淳 (新潮文庫)

  • 203人登録
  • 3.70評価
    • (21)
    • (21)
    • (39)
    • (2)
    • (1)
  • 33レビュー
著者 : 土師守
  • 新潮社 (2002年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (276ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101330310

淳 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 酒鬼薔薇聖斗事件の被害者の1人土師 淳の父親、土師 守さんの手記。

    元少年Aが好きで、関連の本を読んでいて見つけた。
    私のように、元少年Aが好きだから読みたい、と言う人にはあまりむかないかもしれないと思う。

  • こんな風に自分の家族を奪われたら、と思うと堪らない。
    他の部分の抑制された文章と加害者家族に関する記述にあからさまに表現された不信が被害者家族のやり場のない怒りだと感じた。

  • 著者は少年Aによる事件の被害者遺族。
    被害者遺族の書いた本を初めて読んだので、衝撃があった。
    私の目線は加害者に大きく偏っていたので、被害者を視野に入れるよいきっかけとなった。

    事件から約1年後に書かれたらしい。
    どれほどの怒りや苦しみや悲しみを抑えながら書かれたのだろうと想像すると、とてもとても重い一冊だと思う。

  • 1997年、神戸市須磨区で発生した14歳少年による児童連続
    殺傷事件。その被害者のひとりである児童の父親が綴った
    手記である。

    痛々しいとか言いようがない。「おじいちゃんの家に行ってくる」。
    そう言って出掛けて行った我が子が、そのまま帰らぬ人となる。
    確たる動機もなく、改正前の少年法に守られた14歳の少年によって
    である。

    出掛けたまま遅い時間になっても帰らぬ我が子を探し、祖父と父は
    後に我が子の命の絶たれた場所だと知る「タンク山」も捜索している。

    しかも遺体の一部が置かれた中学校は加害少年は勿論のこと、
    被害児童の兄もが通学する学校だった。やりきれないね。

    猟奇的な事件で我が子を失った家族に襲いかかるマスコミの攻勢、
    そこから発生する報道被害。加害少年は少年法の元にプライバシー
    を守られるのに、被害者家族の底なしの悲しみに群がり、プライバ
    シーを垂れ流す。メディアは今も変わらぬハイエナ報道を修正しよ
    うとはしない。

    一方で、我が子が事件を引き起こした家族がいる。被害者家族とは
    違う悲しみがあるのだろうが、自分の子供が加害者であると判明
    してからも被害者家族への直接の謝罪は行わず、文書を郵送している。

    その文書も、他の被害児童の家族へ送った謝罪文と丸っきり同じ
    内容だという。加えて加害少年の母親が葬儀の席で発した「子供の
    顔くらい見たりや」という心ない言葉には、読み手としても引いて
    しまった。

    2005年、加害少年は更生施設を出て社会復帰を果たした。彼は
    自分の犯した事件の重大さを心に刻んでいるのだろうか。被害者
    家族の悲しみと怒りを、その心に感じることが出来ているのだろうか。

    「少年だから犯罪は許されるのでしょうか。少年が犯人だとわかったら、
    淳は生き返るのでしょうか。」

    被害者家族の叫びが詰まった良書である。

  •  著者は酒鬼薔薇事件(神戸連続児童殺傷事件/1997年)で殺害された土師淳〈はせ・じゅん〉君(享年11歳)の父親である。もう一人の犠牲者・山下彩花ちゃん(享年10歳)の母親京子さんが1997年12月に手記を発表している。子供を持つ全ての親御さんに読んでもらいたい。
    http://sessendo.blogspot.jp/2017/05/blog-post_24.html

  • 報道被害に関しては一読の価値が高い。他方、著者が被害者遺族であるから止むを得ないが、刑罰の目的論に関しては、本書の発想の前提たる単純な応報だけで止まるのではなく、また、単純な教育とも違い、歴史的変遷を踏まえた検討を要する。加え、刑罰目的は、軽微な犯罪類型も重大事案でも、あるいは被害者の属性を問わず一貫した理念で貫徹されるべきものである(当然のことだが、本書にはそういう発想は皆無)。もっとも、本書自体は、被害者のある種の声としては傾聴すべき内容ではある。

