまりバブル前の風情を感得できる著書である。このうち初っ端の「蒸発旅行記」の飄々とした振る舞いが、特にいい。その他は、結婚後の旅行記のようで、著者独特の孤独感・寂寞感が少々薄れている感じがするので…。

  • つげ氏の文章は初めて読みましたけれども…なんというか、内向的な方なんでしょうね、きっと…だからこそ、漫画であのような独自の世界を創られるのかと…想像する次第なんですけれどもまあ、この本に書かれた当時の田舎町と今現在の田舎町とじゃ大分差があるかと思います…。

    ヽ(・ω・)/ズコー

    今では当時よりもさらに「つまらない町」が増えているかと思いますので…あらゆるお店のチェーン店化とかもね、その一因を担っていることでせう…!

    ヽ(・ω・)/ズコー

    まあ、人間が利便性みたいなのを追及していくとやはりね、いろいろな場所の特色みたいなのが薄まっていくんですよね…そして、どこへ行っても同じような街並みになってしまう…!

    ↑といった危惧が僕にはあるのですよ!!

    ヽ(・ω・)/ズコー

    というわけでまあ、漫画家の書いた文章というのも小説家やらエッセイストが書いた文章とは一風違って良い味出していましたよ…おしまい。

    ヽ(・ω・)/ズコー

  • 夢うつつの時に良く見るような不条理な夢が現実になったといった感じの旅行記。タイトルからして貧乏自慢なバックパッカー旅かと思ったら全然違った。中盤過ぎに「自分は夢見がちな人間なのかも知れない」等と書かれているのには「おいおい、今頃気づいたのかい⁈」と突っ込みたくなった。

  • 何だろう、この感じ。何とも言えない。なんて言ったらいいか分からない。
    どうしたらいいのかも分からない。
    でも集中してどんどこ読んだ。

  • 自分の遣りたいことを自分の好きに行うのは、とても贅沢に思えます。

  • 冒頭の「旅写真」。刹那的に会う女性との逃避行を妄想する「蒸発旅日記」。良質な私小説を感じさせる始まりだった。が、次の章から単なる家族旅行日記? のようになってしまった。西村賢太に通ずる、文章が醸し出す雰囲気が良いだけに残念。

  • 図書館で借出。

    実はつげ義春の漫画を一度もまともに読んだことがないのだが、図書館で見つけて惹かれたので読んでみた。
    登場する旅先は東京・山梨の境辺りの山村が多く、意外や(?)つげは健脚っぷりを発揮して山道を何kmも歩いていく。
    何となくのイメージで、つげ義春はダウナー系で貧弱な感じだと勝手に思ってた。

    冒頭の「蒸発旅日記」、「ファンレターをくれただけの一面識もない女性と結婚すべく九州へ行く」というくだりから、解説で夏目房之介が言うように、つげワールドへ引きずり込まれる。
    しかも実際に会ってみると「おしゃべりで陽気な感じが好みに合わない」、でも「多少のことは我慢して結婚しようか」といった、悪意のない身勝手さみたいなところにニヤニヤしてしまうのだ。
    これだけでこの作家はイケるぞと思わせてくれる。

    つげは隠遁・落魄志向の持ち主だったようで、旅先は鄙びた田舎。
    そこでどんな生活をしようか、でも息子には会いたいから交通の便も多少はよくないと…などと妄想しては、果たせず日常に戻る。

    旅籠で侘しさに浸るのも好きらしく、それができなかった群馬県の湯宿温泉では
    「ひとり部屋にポツンとしていても何故か侘しくならないのだ。久しぶりに滅入って『ああ……』と溜息でもついてみようと思ったのにさっぱり駄目なのだ。寂寥としないのだ」
    とがっかりしてみせる。

    これはいいぞ。

    文章の端々から「この人は精神がちょっといいアンバイになっているんじゃないかしら」と思わせるが、鄙を好み通俗を嫌悪するというようなこだわりには共感。

    グラビアページの、「写り込む電線さえ消せば江戸時代」というような写真もまた見どころ。
    つげが日本のあちこちを旅した昭和40年代後半、地方の辺鄙な場所はまだまだ“迫力のある”風景を残していた。
    自分の生まれる10年くらい前だけど、もうずいぶん昔のことなんだな…
    福島県木賊温泉の写真もあったけど、あそこに写る場所は僕が去年の夏に通った道なんだろうか。