  • 1997年に起きた「神戸連続児童殺傷事件」で当時14歳の少年によって我が子を奪われた父親が綴った手記。

    私の拙い文章の書評という形では、とてもまとめきれない、表現することもできないが、書評を書いて誰か一人でも多くの人の目にとまり、少しでも多くの人に改めて関心をもってもらい(決して単なる興味本意ではなく)、この事件について、少年犯罪、少年法について、報道被害について、被害者の権利や人権について、もっともっと深刻に我が身に置き換えて考える必要があると考えた。

    本著の構成は、被害者の淳くんの生い立ちから、「おじいちゃんとこ、いってくるわ」の一言を残し、永遠の別れとなってしまうことになってしまった事件当日から、行方不明者として捜索された三日間の家族や親族の気持ちや行動、無惨な姿となって発見された当日、犯人捜査から犯人逮捕、A少年の母親や弁護士に対する不信感、報道犯罪ともいえるほどの報道被害、被疑者の人権しか守られない少年法(2000年11月に若干の改正が行われるので、本著では改正前の少年法について)、1999年に山口県光市で、妻と娘の命を当日18歳の少年によって奪われた、木村洋さんによる本著の解説という形で締められている。

    何の罪もない純粋な淳くんが、少年Aの全く理解できない実験や興味本意からくる行動によって、残虐に殺されただけでなく、そのあとにも無惨な姿になるまで酷いことをされるという被害にあってしまう。

    それなのに、守られるのは被疑者である少年Aだけ。国選弁護人がつけられ、裁判も行われることがなければ(少年審判は行われる)、被疑者の家族であっても審判を傍聴することもできなければ、供述調書を閲覧することもできない、どういった状況で被害を受けたのか、加害者はどのような人間なのか、全く知ることもできない。

    その一方で被害者の関係者は、マスコミからは実名報道だけでなく、家族の職業や、兄弟の通う学校、あることないこと断りもなく、どんどん報道されていく。
    毎日毎日、自宅の前には報道関係者が張り込み、わざと感情をあおるような質問をしてでも、こちらが反応して出した言葉を都合よく編集して報道する。
    本当に報道犯罪というべき二次被害にあってしまう。

    被害者救済を二の次に置き、少年犯罪者の更生のみを前提とする少年法とはいったいなんなのか、少年法の趣旨を頭から否定するわけではないが、窃盗や軽微な非行と、強姦や殺人、傷害致死のような重大な犯罪を同じ少年法をかざして守るべきなのか、大いに考えさせられた。
    また、マスコミや報道のあり方、報道される情報を受け取る視聴者側も、もっと被害者の気持ちや人権を自分事として感じられる『心』が必要なのではないか。

    本著は、少年法改正、報道関係者による傍若無人な取材方法、被害者家族の会の発足に関して、大きな足掛かりになったようだ。
    悲しいかな、この事件が起きたことによって、世間は多少良い方向に変わった。
    大切な我が子の命を無惨にも奪われ、事件の実態は知らされず、報道によって人権は無視された著者を代表とする関係者の皆様にとっては、表現することのできないほど大きすぎる代償だった。

  • 重い内容である。親の愛情、悲哀、恨みが伝わってくる。一点、著者は家庭内教育がしっかりしていれば防げていたのではないかというような記載がある。少年Aよりその母親に対しての不満が顕著。親目線だからなのだろうか。そこは同意しづらいなと。どんな家庭環境でもよく育つ環境作りが必要かと思う。しかし完全には難しいだろう。絶歌を読んだ後はさらにそう思う。本村洋氏の後書きを読んで少年法を勉強してみようと思った。

  • (2015.05.25読了)(2010.11.17購入)
    「犯罪被害者の声が聞こえますか」東大作著、を読んだ後に、この本を読もうとしていたら、テレビのニュースで、著者の土師守が事件について話していました。18年前の5月24日が事件の発生した日だったのです。
    特に意識せずに読み始めた本が、読んでいる前後の日付と、何らかの意味のある人重なることが、たまにありますね。
    1997年5月24日、土師淳君・小学6年、が昼過ぎに出かけたきり戻らなかった。親族や近所の方々、警察の方々による懸命の捜索にもかかわらず、見つからなかった。
    変わり果てた姿で見つかったのは、5月27日の朝でした。
    29日に通夜、30日に告別式を行いました。
    6月28日夕方に犯人が逮捕されました。中学3年の男子生徒でした。
    淳君の同級生の弟がいるので、淳君も時々その家に遊びに行っていたのだそうです。
    この本は、淳君の父親によって書かれたものです。淳君の生い立ちから、事件の際の捜索の様子、マスコミによるいろんな形での妨害行為、心ない一般の方からの嫌がらせ、犯人逮捕後のもどかしさ。犯人が少年法によって保護されているために、犯行の動機などの被害者親族が知りたいことがまったくわからないのです。
    そこで、少年法の改正の運動を行い、いくらかの成果を得ることができました。
    少年法への思いは、妻と幼い子供の命を18歳の少年によって本村洋さんも同じなので、解説に詳しく、少年法の問題点を述べています。

    【目次】
    誕生と成長
    永遠の別れ
    変わり果てた姿
    捜査
    犯人逮捕
    少年と人権
    不信
    報道被害
    少年法
    供述調書
    卒業、そして一周忌
    あとがきにかえて
    文庫版あとがき
    解説  本村洋

    ●罪の自覚(144頁)
    今回の事件をきっかけに、少なくとも、自分の犯した罪を自覚させ、そのことに対する償いについては、きちんとやらせるという人間社会の当たり前のルールや心情に貫かれた考え方の上で議論がされることを私は望みます。
    ●少年法の壁(167頁)
    被害者の親として、せめて審判決定書の全文を見ることぐらいできないものか。
    審判の行われた家庭裁判所に被害者の親が出席できないのなら、せめて、法的代理人である弁護士くらいは傍聴させられないものか。
    「せめて両親の供述調書と、A少年の精神鑑定書くらいは見せてもらえないでしょうか」
    私は、審判に出席するという直接的な手段が不可能だとしても、事件の真相を知るために事件前後の両親の行動を知りたいと思い、これを要求しましたが、それもかないませんでした。
    ●マスコミの事件報道(185頁)
    被害者側の人間が見て嫌悪感を催すような報道や取材は、慎むべきだということです。

    ☆関連図書(既読)
    「犯罪被害者の声が聞こえますか」東大作著、新潮文庫、2008.04.01
    「なぜ君は絶望と闘えたのか」門田隆将著、新潮文庫、2010.09.01
    「犯罪と刑罰」ベッカリーア著・風早八十二訳、岩波文庫、1938.11.01
    「裁判員制度の正体」西野喜一著、講談社現代新書、2007.08.20
    「裁判員法」船山泰範・平野節子著、ナツメ社、2008.06.09
    「裁判員のための刑事法入門」前田雅英著、東京大学出版会、2009.05.15
    「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」北尾トロ著、文春文庫、2006.07.10
    「裁判長!おもいっきり悩んでもいいすか」北尾トロ・村木一郎著、文藝春秋、2009.05.15
    「ぼくに死刑と言えるのか」北尾トロ著、鉄人社、2009.07.30
    「きみが選んだ死刑のスイッチ」森達也著、理論社、2009.05.21
    「殺人者たちの午後」トニー・パーカー著・沢木耕太郎訳、飛鳥新社、2009.10.20
    「あなたが裁く!「罪と罰」から「1Q84」まで」森炎著、日本経済新聞出版社、2010.11.05
    (2015年5月26日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    「おじいちゃんのとこ、いってくるわ」ドアの閉まる音がして、淳は家を出ていきました。これが、私たち家族と淳との永遠の別れになってしまいました―。1997年5月に起きた「神戸連続児童殺傷事件」。14歳の少年に我が子を奪われた父が綴る鎮魂の手記。眼を細め見守った息子の成長から、あの忌まわしい事件の渦中の出来事、そして「少年法」改正に至る闘いまでを、被害者遺族が詳細に描く。

  • この事件が報道された時の衝撃は今でも忘れていません。この本を読んで、初めて淳くんのことを詳しく知りました。涙が止まりませんでした。

全33件中 1 - 10件を表示

土師守の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
東野 圭吾
フランツ・カフカ
有効な右矢印 無効な右矢印

淳 (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

淳 (新潮文庫)の作品紹介

「おじいちゃんのとこ、いってくるわ」ドアの閉まる音がして、淳は家を出ていきました。これが、私たち家族と淳との永遠の別れになってしまいました-。1997年5月に起きた「神戸連続児童殺傷事件」。14歳の少年に我が子を奪われた父が綴る鎮魂の手記。眼を細め見守った息子の成長から、あの忌まわしい事件の渦中の出来事、そして「少年法」改正に至る闘いまでを、被害者遺族が詳細に描く。

淳 (新潮文庫)の単行本

ツイートする