  • 旅行をしたい気分になった。

  • ファンレターを頼りに、会ったこともない女性と結婚するため九州に旅立つという蒸発シーンからスタート。
    相変わらずのショボくれ感と、厭世的な貧しさがジワジワと滲み出る文章がたまらなく心地よい。

  • 志ん生が「貧乏は味わうもんだ」と言っていたのを思い出した、この人の旅行記は貧乏を味わってる

  • この本の冒頭の蒸発旅日記が面白く
    読めた。
    蒸発者に心の葛藤が有るなど思いもしなかった。
    すら~と消えてしまえる物だと思っていたから…。
    人の心は漂泊者と土着民に分類できる

    作者は完璧漂泊型、かくいう私もそうだけど実行に移した事は無い(笑)。
    後収録は妻帯して家族で旅した記録なので、普通になったというか…一挙につまらなくなるのは何故だろう。
    一冊まるまる、蒸発者の心情と出来事
    を綴った作品であったなら、作者の漫画の様に佳作だったと思う。

  • 蒸発旅日記は漫画を見てるように引き込まれたな

  • つげ義春って、エッセイ書かせてもつげ義春なんですねw ねじ式実話集的なw 

  • 初めて会う人と結婚?
    蒸発??

    冒頭から煙に巻かれるようで、
    混乱したまま話が進みます。

    味がある宿がたくさんあるけど、昭和40年代とかだからいまはどうなっているのでしょうか。

    うらびれた旅を面白がらせる稀有な紀行文です。

  • 全編、何ともまったりとした侘びしさ。いや、でも暗くはないのだ。
    それは著者が、自分で自分を面白がってしまうようなユーモア性を隠し持ち、淡々としながらもどこか魅力的な文章を書くせいなのかもしれない。
    知る人ぞ知る山奥の鉱泉で出会う不便で粗末な作りの宿屋や、陰々滅々として絶望的な景色の中にこそ、著者は心の底から幸福感を得るようだ。
    大自然を目の前にして、自分自身がケシつぶのようなちっぽけな存在であることを実感する旅。自由とは自分からの自由にほかならない。
    つげ義春の旅は、まさに”自分なくしの旅”なのだろう。

    また奥さんや子供と一緒に、所謂名所や観光地などにも出かけている。(鎌倉随歩)
    中でも、鎌倉の長谷寺で十一面観音に会った時の文章に激しく共感する。

    ── 薄暗い本堂の正面には、そこだけライトに照らされて、金色に輝く巨大な観音像が立っていた。私は子どもと冗談を云ったりしながらそこへ入っていきなり出会って虚(きょ)を衝(つ)かれ、思わず息をのんだ。その観音像が生身の生きた仏像がそこにいるのかと錯覚を起こしそうになったのだった。ふつう神や仏は目に見えないもので、だからそんなものは存在しないと頭から否定したり、半信半疑だったりするわけだが、そこにある高さ九メートルの見上げるばかりの彫像は、物凄いリアリティで仏の存在をしめしているかのようであった。私は何故かしらうろたえてしまった。 ──

    ありがとう。こんな紀行文に出会えて、よかったです。

  • 泊まる宿も、回想もとにかく暗くてとても一度には読めないが、その暗さがじわじわ癖になる一冊。体調がいいときに読むことをおすすめします。

  • 読みやすい
    さらさらとよめる
    旅痔の女がすき

  • 記録。

    つげ義春が、ひたすら鄙びた温泉宿を巡る記録なんですが、
    こういう心にキノコが生えた旅路いいなぁ。

  • つげ義春がわざわざさびれた村のボロい宿に泊る旅を綴った旅行記。

    なんとも後ろ向きな性格と勝手な空想がニヤリと楽しい。。
    比較的近場が多く,ちょっとだけ実際に行ってみたくなる。

  • 文章に雰囲気がある。エッセイなのに小説を読んでいるような不思議な感覚。
    日常と非日常の境目。虚実の境目。
    もしかしたらその境目を辿る違和感がつげ作品の魅力なのかな。
    地元の知った土地も登場したので面白く読めた。

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貧困旅行記 (新潮文庫)の作品紹介

日々鬱陶しく息苦しく、そんな日常や現世から、人知れずそっと蒸発してみたい-やむにやまれぬ漂泊の思いを胸に、鄙びた温泉宿をめぐり、人影途絶えた街道で、夕闇よぎる風音を聞く。窓辺の洗濯物や場末のストリップ小屋に郷愁を感じ、俯きかげんの女や寂しげな男の背に共感を覚える…。主に昭和40年代から50年代を、眺め、佇み、感じながら旅した、つげ式紀行エッセイ決定版。

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